5分でわかる『屋根裏の散歩者』窃視に嵌まった変態の末路 ネタバレあらすじレビュー

更新:2023.11.9

日本が誇る怪奇小説か江戸川乱歩が世に送り出した『屋根裏の散歩者』。本作は名探偵明智小五郎シリーズの五冊目にあたり、犯人の視点で物語が綴られる、倒叙ミステリーの傑作でもあります。 今回は『屋根裏の散歩者』のあらすじや魅力を紹介していきます。最後までお付き合いください。

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『屋根裏の散歩者』の簡単なあらすじ・登場人物紹介(ネタバレあり)

郷田三郎は親の仕送り頼みで暮らす無職の青年。この世のあらゆる娯楽に興味を持てず、毎日をただ無気力に生きています。

郷田は共通の友人を介し、私立探偵の明智小五郎と知り合います。明智の薫陶を受けた郷田は犯罪に関心を示し、知らない人間を尾行したり公園のベンチに暗号を記した手紙を置いたり、探偵の真似事で暇を潰すようになりました。

三か月後、郷田は新築の下宿屋「東栄館」に転居。この頃には探偵ごっこにも飽き始め、新たに夢中になれる事柄を探していました。

ある日のこと、下宿で寝転んでいた郷田はふとしたきっかけから押し入れ内を探索し、天井の羽目板が外れることを発見します。

以来たびたび羽目板を外して屋根裏に上がり、天井の節穴から住人たちの私生活を覗き見ることに愉悦を見出すように。東栄館の住人たちはそれぞれ後ろ暗い秘密や疚しい性癖を持っており、自分一人の空間で赤裸々な本性を曝け出すのです。

屋根裏の散歩にどっぷりハマった郷田は、天敵の歯科医助手・遠藤の寝顔を観察中、完全犯罪を思い付きます。

それは天井の節穴から口内へモルヒネをたらし、自殺に見せかけ殺すというもの。

遠藤にはモルヒネで心中を図った前科がある為、犯行はばれまいと確信しました。

郷田は遠藤の部屋からモルヒネを盗み出すものの、穴の真下に口が位置する好機に恵まれず、一度は計画を断念。

さりとて諦めきれず、その後も遠藤の動向を探り続けるうち、穴と口が一直線に結ばれる瞬間に行き当たりました。

すかさずモルヒネの雫をたらし、穴から小瓶を投げ捨てたのち、天井の穴を塞いで証拠隠滅を完了。郷田の目論見通り遠藤の死は自殺として処理されました。

事件から三日後、明智が捜査に赴きます。

遠藤の部屋を調べた明智は、故人が翌朝の起床時刻に合わせ目覚ましを掛けていたこと、粗雑に扱われた小瓶の違和感から他殺の可能性を指摘。

遠藤の死亡日から郷田が煙草をやめた事実が決定打となり、真相を看破しました。

登場人物

  • 明智小五郎 高名な私立探偵。犯罪や人間心理に造詣が深く、警察に捜査協力することもしばしば。
  • 郷田三郎 明智の知人。引っ越し癖があり下宿を転々としている。無趣味無気力な人間だが、明智と知り合った事で犯罪の魅力に目覚め、屋根裏徘徊と窃視が習慣化した。
  • 遠藤 「東栄荘」の住人。歯科医助手。郷田とは反りが合わない。
江戸川乱歩のおすすめ作品15選!長編から中短編、代表作まで一挙にご紹介!

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稀代の推理小説家として、国内外に多数のファンを持つ江戸川乱歩。数々の作品がメディア化され、日本の小説界に欠かせない存在となっています。読み応えたっぷりの長編から、心に残る極上の中短編まで、数々の傑作を生み出し続けた江戸川乱歩の作品をご紹介します。

著者
江戸川 乱歩
出版日
2015-05-20

頭上に注意!身近に潜む変態の恐怖

『屋根裏の散歩者』は犯人が語り手を務める倒叙ミステリーに属します。

郷田三郎は親の仕送りに依存して暮らす男……いわゆるニートです。一日中暇を持て余した挙句、明智に触発されて探偵ごっこに耽り、それに飽きたら犯罪ごっこにハマる幼児的な人間として描かれています。

郷田はあらゆる趣味に興味を持てず、人生に退屈しきっていました。女、賭博、酒、煙草……何も慰めになりません。そんな彼が押し入れの天井から屋根裏に上がり、住人の暮らしぶりを覗き見る事で、初めて生きている実感を得るのです。

江戸川乱歩の小説群にはモラルが欠如した人間が大勢登場します。

椅子越しに感じる女体のフェチズムに取り憑かれた『人間椅子』の職人しかり、SМ願望で結ばれた『D坂の殺人事件』の人妻と間男しかり、『芋虫』では四肢を欠損した傷痍軍人と妻の愛欲地獄が描かれます。『孤島の鬼』は異性愛者に恋した同性愛者の情念の物語でした。

加害者・被害者問わず人に言えない性癖や過去を隠し持ち、それがなおのこと事件を複雑化させているのが、乱歩作品の特徴です。よしんば真相を解明しても、人間心理の専門家でなければ異形の真実に辿り着けません。

5分でわかるネタバレあらすじ解説 江戸川乱歩『孤島の鬼』執着系美男子の危険な愛情

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ホラーとミステリーが融合した猟奇的作風で多くの読者を魅了した作家・江戸川乱歩。『孤島の鬼』は過酷な宿命を背負った魔性の美男子・諸戸と、彼に恋された青年・簑浦の確執を軸にした、おぞましくも耽美な孤島の惨劇を描いて人気を博しました。 今回は同性愛や人造の奇形など、インモラルな題材を盛り込んだ不朽の名作『孤島の鬼』のあらすじを解説していきます。

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青空文庫で無料で読める、江戸川乱歩おすすめ短編ランキングベスト5!

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2015年で、江戸川乱歩は没後50年。芸人で芥川賞を受賞した作家の又吉直樹も大のファンだとか。2016年5月には、三鷹の森ジブリ美術館で、「幽霊棟へようこそ~通俗文化の王道~」の展示が行われました。 今回は、短編の中にも奇怪極まる乱歩の世界を紹介します。

著者
江戸川 乱歩
出版日
著者
江戸川 乱歩
出版日
2016-03-25

注目すべきは上記のテーマが単なる露悪趣味に堕さず、事件のトリックや動機と密接に関わっているところ。人間心理の深奥を腑分けして、関係者の行動にリアリティーを付与するのが、猟奇と耽美を両立させる江戸川乱歩の真骨頂です。

どんなにエログロナンセンスな題材やアブノーマルな嗜好を取り扱っても、彼の作品群が一種の品格を備えているのは、多面的な人間性への深い理解や考察に起因するのかもしれません。

人はその心持ち次第で妻を庇い自害した須永中尉の如く高潔にも、出歯亀に飽き足らず殺人に手を染めた郷田の如く低俗にもなり得ると、乱歩がほのめかしているようにさえ思えてきます。

明智の薫陶で内なる犯罪者の素質に開眼した郷田は、不仲な隣人・遠藤の殺害を計画し、綿密な準備を重ねていきます。

窃視症は他人の裸体、または覗き見ることで性的興奮や快感を得る病理。異常性癖ではスコポフィリア、窃視性愛に区分され、『屋根裏の散歩者』の出版により一躍知名度が高まりました。

郷田の場合は裸体や性行為に限らず、隣人のささやかな秘密や癖、寝顔や寝相を覗き見ることで快感を覚えました。即物的欲望や生理現象に直結しない分、より悪質で厄介ともいえます。

人間は外で仮面を被ります。

社会的動物であればこそ外面を良くしてコミュニケーションの円滑化を図り、プライバシーが確保された密室において、不都合な本性を曝け出すのです。

人の不幸は蜜の味、他人の秘密はモルヒネの味。

禁断の誘惑に抗えず窃視にのめりこんだ時点で、郷田の破滅は既定路線だったのかもしれません。

著者
江戸川 乱歩
出版日

覗き見に憑かれた男の末路と名探偵・明智小五郎の活躍

明智小五郎は言わずと知れた名探偵。怪人二十面相や小林助手率いる少年探偵団の活躍と共に記憶している方には、犯人を自供に追い込む為に狂言に打って出るファインプレーが、些か新鮮に映るかもしれません。

紳士的な言動と裏腹に、偽の証拠まで用意する徹底ぶりは完璧主義者の一面を窺わせます。

本作における明智小五郎の出番は決して多くありません。にも関わらず終盤の見せ場で強烈な印象を残し、ファンの心を鷲掴みにします。犯人が語り手だからこそ、その脅威が存分に伝わってくるのです。

味方にすれば心強く、敵に回せばこの上なく手強い。

そんな明智小五郎と郷田の息詰まる対決も、『屋根裏の散歩者』を語る上で外せない見所です。

犯行に至る一年前から郷田の行動を見てきた読者は、郷田が何をどうやって遠藤を殺害したのか、犯行に用いられた凶器を含め、トリックの全容を知っています。

犯人や仕掛けが予めわかっていたら興ざめと見る向きもありますが、『屋根裏の散歩者』の図抜けた構成力は、そんな懸念を消し飛ばします。

本作の美点は人間の異常心理の闇深さ、それに囚われてしまった男の業の深さに加え、推理小説の醍醐味の畳みかけるようなどんでん返しが味わえる所。

明智は何がきっかけで他殺と看破したのか、郷田が犯した致命的なミスとは何か。我々は郷田の言動や思考過程を辿り、明智と答え合わせすることで、犯人の盲点を突いた落とし穴に気付くのです。

たとえ答えがわかっていても、途中の計算式を省いたのでは、正しく理解したとはいえません。『屋根裏の散歩者』は犯人が誰かを論じる小説に非ず、郷田の犯行が露見した決め手を状況から推理する小説なのです。

明智は現場の目覚ましが掛けられていた事から自殺を否定。

神経質な故人が倒れた小瓶を放置するはずないと怪しみ、さらには郷田が煙草をやめた結果から逆算し、「被害者の部屋の煙草盆にモルヒネが零れた」→「それを目撃した者が真犯人」と推理。

煙草盆に瓶が倒れる瞬間を俯瞰できたのは屋根裏のみと考え、ロジカルな消去法で郷田の犯行を暴きます。

恐ろしいのは上記が無意識の刷り込みにすぎず、郷田に自覚がなかった事。犯人が見落とした証拠を掴み、なければ捏造し、屋根裏から飛び下りて追い詰める華麗なパフォーマンスは痛快の一言。

一度は逃げおおせたと油断を誘い明智を担ぎ出す構成も意地悪く、完全犯罪を成し遂げる難しさ、課題の多さを痛感させられます。

即座に捕まえず自首の猶予を与えたのは、道を誤らせた責任を感じたからでしょうか。郷田が犯罪ごっこに目覚めた遠因にして元凶が明智なら、この対応は納得できます。

はたしてあなたの頭上は安全でしょうか?寝る時は口を閉じるのをお忘れなく……。

『怪人二十面相』の正体は?謎だらけの大怪盗に関する5つの考察【ネタバレ】

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架空の人物でありながら、まるで実在したかのように様々な謎や正体にその想像をめぐらせてしまう大怪盗「怪人二十面相」。彼はいったい何者でどんな人物だったのでしょうか。「怪人二十面相」が起こした事件や敵でありライバルであった明智小五郎との関係などから考察し、その謎に満ちた正体に迫ってみたいと思います。

著者
長田 ノオト
出版日
著者
江戸川 乱歩
出版日
2008-09-25

『屋根裏の散歩者』を読んだ人におすすめの本

江戸川乱歩『屋根裏の散歩者』を読んだ人には山口譲司『江戸川乱歩異人館』をおすすめします。

こちらは江戸川乱歩の小説のコミカライズ。原作に大胆なアレンジを施し、名探偵・明智小五郎を筆頭にした関係者に新たな魅力を与えました。独特なタッチの絵が紡ぐ、退廃的な世界観に浸ってください。

著者
["山口 譲司", "江戸川 乱歩"]
出版日

続いておすすめするのは乃木坂太郎『幽麗塔』

こちらは 黒岩涙香の翻訳小説『幽霊塔』を下敷きにした漫画で、男装の麗人・テツオとヘタレ文学青年・天野のバディが、女主人が磔にされた時計塔の謎に挑みます。

江戸川乱歩や横溝正史作品が好きなら読んで損はない、隠れた傑作です。

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「本ページはプロモーション(広告)が含まれています」 当記事で紹介する【幽麗塔】は、ビッグコミックスペリオールにて連載されていた、乃木坂太郎先生の青年漫画です。 ・無料で漫画を読みたい! ・とにかくお得に漫画を読む方法を知りたい! というあなたのために、【幽麗塔】を全巻無料で読むことができるかどうか調査しました。 当記事では、違法ではなく安全に漫画を「無料で読む方法」「半額以上お得に読む方法」をご紹介していきます。

著者
乃木坂 太郎
出版日
2011-11-30
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