食べることが好きなあなたに送る、いやらしくて愉快な「食べもの」本

更新:2021.11.29

初めまして、詩人の文月悠光です。 突然ですが、私は食べることが好きです。「食べもので何が好き?」とよく聞かれますが、食べることそのものが好きなのです。好き嫌いも節操もなく、何でも食べてしまう。要するに食い意地が張っています。でも、食べものについて書かれた文章には、もっと目がありません。

詩人。1991年北海道生まれ、東京在住。16歳で現代詩手帖賞を受賞。高校3年の時に出した第1詩集『適切な世界の適切ならざる私』(思潮社)で、中原中也賞、丸山豊記念現代詩賞を最年少で受賞。2016年、初エッセイ集『洗礼ダイアリー』(ポプラ社)、第3詩集『わたしたちの猫』(ナナロク社)を刊行。NHK全国学校音楽コンクール課題曲の作詞、ラジオ番組での詩の朗読など広く活動中。 Twitterr:@luna_yumi ウェブサイト:http://fuzukiyumi.com/ cakesにてエッセイ〈臆病な詩人、街へ出る。〉連載中。 https://cakes.mu/series/3611 記事編集:斉藤賢弘(『dm』) https://www.facebook.com/magazine.dm.tokyo/ 撮影:飯田えりか http://www.iidaerika.com/ ヘアメイク:青木謙樹 http://www.hairaoki.com/
泡の子

初めまして、詩人の文月悠光です。

突然ですが、私は食べることが好きです。「食べもので何が好き?」とよく聞かれますが、食べることそのものが好きなのです。好き嫌いも節操もなく、何でも食べてしまう。要するに食い意地が張っています。でも、食べものについて書かれた文章には、もっと目がありません。

高校生のとき、鈴木いづみのエッセイ集『いつだってティータイム』の「幻想の内灘」という一篇に強く惹きつけられました。

「たべものでいやらしいたべものはなにか?」と考えた著者が最初に挙げるのは、なぜか〈中華どん〉。〈アスパラガス〉〈ピーマン〉と続いた後に、調理の工程を書く料理本の文章が妙にいやらしいという。たとえば〈味をふくませて、じょじょにしぼる〉〈なすはへたをとり、十文字に包丁をいれる〉。確かにあっさりとは読み流せない。

10代の乙女の私は、料理本の描写で胸をときめかせていたわけです。

食べちゃいたい

にんじん、ブロッコリー、柿、ざくろなど、39種の野菜や果物をモチーフに、官能と毒気たっぷりのユーモアで描くショートショート集。

擬人化された野菜たちが、男を誘惑し、怒り、嫉妬し、脱がされるなど、〈野菜×人間〉〈野菜×野菜〉の形で絡み合う。ちなみに鈴木いづみが〈いやらしい〉存在として挙げていた、アスパラガスとピーマンも出現します。

野菜って、なんてエロティックな存在だろう。たとえば、ねぎはこんな美しい女性に変貌します。〈その時、あのねぎが入って来たのです。目の覚めるような緑の足をすっすっと動かして、上半身は真っ白でつやつや光っていました。透明な白い肌に、それは繊細な白い筋が通って、真っ白な髪でした〉。あのねぎが。刻まれて豆腐の上に乗っているあのねぎが……!

挿絵には男女の裸体が描かれ、より〈官能〉を意識させる作りになっている。しかし内容は官能に留まらず、夫婦や恋人、兄弟、友人関係など、奥深い人間模様(野菜模様?)を切り取っています。著者は絵本『100万回生きたねこ』で知られる絵本作家ですが、絵のみならず、研ぎ澄まされた言葉も魅力的。エッセイ集『私の猫たち許してほしい』『私はそうは思わない』(ともにちくま文庫)も併せてぜひ。

玉子ふわふわ

森茉莉、林芙美子、向田邦子、色川武大、田村隆一ら三十七人の作家による、玉子尽くしのアンソロジー。中には、玉子に懸ける筆者の情熱に、思わず吹き出してしまう内容も。

東海林さだおは、自身が開発した〈目玉焼きかけご飯〉の美味しさを〈黄身が舌に抱きつき、舌が黄身を吸いよせる〉と表現し、恋愛小説さながらの描写力を発揮。嵐山光三郎の描く温泉卵も負けていない。〈ねっとりとした黄身が舌の上に広がっていくのは、温泉の湯がじわりと膚にしみていく快感と似ていて、骨まで笑みがこぼれてくる〉。骨まで染み透る旨味を想像して、うっとりしてしまう。

スーパーに山と積まれたあの玉子たちには、こんな美味しい予感が詰まっている。想像するだけで、よだれが出てきませんか。

君がいない夜のごはん

文化系草食男子(キャラ)の“ほむほむ”こと、歌人・穂村弘による異色の食エッセイ。

“ほむほむ”といえば、〈今日までに食べた菓子パンの数は世界人口の上位五%に入るだろう〉と書くほどの、無類の菓子パン好き。〈「一回でもいい加減なものは食べたくない」ひとには、自分の食生活を知られたくないと思う。軽蔑されそうで怖いのだ〉。わかる。食に強いこだわりを持つ友人たちを前に、戸惑ったり焦ったりする様子、共感できる人も多いのでは?

ちなみに、私は日曜日のきょう、急にクリームドーナツが食べたくなって、近所のパン屋さんに走ったのですが、ざんねん、売り切れでした。代わりに、デニッシュパンの詰め合わせを買いました。のぼるのにちょうどいい丘は見当たらなかったのですが。

甘い甘いデニッシュパンを死ぬ朝も丘にのぼってたべるのでしょう
――穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』より

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る