高野和明作品は、社会的なテーマが読みやすい文体で書かれているので時間を忘れて作品の世界に入り込んでしまいます。そんな高野作品の中から『ジェノサイド』の次に読むべきおすすめ5作品をご紹介します。
高野和明は、1964年、東京に生まれます。作家となる原点には、幼児期に母親から読み聞かせられたお化けや幽霊の話があるそうです。
子どもの頃から映画に興味があり、小学生から自主製作映画を作っていました。ちなみに大人になって作家となってからも、映画監督への夢は捨てていないそうです。
1984年からは映画・テレビの撮影スタッフとして仕事をし、その後、渡米します。ロサンゼルス・シティ・カレッジ映画科で勉強し、帰国後は脚本家となりました。
2001年、『13階段』で江戸川乱歩賞を獲得し、2011年には『ジェノサイド』で山田風太郎賞と日本推理作家協会賞を受賞しました。
運命や霊の存在を絡めた作品が多く、すべての作品において、誰かを助けるために懸命に頑張る人間の姿が描かれます。人々に向ける優しさが滲んでいるようです。
喧嘩騒ぎの果てに傷害致死で服役していた純一が、2年弱の刑期を終えて出所しました。純一は出所してから、自らの過ちのために家族がどれだけ苦しんできたか、被害者家族にどれだけの悲しみを与えたのか気づきます。また、前科持ちになった自分がこれから生きていかなければならない世の中の厳しさを痛感し始めていました。
そんな純一に、やりがいのある仕事の話を持ち込んできたのは、純一が収監されていた松山刑務所の刑務官である南郷でした。勤続28年のベテラン刑務官の南郷もまた、自分の仕事について長年悩んできたのです。純一の純朴さを見抜いていた南郷は、ある仕事のパートナーとして純一を選びました。2人が取りかかった仕事とは?
江戸川乱歩賞を受賞し、映画化もされた本作は心理描写と少しずつ見えてくる事実で読者を惹きつけながら、最後の最後までほっとできない内容になっています。
この作品を読んで初めて、刑務官という仕事の特性による深い苦悩に思い至りました。日本の死刑制度の持つ問題点をあぶり出し、本当の正義とはなにかを考えさせる作品です。
主人公の八神は、少年の頃から悪党として生きてきました。そんな八神がよりにもよって人生で1度だけ人を救おうとしたとき、なぜか警察から追われる羽目になります。
一方、警察では、機動捜査の古寺と、監察の剣崎という異色の2人がタッグを組み、東京で進行中の連続殺人事件の捜査を始めます。次第に信頼を深めていく2人をあざ笑うかのように次々と起こる事件。西洋の魔女迫害後に起こった虐殺事件を模したかに見える連続殺人の被害者たちには、ある共通点があったのです。
人助けのため、どうしても決まった時間までに、とある場所に行かなければならない八神は警察に捕まるわけにはいきません。気がつけば警察だけでなく、謎のグループからも追われています。時間とお金が限られた中で目的地へ、ひた走る八神。東京の北から南へ、タクシー、船、自転車、レンタカー……思いつくままに、いろいろな手段で移動します。
スピード感たっぷりに繰り広げられる逃走劇に、はらはらしながら読んでしまいました。読者は、いつの間にか八神を応援している自分に気づくことでしょう。危機が迫る中でも、どこかユーモアを忘れない八神が魅力たっぷりに描かれています。医学界における難しいテーマと連続殺人事件を絡めながら描くという作者のアイディアに、驚かされます。
結婚2年目の修平と果波。修平が仕事で成功を収め、憧れの高級マンションも手にし、夫婦は幸せの絶頂にいました。ところが、果波の妊娠がわかってから、2人は徐々に不穏な空気に包まれていくのです。
大学病院で精神科医として働く磯貝は、不妊に悩む患者が目の前で自殺未遂を図り、医師としての自信をなくして休職中の身でした。そんな磯貝でしたが、友人から紹介された修平たち夫婦のためになんとか再起しようとします。ところが、どんどん人格が変貌していく果波と、妻を守るために疲れきった修平の様子は、磯貝が会うごとに緊迫感を増してきます。
不妊、堕胎、憑依現象、産婦人科や精神科の医療といった問題に鋭く切り込んだ作品です。結末が気になりながら一気に読んでしまいました。医者である前に人間としての自分にも厳しい磯貝や修平の変化から、作者の人間的な深みを感じました。
本作は、映像の仕事に携わった高野和明だから表現できるサイコサスペンスなのではないでしょうか。冒頭で出てきた夫婦がどうなるか、最後まで目が離せません。
なにかで悩む人や苦しむ身近な人に対して、なにができるか考えている人にはぜひ読んでほしい本です。
受験の失敗を苦に自殺した裕一が行き着いたのは、断崖絶壁の上、地上と天国のはざまでした。そこで自分以外の3人の自殺者と出会い、神からミッションを与えられます。地上に戻って、7週間で自殺しようとする100人の命を助けるというもので、それを成し遂げたなら4人は天国に召されるという約束でした。
生前は暴力団の組長だった威勢のいい八木、会社社長だった生真面目な市川、家事手伝いをしていた繊細そうな美晴。そこに裕一を入れた4人は、力を合わせてミッションを遂行するべく地上に降り立ちました。幽霊人命救助隊が結成されたのです!
救助隊4人の活躍は、テンポよく交わされる会話と独特のユーモアに彩られていて、興味深く読み進めることができます。助ける方法もユニークなものばかり。かつては自分たちも通った道だからこそ、深刻に悩むひとりひとりを救いたい、という4人の気持ちが行間から伝わってきて、読んでいると何度も目頭が熱くなってしまうのです。
不器用で失敗ばかりの4人からこぼれるのは渾身の言葉ばかりで、心に残るものが多くあります。その中の1つ、救助活動の終盤に八木が放った「未来が定まっていない以上、すべての絶望は勘違いである」という言葉には、思わずうなずいてしまいました。
4人が救うことになる100人目はどんな人なのか、楽しみに読んでほしいと思います。ラストシーンで、心が温かくなります。
大学院で心理学を学ぶ山葉圭史には、他人の未来が見えます。そんな特殊な能力を持つ圭史と関わる人を描く5編の短編を収めた作品です。
「時の魔法使い」と「ドールハウスのダンサー」は、うまくいかない毎日にくじけそうになりながらも、夢に向かって一途に生きる若い女性の心の動きと、偶然の出来事が描かれています。時の流れに優しさを感じます。
冒頭の「6時間後に君は死ぬ」で山葉に出会い、いきなり自分の命はあと6時間しかないと告げられ、必死になって運命を変えようとする美緒が、5話目の「3時間後に僕は死ぬ」でどうなっているのかは必見です。
全体にミステリーの要素もありながら、現在へとつながってきた過去について、ノスタルジックに描かれる本作は大人向けのファンタジーともいえるのではないでしょうか? ファンタジーが苦手な私も大好きな作品です。
5編の短編の後のエピローグが、本短編集を効果的に締めくくっており、不思議な余韻を残すのです。特別ではない1日1日を、丁寧に生きていきたいなとふんわり思わされます。
高野和明の作品の中からおすすめの5作品をご紹介しました。重たい内容をわかりやすく、臨場感たっぷりに表現する高野和明の作品を、ひとりでも多くの人に読んでもらいたいと思います。