漫画『T・Pぼん』は1978年から1986年にかけて発表された藤子・F・不二雄のSF漫画です。『ドラえもん』にも登場するタイムパトロールをフィーチャーした作品で、正しい時間の流れを守りつつ、歴史に翻弄された普通の人々を救う物語。 そんな『T・Pぼん』ですが、2024年にNetflix独占で新アニメが制作されました。令和の時代に新作が作られるほど根強い人気を誇る本作の魅力について、作品のあらすじやおすすめエピソードなどから解説していきます。
『T・Pぼん(タイムパトロールぼん)』は1978年から断続的に発表された藤子・F・不二雄(当時は藤子不二雄名義)のSF漫画です。第1部が「月刊少年ワールド」で連載され、その後の第2~3部は「月刊コミックトム」で不定期に掲載されました。
本作は平凡な少年がひょんなことからタイムパトロールに関わり、歴史の影に埋もれた人々を救うタイムパトロール隊員になっていく物語です。
タイムパトロールは正しい歴史を守る立場上、人命が大切とはいえ救える者と救えない者が出てくることがあり、そういった点が児童向けの『ドラえもん』との差異であり面白いところ。
基本的にはフィクションですが、歴史に干渉する関係で、登場人物が世界史や日本史の転換点に立ち会うことがあります。漫画とはいえ歴史的事実に基づく描写が心がけられているため、本作をきっかけにして歴史に触れるのも楽しみ方の1つです。
SF漫画として根強い人気を誇る『T・Pぼん』ですが、2024年にNetflixで新作アニメが2シーズン制作されました。劇場版などの単独作品を除けば、藤子・F・不二雄作品のシリーズアニメ化は1995年の『モジャ公』以来で、なんと29年振り。新アニメの骨子はほぼ原作のままで、数十年経っても『T・Pぼん』の面白さが現代でも通じることがわかります。
並平凡(以下、ぼん)は名前の通り、これといった特技もない平均的な少年でした。ところが、奇妙なリームとの出会いが彼の運命を変えました。
リームは未来から来たタイムパトロールの隊員。服務規程上、本来は現地人の記憶を消去する措置を行わなければいけないのですが、リームは手違いでぼんの記憶消去に失敗してしまいます。
ぼんは危うく存在ごと抹消されかけますが、彼がのちに歴史の変化に関わることが判明。歴史保護と秘密保持の観点から処分は保留され、代わりにぼんはタイムパトロール見習いに任命されました。
こうして普通の少年だったぼんによる、正しい歴史を守るタイムパトロールの任務がスタートしたのです。
本作の主人公は「ぼん」こと並平凡です。何かと調子に乗っては失敗するドジな中学生男子。運動能力は平均を下回るくらいですが、射撃の腕前だけは抜群です。ダメダメでも憎めないタイプのキャラクターで、普通な彼が歴史や人命を守るために奮起する姿に感動します。
第1部のヒロインに当たるのがリーム・ストリームです。ぼんより1つ年上のロングヘアの少女で、現代から見て約40年未来の人物。性格は真面目でタイムパトロールの仕事に誇りを持っており、見習いとなったぼんの面倒もよく見てくれますが……ぼんと同じくらいドジを踏む、ポンコツな美少女です。
そんなリームの相棒ポジションが謎の不定形生物ブヨヨン。いわゆるマスコット的なキャラクターですが、人間と同等の知能を持ち、任務では色々と協力してくれます。ただし、勝手にリームに同行してるだけらしく、正規のタイムパトロール隊員ではありません。超空間に住む種族らしいですが、なぜリームについているかも含めて詳しくは不明です。
最後の主要人物、安川ユミ子は第2部以降のヒロインとして登場します。ぼんと同じ現代人で、年齢は1つ下。リームとは入れ替わる形でタイムパトロールに入隊(最初は見習い)しました。明朗快活な性格で、たとえ任務であっても納得出来ないことには反発する頑固さがあります。
ぼんとリーム、ユミ子はタイムパトロールの人間として映画『ドラえもん 新・のび太の日本誕生』に客演したこともあります。
『T・Pぼん』は『ドラえもん』などにも登場する、タイムトラベルについて描かれたSF作品です。正常な時間の流れを守るタイムパトロールの視点から、実際にあった歴史を垣間見られます。
それも後述する理由から歴史の重大事件や転換点ではなく、その時代に生きる普通の人々にフォーカスを当てられているのがポイント。歴史が教科書の中の情報ではなく、現在と地続きになっていることが、読んでいるとなんとなく実感出来ます。
歴史歴史と繰り返していると堅苦しいように思いますが、ジュブナイル冒険譚としてもハイクオリティ。藤子・F・不二雄というと児童向けのイメージが強いですが、本作は比較的年齢の高い読者層(少なくとも主人公と同年代の中学生)が意識されていたようで、センセーショナルな内容が含まれているのが特徴です。
物語でフォーカスされるのが人命救助なことも関係していますが、人死にや流血沙汰、各時代の価値観による差別的行動がしっかり描写されます。
しかも助けるのはあくまで、歴史の大勢に影響しない名もなき人々のみ。『T・Pぼん』における時間概念は過去から未来へ続く1本道のようなものとされており、過去に介入すると未来が大きく変わってしまいます。歴史の分岐で平行世界が生まれたり、世界線が変化したりすることはありません。
蝶の羽ばたきが巡り巡って遠方で竜巻になるという「バタフライエフェクト」の扱いが気になるところですが……歴史(時間)には元の流れを維持する修正力があるらしく、よほど歴史に強い影響を与える変化でない限り、大枠で未来が変わることはないとされています。
少し本題からそれてしまいましたが、まさにこの歴史に与える影響が本作のポイント。どれだけ悲劇的な出来事であっても、未来に影響することを変えてはいけないため、ぼんたちタイムパトロールが「救える人」と「救ってはいけない人」が出てくるのです。
人道に基づく正義と、タイムパトロールとして絶対遵守すべき使命の板挟み。葛藤しながらも奔走する姿が非常に魅力的です。
本作にはショッキングで考えさせられる話がいくつか出てきますが、その1つが「魔女狩り」です。
魔女狩りとは16世紀から17世紀にかけて、実際にヨーロッパで行われていた迫害・弾圧行為です。魔女の疑いをかけられた多くの女性が、苛烈な拷問によってやってもいない自白を強要され、神に背く罪人として不当に命を奪われました。
『T・Pぼん』ではそんな魔女狩りで命を落とした、南フランスの娘セリーヌを救うためにぼんとリームが奔走します。
この救出対象、セリーヌ周りの話がかなりつらいです。将来に備えて婚約者と離れて森で暮らす彼女は、祖父仕込みの薬草学の知識で生計を立てていたのですが……横恋慕した男の逆恨みによって、怪しげな薬で人心を惑わす魔女だと嘘の証言をされてしまいます。
もちろん、セリーヌは清廉潔白な普通の娘です。捕らわれて裁判にかけられた彼女は、必死に魔女ではないと訴えますが、まったく聞き入れられません。それどころか、強情な魔女だと疑われて火炙りや水責めの拷問にかけられ、生き地獄を味わわされます。
セリーヌは最終的にぼんとリームの活躍で救助されるものの、拷問シーンはあまりにも残酷で、読むのがつらくなるほど。
拷問そのものを回避する展開も可能だったはずですが、藤子・F・不二雄は作中で「(人類の)集団ヒステリー」と断じる悪行をあえて描写することで、強烈なインパクトとともに歴史の負の側面を読者に伝えようとしたのでしょう。
『T・Pぼん』には日本に関連したエピソードも登場します。そんな中で特に印象的なのが、日本軍の特攻兵にフォーカスを当てた「戦場の美少女」です。
特攻(特別攻撃またはそれを行った特別攻撃隊)とは、資源の乏しい日本軍が第2次大戦の太平洋戦争末期に、敵艦船に向けて航空機を体当たり攻撃させた作戦のこと。パイロットの生還を考慮しておらず、人命を軽視した非人道的行為として知られています。
このエピソードの舞台となるのは1945年5月の沖縄です。戦争末期で日本はすでに敗戦濃厚でしたが、国のため家族のためと信じて、出撃していく特攻隊の若者たち……その中に、救助対象の桜木海軍少尉がいました。
飛び交う弾幕、落ちる航空機、爆発炎上する軍艦。悲惨な戦場を見て、ぼんは思わず叫びます。
「だれかれ区別することないよ
みんな助けりゃいいんだ!!」(『T・Pぼん』ビッグコミックススペシャル版2巻より引用)
当時出撃した特攻機は1900機。相対するアメリカ軍艦隊も含めて、味方も敵も、数え切れないほどの命が次々に失われていきました。しかし、助けられるのは桜木海軍少尉たった1人。
たった1人を救うことに意味があるのか。ただの自己満足ではないのか。だとすればタイムパトロールはなんのために、歴史に埋もれる人命を救助しているのか……。簡単に割り切れないことが多く、さまざまなことを考えさせられるエピソードです。
悲惨な出来事ですが、最後まで読むとまた見方が変わるでしょう。ほんのわずかな変化に感動します。たった1人でも救われる命があり、その1人1人の命を守ることこそが、少しでも未来を良くしているのだと思わずにはいられません。
文明発展の歴史と切っても切れないのが奴隷制度です。そしてそれは同時に有史以来、近代まで数千年続いた暗部でもあります。
「奴隷狩り」は『T・Pぼん』第2部のエピソードで、正式隊員となったぼんとともに任務に就くのは見習い隊員のユミ子です。
2人が向かったのは1861年のアメリカ。歴史で言うと南北戦争前夜の時代です。1800年代には世界的に奴隷制度撤廃が進んでいましたが、アメリカ南部では労働力不足を理由にまだ多くの奴隷が使われていました。
ぼんたちに与えられた任務は、そんな黒人奴隷の1人サムを助けること。本来サムは逃亡して射殺されるはずでしたが、2人は上手く介入して、奴隷専門の追跡者の魔の手から彼を逃がすことになります。
とても近代有数の国家がすると思えない、古代と大差ない奴隷のモノ扱い。今でこそ自由の国として知られるアメリカですが、たった160年前まで奴隷制が行われていました。まだ経験の浅いユミ子が野蛮さを嘆くシーンが出てきますが、こういった背景があるからこそ現代も黒人差別問題、人種差別問題がアメリカに根強く残っているのだと気付かされます。
しかし、悪いことばかりではありません。ぼんとユミ子がサムを手助けし、ニューヨークへの逃亡を成功させたまさにその時、南北戦争の発端となる「サムター要塞の戦い」が始まるのです。
この南北戦争の緒戦を成功の鍵にした、藤子・F・不二雄はさすがとしか言えません。南北戦争は奴隷制度を巡って起きたアメリカの内戦であり、かの第16代大統領エイブラハム・リンカーンによって奴隷解放宣言がなされ、アメリカにおける制度撤廃に繋がった重要な転換点なのです。
近代国家としては最後まで野蛮な制度を残していた国が、近代から現代に至るまでにもっとも躍進した国となる――。ぼんとユミ子は任務を通じてある種の希望を感じる流れに、藤子・F・不二雄が本作に込めた想いを感じます。
アニメ『T・Pぼん』は2024年5月に第1シーズン12話、同年7月から第2シーズン12話、合計24話がNetflixで配信されました。制作したのは『鋼の錬金術師』、『交響詩篇エウレカセブン』などで有名なボンズ。
根強い人気を誇るSF作品な上に、藤子・F・不二雄作品としては久しぶりのシリーズアニメ、しかも動画配信サービス最大手のNetflix独占かつ世界同時配信とあってアニメ化発表時に話題となりました。
2024年のアニメ『T・Pぼん』は時代性を考慮して主人公の時代を令和に変更、ブヨヨンがシーズンを通したレギュラーに昇格、それに伴っていくつかの要素がアレンジされましたが……最大の焦点は、ラストがどうなるのか、というところにあります。
『T・Pぼん』のアニメ化はNetflix版で2度目。最初のアニメは1989年、日本テレビで放送されました。ただしこちらは第1部をベースにして第2部のエピソードを混ぜて1本にした、2時間枠のスペシャルアニメでした。
ファンにはよく知られていますが、実は漫画『T・Pぼん』は未完の作品です。さまざまな理由から連載が中断されていたものの、藤子・F・不二雄本人にはまだ続ける意向がありました。ところが再開されないまま、1996年の作者死去により未完となってしまいます。
日本テレビ版アニメが制作された時、まだ藤子・F・不二雄は存命でしたが、原作未完なのこともあってやや不明瞭な終わり方でした。
一方、2024年のNetflix版アニメ『T・Pぼん』は第2シーズンラストの2話がオリジナルエピソードとなっており、原作漫画にはない展開が描かれます。原作漫画で最後に発表されたエピソード「ひすい珠の謎」から約40年。『T・Pぼん』がどんな結末を迎えるのか、原作ファンの方ほど要注目なアニメとなっています。
ちなみに……漫画『T・Pぼん』は全部で35話のエピソードがありますが、Netflix版アニメでは22話分しか映像化されていません。今のところシーズン3は不明ですが、反響次第でさらなるアニメ化が期待出来そうです。
『T・Pぼん』の作者は藤子・F・不二雄(ふじこエフふじお)。本名は藤本弘(ふじもと ひろし)です。1933年12月1日に富山県で生まれ、1996年9月23日に63歳の若さで亡くなりました。
言わずと知れた『ドラえもん』、『キテレツ大百科』や『エスパー魔美』といった多くの作品を送り出した偉大な漫画家です。
藤子・F・不二雄は藤子不二雄Aこと安孫子素雄(あびこもとお)とコンビを組んで、1987年に解散するまで「藤子不二雄」として活動しました。2人とも手塚治虫に憧れて漫画家を志し、上京して漫画家の聖地たるトキワ荘に入居したこともあります。その辺りの経緯は漫画家漫画の元祖とも言える、藤子不二雄Aの自伝的作品『まんが道』で触れられています。
藤子・F・不二雄の作画は丸っこく、穏やかなタッチが特徴で、作品も基本的には児童が読んでも問題ないソフトなものが多いです。しかし、その一方で藤子・F・不二雄は大人向けのSF短編作品を多数発表(100編以上)するSF作家でもあります。
『T・Pぼん』おすすめエピソードの項目でご紹介した内容から明らかなように、現代から見てもアイデアに富み、先進的でメッセージ性の強い作品ばかり。藤子・F・不二雄の真骨頂はSF短編にこそあると言っても過言ではありません。
『T・Pぼん』をはじめとして、藤子・F・不二雄作品は大人が読んでも楽しめるタイトルがかなり多いので、もしまだあまり読んでないのではあればぜひこの機会に手を伸ばしてみてはいかがでしょうか。
漫画『T・Pぼん』はSFの良さと歴史の面白さを一度に味わえる名作です。未完なため長らく未収録のエピソードがありましたが、現在は新装版や藤子・F・不二雄大全集などですべて読めます。
Netflix版アニメで映像化されていない話もあるので、気になる方はぜひ原作漫画を読んでみてください。