皆さんはYouTube発の文化、ゆっくり解説動画をご存知ですか? 東方Projectのキャラクターとボイス合成エンジン「Aques Talk」が組み合わさったこのコンテンツからは、サブカル・事件・料理・歴史など、数々の解説チャンネルが生み出されました。 今回はその中の1チャンネルを書籍化した、三崎律日『奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語』をご紹介していきます。
『奇書の世界史 歴史を動かす“ヤバい書物”の物語』の雛型は2016年にスタートした動画チャンネル、『世界の奇書をゆっくり解説』。ニコニコ動画とYouTubeに投稿されています。
本書の主旨は過去に奇書として扱われた名著、その逆に嘗て名著として扱われた奇書を取り上げ、現在と過去の差分から世界史を検証すること。
俎上にのぼる奇書のジャンルは多岐に亘ります。
以下目次です。
●『魔女に与える鉄槌』ハイリンヒ・クラ―マー 10万人を焼き尽くした、魔女狩りについての大ベストセラー
●『台湾誌』ジョルジュ・サルマナザール 稀代のペテン師が妄想で書き上げた「嘘の国の歩き方」
●『ヴォイニッチ手稿』作者不詳 万能薬のレシピか?へんな植物図鑑か?未だ判らない謎の書
●『野球と其害毒』朝日新聞 明治の偉人たちが吠える「最近の若者けしからん論」
●『穏健なる提案』ジョナサン・スウィフト 妖精の国に突き付けられた、不穏な国家再建案
●『天体の回転について』ニコラウス・コペルニクス 偉人たちの知のリレーが、地球を動かした
●『非現実の王国で』ヘンリー・ダガー 大人になりたくない男の、ネバーエンディングストーリー
●『軟膏を拭うスポンジ』ウィリアム・フォスター 『そのスポンジを絞り上げる』ロバート・フラッド 奇妙な医療にまつわる、奇妙な論争
●『物の本質について』ルクレーティウス 世界で最初の快楽主義者は、この世の真理を語る
●『サンゴルスキーの「ルバイヤート」』ウマル・ハイヤーム 読めば酒に溺れたくなる、水難の書物
●『椿井文書』椿井政隆 いまも地域に根差す、江戸時代の偽歴史書
●『ビリティスの歌』ピエール・ルイス 古代ギリシャ女流詩人が紡ぐ、赤裸々な愛の独白
書き下ろし
●『月世界旅行』ジュール・ヴェルヌ 1つの創作が科学へ導く、壮大なムーンショット
扱われる奇書は古今東西メジャーマイナー問わず、古いものは紀元前、新しいものは直近の現代。その形態は活版印刷誕生前の写本からネットの暗号文『シカーダ文書(Cicada 3301)』に至るまで実に多彩。
ただ奇書の成り立ちを語るだけに非ず、当時の国際情勢や貴賎の価値観の検証、何がそれを「奇書」、あるいは「名著」足らしめたのか、史実に基ずく考察を交えた構成も見所。
各章の扉絵はイラストレーターの畠山モグが担当しています。
- 著者
- 三崎 律日
- 出版日
作者の三崎律日は1990年生まれ千葉県出身、2024年時点で34歳の会社員。プロフィールには日本在住の奇書研究家とあるものの、三崎自身は「奇書の紹介者」のフレーズを好んで用います。
もともとは本業の傍ら趣味として動画を制作していましたが、共通の知人を介してKADOKAWA編集の目に留まり、めでたく書籍化が決定しました。
前身に当たるニコニコ動画時代はSCP財団の解説動画を制作。
その後YouTubeに活動の場を移し、『世界の奇書をゆっくり解説』を開始。2016年に初投稿した『魔女に与える鉄槌』は再生回数40万回を突破しています。
当該チャンネルには著名人のファンも多く、『メイドインアビス』が代表作の漫画家つくしあきひとも絶賛しています。
本書の白眉はアカデミックな教養、ならびに玄人裸足の卓越した文章。
目次をご覧になればわかる通り、古代から現代まであらゆる場所の奇書に精通していることからも、あらゆる分野に向ける旺盛な関心と肥沃な知識が伝わってきます。
ですがご安心を、高尚な本だと身構えなくても大丈夫。ファンを魅了する多角的視点、ウイットに富む語り口をさらにブラッシュアップし、知的好奇心を刺激する読み物に仕上げています。
肌感としては中野京子『怖い絵』シリーズの読み味に近く、鋭い皮肉と柔軟なユーモアを織り交ぜた美文は、コラムニストの才能を感じさせました。
世界史を学べる新書おすすめ6選!高校生のレポートにも使える教養作品
数多く発表されている新書のなかでは、世界史をテーマにしているものもたくさんあります。この記事では、高校生など現在進行形で学んでいる人はもちろん、大人の学び直しにもおすすめの世界史を学べるおすすめの新書をご紹介していきます。
- 著者
- 中野 京子
- 出版日
三崎律日は序文にて、奇書を次のように定義しています。
作者自身の計らいを超え、いつの間にか「奇」の1字を冠されてしまったもの。あるいは、かつて「名著」と持て囃されたのに、時代の移り変わりのなかで「奇書」の扱いを受けるようになってしまった本ーつまり、数奇な運命を背負った書物です。
奇書が編まれた背景をフラットに分析する史観、当時の価値観と後世の価値観の結節点を探る評価軸は、歴史の差分を抽出する際の重要な目安になります。
奇書の成立当時の状況を掻い摘まんで説明し、時勢と照らし合わせながら価値観の変遷を追っているので、啓蒙を意図する説教臭さが薄められているのも初心者には有難いです。
ロンドン社交界を風靡した『台湾誌』は、自称台湾人のフランス人詐欺師が書いた偽の旅行記。
明治期の朝日新聞はネガティブキャンペーン『野球と其害毒』にて、青少年の健全な育成を阻む悪徳として、欧米から輸入された野球を非難しています。
極め付けは『軟膏を拭うスポンジ/そのスポンジを絞り上げる』。
これは切り傷に直接薬を塗るより、傷を付けた刃物に軟膏を塗った方が治りが良くなるトンデモ仮説……武器軟膏論争の産物。
現代に生きる我々にはいずれも馬鹿げた迷信や突飛な主張に思えるものの、医療や科学の知識をまるで持たず、現象と現実を紐付け日々を営む人々にとって、それらは庶民の集合知でした。
三崎氏は武器軟膏論争の真相として、当時は医療従事者の衛生観念が未熟だった為、傷口に塗る薬に雑菌や異物が混入し、かえって容態が悪化した「現代の常識」を述べています。
されど怪我の処置や手術に当たる医者が細菌の存在を知らず、往診時に手を洗浄する習慣さえなかった時代の常識は、今と大きく異なっていたのでした。
『ガリバー旅行記』の作者、ジョナサン・スウィフトの『穏健なる提案』(正式名称『アイルランドの貧民の子供たちが両親及び国の負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための穏健なる提案』)にも注目してください。
ジョナサン・スウィフトの名言で読むおすすめ本3選!『ガリバー旅行記』など
子供の頃に『ガリバー旅行記』を読んだ方も多いのではないでしょうか。その作者、ジョナサン・スウィフトは、実は人間嫌いの諷刺作家として有名な人物です。愚かな人間たちを完膚なきまで批判するその作品は、時を経て読んでも過激で辛辣。そんな彼のおすすめ本を、ブラックな名言とともにご紹介します。
小説『ガリヴァー旅行記』をネタバレ解説!有名風刺小説のあらすじ、結末まで
旅に取り憑かれた船医のガリヴァーが、小人の国、巨人の国、空飛ぶ島、理性ある馬の国などの不思議な国々を訪れる物語、『ガリヴァー旅行記』。児童文学として紹介される事も多い物語ですが、本来は大人向けの諷刺小説です。 この記事ではそんな本作の見所を徹底紹介します!
- 著者
- 柴田 元幸
- 出版日
『穏健なる提案』では、満1歳を迎えた貧民の赤子を、富裕層の食料として徴収する人口抑止策が述べられています。
これは悉く施策を却下されてきたスウィフトが、アイルランドを腐敗させる搾取構造の愚かさを、カニバリズムに見立てて風刺した本でした。
その証拠に「真面目な提案」としてイギリス製品の不買運動を提唱しており、あえて極端な例を出すことで、大衆の関心の掌握に成功しています。
- 著者
- 三崎 律日
- 出版日
- 著者
- 三崎 律日
- 出版日
ゆっくり動画は教養や講座系のチャンネルと相性が良く、『奇書の世界史』シリーズの他にも、様々な動画が書籍化されています。
ゆっくり動画の肝は『東方 Project』の人気キャラクター、霊夢と魔理沙の掛け合い。導入は「茶番」と称される2人のコントで、初心者でも取っ付きやすい雰囲気を出しているのがポイント。
主に魔理沙が解説役、霊夢が相槌&質問役を務めています。
- 著者
- ["ろう", "實吉 達郎", "川崎 悟司", "バニえもん"]
- 出版日
原作はろうが運営する『へんないきものチャンネル』。多種多様な動物に関するトリビアや国内外の獣害事件などを取り扱ったチャンネルで、弱肉強食のサイクルに支配された自然界の営みを楽しみながら学べます。
コロナやOSO18、スギ花粉などの細菌(ウイルス)も大枠の生物と見なしているのが特徴。
当初は霊夢と魔理沙が解説を担当していましたが、その後VOICEROIDの結月ゆかり、および弦巻マキの声を使用したオリジナルキャラクターに交代。現在はきつねさん(CV結月ゆかり)、たぬきさん(CV弦巻マキ)の2人がガイドを担っています。
アフリカ・ツァボの鉄道敷設現場に現れた二頭の人喰いライオンと、イギリス人総監督・パターソンの死闘の行方。実話ならではの臨場感に息を呑みます。
- 著者
- ["弥嶋 よつば", "平松 健"]
- 出版日
原作はよつばが運営する『よつばch』。エジプト・フランス・スペイン・ロシア・日本他、王家(皇家)の家系図を動画で解説しています。
複雑な縁戚姻戚関係を国民的アニメ『サザエさん』にたとえるユーモア、「しゃくれとるやないかーい!」のツッコミが炸裂するハプスブルク家いじりにくすり。
準レギュラー化したロマノフ朝皇女ソフィア・アレクセーエヴナの、ドスの利いた存在感もいい味出しています。
当初は霊夢と魔理沙を使っていましたが、途中でオリジナルキャラクターのもなかとみるくに交代。非道な人間の死亡時には「さようなら。〇〇したこと忘れないからね」と悪行を蒸し返して釘をさす、辛辣さが素敵です。
平安時代に権勢を誇った藤原氏の家系図を解説する新作。もなか&みるくコンビのキレッキレなボケツッコミは健在。『いらすとや』のフリー素材を上手に用い、関係性をわかりやすく表現しています。
NHK大河ドラマ『光る君へ』の予習復習にピッタリ。年号・人名を覚えるのに苦労している受験生や、日本史を学び直したい社会人はぜひご覧ください。
『歴史雑記ヒストリカ』はクレオパトラ(パトラ)とマリー・アントワネット(マリー)の2人が、教科書に載らない歴史雑学を解説してくれるチャンネル。
取り上げるジャンルは幅広く、人種の起源や貴族社会の序列、欧州にじゃがいもが普及した背景やワイン発祥の逸話など、明日にでも誰かに話したくなるトリビアをたくさん紹介してくれます。
参考文献をクレジットしてくれるのも親切で、先行する研究者へのリスペストを感じました。
投稿者のモンド氏は霊夢と魔理沙を使った『ゆっくりモンドちゃんねる』を運営しており、その頃の動画も視聴できます。
海賊雑学を扱った姉妹チャンネル『ゆっくりモンド2』には、女海賊のメアリ・リード&アン・ボニーが登場し、世界の海を荒らし回った海賊列伝を語ってくれました。
19世紀イギリスで大流行したエメラルドグリーンの染料に注目し、産業革命の光と影を炙り出す動画。ファッションの流行と世相を結び付ける切り口が、現代に通じる説得力を持っています。
『五回目の正直』は歴史雑学+αのゆっくり解説チャンネル。霊夢と魔理沙に加え、禿頭王シャルル二世がレギュラー枠として固定されています。
歴史以外にも数字の0の起源や日本語の一人称の変遷、中世ヨーロッパの戦場で活躍した武器や甲冑の紹介、『いらすとや』を活用し異世界転生の文脈で科挙やスパルタを解説するなど、他にはないユニークな着眼点が魅力。
中世ヨーロッパで流行した「死の舞踏」の原因を考察する動画。伝染病に脅かされる日常から生まれた集団ヒステリーは、メメント・モリを合言葉とする当時の死生観を窺わせ、大変興味深いです。