本に親しみのない方でもこの作家の名前を目にしたことはあるのではないでしょうか?日本を代表する作家としてミステリー、ファンタジー、ホラー、時代小説とジャンルを問わず30年近く活躍し続けている作家・宮部みゆきの文庫作品15選をご紹介します。
宮部みゆきは1960年、東京の下町、深川に生まれました。都立高校卒業後、速記の専門学校へ入学し、途中からは会社勤めをしながら勉強を続けました。速記検定1級取得後に法律事務所に就職し、勤務のかたわらで23歳の頃から小説を書き始め、1987年『我らが隣人の犯罪』でオール讀物推理小説新人賞を受賞して作家デビューを果たしました。その後、直木賞ほか数々の文学賞の栄冠に輝き、今では文学賞の選出委員と立場を変えています。
子どもの頃の宮部みゆきは体が弱く、病気で寝ていることが多かったといいます。病床で、父親が買ってきてくれた本をあっという間に読んでしまって父親を驚かせたそうです。当時から子ども向けのホラーやサスペンスものも読んでいたのだとか。また、落語好きな父親と洋画好きな母親の影響も存分に受けて育ったということです。
小学校時代には想像の羽を伸ばしてその世界に浸り、問題児扱いをされたこともあったといいますが、その時に彼女の個性を尊重した母親のおかげで現在の作家・宮部みゆきが存在しているのかもしれません。
関沼慶子は自身の散弾銃を抱えて、かつての恋人の結婚式場へ向かっていきます。
苦しい時を愛の力で支えあっていたと慶子が信じていた恋人が、実は打算で付き合っていたことが判明し別れていました。彼の結婚式に銃を持って押しかける理由は復讐のためだったのです。
一方、釣具店の店員である織口邦男は、客の慶子が散弾銃を保有していることを知り、偶然にも同じ日に自分の計画を実行しようとします。
二つの計画がそれぞれ実行されようとしたとき、二人の想いを知ったうえで計画をやめさせようとする人々が現れるのです。慶子はかつての恋人の妹である範子に説得され、計画をあきらめます。
しかし、織口は計画をあきらめませんでした。釣具店の若い同僚である修司に計画をやめるよう説得されますが、逆に修司は計画に巻き込まれていくのです。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2011-07-12
普通の人であった慶子や織口が、銃を用いて復讐しようとするきっかけは何なのでしょうか。復讐の対象はそれぞれ卑劣な人間でまさに「怪物」といえます。そして、「怪物」を相手にするとき、普通の人間も「怪物」になってしまうのです。
『スナーク狩り』は結婚式からそれぞれの背景を持つ人々が、夜の高速道路を疾走しながら翌朝の一つの現場へ収れんしていきます。ストーリが進むにつれスピード感と緊張感がどんどん高まっていくんですね。その加速感と「怪物化」していく人々の気持ちの変化に、読み手はいつのまにか引き込まれていきます。
怪物の最後はどうなるのでしょうか。宮部みゆきが、ルイス・キャロルの『スナーク狩り』を引用している意味を改めて考えてみると、いろいろと考え込んでしまいます。復讐の果てにどんな世界があるのでしょうか。
主人公・花ちゃんこと高校1年の花菱英一が、元写真館の家に引っ越してくるところから始まるストーリー。少し前まで写真館として営業していた店舗物件を、一風変わった両親が気に入り、住宅として買ったのです。元撮影室をリビングとして、元暗室をユーティリティ室として使い、玄関横には、通りを歩く人に見えるように写真を飾る箱型のウインドウがそのまま残っているその家で花ちゃんは両親と8歳年下の弟・ピカこと光と暮らします。読者の脳内にも、ワクワク感が広がってくるような背景です。
子どもたちを全身全霊で愛していて、しかも甘やかすことなく適度な距離感を持って接している花ちゃんの両親がとても魅力的で、兄よりも優秀な弟のピカもいやみがなく、絵や造形が好きなかわいい小学2年生で、なんてのびやかな家庭だろうと思いながら読んでいくと、次第に、明るい花ちゃん家族が秘めた苦しみが顔を出し始めます。ほんのりともの悲しさもにじんでいる作品で、特にしっかり者の弟のピカが、写真館の元の持ち主である小暮さんの幽霊に会いたがる話では、思わず涙してしまいました。ピカが幽霊に会いたいと思い詰めた理由とはどんなことだったのでしょうか?
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2013-10-16
いつも他人の心配で心をいっぱいにしてしまう花ちゃんはもちろん、大人であることを振りかざさない両親、花ちゃんの恋の相手、高校の友達。それぞれのキャラクターが生き生きと表現され、彼らの欠点すら魅力的に思えるのです。悩みを持ちながらもいろんな経験を糧にして立ち直っていく登場人物達のことをとてもいとおしく思える物語です。
人の優しさとノスタルジックな読後感の残る異色のこの作品で、宮部みゆきは新境地を開いたと言えるのではないでしょうか。
宮部みゆきの初期の名作といえばサイキックミステリーをテーマとした『龍は眠る』です。
物語は雑誌記者である高坂昭吾が車で東京に向かう途中に道端で自転車をパンクさせた少年を拾うところから始まります。
車に乗せたどこと無く不思議な雰囲気のある稲村慎司は高坂に対し『僕は超常能力者なんだ』と唐突に切り出します。
戸惑うものの高坂はとても信じられないといった感情を持ちますが、慎司には他人の頭の中を読み取る能力があり、その言葉を証明するかの如く二人が走行中に遭遇した死亡事故の真相を語り始め……。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 1995-01-30
全ての人間を見通す力を持ってしまった少年の苦悩と孤独の心象が物語を進めていくと頭の中に語りかけてくるように感じます。
語られた死亡事件の展開は思いもよらぬ真相を迎えることになるのです。
1つの事件の合間に挟まれる人の温かみ、超常能力を持ってしまった慎司の苦悩とのコントラストは素晴らしく、宮部みゆきの手によって様々な感情が重厚感溢れる形で描かれています。
話を進めるごとに人の情とは?全てが分かってしまうからこそ触れてしまう人の孤独とは?という深い話題に触れることの出来る作品になっているためミステリーが好きな方、人間味溢れる物語が好きな方まで非常に満足できる一作となっています。
東北の山奥の小さな2つの村が、正体不明の何者かによって襲われます。亡くなった村人達には、共通する傷がありました。
いきなり冒頭からスピード感を持って描写される無残な光景。読んでいるとホラー映画のような息つまるシーンが脳内に広がっていきます。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2017-06-28
舞台となる地に隣り合う2つの藩は対立し、何者かに襲われる前から、容易に解決できない問題を山ほど抱えていました。そんな中、現れる藩主側近・弾正の妹・朱音。彼女は、宮部みゆきの作品には珍しいほどの明るく清々しい女性です。村人達の心をとらえる彼女の存在がこの小説の救いとなっています。朱音には、敵対する2つの藩を丸く収める力があるのでしょうか?
感情が丁寧に描かれ、果たして人間にとって最も怖いものは何なのだろう、最も大切にしなければならないのは何なのだろう、というようなことを考えさせられる、奥深い作品です。
最後に、この作品の主人公はいったい誰なのか?そこに、この作品のテーマが隠れている気がします。
ライターの前畑滋子は、9年前に関わった事件(『模倣犯』で書かれた連続誘拐殺人事件)から受けたダメージで、書くことができなくなっていました。
編集者から紹介されて滋子が会った女性は、息子を交通事故で亡くしてひとりぼっちになった敏子。彼女は、亡き息子が持っていた超能力を記事にしてほしいと願っています。ここから、ライターとしての滋子が復活するのです。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2010-02-10
息子・等が絵に描いたことが現実になったと主張する敏子。取材を進めていくと、等は、年齢からして知るはずのない事件の詳細や、自分が死ぬ光景までも絵に描いていたのです。そして、滋子は、自分が深く関わり、心に未だ消せぬ傷を負った事件の被害者が埋められていた様子を描いた絵を見てしまいました。
敏子のこれまでの人生と等のことを描き、暗く重く進行していく上巻ですが、どんなつらい体験をしてきても、人を思いやれるふんわりと温かい敏子のイメージが、読者の心に灯を燈すのです。
下巻になると、一気に読むスピードが高まります。等の遺した絵をめぐって知り合った、他の女性からも姉が殺された真相の調査を依頼されていた滋子は、いろんな真相を明らかにしていくのです。次の展開が気になってページをめくる手が止まりません。
この作品でも、色々な家族が登場します。サイキックの話で終わることなく、親子や家族について考えさせられる奥行きのある物語で、さすが宮部みゆきだなと思わされました。作者がキリキリと痛む胃をこらえて書き上げたこの作品の最後には光があり、読後感がよいのが特徴です。
本作は、中1の双子の男子と泥棒の“俺”の間で起こる物語7編を収めた連作短編集です。
泥棒を生業とする主人公の“俺”は、ある時、目的の家への侵入に失敗し、隣家で助けてもらいました。
屋根から落ちて負傷した"俺"をかくまって、親身に看病してくれた双子の哲と直は、両親がそれぞれに別の相手と駆け落ちし、置き去りにされた後も2人だけで助け合って暮らしていました。家事能力に優れた2人の生活はなかなか快適なものでしたが、大人がいないと困ることが諸々生じます。そんな時に父親代理として現れた“俺”の存在は、双子にとって、渡りに船だったのです。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 1996-07-13
どの作品でも、双子のテンポのいい独特の喋り方や、主人公である“俺”と雇い主の“親父さん”の会話がユーモアにあふれ、心地よく響きます。厳しい状況の中でも達観したような少年2人の明るさと素直さに触れるうちに、いやいやながら父親代わりとなっていた“俺”の心に双子への愛情が生まれてくるのを感じます。“親父さん”の「親はなくても子は育つが、子どもがいないと親は育たねえ」という言葉は核心を衝いていて、ドキッとさせられました。
1994年、大学受験に失敗し失意の中で予備校受験のためにうらぶれたホテルに宿泊していた孝史は、ホテルの火事に巻き込まれます。目覚めた孝史がいたのは、1936年2月26日の陸軍大将・蒲生憲之邸でした。
受験のために泊まっていたホテルは、旧蒲生邸跡地に建っていたのです。そしてホテルで出会った、とてつもなく暗い印象の平田という男がタイムトラベラーで、孝史も道連れに、58年の時を遡ってしまったのでした。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
この作品では、2・26事件前後の、戦争へと傾いていく鬱屈した社会背景の中で生きる人の姿が描かれています。孝史が出会ったのは1つの家の関係者だけでしたが、時代の流れは否応もなく陰を落としていました。
ごく普通のコンプレックスを持った青年だった孝史が、積極的に蒲生家の人々と関わり、自分の言葉で考えを述べ行動する姿にびっくりしながら読み進めました。
全編に流れているのは、過去を変えようとしても、歴史の中に存在する大きな流れは変えることができないという作者の考えです。ひとつひとつの事件の部品としての人間や場所は変えることができても、歴史の流れは必然的であるという認識のもとに描かれていることが印象的で、宮部みゆきの奥ゆかしさを感じました。
時代小説を“読まず嫌い”している人におすすめしたいのが、本作『あかんべえ』。江戸の料理屋を舞台に、幼い少女おりんが亡霊たちに見守られながら成長していくというユニークな設定です。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2006-12-22
ある時、熱を出して生死の境を彷徨ったおりん。それ以来、おりんの目には、料理屋に住み着いている5人の亡霊の姿が見えるようになります。この5人の亡霊たちはそれぞれ、イケメンの侍、色気のあるお姐さん、あんま師のおじいさん、口のきけない暴れん坊男、そしておりんよりも小さな女の子という個性的なキャラクター。亡霊といえば、できることなら会いたくない、見たくもない、と思う方も多いかもしれません。しかし、この物語に出てくる5人は違うのです。かっこよくてユーモラスで頼りがいがあって、できることなら友達に、いや、彼氏に!と願ってしまいそうになります。
そしてこの亡霊たちはご多聞にもれず、成仏できない何かを背負っています。そこに、宮部みゆきお得意のミステリー要素が盛り込まれていくというわけです。料理屋周辺で起こる様々な事件に関わって亡霊達に助けられながら、おとなしかった1人の女の子が芯のある少女へと成長していきます。
私も何となく時代小説を敬遠していた頃がありましたが、この作品と出会って読み漁るようになり、今では一番好きなジャンルになってしまいました。時代ものへの入口としてどうぞお楽しみ下さい。
「ぼんくら」と言われる同心(江戸幕府の下級役人)の主人公・平四郎の周りで巻き起こる事件の数々を描く連作短編集。NHKでドラマ化されたので、ご存じの方も多いかもしれません。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2004-04-15
平四郎は、見廻りと称してのらりくらりと歩き回り、仕事中でもお総菜屋で油を売るのが日課という同心で、緊張感がなく、「こんな人に任せてお江戸の治安は大丈夫なのか?」と思いたくなりますが、周囲の人たちに助けられ、巻き起こる事件を解決していくことになります。
主人公以外にも個性あふれる登場人物がたくさんいるのが本作の魅力です。
子どもを授からなかった平四郎夫婦が嫁の実家の方からもらい受けた養子の弓乃助は、寸法を測ることが大好きで、平四郎とは似ても似つかぬしっかり者。
平四郎の仕事仲間の部下の養子・でこっぱちの三太郎は、みんなから見たまんま、「おでこ」とよばれています。おでこは、ぼーっと見えて、いざとなったらとてつもない記憶力を発揮します。
この弓乃助とおでこが大活躍するシーンは必見です。思わず近所のおばちゃん目線になって「この子たち、いいわあ。」と言ってしまいそうになります。そう、この2人、邪気がなくとっても子どもらしいのです。シリーズが進む毎に2人もどんどん成長していきます。読みながらそれを実感できるのもこの作品の大きな楽しみのひとつです。魅力的なキャラクターは少年ばかりではなく、平四郎の喋り相手である、煮売り屋のお徳も、人情深くて、物語の要所に登場しては、テンポ良く話を進めていきます。
こんなに登場人物にこだわっていても、それだけではないのが宮部みゆき作品。時代小説としてだけでなく、ミステリー小説としても一級品に仕上がっています。
人々がクリスマスを過ごす中、一人の男子中学生が転落死した事から物語は始まります。
亡くなったのは柏木卓也、14歳。彼はなぜ死んだのか。殺人か。自殺か。疑念が広がる謎の死。
そして、彼の死後、ある一通の手紙が関係者に届きます。その手紙は同級生の犯行を告発するものです。さらに、マスコミによる過剰報道によって学校、保護者の混乱はピークに達します。柏木卓也の謎の死をきっかけに人の悪意というものが膨れ上がり、犯人捜しが始まります。
思春期真っ只中の中学生達が真実を解き明かすというたった一つの目的のために、もがき苦しみながら真実に立ち向かう様が描かれています。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2014-08-28
この作品の魅力はなんといっても中学生だけで裁判を行うという事です。
全ての真実が「学校内裁判」という場で明かされます。
構想15年、執筆9年。宮部みゆきの作家生活を集大成した傑作です。中学生達が真実を知った時、瞳から一粒の涙がこぼれ落ちます。読んで損はない超大作ミステリーです。
袋物屋を営む三島屋は、親戚の若い娘・おちかを預かっていました。このおちか、美人で気だてがよくて働き者、と非の打ち所のない娘なのに、奥にいるばかりでなぜか自分から人前に出ようとしません。そればかりか、一生結婚せずに袋物を仕立てる職人として生きていくつもりなのです。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2012-04-25
三島屋の主人であり、おちかの叔父でもある伊兵衛の思いつきで、ある時から、三島屋の奥の間で、不思議な催しが開かれるようになりました。客がおおっぴらに人には言えないような怖い話をし、おちかが聞くという、参加者は話し手と聞き手のふたりだけの小さな茶話会です。そこで話された内容は決して口外はしない、という約束のもと始まった百物語を軸に進んでいく短編集となっています。
他の人の抱えている重い話を聞く経験を重ねていくうちに、どこか頑なだったおちかの心がだんだんほぐれ始め、話し手も、自分よりうんと若いおちかに聞いてもらうことでなぜか癒されていきます。
おちかの心の隅にこびりついて離れないものは何なのか、「百物語」を思いついた伊兵衛の真意はどこにあるのか、読み進めるうちに明らかになってきて、深い感動に包まれるでしょう。深い悲しみの先に希望が見える作品です!
第11代将軍徳川家斉の治世。世の中は天変地異に悩まされ、疫病も蔓延っていました。そんな時代に、商家の頼りない若旦那と女中の間に生を受けた“ほう”。その名は、阿呆からとったものでした。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2009-11-28
生家に居場所はなく、預けられた金貸しの年寄り夫婦の家でも基本的なしつけすら受けることなく、まるで犬の子同然のように生きてきた“ほう”は、9歳の時に、あるお告げによって四国へと行かされますが、運命のいたずらによって、丸海藩の藩医・井上家で使用人として働くことに。
藩医である先生も、娘も息子も、“ほう”に優しく接してくれますが、ある日、事件が起きるのです。同じころ、かつては奉行として名を馳せたものの、藩を守るために無実の罪をかぶり、流刑先として丸海藩にやってきた加賀守様。ひょんなことから出会い、“ほう”は加賀守様から手習いの指導を受けるようになりました。井上家の事件と加賀守様との出会いが、小さな“ほう”を巻き込んでいきます。
読み終えてわかるのは、真っすぐで純粋な“ほう”はいつも自分自身で運命を切り開いて生きてきたのだ、ということ。“ほう”と出会った大人達の方が“ほう”によって大切なことを気づかされるのです。
この作品の見どころは、“ほう”の成長と、“ほう”の名前の変遷です。「阿呆のほう」と呼ばれた小さな女の子は、どのように成長していくのでしょうか。上下合わせて800ページを超えるボリュームにも関わらず、話に引き込まれて読んでいるうちに時間の経つのを忘れてしまいます。感涙必至のこの作品、読む前にはティッシュかハンカチの用意をお忘れなく!
超高層マンションで発生した残忍な殺人事件を、あらゆる角度から切り取り、ドキュメンタリーの形をとって表現した作品です。
この作品には、実に多くの家族が登場します。労務者向けの簡易宿泊所を営む家族。外面を気にして見栄を張り続けた夫婦。仕事に打ち込むあまり子どもの世話と家事は実母にまかせっきりのシングルマザー。行方不明になった夫の母と仲睦まじく暮らす女性。中学卒業後から家業の食堂を手伝い、父のない子を産もうとする娘と、彼女を支えようとする両親と弟。自分の学歴コンプレックスから息子の将来に過度な期待をする父親。
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
描かれている事件はとても凄惨なものですが、被害者となった者も加害者となった者も、そこに至るまでの人生で、ある時は善人であり、ある時は悪人であったということや、同じ人物でも見る角度が違えばとらえ方が変わることを痛感しました。私達が、日々、ニュースで知る事件も、そこにたどり着くまでには、関わった人達の人生の時間が蓄積されている、という当たり前のことに気づかされるのです。
家族の数だけ、抱えている悩みの形は違うのだと思い知らされます。宮部みゆきは、一人一人の心情を丹念に描いたこの作品で、第120回直木賞を受賞しました。
豆腐屋を営む有馬の最愛の孫が行方不明になり、娘は精神的なショックから突発的に道路に飛び出し、トラックに轢かれて意識不明となります。そんな有馬をあざ笑うかのように幾度も電話をかけてきて有馬を翻弄する犯人。
一方、一家殺害事件のたった一人の生き残りである高校生の塚田真一は、心に受けた傷が癒えないうちに社会を揺るがす事件の被害者の遺骨の発見者となってしまいます。
小さな頃からの視覚障害が原因で愚鈍だった高井は、小学校からの同級生・栗橋からいじめられ続けてきました。一見感じのいい青年に見える栗橋は、自分の親を軽蔑し、凶暴性を隠し持っています。いったん怒りに火がついたら抑えられない栗橋は、自分より優秀な網川(通称ピース)の前だけでは従順になります。
他の件で被害者を知っていたライターの前畑滋子は、マスコミとは違う角度からこの事件を取材して1冊の本にしようと、本気で取り組み始めていました。被害者の数も判明していないところから始まった取材ですが、本当の犯人にたどりつくことができるのでしょうか?
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 2005-11-26
テレビを利用して被害者や警察を弄び、劇場型犯罪の様相を呈してくる事件。有馬や真一や高井など、一貫して“善”なる存在の人が一方的に苦しめられる様子や殺人事件の詳しい描写は、読んでいて苦しくなってしまいます。
あるインタビューで宮部みゆきは、この作品を書いた後で「自分で自分が嫌いになるような描写はもうしたくない」と語っています。作者がそう思ってしまうほどに悲惨なストーリーですが、終盤になってなぜこのタイトルをつけたのかの意図がわかり、最後のシーンでほんの少しだけ救いを感じるのです。
人間を作っていくのは、血のつながりの有無に関わらず家庭である。どんな大人のいる家庭で育つかが、人間の生き方を決めるのだと、強く思わされた作品でした。
刑事の本間は、仕事中に膝を負傷して休職中の身でした。まだ痛みが残り、リハビリに通う本間のもとに、ある日、亡き妻の親戚の青年・和也が訪れます。行方不明になった婚約者を探してほしいという和也の頼みで、刑事という身分を隠して捜査を始めた本間。
捜査をしていく中で、和也の婚約者の関根彰子が多重債務者であったことがわかり、本間は、過去の彰子を知る人の証言から得られるイメージと、和也の婚約者である彰子のイメージが一致しないことに気づくのです。そして浮かび上がるもう一人の女性、新城喬子とは?
- 著者
- 宮部 みゆき
- 出版日
- 1998-01-30
この作品が書かれた当時の、バブル経済が弾け、カード破産や多重債務に陥る人が急激に増加していた世相が緻密に描かれた作品です。
智という養子を育てている最中である本間の、智との親子関係や、家事を頼んでいる家政夫の井坂の心遣い、同期の碇との友情など、本間の人間的な面も描かれ、捜査を通じて知り合う人達が背負っている背景も丁寧に描かれた、宮部みゆき渾身の一作です。社会人として特別欠陥のある人でなくても、ちょっとした心の隙間を埋めるためのちょっとした贅沢が重なって多重債務に苦しむこととなる様子には、個人としての弱さよりも社会の持つ恐ろしさを感じます。ミステリー小説であり、また、経済小説としても高く評価されています。
息の詰まるようなラストシーンがとても印象的です。
宮部みゆきの文庫作品おすすめ15選をご紹介しました。長編に抵抗のある方は、まず短編で宮部作品に触れてみてはいかがでしょうか。