世界中に根強い人気を持つブコウスキーは、酒とギャンブルに興じ、そして数多の女性を愛して生涯を送りました。49歳で作家に専念するまで、職を転々として放浪し、働きながら書き続けた、異例の経歴を持つ存在です。その赤裸々な世界観を覗いてみませんか?
ヘンリー・チャールズ・ブコウスキーは、1920年ドイツ生まれでアメリカ育ちの、作家、詩人です。大学の創作科を中退した後、各地を放浪し、工場、ガソリンスタンド、トラック運転など様々な肉体労働を経験します。24歳で最初の小説を発表、以降郵便局に勤務しながら書き続けます。
一時は作家の夢を諦め、結婚するも一年で離婚。再び詩や短編、ルポ、哲学的エッセイなどを書くと一挙に人気となり、編集者に生涯月100ドル払うからと誘われ、郵便局を辞め、49歳にしてついに創作に専念することになります。
元軍人の父からは暴力を受けており、母もかばってくれず、味方のいない家庭で育ちました。そのせいで、必要最低限のことしか語らなくなり、自身の文学に影響したとチャールズ・ブコウスキーは語っています。
13歳のとき、悪友にワインを教えられてから、アルコールにすっかり魅入られます。過度の飲酒で、たびたび生命の危機を経験するほどでした。また、売れない時期に同棲した恋人から競馬を教えられて以来、生涯熱中しました。
暴力や絶望を描く、荒廃した世界観が特徴的で、悪辣な思考や言動、露骨な性描写などがかなり頻繁に登場します。モラル的には全く褒められたものではないので、それを踏まえた上で読んだほうが良いでしょう。
その文章は全くてらいがなく、どこまでも素直で、ありのままです。普通なら心の中で考えても、しまっておくようなことを、ブコウスキーは一切格好をつけず、そのまま作品に活かすのです。
そんななかで、時折みせる優しさ、子供っぽさ、脆さは著者の魅力です。世界中に熱狂的ファンを持ち、特に当時の人気はカリスマ的で、歩いていると列になって人がついてくるほどでした。
有名になって以降は女性にもモテるようになり、最期まで若い女性に恋をし続けました。酒、女性、ギャンブル、そして創作を愛した生涯でした。
1991年から1993年までの、33日分の日記をまとめたエッセイ集です。
書くことについて思いを馳せたり、どん底の若き日々を回想したり、競馬について熱く語ったり、死について考えたりと様々な話をしています。
タイトルは、本書の1991年9月12日の文章から取られています。普通の人は、自分や他人の死に対する準備ができておらず、不意打ちにショックを受けますが、ブコウスキーにおいては、「わたしは死を左のポケットに入れて持ち歩いて」おり、時々話しかけるのだそうです。
- 著者
- チャールズ・ブコウスキー
- 出版日
73歳で生涯を閉じるその前年においても、ブコウスキーは本質的には若い頃と何一つ変わらず、無頼で、自分の生きたいように生きていたことがわかります。アクシデントとユーモアにあふれたその日常は、まるで毎日が短編小説のようです。
「書くというのはわたしが左のポケットから死を取り出し、そいつを壁にぶつけて、跳ね返ってくるのを受けとめる時。」(『死をポケットに入れて』より引用)
ブコウスキーの生き方は、一見、場当たり的に見えて、実は死を、そして生を見据えながら、毎日を生ききっていたことが伺えます。良く生きるといえば、とかく人生設計をきちんとすることばかりイメージしますが、本気で生きるということは、それ以外の要素もあるのだと教えてくれるかのようです。
自称スーパー探偵のニック・ビレーンは、短絡的でいい加減、ろくに仕事もせず、酒と競馬の日々をおくっていました。事務所の契約はとっくに切れているというのに、追い立てにきた所有者には、膝蹴りを食らわせ、財布からカードを抜き取るという、傍若無人ぶりです。
ある日ニックは、人探しの依頼を受けます。ほぼ同時にもう一つ、「赤い雀」を探してほしい、という依頼も舞い込みます。報酬は弾むと言われますが、手掛かりは全くのゼロです。
魔法、宇宙人、なんでもありのごった煮状態で展開する、B級小説風の作品です。
- 著者
- チャールズ ブコウスキー
- 出版日
- 2016-06-08
パルプとは、かつて流行した安価な大衆雑誌のことで、この作品は三文小説風の悪文に則って書かれています。そのパルプへの賛歌ともいえ、筆致は徹底して洗練させません。
探偵ニックは極端なまでに、小物でインチキ臭く描かれています。ターゲットを追跡中に警察に職務質問されて失敗、バーに行っては強盗に合い、美女に惚れては男に追い回され、逃げる際に老人を轢くなど、めちゃくちゃです。
しかし、目先のことしか考えない性格である一方、人はいずれ死ぬと頻繁に口にしており、作品にどこか切なさも漂わせています。
ブコウスキーの遺作となった作品です。人生の最後に、病を患いながらも、こんなに本気でふざけた作品を書けたことには、著者ならではの凄みを感じます。
短編30作が収録されています。
表題作「町でいちばんの美女」では、荒廃した生活をおくっていた、町でいちばんの醜男である「私」と、町でいちばんの美女キャスが、バーで出会い、恋に落ちます。
キャスは稀にみるしなやかな体の持ち主で、繊細で情熱的でした。一方で自傷癖があり、たびたび、顔にピンを刺したり、ガラスで首を切りつけたりしては、これでも私は綺麗かと聞きます。おれが傷つくから、せっかくの美しい体に傷をつけないでくれと頼み、抱きしめると、キャスは声を殺して泣くのでした。
朝を迎え食事を作り、浜辺で昼寝をする日々に、二人は束の間の幸福を感じますが、それはあまりにも突然終わりを迎えます。
- 著者
- チャールズ ブコウスキー
- 出版日
- 1998-05-28
表題作「町でいちばんの美女」は、ほんの11ページ程度しかありませんが、この短さでこれだけ感動できる作品も珍しいでしょう。二人の出会いは行きずりですし、結局は短期間を過ごしただけですが、「私」が、浜辺でキャスを抱いて昼寝したときに感じた、溶け合うような感覚は、永遠すら思わせます。果たして一時の浅薄な感情だと言い切れるのでしょうか。
格好良くは生きていない二人ですが、物語には、哀しさ、そして美しさがあります。無骨ななかに愛と優しさのある、ブコウスキーらしい作品です。
荒廃した日常から、荒唐無稽な設定まで、非常に短い作品がたくさん並んでおり、気軽に読めて、存分にブコウスキーの世界観を味わえます。
ヘンリー・チナスキーは、職を転々としながら、全米を放浪しています。荷物はスーツケース半分ほど。必要なのは、どこかに行くためのバス代と、着いてからどうにかするための何ドルか、それと酒。
チナスキーがつく仕事はどれも、過酷な環境と、ストレスフルな人間関係で、すぐ辞めるかクビのどちらかです。公園で眠り、飲んだくれて捕まり、そしてまた仕事を探す、その繰り返し。
辛い日々の中、書くことだけが救いです。タイプライターは売ってしまったので、手書きで短編を書き、投稿しました。しかしその作品さえも、何度投稿しても送り返されてきます。
ブコウスキーの、作家として売れる前の日々をベースにした、自伝的小説です。
- 著者
- チャールズ ブコウスキー
- 出版日
ヘンリー・チナスキーとはブコウスキー自身がモデルで、著者の作品の多くにこの名前がたびたび使われています。
チナスキーは、どうにかしたい思ってはいても、どうしていいか分からず、自分の手で人生を終わらせることぐらいしか思いつきません。ただ今日一日を生きるために、労働をし、ひたすら酒に酔い、女性を口説く。孤独を愛すると言いながら、時に孤独に打ちのめされる様子はあまりに悲しげです。
どうしようもない男なのですが、チナスキーの憎めない、かわいらしさが随所に潜ませてあって、物語を読んでいるといつの間にか応援したくなってしまうのは、チャールズ・ブコウスキー作品の醍醐味です。
仕事のやりがいや、キャリア設計などを考えることは大事ですが、煮詰まってゆとりがなくなった時には、チナスキーの圧倒的な生き方をみると、少し気を楽に持てるかも知れません。
ヘンリー・チナスキーは50歳で、郵便局員から作家になった男です。成功して有名になった彼のもとには、世界中から次々にファンレターが届きます。若い作家志望の男からの手紙は屑籠に。そして若い女性ファンには返事の手紙を送るのです。
強い個性の持ち主である女性たちからは、嫉妬されて罵られたり、車で轢き殺されそうになったり、女性たちも銃で撃たれたり、突然脈を失ったりと、あらゆるトラブルが起きます。しかし新しい女性に会うと初めての時のような気分になり、またしても同じことを繰り返すのでした。
- 著者
- チャールズ ブコウスキー
- 出版日
チナスキーはチャールズ・ブコウスキー自身の分身です。女性との距離の詰め方からベッドの様子まで、微に入り細に入り記されます。醜さも、愚かさも、人の目を恐れず徹底して正直に書かれる文章は、ブコウスキーの真骨頂です。普段自分がどれだけ格好をつけながら生きているのか、気付かされます。
まるでティーンのような恋愛を、最期までほとんど何の進歩もなく、何度も何度も繰り返していて、よく飽きないものだと関心するほどです。しかしその単純さや子供っぽさは、彼の最大の魅力でもあるのでしょう。
豪快な時もあれば、恐れを紛らわすかのような酒の飲み方をしたり、目の前の女性に溺れている時も、突如冷静にもう一人の自分が自分を見つめたりする様子は、実に人間的で多面的でもあります。
無頼でアナーキー、どこまでも正直に描かれた男心は、今も多くの読者を魅了します。今もなお、多くの男性から共感と親近感を得ており、だからこそ女性にもおすすめしたい作家です。どの作品も、主人公の男に全くしょうがないやつだと呆れてしまいますが、読了後はなぜか気持ちが前向きになり、生命力が沸いてきます。