お笑い芸人でありながら、小説『火花』で芥川賞を受賞し、作家としても活動している又吉直樹。1度彼の作品を読んだことがある人は、圧倒的な情景描写と、どこか物悲しくも笑えてしまうその文章力に驚いたのではないでしょうか。この記事では、そんな彼の著作のなかから小説、エッセイ、共著などジャンル別に紹介していきます。又吉直樹がおすすめする本も紹介しますよ!
1980年に大阪で生まれた又吉直樹。お笑いコンビ「ピース」のボケ担当であり、小説家でもあります。著作の『火花』が芥川賞を受賞し、大きな話題にもなりました。
小学生のころからサッカーを始め、高校時代は強豪校に所属し、大阪府代表としてインターハイにも出場した経験があります。
しかし又吉はその後、サッカーではなくお笑いの道に進もうと考えます。ちなみに大阪出身にもかかわらず、吉本興行の養成所であるNSCの東京校に入ったのは、サッカー部の監督が吉本興業に顔の利く人物で、大学推薦を蹴ったことが発覚するのを恐れたからだそうです。
パーマをかけたウェーブの長髪を肩に垂らし、古着や和服を着用することも多い又吉直樹。吉本興行のおしゃれ芸人ランキングで1位をとったり、日本ベストメガネドレッサー賞の芸人部門を受賞したりと、ファッション面での評価も高いタレントです。
読書が趣味で、数千冊の本を所有。特に太宰治や芥川龍之介などを好んでいます。執筆活動を始めたのは、芸人としてデビューして間もないころ。広報誌でコラムを書いたことがきっかけでした。その後は舞台の脚本を書いたり、放送作家のせきしろと共同で自由律俳句の本を発表したり、有名作家の作品の帯を務めたりと活動の幅を広げていきます。
初めての単著は2011年の『第2図書係補佐』。2015年には『火花』で純文学デビューをし、同年芥川賞を受賞しました。『火花』は累計発行部数が230万部を超えるベストセラーとなり、歴代の芥川賞受賞作品のなかでもトップとなっています。
この記事では又吉直樹が執筆した本のなかから、『火花』以外のおすすめ5作品を紹介していきます。
又吉直樹が書いた渾身の芸人の在り方についての小説です。
コンビ芸人「スパークス」の徳永は、ある地方の営業で先輩芸人の神谷と出会います。独自の芸人論を展開する神谷は人懐っこく、徳永は神谷を「師匠」と称して慕い続けます。
しかし、「スパークス」が少しずつ売れていく中で、神谷は己の「お笑い」というものを追求し過ぎてどんどん浮いていってしまうのです。徳永も神谷と過ごす中で、しだいに生活にも心にも変化が起きてきます。
火花のように激しく芸人としての魂を燃やし、夢にしがみ続けることへの焦りと足掻きを書いた芥川賞受賞作です。
- 著者
- 又吉 直樹
- 出版日
- 2015-03-11
作家という職業の前に、又吉直樹はお笑い芸人が本業です。だれよりも芸人の実情を知り、売れたいと願い、「こんなはずじゃない」と思っていたはず。
この小説でまず浮かび上がるのは、芸人たちの厳しい現実です。様々なオーディションがあり、合格できなければもちろん仕事は回ってきません。地方での営業に呼ばれたとしても、知名度のない芸人のネタなどだれが真面目にきいて笑ってくれるでしょう。
オーディションでの楽屋の様子を、徳永はこんな風に描写しています。
「その光景は華やかさとは無縁の有象無象が、泥濘に頭まで浸かる奇怪な絵画のようだった。」
(『火花』より引用)
テレビで見る芸人は、熱湯に入れられようが冷たい水を浴びせられようが、笑っています。むしろドッキリにかけられることをありがたがっています。どうしてそこまで笑いというものに貪欲でいられるのかが、この本を読むとよく分かります。
さらに日常の些末な出来事を通して書かれているため、人を笑わせるという特殊な職業について親近感を感じることができます。徳永と神谷が鍋をつついたり、居酒屋で飲み明かしたり、その様子はとても楽しげです。
しかし、同時に2人で常に一緒にいるということは、芸人としてまったく売れていないということを否応なしに読者に示しています。作者・又吉直樹がいきなり爆発的に売れた芸人ではなかったらこそ、書けた小説と言ってもいいでしょう。
Netflix配信ドラマとして映像化された『火花』で徳永を演じた林遣都について、どのように演じたのか興味がある方はこちらの記事がおすすめです。
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『火花』で芥川賞を受賞した後に、初めて発表された長編小説です。実は『火花』よりも本作のほうを先に書き始めていたそうで、完成まで実に足かけ3年ほど。
劇団を主宰している主人公の永田と、沙希という女性の2人の関係を描いた、恋愛小説です。
- 著者
- 又吉 直樹
- 出版日
- 2017-05-11
「この人なら、自分のことを理解してくれるのではないかと思った。」と、永田はとある画廊で見かけた沙希に話しかけます。又吉の過去の作品を読んだことがある人は、この出会い方に彼の姿をダブらせるのではないでしょうか。
沙希に出会って救われた永田ですが、自身をとりまく環境が変わるにつれて、沙希との関係も変わっていってしまうのです。純粋すぎるがゆえに言ってはいけないことを言ってしまったり、自分のことを受け入れてくれるその優しさに恐怖を抱いたり。
読者にとって永田のとる言動は、歯がゆく、それでいて理解ができるからこそ苦しい。どんどんすれ違い傷つけあっていく2人の様子に、打ちのめされながらもページをめくる手が止まりません。
又吉直樹いわく、「自分の書きたいことを書いたうえで、なおかつ人に伝わるようにすることを意識した」とのこと。『火花』を読んで「難しい」と思った人にもぜひ手にとっていただきたい作品です。
『劇場』についてもっと詳しく知りたい方は、こちらの記事をご覧ください。
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主人公・永山の、「ハウス」と呼ばれる芸術家志望の若者たちが暮らすアパートでの過去と、現在が交差する又吉直樹初の長編小説です。
かつて暮らした「ハウス」の仲間・仲野が大変なことになっていると、メールを受け取った永山。永山は過去の仲野と因縁があり、面白がるかのごとくその「大変なことになっている」ことをネットで検索します。するとイラストレーター兼コラムニストになっている仲野と、人気芸人で作家の影島との応酬が出てくるのです。
過去と現在を行き来し、永山はその2人の応酬から自分のことを見つめ直していきます。
- 著者
- 又吉 直樹
- 出版日
永山と影島は、性格こそちがえどモデルはおそらく又吉直樹自身だと推測することができます。
永山は過去の又吉直樹。芸人で作家の影島は現在の又吉直樹。永山は鬱屈した過去を抱え、影島は充実した芸人と作家人生を送っているかのように見えます。
しかし芸人としての肩書と、作家としての肩書を持つ影島の思いは、作者自身の苦悩として読むこともできると思います。鬱屈した過去に関わるかつての「ハウス」の仲間は、作者自身がこれまで体験してきたことの擬人化かもしれません。
因縁の仲野という男は、本当に腹立たしいことを平気で言ってきたり、してきたりします。その仲野が窮地に立たされたと聞いて喜ぶ永山は、人間の本性がむき出し。
だからこそ「人間」というタイトルが選ばれているのでしょう。又吉直樹が向き合った「人間」たちの記録だと思って読むこともできると思います。
又吉直樹が自身にまつわるエピソードを語るエッセイ集で、その内容に即した本を紹介していく構成になっています。
選んでいる作品は太宰治や尾崎放哉、江戸川乱歩など近代小説がメイン。書評をすることを目的としているのではなく、ただ又吉の生活のなかには常に本があり、本を愛していることが伝わる内容。それでいて並の書評よりも実際にその作品を読んでみたい気持ちにさせてくれるのが、彼の才能なのではないでしょうか。
- 著者
- 又吉 直樹
- 出版日
- 2011-11-23
エピソードを読んでみると、まず又吉の思考の広がり方が常人では考えられない範囲におよんでいることがわかるでしょう。ひとつの出来事に対してよくここまで……と感心してしまいます。
これでもかとネガティブな可能性を考え、自虐性にも富んでいるのですが、なぜかチャレンジ精神にもあふれている又吉。だからこそ嫌味なく哀愁が漂い、クスリと笑えてしまうのです。
芸人でもなく作家でもない、等身大の又吉直樹が垣間見える一冊です。
高校を卒業し、大阪から東京に出てきた又吉直樹。本書を書き終えた時には32歳になっていました。
そんな彼が東京のゆかりの地を100ピックアップし、その場所にちなんだ文章をつづったエッセイ集です。タイトルは太宰治の『東京八景』からインスパイアされたものです。
- 著者
- 又吉 直樹
- 出版日
- 2013-08-26
芸人としてブレイクするまでの下積み時代。仕事もお金もなく、時間だけはたくさんあるまさに青春と呼べる日々を、又吉直樹は東京でどのように過ごしていたのでしょうか。「自意識」というワードが頻出し、物事を深く深く掘り下げていく彼の思考に触れることができます。
読者の間で絶賛されている「池尻大橋の小さな部屋」は、又吉の過去の恋愛のお話。不器用で切なすぎるやりとりに、胸が締め付けられるでしょう。
『火花』や『劇場』の原点ともなるエピソードも隋書にみられるので、両作を読んだことのある方はより楽しめるのではないでしょうか。
『東京百景』についてはこちらの記事でも詳しく紹介しています。
東京に馴染めずにいるあなたに贈る『東京百景』
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芸人・又吉直樹と新進気鋭の書道家・田中象雨が生み出した新しい四字熟語の本です。
四字熟語とは、「以心伝心」や「一期一会」などの四つの漢字を組わせて作られた言葉のこと。
本作では又吉直樹が無数にある言葉たちを組み合わせ、新しい四字熟語を作ります。その四字熟語を、時に力強く、時に斬新な書道文字で田中象雨が形にしていきます。
- 著者
- ["又吉直樹", "田中象雨"]
- 出版日
国語の授業などで学ぶことを避けては通ることのできない「四字熟語」。漢字から意味を推し量ることができるものから、まったく意味のわからないものまでたくさんあります。
もっと楽しければいいのに……と思ったこともいるのではないでしょうか。そんなときにこの本を手に取ってみてほしいと思います。
この本は学校での学習には役に立ちません。むしろ、学生がテストで書いてしまったときには教師に叱られてしまうかもしれません。ただ、「四字熟語は難しくて、つまらない」という意識を変える力をこの本は持っています。
又吉直樹が造る四字熟語は、斬新で新鮮。
たとえば信じていた人に裏切られる四字熟語だったら、「背信棄義」などがあります。しかし彼はそんな難しい言葉を使わずに、わかりやすく「人に裏切られること」を表します。
「幹事横領 信じていた人に裏切られること。」
(『新・四字熟語』から引用)
今までの四字熟語に一石を投じる本ではないかと思います。
2016年に発表された、又吉直樹初めての新書です。自他ともに認める読書家である彼が、少年時代から読んできた本を振り返り、「なぜ本を読むのか」「文学の何がおもしろいのか」「人間とは何か」を考える内容になっています。
さらに、ベストセラー小説『火花』の創作秘話や作品に込めた思いも掲載。又吉のファンだけでなく、読書家必見の一冊です。
- 著者
- 又吉 直樹
- 出版日
- 2016-06-01
「死にたくなるほど苦しい夜には、これは次に楽しいことがある時までのフリなのだと信じるようにしている。のどが渇いている時のほうが、水は美味い。忙しい時の方が、休日が嬉しい。苦しい人生の方がたとえ一瞬だとしても、誰よりも重みのある幸福感を感受できると信じている。」
(『夜を乗り越える』から引用)
この言葉に共感を覚える人も少なくないのではないでしょうか。人生において苦しい局面に陥った時、又吉にとってそれでも夜を乗り越えさせてくれる力をくれたのが本でした。
作品のなかの登場人物が迷い、葛藤したすえにくだした決断が、生きるうえで答えのない問題の何かを教えてくれます。本を読むことは、賢くなるためでも知識をつけるためでもなく、次の1歩を踏み出すための手段であることを教えてくれる一冊です。
又吉直樹を特集した、1冊丸ごとすべて又吉直樹のことが書かれたムック本です。
ロングインタビューから、西野亮廣ほか後輩芸人から見た印象など。又吉直樹を知らない人には入門書に、又吉直樹ファンには垂涎の1冊となっているでしょう。
自身の口から語られる、自らのこと、芸人としてのスタンス、創作していく上での心構え。興味深いエピソードが読めると同時に、他人から見た客観的な又吉直樹も読むことができます。
- 著者
- []
- 出版日
「世界を肯定するために僕は表現し続ける」
(『別冊カドカワ【総力特集】又吉直樹』から引用)
ピースのコントに「わがままな化け物と優しい男爵」というネタがあります。ネガティブでわがままな化け物を、口は悪いけど優しい男爵が肯定してくれるというコントです。
又吉直樹の表現の根幹はもしかしたらそこにあるのかもしれません。否定をせず、肯定をする表現者であり続ける。だからこそ、たくさん人に受け入れられているのでしょう。
人により感じる印象はちがうかもしれませんが、又吉直樹を同級生や後輩は「努力家」と言っています。又吉直樹の創作はすべて努力の上に成り立っていることがこの本を読むとよくわかります。
深い思索、思考、鋭い洞察力、独特の共感力。才能だけに頼らない、「努力の人・又吉直樹」を知ることができる1冊です。
放送作家で著作も多数発表しているせきしろと、又吉直樹の2人による自由律俳句集です。
自由律俳句とは、五・七・五の形式にとらわれず自由な韻律で詠む俳句のこと。季語や切れ字などを用いず、口語調なことも特徴です。
- 著者
- ["せきしろ", "又吉 直樹"]
- 出版日
- 2013-10-10
「遅刻が確定した電車で読書」
「防水機能をそこまで信用するのか」
「醤油差しを倒すまでは幸せだった」
「やはり原宿で降りたか」
(『カキフライが無いなら来なかった』から引用)
たった一行の言葉ですが、ありありと情景が思い浮かぶのが秀逸。両者の目の付け所が光ります。
合間には日常を切り取った写真も挿入され、それがまた私たちの日々の言動のなかに、滑稽なことがいかに詰まっているのかを思い知らせてくれるでしょう。
プレゼントにもおすすめの一冊。続編として『まさかジープでくるとは』も発表されているので、あわせてお楽しみください。
せきしろの著作をもっと知りたい方はこちらの記事がおすすめです。
せきしろのおすすめ本5選!俳句やラノベ、小説となんでもできる天才作家
構成作家として活躍するせきしろ。独特の無気力さが光る文体で人気を博しています。また作品の映像化や、又吉直樹・西加奈子など著名人との共著など話題も尽きません。この記事ではそんな彼の作品のなかから特におすすめのものを5つ紹介していきます。
又吉直樹とせきしろによる自由律俳句の第2集です。
収録されている写真もお2人が撮ったものであり、言葉のセンスと同時に写真で日常を切り取るセンスも絶妙だということがわかります。
- 著者
- ["せきしろ", "又吉 直樹"]
- 出版日
自由律俳句と銘打ってはありますが、私たちが毎日を過ごしていく中で見過ごされている心の機微の記録でもあります。ふとした瞬間に心に浮かんできた言葉を、丁寧にくみ取ってくれます。
「イントロは良かった」
「平凡な奇抜がいる」
「絡まったイヤホンを直していたら到着」
(『まさかジープで来るとは』から引用)
だれもが心に留めておかない気持ちや思考を書き残してくれるので、読みながら「そうそう」と笑みがこぼれてきます。
俳句を恐れる又吉直樹と、俳人である堀本祐樹が優しく俳句について語ってくれる本です。
自由律俳句という、俳句の定型を使わない作品を発表している又吉直樹。しかし、「五・七・五」の定型のいわゆる俳句についてはほとんど知りませんでした。
そんな又吉直樹に俳人である堀本祐樹が、優しく、懇切丁寧に、俳句の基礎から教えていきます。今から俳句を学びたい人や、「そもそも俳句とはなんだろう」と思っている人にぴったりの本です。
- 著者
- ["又吉 直樹", "堀本 裕樹"]
- 出版日
学生時代に一度は触れたことがあるであろう俳句。しかし、そこから俳句を大人になっても続けている人は少ないと思います。どこから始めたらいいかわからないや、なんだか難しそうと思っている人に、この本は優しく学ばせてくれます。
教えられる又吉直樹自身が、定型の俳句についてはほとんど無知なのです。つまり、読者と同じ目線で俳句について質問してくれます。まさに、かゆいところの手が届く俳句の入門書だと思います。
ガチガチの俳句の入門書ではなく、お2人がゆるく、語り合いながら解説をしてくれます。それはまるで、解説書ではなくてエッセイを読んでいるのかのように錯覚します。
新聞に連載されていた、又吉直樹と武田砂鉄による往復書簡です。
往復書簡とは、簡単に言うと文通のこと。特定のテーマを持って交わされたり、相手からの質問に答えたり、また質問をし返したりしていきます。
直接言葉を交わすのではなく、書簡という形を通して自らの文章や世の中の理不尽さについて語っていきます。
- 著者
- ["又吉直樹", "武田砂鉄"]
- 出版日
又吉直樹は芸人でネタを書き、加えて作家でもあります。武田砂鉄は出版社勤務を経てライターになりました。2人とも言葉を扱うことを生業としているので、書簡で交わされる思索がとても深く興味を引かれます。
たとえば「不便」について。
現代はとても便利な世の中になりました。そんな世の中について、又吉直樹がこう言います。
「世の中がせっかちになると、生活の速度が速まりすぎて息苦しく感じることが多くあります」
(『往復書簡 無目的な思索の応答』より引用)
不便を嫌うあまりに、無駄をなくしていこうとする世界を息苦しく感じる。世の中はどうしてこうも、生活の速度を上げようとするかという痛切な又吉直樹の意見が刺さります。
直接言葉を交わすのではないからこそ、文章にするからこそあらためて確認できる自分たちの思考。メールやSNSが主流になった現代に、書簡という形で現わされる、意味がないようで意味のあるやり取りです。
又吉直樹とせきしろによる自由律俳句、好評につき第3集です。
404句もの俳句と、50篇の散文を収録しています。2人が自由に日常を切り取り、自由に日々の思いを俳句と散文として綴っていきます。
- 著者
- ["せきしろ", "又吉直樹"]
- 出版日
自由律俳句なので形にこだわらず、どこまでも自由に思考や発送を飛ばしていきます。
散文ではせきしろの自意識の過剰さが爆発しています。しかし、その過剰さがだれにでもありうることなのです。
例えば、飲食店でトイレに入るも電気のスイッチがわからないとき。せきしろはスイッチがわからないことを店側に悟られまいと必死になります。
素直に尋ねればいいものを、それができない。トイレのスイッチがどこにあるかを尋ねられないほどの自意識を、きっと私たちも抱えています。
自由律俳句とともに、2人のエッセイのような散文も魅力の1つです。
ここからは、又吉直樹自身が読者となっておすすめする書籍を2冊紹介します。彼自身はどんな物語をインプットしているのか、気になりますよね。
印象に残るタイトルの本作は、日本のSF御三家の1人である筒井康隆のショートショート集です。
タイムマシンを発明した男とその友人が、大笑いしながらタイムマシンで直前に戻る表題作「笑うな」。会社を立て直すために悪魔を呼ぶ「悪魔を呼ぶ連中」、等価交換を残酷な現実をもって描く「駝鳥」。
ときにシュールに、ときに残酷に、ときにあまりにも現実的に人間の本性や本音を抉り出します。
- 著者
- 筒井 康隆
- 出版日
- 1980-10-28
又吉直樹は「この人が作るコントを見てみたい」と言っています。
筒井康隆は日本のSFをけん引する大御所ですが、その発想はSFに留まりません。「ブラック・ジョーク」といわれる一見センシティブな表現や言葉を使い、人によっては不快に思うものも含まれるでしょう。
しかし、筒井康隆と又吉直樹が似ているのは、建前を壊し、人間の本性を真っすぐ書いていること。もし、本当に筒井康隆が又吉直樹のためにコントを書いたとしたら、とてつもない化学反応が起きるのではないでしょうか。
この本はショート・ショート集なので、短いセンテンスで34もの物語が収録されています。表題作の「笑うな」はタイムマシンを扱っているのでSFといえますが、「座敷ぼっこ」は妖怪ものです。
ブラックな笑いのものばかりが前面に押し出されている感じも受けますが、筒井康隆の魅力は振り幅の大きさです。収録されている作品は、SFの領域を超え、人類の歴史や宗教の話にまで及びます。
齢80を超えた筒井康隆ですが、その筆致は衰え知らず。筒井康隆を読んだことがない人は、まずこのショート・ショート集から手に取ってみるといいかもしれません。あまりの発想の豊かさに、度肝を抜かれること間違いなしです。
筒井康隆の作品をもっと知りたい方は、こちらの記事もご覧ください。
筒井康隆のおすすめ作品10選!バリエーション豊かな作品を堪能する
数々の名作を世に送り出している巨匠、筒井康隆。その類い稀なる創造力と、絶妙なブラックユーモアで、いつも読者を楽しませてくれています。ここでは、そんな筒井康隆の魅力溢れる、おすすめの10作品をご紹介していきましょう。
大学を卒業後、就職もせずにコンビニでアルバイトを続ける女性のとある変化についての物語。芥川賞を受賞した作品です。
古倉恵子はあまりにも合理的に考えてしまうがゆえに、子供のころから問題行動を起こしがちでした。ケンカを止めるために男の子の頭をしゃべるで殴ってしまったり、死んでしまった小鳥を焼き鳥にして食べようと言ってしまったり。
そんな恵子がコンビニで働くことで、社会の歯車になるということを覚えていきます。コンビニというだれもが利用する店とアルバイトという職業形態を通して、痛切な世の中への叫びが書かれています。
- 著者
- 村田 沙耶香
- 出版日
- 2018-09-04
「『皆が僕の人生を簡単に強姦する』」
(『コンビニ人間』より引用)
この言葉を言ったのは、主人公である古倉恵子の勤めるコンビニをクビになってしまった白羽という男です。「強姦」という言葉はかなりのパワーワードですが、言い換えるならば「人生に干渉」するということでしょう。
白羽は就職もできず、結婚もできず、理想ばかり高い男です。しかし、いけ好かない言葉の裏には現代にまで続く個人への過度な干渉を批判する意見が隠れています。
だれもが就職をし、結婚をし、子供を持つことなどを自然と強要している社会へ、白羽は「強姦」という言葉を通して怒声を上げているのです。
又吉直樹はこの本について、「読む人によって読後感が違う」と言っています。
社会を風刺するような表現もあれば、「強姦」というパワーワードを使って個人を尊重しようという意見も伺えます。どんな気持ちを読後に抱いたとしても、おそらくこの本を読むと今までの世界とは違って見えることでしょう。
主人公のような合理的な考え方も、摩天楼のように高い白羽の理想も、おそらく自分の中にも存在すると気づくからかもしれません。
白羽の態度や考え方に触れて、初めて「自己」というものを確立した主人公の最後の描写には、きっと拍手を送りたくなると思います。
本作についてもっと詳しく知りたい方はこちらの記事もおすすめです。
小説『コンビニ人間』失礼な人だらけで面白い!現代あるある?既視感がすごい
2016年に芥川賞を受賞した本作をご存知でしょうか?タイトルから、ちょっと異様な雰囲気が漂ってますよね。コンビニを舞台に、そこで働く主人公と、その周りの人々との関係を描いた作品です。 村上龍から「この10年、現代をここまで描いた受賞作は無い」とまでいわしめた本作とは、いったいどのような内容なのでしょうか?あらすじから見所まで、詳しくご紹介します。