W不倫という重いテーマを描いているのに、どこか飄々としていてつかみどころのない恋愛劇。それが2017年にドラマ化もされた漫画『あなたのことはそれほど』。 波瑠、東出昌大、仲里依紗、鈴木伸之、大政絢、中川翔子など、錚々たる顔ぶれで映像化されたことからも、どれだけ内容の深い原作なのかが想像できるかと思われます。 W不倫が題材にも関わらず不思議な軽やかさがあり、そのようなテーマが嫌いな人からも注目を浴びる本作。この記事ではその不思議な魅力をご紹介します!
- 著者
- いくえみ 綾
- 出版日
- 2012-11-08
美都は小さい頃から好きだった同級生の光軌に街で偶然再会。これこそ運命だ、と彼との逢瀬にどんどんのめり込んでいきます。しかし彼女は「ふつう」で「二番目に好きな人」である涼太と結婚している既婚者でした。
ほどなくして光軌も既婚者なのだと明かされますが、関係を終わらせたくない美都はそれでもいいからまた会おうと言ってW不倫が始まってしまいます。しかしある日、美都の寝言から浮気を疑った涼太は、彼女の携帯電話を見ることが日課になってしまい、それがきっかけで浮気がバレてしまうのですが……。
- 著者
- いくえみ綾
- 出版日
- 2014-07-08
本作のテーマはW不倫ですが、よくある不倫もののように重くてベタつくように感じる場面は少ないです。理由はヒロインの割り切り感と意図的に大人の恋愛として描かれるストーリー展開にあります。
美都はいわゆる女の嫌いな女のタイプ。可愛い系でどこか夢見がち、そして自分の欲望に素直な自己中です。なので不倫をしていてもただ好きな人に会いにいくというだけの気持ちが純粋に感じられ、なんだか普通に楽しそうですらあります。それはある意味「よくある不倫のヒロイン」像とは異なるさっぱりしたもの。なので読んでいても不思議と悲壮感がなく、なんだかあっけらかんとしているのです。
そして重くないもうひとつの理由は、大人同士のドライな表現で光軌と美都の恋愛が描かれているから。例えば美都と光軌が初めて結ばれるシーンは全く具体的に描かれておらず、心情描写もなし。すぐにピロートークになっており、その内容もお互いのパートナーや光軌の子供に関してなど関係を割り切ったもの。現実の不倫だとありそうな距離感がドラマチックすぎずに読みやすい内容になっています。
- 著者
- いくえみ 綾
- 出版日
- 2015-10-08
作者のいくえみ綾が「自分を正当化するようなことは美都には言わせたくないと思った」と語るように、美都は自分のしていることを結構冷静な目で見ています。笑顔の光軌の目が全く笑っていないことに気づいた時も、こう考えるのです。
「有島君てもしか悪いやつだったかな
悪いか悪くないかなんて誰がどこで決めるんだろう
私なんかきっとものすごい悪い奴だ
そこには私の幸せがあるだけなんだけど」
美都は自分の欲求が判断基準なので、この関係を悪いことだと理解していながらも何だか悪びれていません。それでいて涼太のことも「あなたはあなたで好き」と考えています。彼女のこの冷静で「普通」からずれた感じが、作品に独特の無機質さを生み出しているのです。そこから見た不倫は、悪いことではあるけれど過度にタブー視することもない、不思議なイメージ像になっています。
- 著者
- いくえみ 綾
- 出版日
- 2016-10-08
涼太の異常な優しさに息苦しさを感じた美都は、ついに離婚届を突き出します。しかし彼はなかなか署名してくれません。それを見かねた美都は光軌の子供を妊娠をしているかもしれないということも明かします。これで涼太も自分を見限ることができるだろうと思いきや、彼は美都も子供も愛すことができる、一緒に育てよう、と言うのです。
一方、光軌の妻で勘の鋭い麗華が彼の浮気に感づき、それとなく誘導するような話をします。その流れのまま浮気を告白する光軌。しかし彼女からは「どうしてずっと嘘をつき通してくれなかったの?」と逆に言われてしまいます。自分と別れたいのかと聞く彼女に彼はそんなことないと必死に答えますが、彼のいない間に麗華は玄関にスーツケースを用意しているのです。
またこの巻では、ひたすらいい人の能面を被り続け、狂気すら感じる優しさで美都を縛る涼太の過去が明らかなります。実は彼の母親は生活力がまるでなく、掃除も料理もからきしでした。しかしそんな彼女をひたすら優しい目で見続ける父の姿。涼太は母を何もできないが、「愛されること」に関しては飛び抜けていた人だと振り返ります。そしてそれだけで多分に幸せであっただろうと。そこから自分が好きになった美都のこともどこまでも愛し続けようと決めたのでした。しかし彼女にお腹にいるかもしれない子供を一緒に育てようと迫る目は焦点が合っておらず、果たして彼女のためを思っているのかは不明です。正直怖い。
4人の関係性が大きく動き、唯一過去があまり明かされていなかった涼太に関しても語られた4巻。怒涛の展開で次巻が待ちきれない内容が詰まっています。
- 著者
- いくえみ 綾
- 出版日
- 2017-04-25
最新巻5巻では渡辺家と有島家の様子が対照的に描かれました。まずは有島家の様子からご紹介します。
前回の修羅場から有島家はこう着状態に入っていました。スーツケースを用意していた麗華は光軌からのメッセージに既読もつけず、置き手紙だけを残して実家へと帰ります。
その手紙を見て迎えにいくと言う光軌ですが、麗華は帰る気は無いと伝えます。その淡々とした敬語は背筋がヒヤリとなるもの。彼女は彼にこう聞きます。
「私が怖い?」
それに光軌は頭を抱えながらこう返します。
「怖い…です…
いなくなってしまうことが 怖いです…」
しかし麗華は「おやすみなさい」と言って電話を切るのです。そして一見冷静そうに見えながらも、その後母親に厳しすぎるんじゃないかと言われて感情的に叫びます。その様子は今まで感情的な表情を見せなかっただけに圧巻。どんどん彼女の狂った部分も見えてきます。
そしてドロドロ状態で進展がない有島家に比べ、渡辺家では大きな変化があります。まずはその大きな変化の前に美都の様子からご紹介します。
4巻の終わりで妊娠してなかったことが発覚した美都。「子供は親を選んで生まれてくる」と自分の責任のなさを責められる夢を見て、思考は重く、同じところをずっとループします。その内容は全て光軌のこと。
選ばれなかった自分、光軌だけに選ばれたかった気持ち。地面を蹴りながら「選べよ」と心の中でつぶやき続け、ついには泣き出してしまいます。そして唯一選んでくれたのは涼太だったな、という気持ちがのぞいたりもしますが、やはり光軌への思いだけが彼女を支配するのです。
今までなんだかんだ飄々としていた美都のおかげで不倫漫画でも重くない魅力がありましたが、少しずつ物語がシフトしていっています。しかし徐々に重い展開が入れられてきたので、やはり重「すぎない」と感じられるのです。
そんな美都の心が不安定になっている頃に涼太から、もう諦めた、離婚届を郵送してくれれば提出しておきますというメールが入ります。信じるべきか悩んだ美都ですが、その言葉を信じて離婚届を郵送。
そして送られてきた離婚届に涼太は案外すんなりと署名し、提出します。奇しくもそれは涼太の誕生日。離婚届を郵送したという彼のメールに、美都は少し迷って「お誕生おめでとうございます」と送ります。そしてその送信後すぐ鳴る彼女の電話。涼太はこう言います。
「ありがとう 覚えててくれて(中略)
最後に一回だけ 一緒にごはん食べない?」
そしてつい最後だからと行ってしまう美都。危険な香りがプンプンします。その予想通り、涼太は例の能面笑顔で彼女にこう言うのです。
「ちょっとずつね きっとみっちゃんの知らない家になるから
たまには遊びに来てよ」
「最後に一回だけ」の定義とは……。
そしてこの涼太のホラーシーンで5巻は終わります。涼太、安定の怖さです。
果たして繋がりが切れたのにまだ諦めていない涼太と、美都の関係はどうなるのか。有島家の展開はどう動いていくのか?次巻6巻が待ち切れません!
いかがでしたでしょうか?ネタバレを含んでご紹介してしまいましたが、大人のリアルな恋愛模様や、ドライなようで実は熱を帯びた情念の様子は作品でしか味わえません。ぜひ本編でその良さを味わってみてください。不倫というテーマが嫌な方でもそのストーリーにはまること間違いなしです!
いくえみ綾のおすすめ作品を紹介した<いくえみ綾のおすすめ漫画!刺さる言葉がすごい5冊!>の記事もおすすめです。ぜひご覧ください。