毒親に悩めるJKと不登校の問題児のインモラル共依存『ぜんぶ壊して地獄で愛して』

更新:2025.9.8

皆さんは百合からどんなイメージを思い浮かべますか?可愛い女の子同士がいちゃいちゃするキュートな漫画を連想した方は、本作『ぜんぶ壊して地獄で愛して』を読み、百合漫画のセオリーを覆すインモラルな内容に衝撃を受けるかもしれません。 今回は「次にくるマンガ大賞 2025」コミックス部門にノミネートされ、話題沸騰中のGL漫画『ぜんぶ壊して地獄で愛して』の見所や魅力を、ネタバレありでご紹介していきます。

都内在住の小説漫画好きwebライター。特にホラー・ミステリー・ハードボイルド・ヒューマンドラマを愛する。 好きな作家は浅田次郎・恩田陸・東山彰良・いしいしんじその他。 YouTubeチャンネルのシナリオや読書メディアで執筆中。お仕事のご依頼ございましたらTwitterのDMからどうぞ。
LINE

『ぜんぶ壊して地獄で愛して』の簡単なあらすじと登場人物紹介(ネタバレあり)

主人公の吉沢来未は生徒会長を務める品行方正な優等生。教師や友人からも信頼厚く、一見円満な人間関係を築いているものの、その内面にはモヤモヤした鬱屈を抱えていました。

ストレスの原因は情緒不安定な母親・真実子の存在。

夫の不在を補うように娘に依存する真実子は、抑圧的な態度で未来を束縛し、自らが理想とする「いい子」の振る舞いを強制し続けてきたのでした。

ある日のこと、担任の堀江から不登校気味のクラスメイト・直井の相談に乗ってほしいと言われてしまった未来。

教室に姿の見当たらない直井を探し回りながら「不登校の奴なんてどうでもいい」と愚痴っていた矢先、当の本人が目の前に現れ、「不登校の奴なんてどうでもいいのに誰にでもいい顔して 吉沢さんは悪い子だね」と痛烈な皮肉を放ちます。

後日……直井に呼び出された未来は、彼女のスマホに保存してあった動画を見せられます。それは未来が消しゴムを万引きする瞬間を撮ったものでした。

一方未来の友人の下田心は、大好きな未来が問題児の直井を構うことに不快感を示します。彼女から見た未来は何でもできる自慢の親友であり、何もかも完璧にこなす憧れの存在でした。

未来に心酔する心の様子を冷めた目で眺めていた直井は、何を思ったのか心のスマホに未来の万引き動画を送信します。

それを見た心は「未来ちゃんがこんなことするはずない!脅されて無理矢理やらされてるんだ!」と憤って真実子に報告。結果として真実子はヒステリーを起こし、未来を自宅に軟禁してしまいました。欠席が続く未来を心配し見舞いに訪れた心は、学校で直井に託された手紙を渡すのですが……。

登場人物紹介

  • 吉沢未来 生徒会長を兼ねる容姿端麗・品行方正な優等生。完璧主義のしっかり者で教師にも頼られているが、実は万引きの常習犯。情緒不安定な母親の抑圧に深刻なストレスを溜め、仄暗い破滅願望を秘めている。
  • 直井 未来の同級生。学校はサボリ気味で親しい友人もいない。夜の繁華街を徘徊している問題児。スマホに保存した万引き動画で未来を脅し、彼女の破滅願望を引き出すような背徳的行為を命じる。その目的は不明。シニカルで掴み所ない性格。愉快犯的な言動で周囲を翻弄する。
  • 吉沢真実子 未来の母親。情緒不安定で娘への依存心が強い。未来に「いい子」の理想像を押し付け、そこから逸脱する言動を許さない。
  • 堀江 未来たちの担任。女子人気が高いイケメンだが、自分のお気に入りを露骨に贔屓する悪癖を持ち、未来や直井には快く思われていない。未来に直井のフォローを押し付ける。
  • 下田心 自称未来の親友。何でもできる彼女のことを無邪気に慕い、自分が信じる完璧な未来像を押し付けている。未来の複雑な家庭環境には気付いてない。実は未来が初恋で、のちに彼女への執着が高じヤンデレストーカーと化す。
  • 伊佐沼 未来の同級生の一軍女子。堀江に片想いしており、彼の信用を得た未来に嫉妬を隠さない。
  • 明音 心の友人。
  • 工藤 直井と小学校・中学校が一緒だった少女。不登校になった原因に直井が関わっているらしいが……。
著者
くわばら たもつ
出版日

脅迫から始まる共犯関係 JK二人の危険な秘密の行く末

くわばらたもつぜんぶ壊して地獄で愛して』は2023年に一迅社コミック「百合姫」にて連載スタート。2025年6月時点で既刊4巻まで発売済み、「次にくるマンガ大賞 2025」コミックス部門にもノミネートされている注目作です。

本作のキャッチコピーは「センシティブにバイオレンスな破滅型百合漫画」。

主人公の吉沢未来は一見完璧な優等生ですが、心を病んだ母親と長年に亘る確執を抱え、そのストレスから万引きを繰り返しています。

そんな未来と対照的なキャラクターとして配置されているのが、誰とも慣れ合わずクラスで孤立している問題児・直井。彼女に万引き動画を撮られてしまった未来は、直井に唆されるがまま、社会のルールから外れる背徳行為に手を染めていきます。

母親や友人に「いい子」の理想像を押し付けられ、儘ならぬ毎日に息苦しさを感じていた未来が、直井の手引きによってだんだんと堕ちていくさまが本作の見所。

一話冒頭にて生徒会長としてスピーチの壇上に立った未来は、司会に促されて口を開いたものの、不意に言葉を途切れさせます。

ーーより良い学校生活を……良いって誰にとって?ここにいるみんな?先生?……それともお母さん?

……どうでもいい。全部全部ぜんぶ!めちゃくちゃになればいいのに!
 

場面が切り替わると普通にスピーチに移る為、上記は全部未来の妄想だと判明するものの、全校生徒の前で本音を吐露したい衝動に駆り立てられるほど、ストレス値が限界に近付いている事実は見逃せません。

本作はいじめ・虐待・教師と生徒の淫行などのセンシティブな描写を少なからず含みますが、その攻撃性は肉体的暴力よりもむしろ、未来の本質を抉る言葉の刃の形で表現されます。

第1話にて万引き動画の削除に失敗し、腹を殴られ突っ伏す未来に対し、死んだ目をした直井は笑顔で暴言を浴びせます。

「不登校の奴なんてどうでもいい」のに大変だねー……そんな風に思ってるのに誰にでもいい顔して 吉沢さんって悪い子だね。なんでも持ってる吉沢さんからしたら 私なんて底辺でしょ?

私好きなんだよね あたしよりなんでもできて なんでも持ってる人間が 虫ケラみたいにのたうち回ってるところを見るの

周囲の人間を擬態で欺いてきた優等生の本性を唯一見抜き、彼女が内に秘めたる破滅願望をサディスティックに暴き立てていく直井。その最中に無自覚な笑みを浮かべ、「何笑ってんの?気持ち悪い」と直井に蔑まれる未来。

虚勢と本音が錯綜する駆け引きはスリリングな緊張感を孕み、未来と直井が地獄で心中するメリバエンドや、ヤンデレが独占欲を拗らせ暴走するエグい展開を求める、鬱漫画好きの読者の心を掴んで離しません。

著者
くわばら たもつ
出版日

徐々に縮まる距離と壊れゆく日常 気になる物語の行く末は?

ぜんこわこと『ぜんぶ壊して地獄で愛して』は未来と直井を軸にしたGL漫画ですが、ダークホースとして暗躍する未来の親友、下田心の強烈な存在感も忘れてはいけません。

第7話の回想シーンにて心の初恋の人が未来と判明したのち、彼女の未来に対する執着は友人の域を超え、遂には未来に告白して恋人同士になります

これにてハッピーエンド……とはいかないのが本作の恐ろしいところで、心と付き合い始めてからも未来と直井の関係が継続しているジレンマに注目。早い話が心→未来→直井の三角関係です。

未来にとっての直井は唯一本当の自分を曝け出せる相手、転じて理解者ともいえる存在。直井にとっての未来は同じ破滅願望に囚われた共犯、どんな手を使っても自分がいる地獄に落としたい心中相手

故に直井は醜く弱く正しくない未来の全てを受け入れ、破滅願望すら肯定します。片や地獄から引っ張り上げようと必死に手をさしのべる親友、片や地獄の底まで引きずり込もうと企む脅迫者……未来が選んだのは後者でした。

心が好きなのが「綺麗で強くて正しい私のヒーローの未来ちゃん」である以上、彼女の恋は一方通行でしかありません。未来にすればこの現実こそがぬるい地獄であり、心もそれに加担しているのです。

4巻では吉沢家に不法侵入したことがばれ別れを切り出されたのち、「なんでもするから!」と未来に泣いて縋り付き、読者をドン引きさせました。この漫画、登場人物ほぼ全員がメンヘラ犯罪者といっても過言ではありません

未来と真実子の異常な関係、直井と工藤の因縁もストーリーの盛り上げに一役買っています。実の母と親友の束縛に苦しむ未来は、はたして直井の過去を受け入れられるのでしょうか?

著者
くわばら たもつ
出版日
著者
くわばら たもつ
出版日

『ぜんぶ壊して地獄で愛して』を読んだ人の反応や感想

『ぜんぶ壊して地獄で愛して』を読んだ人におすすめの本

『ぜんぶ壊して地獄で愛して』を読んだ人にはまにおきたない君がいちばんかわいい』をおすすめします。

本作はぜんこわとはまたベクトルの異なるサドマゾ共依存GL。

カースト上位の女子グループに属する美少女・瀬崎愛吏は、地味で大人しいグループに属する同中出身の花邑ひなこを休み時間や放課後に呼び出し、あの手この手で辱めては嗜虐的な悦びに浸っていました。

腹を殴って嘔吐を強制する・へそにピアスを開ける・直接おしっこを飲みたがるなど、その要求は徐々にエスカレートしていき……。

可愛い絵柄とエグい中身のギャップが楽しめる、百合リョナ好きにおすすめの漫画です。

著者
まにお
出版日

続いておすすめするのは『she is beautiful』(江坂純凸ノ高秀 著)。

管理者の大人の他は少女だけが暮らす謎の施設・箱庭(ファミリエ)で生まれ育ったくるみ。10歳の誕生日前夜に眠りに落ちて目覚めると、何故か14年の歳月が経過していました。空白の14年間に何があったのか、憧れの友人はどこへ行ってしまったのか?過去へと遡る旅の過程で次々と衝撃的な真実が判明し、くるみは究極の選択を迫られて……。

ダークなSF設定とストーリー重視の展開が読み応えアリな、GL漫画の隠れた傑作。ハッピーエンドとは言い難い、ビターなラストの余韻も格別でした。

著者
["凸ノ 高秀", "江坂 純"]
出版日
  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る