大阪で起きた、未解決の殺人事件。その被害者の息子と容疑者の娘は、一見接点がないように見えました。しかし、成長した2人の周りでは、不可解な事件が数多く起きて……。ドラマ・映画化もした東野圭吾の代表作で、読者に暗い衝撃を与える名作が本作『白夜行』です。 重くて暗い世界観のなか、光が見えない展開に、読者は引き込まれずにはいられません。強烈な読書体験となること間違いなしの一冊です。
1973年、大阪。質屋「きりはら」の主人・桐原洋介が、何者かに殺害されました。大阪の商人らしい人物で、息子をかわいがる子煩悩な一面もあった洋介。しかし、彼は裏の顔を持っていたのでした。
洋介殺害の容疑者は見つかるも、事件は迷宮入り。この事件を機に、洋介の息子である亮司と、容疑者・西本文代の娘である雪穂の人生は、大きく変わってしまうのです。
その後、まったく別の人生を歩んでいるように見えた亮司と雪穂。しかし、成長した彼らの周りでは、不可解で凶悪な事件が多発していて……。
彼らの周りで起こり続ける事件を、19年にもわたって追い続けていく本作。人としての心を喪失することの恐ろしさや哀しみを、繊細に書きあげています。
- 著者
- 東野 圭吾
- 出版日
- 2002-05-17
本作に魅了された元フィギュアスケート選手・町田樹が、テレビドラマ版の劇伴曲『白夜を行く』をスケートプログラムとして表現したエピソードは有名です。
2006年には、亮司を山田孝之が、雪穂を綾瀬はるかが演じてドラマ化。さらに2011年には、高良健吾、堀北真希のキャストで映画化もされています。ドラマでは時代設定などが変更されていましたが、映画は原作に忠実につくられました。
本作の魅力は海を渡り、韓国でも『백야행 - 하얀 어둠 속을 걷다(白夜行 - 白い闇の中を歩く)』のタイトルで映画化。 2018年11月には、上海でミュージカル化もされました。
東野圭吾は、「加賀恭一郎」シリーズや「ガリレオ」シリーズなどのドラマ・映画化によって、読書をしない人にまで広くその名を知られている人気作家です。
東野圭吾は、1958年、大阪市生野区に生まれました。実は高校2年生になるまで、ほとんど読書をしたことはなかったのだとか。その後、推理小説に魅せられ執筆を始めるも、友人から酷評されてしまいます。この際に執筆した『アンドロイドは警告する』『スフィンクスの積木』は、未だ発表されていません。
理系科目が得意だった作者は、1年の浪人を経て、大阪府立大学工学部電気工学科に進学。卒業後は日本電装株式会社に勤めながら執筆活動をおこない、そして1985年に『放課後』で江戸川乱歩賞を受賞したのを機に、作家デビューを果たしました。
- 著者
- 東野 圭吾
- 出版日
- 2008-08-05
そんな作者は、理系ならではの緻密な検証や取材に基づいた作風だけでなく、女性を書くことにこだわりを持っているのも特徴です。本作『白夜行』や『幻夜』、そして『容疑者Xの献身』などでも、最後までシッポをつかませないのは女性です。
これについて東野は、『幻夜』についてのインタビューで以下のように答えています。
男にとっての“究極の女”を創造してみたい、という気持ちがありました。
女性には強く、したたかであってほしい。(中略)
とことん自分のために生きる、自分さえよければいい、
くらいにがんばってくれたほうが
『つえーなぁ』と思う。爽快ですよね。
確かに『白夜行』の雪穂は、東野が定義する「究極の女」そのものでしょう。
雪穂のおそろしいところは、なによりもその美しさ。「虫も殺さないような顔をして……」というのが、とにかく怖いのです。
彼女は過去の体験から、性的暴行というものが被害者の魂を奪い、なおかつ他者に訴えにくいものだということを知っています。
しかし、あろうことか彼女はそれを利用して、自分の思い通りにならない女性たちを排除していくのです。仲がよかった友人・川島江利子のことですら、簡単に被害者にしてしまいます。もしかしたら、江利子と交友を持ったことすらも、彼女を利用するためだったのでは?と読者は邪推することになるのです。
このように、雪穂は底知れぬ闇を抱えており、得体の知れない恐ろしさがあります。しかし、それは同時に彼女の魅力でもあり、読者が物語から目を離せなくなる一因なのかもしれません。
西本雪穂が主人公なのか、桐原亮司が主人公なのかと問われれば、もちろん主人公は雪穂でしょう。彼女を中心にさまざまな思惑を持った人々が集まり、彼女はそれぞれの思惑をうまく利用していくのです。そして、そんな彼女の周りでは、数多くの不幸が起こります。
たとえば、彼女の母である文代は、ガス中毒によって死亡。自殺とされていますが不審な点が多くあり、大阪府警捜査一課所属の笹垣潤三は、信じがたい気持ちはありながら、当時まだ子どもであった雪穂を疑っています。
この母をはじめ、雪穂にとって邪魔になる人物は皆、事件の被害者となって姿を消していくのです。
大学の部活が一緒だった篠塚一成のように、彼女の不穏さに気付いた者もいました。しかし、確証は得られないため、誰も彼女を止められないのです。また、一成に依頼されて雪穂を調べていた探偵・今枝直巳も亡くなってしまいます。
一方、質屋殺し事件で父親が殺害された亮司は雪穂の幼馴染ですが、中学卒業を機に彼女の前から姿を消します。華々しくもあやしい雪穂のストーリーに、彼はまったく姿を見せないのです。
しかし、実は彼も「秋吉雄一」という名を名乗り、暗躍しています。
栗原典子と付き合いながら、偽ソフト製造に手を染め、巨額の富を手にするのです。プログラミングの得意な園村友彦や、経理が得意な西口奈美江を味方につけ、かつて「きりはら」で自分の父の部下として働いていた松浦勇に海賊版のソフトを販売させるのでした。
亮司は突然いなくなったり、本名を隠していたりといった不可解な行動を続けます。しかし、彼の謎は雪穂とのつながりを考えることで、一気に解けていきます。
一方、雪穂の本性はなかなか読めません。彼女の本心は一体どこにあるのでしょうか。それとも、そんなものはもう彼女のなかにはないのでしょうか。
雪穂は、高宮誠との結婚を「この結婚は売春なんだ」と言っています。妊娠したと嘘をついたのも、高宮に結婚を決意させるためです。
怖いのは、自分の妊娠を彼に信じ込ませるため、他人の妊娠検査薬を見せているところ。そして雪穂が、彼をまったく愛していないところでしょう。
彼の実家が資産家だったため、結婚して、夫の暴力や浮気を原因に離婚して、慰謝料をもらおうと考えていたのです。
結婚後、雪穂は堕胎したことを子供が出来ない理由とし、さらには性行為すらも出来ない体になったということにして、高宮との関係を疎遠にしていきます。
なにもかも、計算づく。
そして彼女の陰には、いつも亮司がいるのです。
亮司と雪穂には、2人でおそろしいものを退治して逃げ切ったという、深いきずなが存在します。
かつて図書館で出会った2人は、ハサミを使って切り絵をしたりしながら、しだいに仲よくなっていきます。
そんなある日、父・洋介が雪穂とともに建物に入っていくのを目撃する亮司。そこで彼が見たものは、獣のような父親と、裸になった雪穂でした。彼はとっさに、手に持っていたハサミで、父親を切りつけて殺害するのです。
そんな彼から、ハサミを取り上げる雪穂。「殺したのは私」と亮司に言うのです。その後日発見されたのは、ガス中毒で死亡した彼女の母親・文代でした。実は、この母親が金のために、娘を洋介に売ったのです。雪穂は容疑者を母親にすることに成功させ、洋介と文代に対しての復讐を果たしたのです。
お互いのためを想って行動し、強い絆で結ばれた2人。しかし、その強さは、やがて「悪」へと変わっていくのです。
彼らがどんなに酷い目にあったのかを考えれば、雪穂や亮司がどれほど歪んでいるのか……うっすらとわかってくるでしょう。しかし、それにしても……と思ってしまうのが、この物語なのです。
阪神淡路大震災の後、自らの叔父を殺害してしまった男・水原雅也。それを目撃していた謎の女・新海美冬。震災で両親を亡くした美冬と、ずっと1人だった雅也は、孤独なもの同士共存するようになります。
しかし、共存しながらも、美冬はみるみるとのし上がっていき、邪魔な者は雅也に殺害させていくのです。富みも名声も手に入れた美冬は、果てしない欲望のために、愛のない結婚を決意します。
しかし、刑事・加藤亘が、2人の奇妙な関係に気づき始め……。
- 著者
- 東野 圭吾
- 出版日
美冬の発想があまりにも雪穂と似通っているため、ファンの間では、美冬=雪穂説がささやかれています。しかし、実際には作中で触れられておらず、真相は謎のまま。そもそも、美冬は「新海美冬」を名乗っているだけで、他の素性はわかりません。だからこそ、読者は美冬=雪穂であると思ってしまうのでしょう。
また『白夜行』と『幻夜』の1番の違いは、協力者である雅也の主観で物語が進むことでしょう。『白夜行』では、亮司の気持ちはまったく見えませんでした。しかし『幻夜』では雅也の気持ちが描かれており、犯行におよぶ際の葛藤や、苦しみが垣間見えます。
視点が変わることによって、『白夜行』と同じ世界観であるにも関わらず、まったく違う雰囲気を楽しめることができるのです。
笹垣は捜査を進めるなかで、秋吉雄一の正体が亮司だと突き止めます。その頃、ブランド店を立ち上げて成功している雪穂の店の3店舗目のオープンが間近に迫っていました。笹垣は、亮司がそこに来ると推測し、待ち伏せします。
もし、ここで彼を捕まえることができれば、過去の洋介の殺人、そして文代のガス自殺の真相が明らかになるかもしれません。
果たして、彼の狙い通り、亮司はやってくるのでしょうか。
- 著者
- 東野 圭吾
- 出版日
- 2002-05-17
雪穂は幼少期の事件で心を失い、「太陽なんて見えなくなった」と述べています。亮司は彼女と悲しい過去を共有しましたが、まったく同じ経験をしたわけではありません。きっと、雪穂の方が心に負った傷が大きかったのでしょう。
しかし、亮司も雪穂を手助けする過程で、彼女以上に荒んでいきます。そんな彼を想うと、本作の結末を読んでも、「なぜ?」と疑問を抱く人は多いはず。
果たして、雪穂と亮司の間に愛はあったのか。亮司は利用されただけだったのか。読者によって、その解釈は大きく異なるでしょう。
なかには、「雪穂は亮司に対しても復讐をおこなっていたのでは」という感想を持つ人もいます。
ぜひ、ご自身の目で物語の結末を確かめてみてください。
『白夜行』は、雪穂の残忍さや幼少期に受けた心の傷といった陰惨な部分と、亮司が心を通わせるノスタルジックなシーンのバランスが絶妙です。主人公2人の気持ちがほとんど描かれないので、多くのことは推測するしかありません。その不透明さも、本作の魅力の1つなのでしょう。