2020年に『影踏亭の怪談』で第17回ミステリーズ!新人賞を受賞し、ホラーとミステリーが融合した怪作をコンスタントに送り出し続けている大島清昭。 今回は幽霊や妖怪の研究者でもあり、実話怪談にも造詣が深い彼の代表作、『影踏亭の怪談』のあらすじや魅力をネタバレレビューしていきます。
本作のキーパーソンは実話怪談作家の呻木叫子(うめききょうこ)。全国各地を渉猟し心霊体験を集め、それをホラー小説に編み直し、一部マニアに支持を得ている女性作家。本名は梅木杏子です。
第一話『影踏亭の怪談』の語り手「僕」は、姉である呻木叫子が自宅マンションにて、両瞼を髪の毛で縫い合わされた異様な姿で昏倒しているのを発見。しかも両手足を粘着テープで椅子に縛り付けられていました。
その後叫子は意識不明の重体で入院し、「僕」は姉の身に起きた出来事の詳細を探る為、彼女が直前まで取材していた旅館・影踏亭へ向かいました。
叫子が残した資料曰く、影踏亭には従業員が休憩用に使っていた離れが存在し、そこで数々の怪現象が相次いだというのです。しかも外観の印象と実際の部屋数が食い違っており、従業員たちは壁の向こうに隠し部屋があるのではと噂します。
バイトの青年Dが体験した怪現象は、深夜の午前二時十七分になると携帯に非通知で、謎の電話がかかってくるというもの。ある時うっかり出てしまった彼に、相手は、「とらっく」と一言囁いて通話を終えます。
その三日後、バイト帰りのDはトラックに轢かれて入院しました。
「僕」は影踏亭に宿泊を決め、離れの調査を開始。影踏亭に座敷童のような男の子の霊が徘徊し、その子が呪いの電話に関わっている事を突き止めました。
さらに調査を進める中、「僕」は占術家兼心霊研究家を自称する水野晶と知り合います。
水野は女将の依頼で一晩離れに泊まり、お祓いを行うことに。
旅館経営者の影山は「新月の夜は化け物が徘徊しているから中庭に出てはならない」と怯え、約束を破って外出した際、化け物に腕の肉を食いちぎられた話をします。
叫子が残した資料によると、影踏亭の開業前、旅館があった場所には拝み屋の家が建ち、そこには神戸(こうべ)の神様なる存在が祀られていたそうです。
水野の誘いを受け、携帯が鳴る瞬間に立ち会うことにした「僕」ですが、同時刻に密室化した離れにて水野の死体が発見されます。
「僕」は水野にお祓いを依頼した女将や影野の犯行を疑うものの、真相を明らかにする前に命を落とし、今度は長い眠りから覚めた叫子が影踏亭へと向かいました。
はたして叫子は離れの密室トリックを解いて、水野と弟を殺した犯人を捜し出せるのでしょうか?
- 著者
- 大島 清昭
- 出版日
本作は作家呻木叫子シリーズの第一作目にあたり、第17回ミステリーズ!新人賞を受賞した、大島清昭の鮮烈なデビュー作としても知られています。小説執筆前から大島清昭は心霊・怪談の研究者として地位を確立し、民俗学や都市伝説への造詣の深さで一目置かれていました。
『影踏亭の怪談』は呻木叫子が遭遇した事件を収録した連作短編集。収録作は以下四話です。
本作はホラーとミステリーが融合したホラーミステリー小説であり、ロジカルな謎解きとオカルトホラーの醍醐味の恐怖描写が両方楽しめるのが長所。これには叫子が自身の体験をルポルタージュ風の小説に仕立てる、実話怪談作家なのも大きく影響しています。即ち、叫子はノンフィクションをフィクションに落とし込むプロなのです(逆もしかり)。
まずは第一話、『影踏亭の怪談』に注目してください。これは呻木叫子初登場となるエピソードですが、肝心の叫子本人は中盤まで覚醒せず、弟の「僕」の調査パートと叫子が残した手記パートが主体となります。故に読者は「僕」こそ主人公だと思い込み、「姉を襲った惨劇の真相を探る」のが物語の核だと刷り込まれてしまうのです。
しかしそれは間違いで、探偵役の「僕」はあっさり退場。事件に深く関わりすぎたが故に、あるいは真相に近付きすぎたが故に真犯人に殺され、死体を川に捨てられるという非業の最期を迎えます。今度は真打の叫子に視点が移行し、「弟を襲った悲劇の真相を探る」調査パートが始まる二段構成が大変憎いです。
叫子がフィールドワークを欠かさず関係者に事情聴取し、糸口を掴むのもポイント。このあたりには口伝の研究者である作者の姿勢も反映されていますね。
作中で彼女が遭遇する怪異は、心霊の恐ろしさもさることながら、根底にある人の怖さを炙り出します。
象徴的なのが第一話。真犯人の動機自体はありきたりとも言える卑近なもの、痴情の縺れに過ぎないのですが、だからこそ人の欲望や嫉妬が招いた惨劇の結末には背筋が寒くなりました。
第二話『朧トンネルの怪談』は、事故や事件の記録が一切ないにも関わらず、女性の幽霊が出ると噂になった廃トンネルが舞台。現象そのものの恐ろしさや不可解さに重きを置いた実話怪談ならいざ知らず、ホラー「小説」を名乗るなら、起承転結や物事の因果……即ち原因と結果が重視されます。
『朧トンネルの怪談』は「結果」から逆算し「原因」に至る逆転の発想が見事に生かされた、本短編集の白眉。
人間の心の闇と怪異の闇、両方にバランスよくフォーカスした構成が、『影踏亭の怪談』を良質のホラーミステリーに仕上げているのです。
影踏亭に祀られていた神戸の神様の正体が、第二話・第三話・第四話と進むに従い実体を帯びていくのも、最終話に伏線を収束させる連作の特性を上手く使っていました。
- 著者
- 大島 清昭
- 出版日
- 著者
- 大島 清昭
- 出版日
『影踏亭の怪談』の作者・大島清昭は、ホラーとミステリーが融合した作風に特徴があり、最新作『最恐の幽霊屋敷』においてもその美点が遺憾なく発揮されています。同系統の作家に綾辻行人、三津田信三、京極夏彦、澤村伊智、小野不由美などがいます。
上記作家陣が好きな方には、自信を持っておすすめできます。
- 著者
- 大島 清昭
- 出版日
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大島清昭の著作に共通するのは、ホラーの不気味さとミステリーの面白さを両立させている点。
叫子が遭遇する事件の実行犯は人間ですが、彼等が殺人を犯した背景に、怪異が関わっているのは否定できません。実行犯が傀儡で怪異が黒幕、という見方もできるのです。
とはいえ各事件に用いられるトリック自体は極めて現実的なもので、怪異を都合よく利用したりはしません。
「幽霊だから壁抜けや瞬間移動が可能だった」等の論理の飛躍はない為、何でもありじゃないかと興ざめせず、安心して読めます。その上で怪異の恐ろしさを引き立てる演出をしており、最終話のラスト数行に集約された、クリーピーな読み心地は癖になります。
『影踏亭の怪談』を読んだ人には三津田信三『どこの家にも怖いものはいる』をおすすめします。
こちらは事故物件を扱ったモキュメンタリー仕立ての小説で、オカルトマニアの作者が様々な手記や録音テープから、心霊事件の真相を導き出すホラーミステリーです。
博覧強記な編集者と三津田信三のオカルト談義にも注目してください。
- 著者
- 三津田 信三
- 出版日
続いておすすめするのは永椎晃平の漫画『スケアリー・キャンパス・カレッジ・ユニバーシティ』。前作『星野、目をつぶって。』からガラリと方向転換し、受難体質の女子大生を主人公にしたホラーオムニバス。
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- 著者
- 永椎 晃平
- 出版日