乙一、中田永一、山白朝子、実はこれらの作者はすべて同一人物。作者名に幅のある乙一ですが、その作風も広いんです。
1996年、ジャンプ小説大賞を受賞した『夏と花火と私の死体』でデビューを果たした乙一は、執筆当時16歳で(受賞時は17歳)まだ久留米工業高等専門学校の学生でした。2002年に出版した『GOTH リストカット事件』で翌年の本格ミステリ大賞を受賞しました。
「山白朝子」「中田永一」として活動しており名前と共に小説の中身も乙一とは違う味わいを描いています。
毛色の違う2編の中編小説が収録されており、どちらも読んでいてグイグイ引き込まれてしまう、大変魅力的な作品となっています。
「A MASKED BALL」は、学校のトイレに書かれた「落書き」を巡る物語。一見良い子で実は不良だという女子生徒に、罰を与えると落書きには書かれていました。彼女を守るため、作戦を練る主人公ですが、なかなかうまくはいかず……。
読み進めるにつれ思ってもいない展開になり、感じるのは著者の文学的センスの良さ。ゾッとするような怖さもあり、公共の物をむやみに汚すのはやめようと心に誓うでしょう。
- 著者
- 乙一
- 出版日
「天帝妖狐」は、ある一人の男の、悲しい生涯の物語。杏子という少女が学校からの帰り道に、一人の男が路上に倒れるのを目撃します。全身黒い衣装を身にまとい、顔には包帯が巻かれ、髪は伸びきったその男。何より男からは、近づいてはならないような異様な雰囲気が発せられていました。
そんな男を杏子は放っておけず助けます。それが杏子と夜木の出会いでした。純朴な杏子とだけは心を通わせるようになる夜木。しかしやがて、夜木の素顔が暴かれる事件が起きます。
夜木の抱える悲しく恐ろしい過去。ダークだけれど切ない悲しみを背負った作品で、物語が進むたびに謎も徐々に解きはじめ、引き込まれていきます。夜木が書いた最後の手紙が切なく、深くしんみりとした余韻が続く作品です。
味わいの違う2作品ですが、両編とも乙一らしい世界観が十分に感じられる、異色のホラーファンタジーとなっています。
表題作ほか「石の目」「はじめ」「BLUE」の全4編が入った乙一の短編集です。
表題作「平面いぬ。」の主人公・女子高生の鈴木ユウは、ある日親友・山田の家に遊びに行きます。そこには彫師を営んでいる山田の父の弟子であるとても美しい中国人女性がいました。彼女は、ユウにただでタトゥを入れてくれました。そのタトゥは犬のモチーフ。
- 著者
- 乙一
- 出版日
そしてなんと「ポッキー」と名付けたその犬がある時、彼女の皮膚の上を動き出したのです。ポッキーが吠えて人から変な目で見られたり、ユウのほくろやニキビを食べ回り、餌の要求もしたりするようになってしまいます。
そんな中ユウの父親が健康診断で癌であることが分かります。そして彼女以外の家族全員に癌が見つかり、冷静に家族と接していた日々が変わっていきます。不安な日々で、ユウは時にぶつかり合いながら家族の大切さに気づいていき……。
余命半年と言い渡されたユウ以外の家族は各々の終末に向け、「父さんは会社を辞めて死ぬまで読書」「母さんは主婦を続ける」「弟は明日からずる休み」と手術はせずにそれぞれ前向きに生活していくと決めます。ユウは手術をするよう勧めますが「きみは半年後には天涯孤独になるのだよ。何をするにしても、お金が必要になってくる。それなのに成功するかどうか定かではない手術に、それも三人分も、お金は出せない」と父に言われてしまいます。
家族の愛に気づかされ、ほんわかとした、気持ちの良い気分にさせてくれる素敵な1冊です。ポッキーが彼女に住み着いたことの意味とは?設定の面白さにも注目してみてください!
淡々として、きれいな表現で描かれていますが、その取り扱い内容はどれも結末が恐怖の展開となっている短編作品が続きます。
表題作「ZOO」では、別れ話を切り出した彼女を殺害した「わたし」は、殺害したという事実を理解はしていますが、第三者が殺したと思い込み、警察の捜査を攪乱するのです。そして「わたし」は毎日犯人探しに奔走し、殺害現場に到達、死体の写真を撮影します。明日は警察へ出頭しようと決意する「わたし」と、翌朝、彼女を殺したのは自分以外の誰かと思い込む「わたし」。事実と空想の両極を行き来するという常軌を逸した世界を淡々と綴っています。
- 著者
- 乙一
- 出版日
一方、短編「陽だまりの詩」のように美しい短編も含まれているのです。介護ロボットである「わたし」は、病原菌で死ぬことが運命づけられている製作者によって作られました。「わたし」は、最初は人間的な心は持っていませんでしたが、毎日の生活の中で、少しずつ人間としての感情を身に付けていきます。そして死の意味を理解したとき、製作者が同じ介護ロボットであることを知るのです。人間の心をもった製作者である彼に、人間の心を身につけた「わたし」がよりそって、「死」を看取ります。
展開が恐ろしくても美しくても表現が淡々としているので、どんどんストーリーにはまり込んでしまいます。えげつない状況がさらりと表現されているのです。
幅広いジャンルの作品がある乙一作品のなかでも、展開が恐ろしくてえげつない系の短編を集めた短編集『ZOO』。お楽しみください。
「かごめかごめ かごの中の鳥は いついつ出やる 夜明けの晩に 鶴と亀がすべった うしろのしょうめん だあれ」
物語の冒頭はこの歌で始まります。不気味さを際立たせその後に起こる展開にそっと誘ってきます。
- 著者
- 乙一
- 出版日
主人公は9歳の女の子・五月。親友の弥生の兄・健くんに淡い恋心を持っていて、その気持ちを弥生に打ち明けます。嫉妬にかられた弥生はなんと五月を木の上から突き落とし殺してしまいます。
弥生は、兄・健に打ち明け、健は率先して死体を隠そうと必死で隠し場所を探します。一時凌ぎに隠した田んぼのシーンでは子供ならではの浅はかさや焦り慌てる様子が描かれていて、平和な田舎の描写の中で緊迫感が増幅します。
そして死体がストーリーテラーとして自然に成り立っています。幼さゆえの残虐性はそんな自然で不自然な状況のなかでとつとつと語られます。
読み手をハラハラとさせる緊張感たっぷりに進んで行く様子がとても16歳が書いたとは思えない作品で、読後の余韻は不思議な心地良さと不気味さがあり、切なく胸を包みます。
合唱コンクール、みなさんも中学生の時に経験あるのではないでしょうか。本作は、ちぐはぐな合唱部がNHKの合唱コンクール出場を目指す、という青春ストーリーです。2015年に新垣結衣主演で映画化されました。
舞台は長崎県五島列島のとある中学校。ある教師の産休代理で学校に来たのは、絶世の美人教師・柏木です。彼女は自称「ニート」であり、ピアニストであり、そしてこの物語の主人公でもあります。ピアニストということで、女子しかいない合唱部の顧問を務めることになります。
- 著者
- 中田 永一
- 出版日
- 2013-12-06
ところが美人教師というのは困ったもので、美人である柏木のもとには放っておいても男子たちが集まってきます。次第にこの男子たちは柏木が顧問を務める合唱部にまで入部してくることに。しかし、彼らの目当てはあくまで柏木先生。練習などそっちのけです。
ここからはおなじみの方も多いかもしれませんが、合唱の練習をしない男子たちとそれを注意する女子たちの対立が待っています。部がまとまってもいないのに、合唱の全国大会を目指すことになるのですが、果たして、柏木率いる凸凹合唱部はその夢を実現させられるのでしょうか。
このお話、実は実際にある楽曲がモチーフにされたものなんです。その楽曲とは、アンジェラ・アキの「手紙~拝啓 一五の君へ~」。この楽曲にちなんで生徒が未来の自分への手紙を書くシーンがあるのですが、とても読み応えがあります。
2012年の本屋大賞では4位にランクインし、「この小説は日本の宝になる」という帯文句も話題になりました。きらきらとした爽やかさで包まれた、「白乙一」の作品。おすすめです。
主人公は、頭も良くクラスにも表面上はなじんでいる「僕」。ある日、そんな「僕」のもとに森野夜がやってくることから物語は動き始めます。
美人ですが「僕」と同じようにクラスから距離を取って生きている森野は、喫茶店で拾ったという一冊のノートを持っていました。話を聞いてみると、なんとそれは殺人犯の直筆ノートだったのです。
ノートには、これまでに殺した人間の殺害方法と場所が書かれていました。その内容はニュースで報道されていたものと一致しており、さらに報道されていない未知の事件についても記述があったのです。「殺人」や「猟奇的事件」に並ならぬ関心を持っている2人は、事件の発見者になろうと、このノートを手掛かりにして現場を見に行くのでした。
- 著者
- 乙一
- 出版日
- 2005-06-25
ほんのわずかな好奇心から始まった2人の捜索は、思いもよらぬ展開へと転がってゆきます。頭の切れる「僕」と、意外に鈍い森野夜のやり取りや、緻密に織り込まれた伏線の数々が魅力的です。
また、この作品が他のミステリと違っているのは、殺人や犯罪といったものへの主人公たちのスタンスです。通常、そういったものは悪として描かれることが多いですが、主人公たちはそうではないのです。肯定というわけではありませんが、悪意とまた違った関心を寄せています。そこにはある種、怖いもの見たさゆえの面白さがあるでしょう。
また、僕の章と夜の章とに分かれていますが、夜の章の方が前編となっています。お読みの際はお気を付けください。
2008年に中田永一名義で出版され、乙一ファンの間では同一人物ではないかと大論争が巻き起こった本です。タイトルの「百瀬、こっちを向いて。」を含めた4篇の短編からなる小説集となっています。
なんといっても表題作の「百瀬、こっちを向いて。」が素晴らしいです。単独の短編としては乙一の最高傑作といってもいいかもしれません。2014年に早見あかり主演で映画化されています。
主人公はクラスで最も冴えない、ごく平凡な男子高校生相原ノボル。
教室のすみっこでいじらしく学園生活を送っていた相原の元に、学内トップクラスの人気を誇る宮崎先輩が訪ねてきます。相原と宮崎は幼馴染でした。
宮崎は相原に「そこでノボルに頼みがある」と言います。彼女に浮気を疑われているから、浮気相手と恋人のふりをして欲しいとのことでした。紹介された浮気相手は百瀬といって……。
- 著者
- 中田 永一
- 出版日
- 2010-08-31
胸キュン恋愛小説としても優秀ですが、切れ味の鋭いどんでん返しも用意されています。「白乙一」系の短編が好きな方はきっと気に入るはずです。
この他の短編小説も、全体的に生きることに不器用な高校生くらいの少年・少女が主人公であることが多いです。そんな主人公の姿に思わず共感してしまうのがこの本の魅力です。
また、「百瀬、こっちを向いて」の初出アンソロジー『I LOVE YOU』 (祥伝社文庫)もおすすめです。伊坂幸太郎、石田衣良、本多孝好といった人気作家の良作恋愛短編を1冊で読むことができます。
主人公の本間ミチルはある日、交通事故に遭ってしまい、一命は取りとめたものの、視力を失ってしまいました。既に両親を亡くしていたミチルはできる限り元気に生活していましたが、その眼は闇に包まれてしまっていたのです。
そんなミチルの家にある男が忍び込んできました。彼の名前は大石アキヒロ。彼もまた闇を抱えている1人でした。嫌味で冷酷な上司によって精神的に追い詰められた彼は、プラットホームで上司を押し倒し轢死させてしまいます。駅の近くに盲目のミチルが住んでいることを知っていたアキヒロは、身を隠すにはうってつけだと考え、忍び込んだのです。
ミチルはアキヒロの存在に気付かず、アキヒロも気配を押し殺し奇妙な共同生活を過ごしていました。しかし、あることがきっかけでアキヒロの存在と事件の犯人だということをミチルは知ってしまい……。
- 著者
- 乙一
- 出版日
ミチルとアキヒロの過去や心情、そして当たり前の生活なのにけして普通ではない日常の描写には緊迫感、そして不思議な雰囲気が漂っています。見えない「殺人犯」と一つ屋根の下で暮らすって、どんなもんなんでしょうか。とても気になります。
表紙は暗い雰囲気でホラー小説のような印象ですが、それを裏切って心温まる感動ものとなっています。
2006年に公開された映画も良作ですので、そちらもおすすめです。
第1位は表題の「失はれる物語」を含めた、8編収録(文庫本は8編、単行本は6編)の短編小説集です。角川スニーカー文庫や角川つばさ文庫から出版された6編の短編作品に書き下ろし2編をくわえた乙一のベスト盤ともいうべき内容となっています。
「失はれる物語」は、交通事故で右腕の触覚以外の五感をすべて失ってしまった男の物語です。彼の妻は、夫に唯一残った感覚器官としての右腕をピアノの鍵盤に見立てて演奏します。夫と妻、色々なことを2人で乗り越え、多くのものを共有してきたからこそのものだったのでしょう。この演奏は、夫と妻の唯一のコミュニケーションなのでした。
しかし、しだいに妻の演奏にある変化が起きてきます。また妻のためにも、このままでいいとも思わない男はある決断を下すことになり……。
- 著者
- 乙一
- 出版日
「失はれる物語」は少々もの寂しい読了感がありますが、全体的に人間の心情や温かみを感じさせる「白乙一」の要素が強いです。他の作品も簡単に紹介すると、周りになじめない二人がテレパシーで通じ合う「calling you」、いわくつきの家に引っ越してきた根暗な主人公が、家で起こる現象をきっかけにかわってゆく「しあわせは子猫のかたち」、壁に穴を開けてバッグを盗もうとした泥棒が、部屋の中の人の手を握ってしまう「手を握る泥棒の話」などがあります。一冊の中に色んなジャンルのお話が収録されていますよ。外れなしの短編集です。
以上、乙一を初めて読む方へのおすすめランキングでした。ひとりの作家さんで多彩なジャンルのものがあって、その上名前まで違うとなると、なんだか奥深い感じがしますね。この機会に是非、乙一ワールドを味わってみてください。