「ミステリの女王」と呼ばれる、20世紀に活躍したイギリス生まれの推理作家、アガサ・クリスティー。彼女の作品は様々な言語に翻訳され、愛されています。彼女の作品の中から、おすすめの10作をランキング形式で選んでみました。
アガサ・クリスティーは、1920年に『スタイルズ荘の怪事件』でデビューを飾り、多くの優れたミステリ作品を世に送り続けてきた作家です。
推理小説の歴史では、大体1914年の第一次大戦から1930年代後半にかけてデビューした作家のことを、黄金時代の作家として扱います。クリスティーはまさに黄金時代を代表する作家の一人で、エルキュール・ポアロ、ミス・マープル、トミーとタペンスといった個性的な名探偵を生み出しました。同じ時代に活躍した作家には、ヴァン・ダイン、カー、クイーンなど、クリスティーと同じく、今なお高い名声を持ち、推理小説を語る上で外せない存在が多数います。
クリスティーの作品の魅力は、あっと驚いてしまうようなトリックだけではなく、鋭く豊かな人間関係や心理の描写、クリスティー自身が旅や本から得た知識・経験に基づいて描いている優れた風景の描写など、たくさんあります。今回はそんな魅力的なクリスティー作品の中から、おすすめベスト10をご紹介!
ヘイスティングズは、友人に招かれて訪れたスタイルズ荘で、殺人事件に遭遇します。その屋敷の主人であるエミリーが毒で死亡し、動揺が走る中、捜査を始めたのは、屋敷の近くに住むエルキュール・ポワロでした。
クリスティーのデビュー作であり、名探偵ポワロ&助手役ヘイスティングズの出てくる最初の作品でもあります。
- 著者
- アガサ クリスティー
- 出版日
この作品には目立った特徴はないかもしれません。ですが、完成度が高く、まさにミステリのお手本と言える作品です。真相に至るまでの過程が丁寧に描かれています。
屋敷、そこに集う人々、突然の死、捜査、そして少し奇妙だけど惹かれずにはいられない名探偵。ミステリのロマンがここにあります。シンプルだけど素材の良さがよくわかる料理のような味わいを楽しめます。ミステリの面白さを知りたい、という方にうってつけの作品です。
トミーとタペンスは、好奇心旺盛で冒険好きな夫婦。ある日、トミーは情報部のグラントから、タペンスにも内緒でナチスのスパイの招待を探ってほしいと依頼されます。トミーは依頼を受け、指定された場所に赴くものの、タペンスがおとなしくするわけがなく……。
- 著者
- アガサ・クリスティー
- 出版日
- 2004-04-16
刺激を求める、トミーとタペンスのベレズフォード夫妻を見ているだけでも楽しい作品です。思わずクスッと笑ってしまうところがあります。読み始めてからそんなに時間がたたないうちに、きっとこの愉快な2人の虜になっていることでしょう。
この作品の魅力はキャラクターだけにとどまりません。段々と物語は緊張感を持ち始め、最後には怒濤の展開が待っています。読み返してみると、物語の中にクリスティーが張り巡らせた見事な伏線に驚愕します。
素敵なキャラクターたちに笑顔にさせられて、油断してると、とんでもない目に遭うかもしれません。ジェットコースターのような作品だと思います。
海辺のリゾートの館に、様々な人々がいます。しかし、ネヴィルを中心とした複雑な人間関係のせいで、どことなく不穏な空気が漂っていました。そんな中で、人の命を奪う瞬間「ゼロ時間」が一刻一刻と迫っているのでした。
クリスティー自身が自作ベストにもあげている意欲作!
- 著者
- アガサ・クリスティー
- 出版日
- 2004-05-14
クリスティは冒頭で、本編とは関係ない登場人物に、「ゼロ時間」について以下のように語らせています。
「すべてがある点に向かって集約していく……そして、その時にいたるーークライマックスに! ゼロ時間だ。そう、すべてがゼロ時間に集約されるのだ」(『ゼロ時間へ』より引用)
ミステリ作品は、まず最初に事件が描かれるパターンが多いですが、この作品では、ゼロ時間、つまり殺人が起こる時間までの経緯がじっくりと描かれます。「ゼロ時間」の意味をを心にとめて読むと、なお一層楽しめる作品だと思います。
クリスティーの、騙しと表現の技巧がさく裂する珠玉の作品です。
ミス・マープルが住みセント・メアリ・ミード村にある日、有名な女優のマリーナ・グレッグとその夫が引っ越してきます。夫婦が開いた引っ越し祝いのパーティーで、ある招待客がマリーナが口につけるはずだったカクテルに入った毒で殺されてしまいます。この事件に、ミス・マープルは挑んでいくのですが……。
「誰が殺したのか?」フーダニットだけではなく、「なぜ殺したのか?」ホワイダニットにも注目の1冊です。
- 著者
- アガサ・クリスティー
- 出版日
- 2004-07-15
「鏡は横にひび割れぬ
『ああ、呪いはわが身に』と、
シャロット姫は叫べり。」
(テニスン『レディ・オブ・シャロット』より引用)
テニスンは、ヴィクトリア朝のイギリスで活躍した詩人です。この作品のタイトルは、上に引用した詩が由来となっています。
タイトルの「鏡は横にひび割れて」の意味に気が付いたとき、きっと胸がいっぱいになり、何も言えなくなるでしょう。トリック自体は珍しくないかもしれませんが、テニスンの詩と共に、胸にどっしりと美しいけれど痛く悲しいものを残す、とても鮮烈な印象を与える物語です。
「今月21日、アンドーヴァーを警戒せよ」という不可解な手紙が、ポワロの元に届きました。差出人の名前は「ABC」。予告の通り、Aで始まるアンドーヴァーで、イニシャルがAAの女性が殺害されます。さらにABCから犯行予告が届き、その通りに今度はBで始まるベクスヒルでイニシャルがBBの女性が殺されます。そしてまた……。この難事件の解決にポワロが乗り出します。
- 著者
- アガサ・クリスティー
- 出版日
- 2003-11-11
クリスティーが生んだ魅力的な名探偵の中で、最もよく知られているエルキュール・ポワロが活躍する作品です。
次々に事件が起こり、それに合わせて駆け巡るポワロと相棒・ヘイスティングスのスピード感が、読者を決して退屈させません。そして、なぜABCの順にこだわるのか、といった謎そのものの魅力が読者を最後まで引っ張ります。気が付いたら、読み終えてしまっています。
クリスティーの作品の中で、最も純粋に面白く楽しめる作品、といっても過言ではないと思います。クリスティーは初めてだ、という方にも自信をもっておすすめできる作品です。
シェパード医師は、深夜にかかってきた電話に応えて、村の資産家アクロイド氏の元に向かいます。そこで目にしたにはアクロイド氏の死体でした。シェパードは事件始めから現場に立ち会ったため、この事件についての記録を書き留めることになります。
捜査が混迷を極める中、村に引っ越してきていたポワロが真相解明に乗り出します。
- 著者
- アガサ クリスティー
- 出版日
クリスティーの作品の中で最も有名な作品のうちの一つです。
発表当初から物議をかもし、論争が繰り広げられてきた作品です。議論の的になった点は......おっと、これは作品を読めばわかるはずなので、自分で確かめてくださいね。
一つ、忠告させてください。この紹介を読んで興味を持ってくださった方へ。あまり『アクロイド殺し』のことを調べないことをおすすめします。無意識に事件の核心に触れてしまっているようなレビューが多いです。つい人にネタバレしてでも語りたくなってしまうような、大胆なトリックが仕込まれた作品です。
引退した俳優・カートライトが主催したパーティーの最中に、牧師が死亡します。殺人ではないと判断されるものの、数か月後、あるパーティーで牧師のときと同じ状況で医師が死亡し、今度は毒殺だと判断されました。これらは一連の犯行ではないか、とカートライト、サタースウェイト、エッグが謎を解こうとします。
- 著者
- アガサ クリスティー
- 出版日
「三幕」の名の通り、演劇のように各章には「一幕」「二幕」「三幕」と付いています。また、冒頭で<演出><演出助手>といったように、劇のスタッフ紹介の形で、 カートライトやポワロなどの主要な登場人物が紹介されています。
クリスティーは小説だけでなく、『ねずみとり』や『検察側の証人』などの戯曲も書いていますが、ミステリに存在する演劇的な要素に強い関心を持っていたようです。ミステリとは、登場人物に犯人、探偵、目撃者、などの役割を与えて、何の罪もない一般人を演じている犯人をあぶり出す劇をやらせるジャンルだ、と言えるかもしれません。
そのクリスティーの関心が、トリックの根幹に関わる形で大きく花開いているのが、『三幕の殺人』という作品です。周到に築かれた演劇的構造を、ぜひ楽しんでください。
フォテスキュー氏が毒殺され、ニール警部は彼の屋敷での捜索を始めます。様々などこかきな臭い人々の集う屋敷の中で、ニール警部は一生懸命捜査を進めようとするものの、また新たな殺人が起こってしまい、ある縁でミス・マープルが事件現場に赴きます。
- 著者
- アガサ・クリスティー
- 出版日
- 2003-11-11
クリスティーは文化的な背景描写・心理描写に定評のある作家ですが、この作品でその技巧は存分に発揮されています。
『マザーグース』はもちろん、テニスン『アーサー王物語詩』を取り上げたり、典型的なイングリッシュ・ブレックファストを描いたり、イギリス文化を味わえる描写がこの作品には多くあります。イギリス好きにはたまらない一冊ではないでしょうか。
また、登場人物が持っているそれぞれのアクの強さが見事に描かれるため、冷静に考えたら不可解な登場人物の行動にも、「この人物なら確かにそうするだろうな」という説得力があります。それゆえに物語に厚みが生まれています。さらに、本作で探偵役を務める老婦人、ミス・マープルがとてもかっこよく、彼女を好きにならずにはいられません。
複雑な人間関係と心理を紐解いて、鮮やかに事件を解決する聡明なミス・マープルに、ぜひこの作品で会ってみてください!
ジョーンは病気の娘の見舞いの帰りに、友人ブランチに会います。よき夫と子供たちに恵まれ、理想の家庭を築いてきたと自負していましたが、ブランチのある言葉をきっかけに疑問を抱き始めます。
砂漠の中の宿で、ジョーンは自分の人生を振り返り始めます。そして彼女が気づいたことは……。彼女が自分の人生の真実に気が付いたとき、取った選択は……。
- 著者
- アガサ・クリスティー
- 出版日
- 2004-04-16
もちろんこの作品も「ミステリの女王」クリスティーの作品ですが、探偵は出てきません。殺人はありません。端的に言うと、一人の女性・ジョーンが人生を振り返る話です。
この作品はミステリなのだろうか、と疑問に思われる方もいらっしゃると思いますが、ふとしたきっかけでジョーンが自分のつくりあげてきた完璧な家庭に疑問を抱き、過去を振り返ってその疑問への答えを探していく課程は、まさにミステリの謎解きではないでしょうか。謎は犯罪にだけではなく、身近なところにも潜んでいるものなのです。そういう意味で、一種のミステリとして捉えることもできると思います。
クリスティーの特徴である巧みな心理描写のすばらしさ、読者の価値観を丸裸にしてしまうような恐ろしさにぞくっとしてしまう作品です。とにかく一度読んで、この衝撃を味わってもらいたいです。
面識のない男女10名が、U・N・オーエンという誰も対面したことのない人物によって孤島・インディアン島に集められました。夕食の最中に、10人それぞれの法では裁けない罪を告発する不気味な声が響き渡ります。そして、ひとりが亡くなって、またひとり……。
- 著者
- アガサ クリスティー
- 出版日
1位はやはり『そして誰もいなくなった』。永遠に語り継がれるミステリの金字塔です。
登場人物は全員暗い過去を持っていて、舞台は隔絶された島の中で、殺人は童謡になぞらえたもので、犯人は自分たちの中にいて、というサスペンスフルな状況。登場人物が一人、また一人と消えていき、心理的に追い詰められていく展開に手に汗を握ります。
この作品がなかったら、 横溝正史 『獄門島』、綾辻行人『十角館の殺人』などのミステリの名作は生まれなかったかもしれません。そのくらい影響力の強い作品です。ミステリ好きの人は必読の傑作です。
以上、アガサ・クリスティーおすすめベスト10の発表でした。いかがでしたか? クリスティーは個性豊かな作品を多く書いており、それぞれ違った面白さがあります。ぜひ興味のある作品を読んでみてください!