『青くて痛くて脆い』という小説をご存じでしょうか? 映画化もした『君の膵臓をたべたい』が代表作の人気小説家、住野よる自身が現時点での最高傑作だと語っている作品です。 2018年に刊行された後、オリコンの文芸書ランキングで初登場で1位、2019年には「2018年二十歳が一番読んだ小説ランキング」で1位を獲得しました。2020年8月には映画の公開も予定されており、注目を集めている小説です。 今回は、そんな本作のあらすじをご紹介したあと、読むうえでさらに面白くなるポイント、誕生秘話などをご紹介します。
まずはあらすじ、登場人物の紹介をしましょう。すでにご存じの方は読み飛ばしても問題ありません。
物語は、主人公の田端楓が大学に入学したところから始まります。楓のモットーは、「人に不用意に近づき過ぎないこと」。そのため口数も少なく、積極的に人と交流することもありません。
そして心の内側には高い理想を掲げているタイプでもあります。自分の持つ理想を絶対的なものとして、その理想から外れたことを認めないというところがありました。
そんな楓と対をなすヒロインが、秋好寿乃(あきよし ひさの)です。楓と同い年で、彼と同じく高い理想を掲げるタイプですが、反対に明るい性格です。理想とする自分になるためにはどんどん行動をしていきます。
そんな2人はひょんなことから言葉を交わすようになり、2人で「モアイ」というサークルを作りました。楓にとって秋好は理想そのものでした。彼女と一緒に作った「モアイ」もまた、彼にとっては理想的なものでした。
しかし、時が流れ2人が4年生になった頃には、「モアイ」は立ち上げの時とはすっかり姿を変えていました。小さなボランティア程度だったものが学生の就職支援と変わり、人数もかなりの大所帯になったのです。
理想とかけ離れた「モアイ」に楓は失望します。そしてそれは、リーダーの秋好を失ったからだと考えました。理想を語りながら笑っていた秋好はもういない。あの時の理想は嘘になってしまったと考えた楓は、秋好の「嘘」を本当にするため、「モアイ」を壊そうと動き始めるのですが……。
就職活動を終え社会人になるまで学生による、最後の青春の物語です。
本作では、ヒロインであり「モアイ」のリーダーである秋好が、序盤で早々に姿を消してしまうのですが、実はそこに本作の大きな秘密があります。どういうことなのかは実際に読んで頂きたいので割愛しますが、小説だからこそできるトリックに、驚きと快感を覚えるはずです。
吉沢亮と杉崎花のW主演の映画は、2020年8月28日から公開しています。(2020年9月現在)
予告動画が公開されていますので、映画が気になる方はまずはこちらをご覧ください。
詳細な情報は、映画『青くて痛くて脆い』公式サイトをご確認ください。
ここからは、いよいよ本作を読むうえで知っておくとより楽しめるポイントをご紹介。映画を見るうえでも原作の魅力を知っておくと、より内容が深く入ってくるはずですよ。
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本作が生まれたきっかけは、担当編集との会話で出た「2人きりの秘密結社」というキーワードだったそうです。さらに話し合いを重ねるうちに「誰かがついた嘘を本当にする」というキーワードも生まれ、最終的に「2人きりの秘密結社」に関する「嘘を本当する」ための物語、という軸がつくられました。
そんなエピソードからも分かるように、本作では、「嘘を壊して本当にする」というのが重要なワードとなっています。ここでいう「嘘」は大学4年生時点での現実であり、「本当」というのは楓にとっての理想である、立ち上げ時の「モアイ」、そして秋好です。
自分の理想から外れたことを許せない楓は、「モアイ」を壊すため、団体の悪事を暴いていくのです……。
楓と秋好が2人で作り、後に楓の大きな敵とみなされるサークル「モアイ」。実は担当編集が大学時代に在籍していた「東大ドリームネット」という実在する団体がモデルになっているのだそうです。
「東大ドリームネット」は、学生達が自分で進路先を決めるための支援活動をしています。「モアイ」も、学生の就職支援をしています。
活動内容の他にも、小さなサークルが大規模になるまでにどれくらいの期間が必要で、どういった活動をしていくのか、そういった団体に致命的なダメージを与えることは何なのかなど、様々なところで「東大ドリームネット」を参考にしているそうです。
だからこそ、「モアイ」にはリアリティが生み出され、大きな存在感を持つようになったのでしょう。
ちなみに住野よるは、当初「東大ドリームネット」をいわゆる「意識高い系」とみなし、うがった見方をしていたそう。しかし内部事情を聞いていくうちに真剣に活動している様子を面白いと感じ、題材にしたそうです。
そんな「モアイ」に、楓が戦いを挑んでいくのが本作のストーリーですが、住野よるは読者にも、「モアイ」に様々な敵を投影してほしいと語っています。つまり、本作は読者それぞれの仮想敵に「モアイ」を重ねて読むことができるのです。
住野よるにとっての「モアイ」は、自身の代表作『君の膵臓をたべたい』だそう。
実写映画化もした一番のヒット作ですが、その名が広まるほどに、自分の手から離れ、意図から外れた解釈をされていくことに葛藤を覚え、作品や読者に反発したい気持ちもあったそうです。そんな気持ちが、本作に反映されているのかもしれません。
このように、本作には実在する様々な人の経験や気持ちが反映されています。だからこそ読者の心に突き刺さる話となっているのです。
また、本作が心に突き刺さるのは、作者のテーマとしているところでもあります。このあとはそのポイントについてご紹介していきましょう。
- 著者
- 住野 よる
- 出版日
- 2018-03-02
妥当「モアイ」を掲げて行動した結果、楓も秋好も深い傷を負ってしまいます。そしてこの「傷」も、本作にとっては重要なワードです。
住野よるは、本作の刊行にあたって「読んでくださった皆様の心の奥のところを、鋭利な切っ先で突き刺せますように」というメッセージを書いています。
そもそも住野よるは、本作に限らず作品を書く際は、読者に「毒」を感じてほしいと語っています。それが本作の見所である「傷」に通じているのではないでしょうか。
しかしただ苦しい展開になるという訳ではありません。楓も秋好も傷を負うだけでなく、そこから新たな変化も訪れるのです。
つまり、「傷つけること、傷つくこと」を描きつつ、傷つくことを恐れずに立ち向かうことで「人は変われるはずだ」というメッセージも込められているのではないでしょうか。
ちなみに住野よるは、影響を受けた作家に乙一を挙げています。彼の作品にミステリーの面白さを教えてもらったと語っており、小説家としてだけではなく読者としても作品に親しんできたことが伺えます。
そして乙一の作品のなかには、トラウマとも呼べるくらいに傷ついた作品もあるそう。自分が乙一の作品を読んで傷ついたように、読者にも傷つくくらい心を揺さぶられてほしいという意気込みが作品に隠されているのでしょう。
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住野よるが本作を、現時点での最高傑作であると語っていることは既にご紹介しました。しかし、同時に、彼は主人公の楓を、これまでに執筆した作品のキャラクター全てを含め、一番嫌いだとも語っています。
それは、楓が一番住野よる本人を投影させたキャラクターだからだそうです。
楓は、理想が高いあまり一方的に物事を決めつけ、その理想から外れると批判をしてしまうというキャラクター。読者の中にも、独善的な彼をあまり好きではないという感想を抱く方はいるようです。
しかし、自分に似ているところもあるということで、住野よるは、一番嫌いだが幸せになってほしいキャラクターであるということも語っています。その気持ちは、先ほども触れた「人は変われるはずだ」というメッセージからも受け取ることができます。
ひとりよがりだった楓も社会人と学生の狭間の時間にもがき、最後はきちんと成長していきます。彼の成長の過程は、青くて痛くて脆くて、読者も恥ずかしい過去を回帰させられるかもしれません。しかし、だからこそ共感できて、読みごたえのある内容になっているのです。
楓と秋好は、物語上、主人公とヒロインという役まわりです。そうなると過去の住野よるの作品からも、2人は恋愛関係になるのかと思うかもしれませんが、2人は「恋愛」ではなく、明確な言葉では定義できない関係性になっていきます。
楓は、秋好に対して自分の理想や正論を押し付けており、一方的な気持ちをぶつけていきます。秋好はといえば、自分の理想を求めて真っすぐに行動しますが、それゆえに危なっかしく、時に重大な事件を引き起こしてしまうことも。
2人は同じ方向を向いている訳でもなく、かといって向き合っているわけでもないように見えます。しかし、互いによい影響を与え合い、相手の存在によって自分の殻を壊していきます。
恋人でも友人でも、仲間でも同志でもない2人ですが、他人というには近い距離にいる関係は、既存の言葉では説明できません。そんな定義できない関係性をうまくまとめあげたところにも、本作だけの魅力を感じられるのではないでしょうか。
このあとは、小説の見所を踏まえ、映画ではどんなところをポイントに見るとさらに楽しめそうかを考察します!
- 著者
- 住野 よる
- 出版日
- 2018-03-02
『青くて痛くて脆い』は、2020年8月に映画の公開が予定されています。主人公の田端楓は吉沢亮、秋好寿乃は杉崎花というキャスティングです。
本作には、小説ならではのトリックがあり、それが物語において重要な役割を果たしています。それが映画になった時にどう描かれるのか、気になるところです。(詳細は原作でご覧くださいね)
また、住野よるが大嫌いだと語り、読者の好き嫌いも分かれる主人公の楓が、どのように描かれるのかも気になります。
実は、吉沢亮も「観た人から嫌われそうな役だった」と語っているほど。しかし同時に演じるのが楽しかったとも語っているので、見ごたえのある演技になりそうです。
一方、秋好を演じる杉崎花は、もともと作者の住野よるのファンだったそうです。秋好の役も熱望していたといい、そんな情熱が明るいキャラクターの秋好にどう反映されているのかも楽しみです。また、
杉崎花は他にも、秋好は演じるのが楽しい反面、人に見られなくない部分も描かれていたと語っています。
先ほどの「嫌われそうな役」「人に見られたくない部分」という主演2人の言葉から、映画にも小説のような「毒」が描かれているのだろうということが想像できるでしょう。その「毒」がどう映像で描かれているのか、こちらもぜひ注目してみてください。
いかがでしたか? 住野よるは『君の膵臓をたべたい』で知っているという方は多いかもしれません。本作はその『君の膵臓をたべたい』のヒットに、ある意味反発するような、作者の心意気を感じる1冊です。