バナナの花が好きだから、筆名をばななにしたという吉本ばななの作品は、自然体で読みやすいものが多いです。台湾でもフィリピンでもない、純日本産「バナナ」の味、味わってみませんか?
普段小説を読まない人でも、吉本ばななの名前を一度は聞いたことがあるのではないでしょうか。『キッチン』でデビュー後、刊行された単行本6冊すべてがベストセラーとなり、1989年には新聞や雑誌に〈ばなな現象〉として取り上げられた事は有名。海燕新人文学賞(1987年)、泉鏡花文学賞(1988年)、芸術選奨新人賞(1989年)、山本周五郎賞(1989年)、紫式部文学賞(1995年)、ドゥマゴ文学賞(2000年)と実績を残している実力派です。
19歳の少女、弥生が自分の足で1歩踏み出し未来を切り開いていく話です。文章が温かく美しくて読んでいて心地よい1冊。
弥生は両親と年子の弟の哲夫のいる明るく幸せな家庭で育ってきました。弥生はただ幸福な娘なのですが、子供時代の記憶がなく、重大な何かを忘れてしまっているように感じながら日々過ごしています。19歳の初夏の日に弥生は導かれるようにして、変わり者ですがなぜか心惹かれるおばのゆきのの元へ家出することを決意し、おばと共に穏やかな時間を過ごすうちに大事な記憶を取り戻していきます。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
- 1991-09-01
この本の魅力は前へ進む勇気とそれをあと押しする温かさを感じられるところです。
弥生は家出をするときに、次戻ったときにはこれまでの幸せな環境は変わってしまうかもしれないと薄々感じます。それでも弥生は記憶を取り戻すために踏み出すのです。そしてそんな弥生を、魅力的な登場人物たちが温かく支えます。
本の冒頭に「終わってしまったからこそ価値があり、先に進んでこそ人生は長く感じられるのだから。」という一文があります。弥生が思い出した記憶は哀しいものでした。それでもその記憶のおかげで、弥生の今や未来がキラキラと輝き、新たな関係を築いていくのです。
恋人の運転する車に乗っていて、交通事故に遭った主人公の小夜子は、車の中に積んであった鉄パイプが腹部に刺さり、瀕死の重傷を負います。
運転した恋人は亡くなり、彼女も三途の川の淵まで行きますが、故人となっているおじいちゃんに追い返されるという「臨死体験」をします。
おじいちゃんから、「俗世でもっと修行してきなさい。お前の彼氏はすっと行っちゃったから、会えなかったことはしかたない、すっぱりしろ。生きてるだけでいいから生きろ。」と言われるくだりは、実にリアルです。
- 著者
- よしもと ばなな
- 出版日
- 2013-08-01
小夜子はずっと、「私が代わりに死ねばよかったのに」、という生き残りの重みを抱えながら暮らしていますが、吉本ばななは小夜子を通じて、生き残っている者の「命の重さ」と「生き続ける事」の大切さを描き、不安や苦しさを抱えている人に、どんな惨劇にあったとしても、「どうか、どうか、生きて下さい!」と呼びかけているように思えます。根底には東日本大震災への痛恨の思いがあったというのも頷ける一作です。
小学校の時から通っている「絵」の教室で、主人公夕子は新しい先生に、ある日ふと「淡いもやもや」を感じます。二人に訪れる愛の「奇跡」の始まりです。
本作は、14歳の夕子の、そんな甘酸っぱい「はつ恋」の日々をファンタジックに描いた作品。14歳の女の子の話として描かれてはいますが、それだけでなく、「人と人とが出逢い、そして惹かれ合う本質」のような、とても深いものを感じさせる一編です。ハラハラ(家族の事)あり、イライラ(嫉妬心)あり、そしてドキドキ(はつ恋)ありです。
- 著者
- よしもと ばなな
- 出版日
「誰かが自分の幸せを祈ってくれること、自分に幸せを祈りたい誰かがいること」は、「それだけで幸せなのだ」。何故なら、「人を好きになること」それは実は「物凄く奇跡的なことなのだ」ということを、ジーンと心に届けてくれる本です。
語り口に透明感があり、「はつ恋」の経験者にも未経験者にも、受け入れられそうな一作です。
「デッドエンド」とは、「行きどまりの事」を指します。この本には、表題作「デッドエンドの思い出」の他に、「幽霊の家」「おかあさーん!」「あったかくなんかない」「ともちゃんの幸せ」の4編が収録されています。
作品に共通のテーマは、現実にはデッドエンドだけれど、一生懸命生きていれば、出口は「必ずある」というものです。
- 著者
- よしもと ばなな
- 出版日
「幽霊の家」は、幽霊が出るという男友達の家で 、死んだと気づかずにすごしている老夫婦の幽霊をみた主人公が、 二人の姿を通して、本当の幸福は何なのかと気付かされる話です。
ホラーチックですが、幸せとは「感じるもの」であり、探し求めなくても、何気ない日々の暮らしの中で、容易く見つけ出せるものだと教えてくれます。
「おかあさーん!」は、社員食堂で毒入り事件に巻き込まれる女性の話。この事件に遭遇してしまった事で、彼女は過去に親に捨てられた記憶などを呼び覚まされます。
彼女の人生の哀しみは深いけれど、 周りの人の優しさに触れるうちに、「ふうっーと楽になる」瞬間を体感します。やがて生きていれば良いこともつらいこともあるけれど、 「自分をみていてくれる誰かがきっと何処かにいる筈」と気付き、辛さも恨みもすべて昇華されてゆきます。
「あったかくなんかない」は主人公の「みつよ」と友達の「まことくん」との思い出話です。まことくんの「みつよちゃんの中には、何か丸くてきれいで淋しいものが見えるね。ほたるみたいな感じに」などのセリフに、ジーンとさせられます。
失恋して家出して、おじさんの家で暮らすことになった女性が主人公の「デッドエンドの思い出」でも、そこでの同居人との触れあいで、本当の幸せとは何かに気付き、自分の居場所に戻ってゆく姿が描かれています。
今生きているこの瞬間が、「もしかしたらすごい幸福な時間なのかもしれない」そんな気にさせてくれる一冊です。 ネガティブな気持ちに陥った時に是非読んでみて下さい。
山本旅館の娘のつぐみは、母親の事を「ばばあ」一つ年上の従姉の「まりあ」の事を「おまえ」などと呼ぶ一見硬派な女の子。生まれつき体が弱かった為に、甘やかされて育った為に悪ぶっていますが、根は真っ直ぐな女の子でとても魅力的な美人です。
まりあは父親の愛人の娘で、父親と前妻との離婚が成立した事で上京しますが、山本旅館が廃業する事になったので、夏休みを利用して田舎に泊まりに来て、ひと夏をつぐみと共に過ごします。そんな二人のひと夏を描いたのが本作です。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
つぐみの恋あり、病気の悪化ありと、物語はハラハラさせながら展開します。そして人間はさまざまなものを失い、さまざまな別れを経験しながら前へ進んでいく旅人であり、「今」という時間の尊さを再認識してはじめて、「未来」に立ち向かって行けるんだ、という事を教えてくれる一冊です。
両親も祖母も亡くなり、ひとりぼっちになった主人公のみかげに、生前祖母と知り合いだったという青年・雄一が同居を申し出ます。
この申し出を受け入れたみかげが、雄一とその母親えり子(本当は父親)と繰り広げる、奇妙な同居生活を描いたのが本作『キッチン』です。
みかげにとって一番癒される場所が「キッチン」なのですが、妻に死なれて主婦になったえり子さんが言います。「人生はいっぺんに絶望しないと、本当に捨てられないものが何なのか分からない」と。
- 著者
- 吉本 ばなな
- 出版日
- 2002-06-28
「キッチン」は家庭の象徴です。みかげにとって祖母と二人っきりで過ごしていた時の「キッチン」は孤独を感じさせるものでしたが、雄一やえり子さんとの暮らしの中では、癒しの場所となりました。
人はいつも孤独と背中合わせで生きています。反面、孤独に苛まれる事によって、またひとつ成長していく生き物でもあるのです。生や死と真正面から向き合わされた時、必要なものは何なのかが見えてくることを認識させてくれる一冊です。