現役内科医ならでは医学的見地を存分に使ったミステリーを描く知念実希人。魅力的なキャラクター作りで親しみやすい作品を数多く発表しています。今回は知念実希人のおすすめ小説をご紹介します。
知念実希人は1978年生まれの沖縄県出身です。2004年から内科医として勤務する傍ら、小説家を目指して文学賞に投稿を続けていました。2011年に『誰がための刃 レゾンデートル』で、ばらのまち福山ミステリー文学賞を受賞し、翌年同作でデビューしました。デビュー後、知念実希人は驚異的なペースで作品を発表し続け、2016年には6作が出版されています。
特徴は、やはり医学的知見の高さです。現役医師という顔をもつ知念実希人だからこそ、病院内の様子や病気の症状、患者の様子などの描写にリアリティと説得力があります。そのため、他の医療系ミステリーとは一線を画しています。
天医会総合病院に新設された統括診断部。この特別な部門は各科で診断できなかった患者が集められます。診断医・天久鷹央は、奇妙な症状に悩む患者たちに次々と出会います。
河童に会った、人魂を見た、妊娠してないのに身ごもった、などと叫ぶ患者たち……。果たして天久は奇妙な症状から本当の病を見つけ出すことができるのでしょうか。
『天久鷹央の推理カルテ』は2014年に発表された知念実希人の作品です。卓越した記憶力と判断力を持つ天久鷹央がズバリと診断を下す様が描かれます。一見超常現象のような症状の患者たちばかりですが、そこにはちゃんとした病気が潜んでおり、意外性があります。
ライトノベルのような軽いノリで展開される物語ですので、キャラクターにも愛着が湧きやすいですし、読みやすいです。
- 著者
- 知念 実希人
- 出版日
- 2014-09-27
本作の魅力は、医療知識の丁寧な説明です。医療ミステリーというと専門用語が多くなり難しいというイメージがありますが、知念実希人の本作は初心者向けに丁寧な説明をしてくれるので、簡単に理解できます。
丁寧過ぎると冗長になりがちですが、簡潔な説明になっていますので、さらりと読むことができるので、おすすめですよ。
丘の上病院に一頭のゴールデンレトリバーがやってきました。実はただの犬ではなく、死神のレオが変身した姿なのです。レオの仕事は、患者たちが持つ未練を解き放って、魂をあの世に送り届けること。
レオは患者の過去の謎を解き明かし未練を捨て去っていきますが、知らぬうちに病院に思わぬ危機を引き起こしていました。
- 著者
- 知念 実希人
- 出版日
- 2016-05-12
知念実希人の『優しい死神の飼い方』は、死神というファンタジー要素のあるミステリーですが、謎の解決は至って現実的なものです。一つ一つの謎の解決が大きな謎を生む構成のおかげで、物語を間延びさせることなく、最後まで楽しませてくれるようになっています。
知念実希人の本作の魅力は、ハートフルな物語であることです。死神といっても、本作の死神はとても人間味があります。なので、患者たちに寄り添いながら、謎を解決します。
患者たちは犬の姿をした死神に対して優しいですし、未練を残した過去も優しい物語です。悲しくて、ではなく、感動して涙をこぼすような、知念実希人の小説になっています。
外科医の九十九勝己は医療事故を起こしてしまい、働き場所を失いました。恩師に相談したところ、紹介されたのは神酒クリニックでした。
そこでは、素晴らしい技術を持った個性豊かな医師たちが、世間には知られることなくVIPへの治療を行っていました。職場にも慣れた九十九でしたが、まだこのクリニックには彼の知らない裏の顔があったのです。
『神酒クリニックで乾杯を』は2015年に発表された知念実希人の作品です。全体的には軽く楽しいノリなのですが、随所でシリアスな展開があり、緩急のついたミステリーに仕上がっています。医療を扱うシーンでは緊迫感のあるリアルな描写をしており、知念実希人の現役医師としての見識を遺憾なく発揮しています。
- 著者
- 知念 実希人
- 出版日
- 2015-10-24
本作の魅力は、強烈なキャラクターたちです。凄腕の外科医だけど謎めいた行動を取る院長や、真っ赤なルージュを引いたセクシーな産婦人科医、明るく元気だけど暴走しがちな看護師など、個性豊かな面々が話を盛り立てます。また、知念実希人の別シリーズの主人公・天久鷹央のお兄さんも登場します。
若手の外科医、岬雄貴は自分が末期がんであることを知り、自暴自棄になります。身体を鍛え上げて不良を襲撃したのですが、それがきっかけとなり連続殺人鬼・ジャックと接触を持ちました。
そしてジャックの共犯となるのですが、たまたま助けた少女と出会ったことで、自分の行動に苦悩し始めます。
『誰がための刃 レゾンデートル』は知念実希人のデビュー作です。ラノベチックでほんわかした話が多い著者ですが、本作は重々しいハードボイルドミステリーとなっています。
- 著者
- 知念 実希人
- 出版日
- 2012-04-26
レゾンデートルとは哲学的な用語で、存在理由のことです。主人公の岬は自身の存在理由を探っていく物語となっています。
本作の魅力は内面描写の説得力です。主人公の岬が死亡宣告を受けてからの絶望と自暴自棄や、少女と出会ってからの葛藤を深く掘り下げています。アクションシーンの疾走感とは違い、内面は丁寧にじっくりと描くので、違和感なく状況を受け入れることができます。
外科医の速水は当直勤務をしていました。ウトウトとベッドでまどろんでいると呼び出しがかかり、行ってみると、そこには銃を持ったピエロの仮面を被った男が立っています。そして、腹部を撃たれた女性がうずくまっていたのです。速水は男に指示される通り、女性に治療を施し、脱出を試みるのですが、やがて病院に隠された秘密を見つけてしまいます。
知念実希人の『仮面病棟』は、密室となった病院で繰り広げられるミステリーで、全編にわたり緊迫感のあるものになっています。次々に起こる事態になかなか真相は掴みにくく、ラストには驚きが待っています。
- 著者
- 知念 実希人
- 出版日
- 2014-12-05
知念実希人の本作の魅力は心理戦です。ピエロの強盗は信じられないことはもちろんですが、強盗のアリバイがある中で殺人が起こり、病院関係者も全く信じることができません。誰がいつ牙を剥くのかわからない中で、いかに病院を抜け出すのか。追い詰められた心理を克明に描き出します。
「胸が、肺が痛い。心臓の鼓動が頭に響く。一歩踏み出すたびに膝に走る焼けつくような痛み以外、下半身の感覚はなくなりつつあった。」(『あなたのための誘拐』より引用)
上原信吾40歳。警視庁捜査一課特殊班第一係の刑事。この物語の主人公です。彼は今、誘拐犯ゲームマスターの指示に従い、身代金受け渡しの場所へと懸命に走り続けているのです。与えられた制限時間はあと2分20秒。間に合わなければ少女の命は無くなるのです。
ページを開いた瞬間から、ドキドキするような情景が目に飛び込んできます。簡潔でスピーディーな展開で、4年前の誘拐事件と現在の誘拐事件が交差し、息つく間もなく読み進められます。
ミッションをクリアーできなかった上原はその後警視庁をやめ、離婚。生きた屍のような生活の中で唯一人間らしい感情に戻れるのは、月一度、別れた愛娘優衣と会えるときだけです。
4年後、同様の誘拐事件がおきます。ゲームマスターに再び身代金受渡しを名指しされた上原は……。
- 著者
- 知念実希人
- 出版日
- 2016-09-13
誘拐された少女の命を懸け、繰り返しゲームを課してくる誘拐犯と受けて立つ上原の対立は、すさまじいほどの緊迫感を生み、まるで読者が上原にでもなったような息苦しい感覚に陥ります。屍のような人生を送っていた上原が、再びゲームマスターに出会うことにより、眠っていた刑事魂が蘇えったのです。
もう一つ、この作品の全篇を通して太く貫いている強い感情があります。それは、誘拐犯ゲームマスターの上原に対する執拗なまでの執着心です。
なぜ、何のために……?
その答えは、本編最終章に衝撃的な結末として用意されていたのです。
削ぎ落とされ、選び抜かれた一つ一つの言葉からくる緊迫感が物語に集中させ、読み手を一気に最終章まで連れて行ってくれる作品です。皆さんも是非、知念実希人ワールドをのぞいてみてはいかがでしょうか。
この作品には、前半と後半ストーリーにかなりの温度差があります。
ジャンルは恋愛ミステリー。研修医の主人公と、患者であるヒロインを描いた物語です。設定としては王道かもしれませんが、2転3転と、どんでん返しを楽しめる作品となっています。前半は心温まる恋愛小説、後半はハラハラするミステリー。そんな構成です。
主人公碓氷(ウスイ)は、金の亡者。お金の為に勉強し、お金の為に将来コネとなりうる部活をし、お金の為に海外で脳外科医になろうとする人間です。基本的には熱心な研修医ではあるものの、その根幹にあるのはお金への執着心。お金や過去の話になると、感情的になる場面も。もちろん、主人公がそういった性格なのには、それ相応の理由があります。
一方、ヒロインは脳腫瘍を患う「弓狩環」こと、ユカリ。彼女も色々なものを背負っています。余命幾ばくもない体に、多額の遺産を狙う親戚……。
- 著者
- 知念 実希人
- 出版日
- 2017-09-15
2人が謎を追いつつ、心の距離を縮めていく様子を描いたのが前半の内容となっています。傷つけあったり、笑いあったり……。
しかしこの作品、最初に述べた通り、温度差が激しい。後半では一気にミステリー要素が濃くなります。それを象徴したセリフが、以下です。
「君は一度も弓狩環さんを診察していない。全部、君の妄想なんだよ」(『崩れる脳を抱きしめて』より引用)
ゾクッとしませんか?前半とは雰囲気が一変し、緊迫感のあるミステリーへと突入します。
著者の知念実希人が現役の医師ということもあり、患者の急変描写や、病院内の空気の描写も見事です。研修医に対して長話をする老患者や、お酒をすすめる患者など、病院での「あるある」が所々に見られます。恋愛ミステリーという現実離れしやすいテーマにもかかわらず、物語に説得力を感じるのは、こういった著者の力量あってのことですね。
恋愛にヒューマンドラマに、ミステリー。様々な要素が絶妙なバランスで組み込まれ、ひとつの温かい物語に仕上がっています。
以上、知念実希人のおすすめ小説をご紹介しました。本業の医師の見識に裏打ちされた医療ミステリーは読み応えがあります。読みやすい文章にも定評がありますので、気軽に読んでみてください。