5分でわかる『二銭銅貨』ネタバレ徹底解説 六畳間で同居する無職青年とその友人の暗号談義

更新:2025.9.14

1923年(大正12年)に発表された江戸川乱歩の『二銭銅貨』。本作は乱歩の出世作となった名短編で、現在でも根強いファンに愛されており、乱歩の短編集に必ず入っています。今回は時代を経てもなお色褪せない魅力を帯びた、『二銭銅貨』のあらすじと魅力をネタバレありで徹底解説していきます。最後までお付き合いください。

都内在住の小説漫画好きwebライター。特にホラー・ミステリー・ハードボイルド・ヒューマンドラマを愛する。 好きな作家は浅田次郎・恩田陸・東山彰良・いしいしんじその他。 YouTubeチャンネルのシナリオや読書メディアで執筆中。お仕事のご依頼ございましたらTwitterのDMからどうぞ。
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『二銭銅貨』の簡単なあらすじと登場人物紹介(ネタバレあり)

 

さて、世の中に一番安全な隠し方は、隠さないで隠すことだ。衆人の目の前に曝して置いて、しかも誰もがそれに気づかないという様な隠し方が最も安全なんだ。

 

舞台は大正時代。

無職青年の「私」友人の松村武と下駄屋の二階の六畳で同居しながら、日々の食事にも困る貧しい暮らしを送っていました。

そんなある日のこと、某電機会社が経営する工場の給料日に、有名な紳士盗賊が記者に変装し、5万円を盗む事件が起きます。賊は捕まり懲役刑を受けるものの、盗んだ5万円の行方はわからずじまいでした。

事件の顛末を知った「私」と松村は、見事金を持ち逃げした賊を大層羨ましがり、自分たちもどうにかして大金を掴みたいと額を突き合わせ画策します。

すると松村が「私」の机の上の二銭銅貨に目をとめて入手先を聞いてきました。「私」が馴染みの煙草屋のお釣りだと答え、そこの看板娘が差入屋に嫁いだことを付け足すと、松村は真面目な顔でブツブツ考え事をはじめます。

以来、万年金欠にもかかわらず按摩を読んだり書き物に熱中したりと胡乱な行動を取り始めた松村。数日後、商人に扮した松村が浮かれて帰宅したかと思いきや、「俺は頭がいい」と大得意で宣言します。

松村曰く「私」が貰った二銭銅貨は開閉式の容器になっており、中に「南無阿弥陀仏」と綴った紙切れが入っていたのだとか。

その紙片は紳士盗賊が仲間に5万円の隠し場所を示す暗号で、それが煙草屋の娘を介し「私」の手に渡ったのだと松村は推理しました。

松村が按摩を呼んだのは点字で記された暗号を訳す為。「この中に回収済みの5万円がある」と傍らの風呂敷包みを持ち上げる彼に対し、「私」は腹を抱えて笑いながらタネを明かします。

「お前が解読した暗号をよく見直せ。それも暗号になってるんじゃないか?」

愕然として風呂敷包みの中を検めた松村は、5万円分の札束が全てオモチャの偽紙幣だと悟り、まんまと「私」に担がれたと思い知るのでした。「私」と「松村」は以前から頭の良さを競い合っているライバル同士で、今回の一件も松村を出し抜こうと計画したことだったのです。

物語のラストにて、「私」は二銭銅貨の本当の入手先は聞かないでくれと意味深な牽制をします。工員の給金を騙し取った賊の仲間は杳として知れず、5万円の行方も不明なまま……「私」と松村は今日も下駄屋の二階の六畳で管を巻いているのでした。

登場人物

  • 「私」  本作の主人公。下駄屋の二階に下宿している貧乏青年。日々職探しもせず六畳間でゴロゴロしている。詭弁を弄して工場から5万円を盗み出した紳士盗賊に感心し、自分たちも大金を手に入れられないか画策する。
  • 松村武 「私」の友人。六畳間で同居中。普段から「私」と頭の良さや閃きを競い合い、頓智問答や謎掛けを繰り広げている。紳士盗賊が逮捕されたニュースを知り、「私」が持ち帰った二銭銅貨に隠された暗号解読に本気を出す。
  • 紳士盗賊 新聞記者に変装して某電機会社の工場に入り、工員の給金5万円を騙し取った泥棒。逮捕後も金の隠し場所を白状しない為、外に仲間がいるのではと疑われている。紳士盗賊の名に恥じぬスマートな犯行を心がけ、暴力や殺人は固辞するのがモットー。
著者
江戸川 乱歩
出版日
1960-12-27

江戸川乱歩流の意地悪なユーモアが冴え渡る 「私」と松村の愉快千万な問答 

『二銭銅貨』は1923年(大正12)年に発表された探偵小説家・江戸川乱歩のデビュー作。現在は青空文庫などで無料で読める他、乱歩の短編集には必ずと言っていい程収録されている名編です。

この後乱歩はメキメキと頭角を現し、『孤島の鬼』『パノラマ島奇談』『芋虫』『屋根裏の散歩者』『人間椅子』など、世間に衝撃を与える数々の傑作を発表していきました。

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本作『二銭銅貨』の見所は物語の大半が下駄屋の二階の六畳間で展開すること。いわゆる安楽椅子探偵もの、「日常の謎」の元祖と言える構成で、「私」と松村が暗号をめぐって繰り広げる珍妙なやり取りがメインになります。

  • 安楽椅子探偵 別名「アームチェア・ディテクティブ」。ミステリ用語の一種。現場に赴くなどして積極的な情報収集はせず、関係者の話を聞くだけで真相を推理・看破する探偵のこと。バロネス・オルツィ『隅の老人』シリーズが先駆けとされる。
  • 日常の謎 ミステリ用語の一種。日常生活の中に潜む、ささやかな謎の解明過程を扱ったミステリー小説のこと。犯人に悪意や害意が伴わないケースも多い。物語の性質上、職業探偵以外の素人が推理をする。北村薫『円紫さんと私』シリーズが有名。事件自体は必ずしも犯罪の定義に該当しないが、本格推理小説に勝るとも劣らぬ緻密なロジックが構築される為、一定のファンを獲得している。
著者
北村 薫
出版日

登場人物の少なさにも注目あれ。作中に登場するのは「私」と松村のみ。冒頭で引用される紳士盗賊の犯行手口や飛び入りの按摩を除けば、全編二人の会話主体でストーリーが進行します。捜査線上に次々と容疑者が浮上する乱歩作品の様式美を知っている方は、逆に新鮮に感じるのではないでしょうか。

あの泥棒が羨ましい。二人のあいだにこんな言葉がかわされるほど、そのころは窮迫していた。

この書き出しからしてインパクト大ですよね。乱歩は「私」と松村の軽妙な掛け合いを風刺の利いた会話劇に仕立て上げ、読者のくすくす笑いを誘いました。

乱歩が心酔するエドガー・アラン・ポー『黄金虫』の影響も明らかで、松村はアーサー・コナン・ドイルやポーの著作に言及しています。探偵小説の登場人物が探偵小説を批評する、入れ子細工の構造が贅沢ですね。

著者
ポオ
出版日
2006-04-14

乱歩自身学生時代から暗号に興味を持ち、古今東西の暗号史を熱心に調べていたことが、日本最初の本格探偵小説と名高い『二銭銅貨』の成功に繋がったのではないでしょうか?

なお松村武の名前は実在の知人・松村家武からとったそうで、外見や性格も反映されているそうです。同時期に執筆された『一枚の切符』にも登場するので、気になる方はぜひ読んでください。

松村はあっけにとられて、笑いける私を見ていた。そして、一寸変なものにぶっつかった様な顔をして云った。
「君、どうしたんだ」
私はやっと笑いを噛み殺してそれに答えた。
「君の想像力は実にすばらしい。よくこれ丈けの大仕事をやった。俺はきっと今迄の数倍も君の頭を尊敬する様になるだろう。成程君の云う様に、頭のよさでは敵かなわない。だが、君は、現実というものがそれ程ロマンチックだと信じているのかい」

常にお互いをライバル視し日常的に知恵比べをしている「私」と松村の関係も、丁々発止の暗号談義に一興を添えています。松村の推理を折に触れ混ぜっ返す「私」の剽軽さ、エスプリとウイットに富む指摘が、ストーリーに緩急を付けているのは見過ごせません。

この二人、仲が良すぎる。

著者
江戸川 乱歩
出版日
1960-12-27

乱歩作品では超レア エログロ皆無で人が死なないミステリー

次点のおすすめポイントは何と言っても人が死なないこと。特殊性癖と変態性欲の宝庫と言われる江戸川乱歩作品では大変珍しいことに、本作は1人も人が死なず、悪趣味なエログロ描写も一切ありません。

事件の発端となる紳士盗賊は紳士の名に恥じぬ振る舞いを心がけており、その犯行手口は極めてスマート。詐欺の被害者は気の毒にせよ、盗まれた給料は電機会社が補償してくれるので、実質的な損失を被ったのは大企業だけ。結果だけ見ればあっぱれ痛快とさえ言えます。

江戸川乱歩は『芋虫』で四肢を欠損した元軍人と妻の淫蕩な戯れを、『人間椅子』では椅子職人のフェチズム炸裂の妄想を、『パノラマ島奇談』では絶海の孤島に楽園を作り上げた男の殺人計画を、『孤島の鬼』では健常者を奇形に改造する老人の妄執を描き出しました。

上記の共通項はどれも猟奇的な描写があることで、凄惨極まる虐待シーンや殺人シーンが話の筋立てと切り離せません。『芋虫』に至っては発禁処分されています。

対する『二銭銅貨』といえば、最初から最後まで「私」と松村が六畳間でだべっているだけ。

外の世界は一貫して描写されず、二人がむさ苦しい六畳間から出ることはほぼありません。例外は序盤の紳士盗賊の犯行シーンだけ。人が傷付いたり殺されたりする描写は一切なく、「私」のあっけらかんとした暴露と「やりすぎたかな?」とおろおろする謝罪が相俟って、読後感が大変いいです。

「俺は、君に対して実に済まぬことをした。どうか許して呉れ。君がそんなに大切にして持って来たのは、矢張やはり玩具の札なんだ。マア、それを開いてよく調べて見給え」

(中略)

松村はそれを信ぜぬように、幾度も幾度も見直していた。そうしている内に、彼の顔からは、あの笑いの影がすっかり消去って了った。そして、後には深い深い沈黙が残った。私は済まぬという心持で一杯であった。私は、私の遣り過ぎたいたずらについて説明した。けれども、松村はそれを聞こうともしなかった。その日一日はただ唖者の様に黙り込んでいた。

一方的にだまされた松村は気の毒ですが、その後もなんだかんだで同居を続けているあたり、切っても切れない腐れ縁の友情を感じますね。

エログロを理由に乱歩を避けている方、江戸川乱歩初心者におすすめしたい点はまさにここ!倒錯的な面ばかり取り上げられがちな乱歩ですが、『二銭銅貨』の群を抜いた完成度を見れば、推理作家としても超一流の技巧の持ち主であることがわかります。

換字法と分置式暗号を組み合わせた暗号は非常に手が込んでいるものの、併載された対応表と照らし合わせながら松村が丁寧に解説してくれるので、読者を置いてけぼりにはしません。

猟奇殺人や特殊性癖でアナーキーな奇を衒わずとも、「私」と松村の暗号解読過程だけでしっかり面白いのが『二銭銅貨』最大の長所。松村と読者を欺く鮮やかな二段オチ、そこからさらに上を行く三段オチが待ち構えているのも憎いです。

江戸川乱歩を食わず嫌いしている方は、ぜひとも「二銭銅貨」を読んで考えを改めてください。

著者
江戸川 乱歩
出版日
1960-12-27

『二銭銅貨』を読んだ人の感想や反応

『二銭銅貨』を読んだ人におすすめの本

江戸川乱歩『二銭銅貨』を読んだ人には『孤島の鬼』をおすすめします。こちらは『二銭銅貨』と打って変わって、凄惨な殺人シーンや人体改造シーンが登場する探偵小説です。

簑浦は三十前なのに総白髪になってしまった青年。その理由を訊かれた彼は、自分に歪んだ想いを寄せる旧友・諸戸が関係する、忌まわしい連続殺人の全容を語り始め……。

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5分でわかるネタバレあらすじ解説 江戸川乱歩『孤島の鬼』執着系美男子の危険な愛情

5分でわかるネタバレあらすじ解説 江戸川乱歩『孤島の鬼』執着系美男子の危険な愛情

ホラーとミステリーが融合した猟奇的作風で多くの読者を魅了した作家・江戸川乱歩。『孤島の鬼』は過酷な宿命を背負った魔性の美男子・諸戸と、彼に恋された青年・簑浦の確執を軸にした、おぞましくも耽美な孤島の惨劇を描いて人気を博しました。 今回は同性愛や人造の奇形など、インモラルな題材を盛り込んだ不朽の名作『孤島の鬼』のあらすじを解説していきます。

著者
江戸川 乱歩
出版日
著者
["naked ape", "江戸川 乱歩"]
出版日

 

 

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