ドストエフスキーのおすすめ作品5選!今度こそ挑戦してみたい

更新:2021.11.24

フョードル・ドストエフスキー。本を読む方なら誰しもが一度はその名前を耳にしたことがあるでしょう。19世紀のロシアが世界に誇る偉大な作家です。 ここではその作品群から5タイトルを紹介していきたいと思います。

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波乱万丈な生涯を生きた作家、ドストエフスキー

フョードル・ドストエフスキーは1821年11月11日にモスクワで生まれました。慈善病院の医師である父親の次男として、15歳までを生家で過ごします。17歳でサンクトペテルブルグの工兵士官学校へ入学し、卒業後は工兵局に勤務しますが、そこでの仕事は肌に合わず約一年で退職し、そこから作家の道を目指しました。1846年に処女作の『貧しき人々』が批評家に激賞され、華々しい文壇デビューを果たします。

1849年には、空想的社会主義サークルのサークル員になったため官憲に逮捕、死刑判決となりますが、銃殺刑の執行直前に皇帝ニコライ一世から特赦があたえられ、シベリア流刑へと減刑となりました。刑期終了後は兵役につき、その後1858年にペテルブルグへと帰還します。そして発表した『罪と罰』が再びドストエフスキーの評価を高めました。

ここで紹介する5タイトルは全て、シベリア流刑後の作品となります。それまでの人道主義的な作風から一転して、悲劇的な要素を多分にふくむ物語群です。ドストエフスキーの代表作といわれる「五大長編」も刑期終了後の思想的大変換後の作品ということになるのです。

逆に言えばこの死刑判決から直前での減刑、そしてシベリア流刑がなければこの世界的作家は存在し得なかったといえるかもしれません。

ドストエフスキーは晩年の大作「カラマーゾフの兄弟」を書きあげ、1881年1月28日、家族に見守られながら世を去ります。

殺人者の心理に入り込む、現代の予言書

作家後期の作品のなかでも代表作といわれる『罪と罰』。そこには当時のロシア、あるいはドストエフスキー自身の生活の暗澹たる様子が透けてみえます。

名門ペテルブルグ大学に通う若き美青年ラスコーリニコフは、その貧しさから学費を払えずに学校を除籍処分となります。頭脳明晰な思索家のラスコーリニコフは独自の犯罪理論で悪名高い金貸しの老婆を殺害し、その金を社会に役立てようと画策しました。しかし、たまたま殺人の現場に居あわせた老婆の妹までも勢いあまって殺してしまうのです。

苦悩するラスコーリニコフ。罪の意識と自白の衝動に押しつぶされそうになりながら、彼の自意識は過熱していきました。

そんななか出逢った娼婦のソーニャは自分よりも貧しく、先の見えない生活をつづけながらも高貴な心を持ち続けていて……。

 

著者
ドストエフスキー
出版日
1999-11-16


心理描写が微に入り細を穿ちます。まるで自分が主人公になったかのように、殺人者の倒錯した精神に入り込み、その軌跡をなぞるので、読者はめまいがするような体験をすることになるでしょう。

哲学的な思索、社会に対する反動的な見地と政治思想、宗教感など作者の考え方の一端が垣間見える小説であり、殺人という最も重いテーマを真っ向から扱った作品であるために、その読み応えは世界の文学史のなかでも有数のものといえます。

また、この小説は推理小説としても楽しめるのです。老婆殺害事件の容疑者を追いつめようとする予審判事と、それを逃れようとするラスコーリニコフとの息もつかせぬ攻防戦が繰り広げられます。

ドストエフスキーは執筆当時、病気の妻と実兄の死、不倫の挫折、ホテルから蠟燭の提供まで拒否されるほどのギャンブルによる多額の借金に悩まされていました。そんな作者の背景を作品世界のなかに読み取ってみるのもまた、おもしろいかもしれません。

歴史上、最高の小説

ドストエフスキーの最高傑作と呼ばれ、後のあらゆる文学作品に影響を与えた作品が『カラマーゾフの兄弟』です。映像化、舞台化も多く、現在までその名声は絶えることがなく続いています。

フョードル・カラマーゾフは強欲で色好みの地主で、息子が3人います。激情家で軍人の長男ドミートリィ、知性的でシニカルな次男イヴァン、そして敬虔な修道者であり善良な三男のアレクセイです。父親と長男ドミートリィは仲が悪く、あろうことか同じ1人の女性を愛していました。そして父親のフョードルは何者かの手によって殺されます。

この家族を中心に物語は進んでゆきます。父親と兄弟の愛憎劇に、神とはなにか?教会とは?死とは?といった普遍的な疑問、そして当時のロシアの社会情勢を色濃く反映した壮大なテーマが展開されていくのです。

 

著者
ドストエーフスキイ
出版日


サマセット・モームによる「世界十大小説」のひとつにこの作品は選ばれています。また、多くの作家や批評家から世界最高の小説という賛辞を得ています。

登場人物が多く、呼び名もいくつかの愛称にわかれ統一されないため、日本の読者にはわかりづらく、社会における信仰などのモチーフも馴染みが薄いために、読み始めるまえに敷居の高さを感じさせ、簡単に手にとることのできない小説と思われているようです。しかし、第二部以降の怒涛のような物語の進展、あらゆる登場人物たちがその個性を発揮させ、一気に終末へと向かうプロットの見事さにはページをめくる手を止めることができません。

人類史上最高の小説と謳われるそのダイナミックなストーリーの流れにぜひ、身を任せていただきたいです。わかりづらさを越えて読ませる力がこの物語には宿っています。

世界文学者、ドストエフスキー誕生の瞬間

アンドレ・ジッドに「ドストエフスキーの全作品を解く鍵」と評されたのがこの『地下室の手記』です。シベリア流刑後、それまでのヒューマニックな小説群からの転換点として評されることの多い作品です。

一般社会に馴染めず、そこに違和感を覚えていた主人公の小官吏は、遠い親戚から遺産が転がり込んだのをきっかけに地下に潜りこみ、そこで20年の歳月を過ごしました。そしてこの手記を書き始めたのが40歳。

第一部はとても観念的な主人公「ぼく」の独白に終始し、そこで反理性と人間の非合理を訴えます。これは当時ロシアの大勢であった革命的民主主義の思想と相反する訴えです。要するに、隆盛であった理想郷を目指すオプティミズムな社会の考え方に反発したものです。

第二部からは「ぼく」の24歳のころの回想がはじまります。

 

著者
ドストエフスキー
出版日
1970-01-01


この作品を評するときに必ず目にするフレーズが「自意識過剰」です。太宰治の『人間失格』を思わせる、暗く、ゆがんだ自意識です。それが実存主義といわれる哲学思想に結びつき、ドストエフスキー理解のひとつの流れとなっています。

そして主人公の「ぼく」の問題意識はおどろくほど現代の社会にも符合します。

心理小説として緊張感があり、後期ドストエフスキーに通底する悲観的な考え方が沈殿しているのです。

何千のダイヤモンドに匹敵する作品

ドストエフスキーの恋愛小説の最高傑作と謳われる『白痴』。キリストをモデルにした主人公ムイシュキン侯爵の、純粋無垢な言動とその葛藤を描き、当時のロシア社会とそれを象徴した登場人物たちとの鮮やかな対比を見せています。

スイスでのてんかんの治療を終えたムイシュキン侯爵は、ロシアに戻ることになりました。ペテルブルグ行きの列車のなかで、父親の莫大な遺産を引き継いだばかりのロゴージンという男に出会います。彼は富豪の愛人として美貌名高いナスターシャに熱をあげている様子です。

遠縁の将軍の屋敷に訪れたムイシュキン侯爵はそこで、一人の女性の写真に心を奪われます。その女性こそがナスターシャでした。

孤児であった彼女は富豪の愛人にされており、将軍の秘書は金のために彼女と愛のない結婚をしようとしています。

ナスターシャと顔を合わせたムイシュキン侯爵は彼女に対する想いを告白しようとしました。しかし、その夜会に10万ルーブリという大金を手にし、ナスターシャを自分のものにしようと息をまくロゴージンが現れます。

 

著者
ドストエフスキー
出版日


善良なムイシュキン侯爵を「白痴」と評するドストエフスキーですが、彼に対するマイナス描写は一切ありません。清廉な主人公を当時のくすんだペテルブルグ社会に登場させ、その対照性を描くことに主眼を置いたようです。敵役であるロゴージンは「悪魔」の役回りでやはり、ムイシュキン侯爵と相反する描写が目立ちます。

恋愛小説としていくつもの三角関係が交錯し、徐々に作品のテーマが浮き彫りにされてゆきます。その純粋さゆえに傷ついてゆくムイシュキン侯爵は読む者に訴えかける普遍的な魅力を備えたキャラクターとして造形されているのです。

愛、という少し気恥ずかしい言葉ですが、その意味を多面的に考えるきっかけとなる作品といえます。

レフ・トルストイはこの作品に対して「これはダイヤモンドだ。その値打ちを知っているものにとっては何千というダイヤモンドに匹敵する」と評したといわれています。

文学史に名を残す悪役の告白

超人的な悪役であり、主人公でもある「スタブローギン」の登場する、無政府主義や無神論、社会主義革命などの深刻なテーマを扱った『悪霊』。背徳的で破滅型の主人公は近代文学史のなかでも特異なキャラクターとして注目に値します。

スタブローギンは全ての価値に疑いをかける美青年であり、類まれな頭脳を持つニヒリストです。

自らを「政治的詐欺師」と呼ぶピョートルは、スタブローギンを文学サークルに装った革命組織の指導者にしようとします。組織は徹底した社会転覆を狙い、放火や殺人を起こします。しかしスタブローギンは失踪し、ピョートルは革命組織の結束を固めるために密告者をでっちあげ、その男を殺害しました。事件はすぐに露呈します。

スタブローギンが何者なのか?彼はいったい何を考え、何をしたのか?ストーリーの構成は推理小説的な要素もふくみ、読者を惹きつけずにおきません。

 

著者
ドストエフスキー
出版日


ドストエフスキーはネチャーエフ事件という現実の事件からこの作品の構想を得ています。ネチャーエフという男が秘密結社をつくり、その過程でスパイ容疑をかけた学生を殺害した事件です。

あらゆる登場人物がそれぞれの思惑を展開するなかで、中心に立つスタブローギンが悪魔的な輝きを放ちます。このキャラクターの読解がすなわちこの小説の読解となるのです。

ストーリーのなかに現れる登場人物の思索は非常に深く、独特な考えを披露するキリーロフという人物の「人神思想」を、晩年のニーチェが抜き書きをしていたと言われています。

ドストエフスキーを、いつか読もうと思っていてもなかなか手がでないという声をよく聞きます。その難解なイメージと本の分厚さがそうさせるようです。しかし、この作家の描くエンターティメントとしての「物語」の力には素晴らしいものがあります。語り継がれるには理由があるのです。

はじめはストーリーの半分を目指して読めばいいと思います。なぜならそれ以降は、本を読むのを止めたくても、止まることができなくなっているはずだからです。

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