世の中は空前絶後の百合ブーム。『やがて君になる』『私の百合はお仕事です!』『ささめきこと』『私の推しは悪役令嬢。』など、百合漫画発のアニメ化ブームはまだまだ止まりません。 それは百合ラノベも同様で、通称「わたなれ」ことみかみてれん『わたしが恋人になれるわけないじゃん、ムリムリ!(※ムリじゃなかった!?)』や、二月公『声優ラジオのウラオモテ』など、アニメ化決定済みのヒット作を量産しています。 今回は現在大注目の百合ラノベ界の新星、welca著『さよならすべてのブルー』の魅力を深堀りしていきます。
主人公の小此木春は私立星華学園アイドル科一年生。幼い頃に両親と死に別れ芸能プロダクションを経営する翠に引き取られたのち、トップアイドルを目指しストイックにスレッスンを積んできました。
しかし最近は伸び悩み、将来を決める大事なオーディションの予選にて、審査員の眞壁サオリから「表現者としての覚悟と個性が足りない」と酷評されてしまいます。
「中身が空っぽのお人形が歌って踊っているのを見て、誰が楽しいの?」
サオリの手厳しい評価に落ち込んだ春は、翠の勧めを受け、気分転換に映画館を訪れます。そこでは海外の恋愛映画が上映されていましたが、物心付いた頃からレッスン漬けの日々を送り、恋愛と無縁に生きてきた春は全く共感できません。
家族はいない。友達もいない。恋人もいない。趣味もない。将来の具体的なビジョンもない。アイドルになる目標以外何も持たない春は、サオリの指摘通りただキレイなだけで中身が伴わない、歌と踊りが上手いだけの空っぽのお人形でした。
「この映画で涙を流す人間はどんな人なのか……」
人間観察にシフトチェンジし館内を見渡している最中、一席向こうのシートに掛けた同年代の少女に目を奪われる春。映画にまるで心を動かされない春とは対照的に、感受性の豊かな彼女は場面ごとに一喜一憂し、コロコロ変わる表情がとても魅力的です。
数日後……男にナンパされている少女を見かけた春は、待ち合わせに遅れてきた友人を演じて助け、近くのファミレスでお茶することに。
「すごい……!運命みたい!それに、困っている人をあんな風に助けられるなんて、すごく勇気があるよ!かっこいい!」
少女の名前は夏樹玲、春と同じ高校一年生で隣町の高校に通っているそうです。レッスンに時間を取られ今までまともに人付き合いをしてこなかった春には、玲の屈託なさは特別眩しく映りました。
別れ際に連絡先を交換した二人は、度々会って遊ぶようになるのですが……。
登場人物紹介
『さよならすべてのブルー』の作者welcaは創作百合ジャンルで活動している同人作家。主にamazonkindleやpixivBOOTHで作品を販売しています。以前は『BanG_Dream!』に登場するさよひなこと氷川姉妹メインの同人誌を手掛けていました。イラストは漫画家の春花あやが担当しています。
他、ギャルと優等生の恋愛を描いた『ビオラとカルラ』や大学生の三角関係を描いた『春の銃口』もamazonkindleで読めます。
本作最大の特徴は半人前アイドル候補生の成長物語であること。
主人公の小此木春はアイドルになること以外に目標を持たず生きてきた孤独な少女。自分と何から何まで正反対な玲と出会い、鮮やかな思い出を積み重ね、心の欠落を埋めていく中で初めての恋を知ります。
歌やダンスは優れていても、誰かに伝えたいメッセージを持たないのが春の欠点でした。恋人はおろか友人すらいない春は、楽曲のテーマになっている恋や愛の本質が理解できません。
歌って踊れる空っぽのドールに過ぎなかった春が、恋する喜びと別れの痛みを知り、歌に心を乗せて届けるアイドルとして覚醒するシーンが本作のハイライト。
最初から最後まで春と玲の関係性にフォーカスした構成も見事。
それ以外の登場人物のエピソードや芸能界のドロドロした内幕、レッスン過程などはあえて削ぎ落としコンパクトに纏めることで、二人の距離の縮まりや初々しい触れ合いを際立たせ、純度の高いガールズラブに仕上げました。
そこに在るのはノイズが取り除かれた優しく透明な世界、ガールミーツガールから始まるエモーショナルなプラトニックラブストーリー。
言い換えればフィクションフィルターに濾過された百合なので、引っ越し予定の玲に想いを届けたい一心で春がポテンシャルを解放するクライマックスを、ご都合主義に感じる方はいるかもしれません。
ともすれば粗削りでパッションが先走りがちな本作が、チープに堕すギリギリのラインで踏み止まっているのは、情景描写と心理描写を有機的に結び付けるレトリックの素晴らしさによるところが大きいです。
あまりにもふたりでいるのが楽しくて眩しくて、世界のすべてが止まってしまったみたいだった。玲ちゃんの笑顔が瞼の裏に焼きついて、この瞬間に確かに感じた温かさを、私は生涯忘れないだろうと思った。
もしこの世界にシティポップなんてものがあるとしたら、それは玲ちゃんがいるこの街の夜が鳴らす、透明な音がすべてだと思う。
ここが夢の始まりで、夢の終わりだと言われてもそうだろうと納得してしまうような輝きが今、この街にあった。
ティーンの少女たちのかけがえのない一瞬一瞬をフォトジェニックに切り取った文章は、ポップソングの歌詞さながら鮮烈なイメージを喚起し、その瑞々しい透明感で以て読者の心を掴みました。
物語中盤以降、春と玲の蜜月には波風が立ちます。
親の仕事の都合で引っ越しが決まり、町を去ることになったと玲に告げられた春は、今の自分にできることを必死に考え、本選のステージ上で募る想いを歌い上げました。
きっと、ほんとうにうつくしいものにはいつだってただひとつの名前などなくて、それらはすべて、私たち一人ひとりの中で特別なかたちで名付けられていく。
そんなものを、アイドルとして届けられたらいい。
そのために今、私はここにいる。
AメロとBメロを歌い切り、サビへと向かう。切ない恋の歌を、恋をしたことのない者が届けられるはずもなかった。別れを知らない者に、歌えるはずがなかった。自分の心が傷つかなければ、その意味も重さもわかるはずもない。その意味を噛み締める。
アイドルが綺羅星の如く輝いてるのは、彼女たちが数々の喜びと苦しみを乗り越え、自らの痛みすら歌に乗せて解き放ち、ファンの憧れで在り続けるから。
タイトル『さよならすべてのブルー』は、ただの少女でいることが許された青い時間を卒業し、アイドルとして独り立ちした春の前途を祝福しているのかもしれません。モラトリアムの憂鬱を振り切り、新しい世界へ羽ばたいたとも解釈できますね。
welca『さよならすべてのブルー』を読んだ人には高山一実『トラぺジウム』をおすすめします。
本作は乃木坂46一期生の高山一実が書いた自伝的小説。アイドルになる夢を叶える為に仲間を集めた女子高生が、芸能活動を続けていく中で苦い挫折を経験し、友情の崩壊と再生に至る顛末を描き出します。
『さよならすべてのブルー』とはまた異なるギスギスした人間関係や、成功の為には手段を選ばず周囲の善意を利用する、主人公の打算的な性格が新鮮でした。
2024年にはアニメ映画が公開されました。和遥キナ作画担当のコミカライズも2025年2月から連載予定です。
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