普段あまり本を読まないけれど、読書を始めてみたい、という人におすすめするのが、ショートショートの神様と呼ばれる星新一。まさかのオチの数々に圧倒されるはずです。そんな星新一の小説を9点、ご紹介いたします。
星新一は、1926年(大正15年)に東京府東京市本郷区(現在の文京区)生まれのSF作家です。父は星製薬の創始者星一(ほし はじめ)ということもあり、一時期は会社を継いで社長を務めたという異色の経歴の持ち主です。
星新一のショートショートは、読みやすいシンプルな文章であり、暴力シーン・性的な描写が少ないことが特徴です。そのことから、子供からお年寄りまで幅広く読まれ愛されています。
そもそもショートショートとはどんなジャンルなのでしょう? ショートショートはその名の通り、400字詰め原稿用紙で10数枚ほど、文庫本にすれば数ページほどの長さのとても短い小説のジャンルです。
生涯で執筆したショートショートの数はなんと1001作以上。しかもその一つ一つが読み応えたっぷりで、星新一はその多彩さから『ショートショートの神様』と呼ばれるようになりました。
星新一の入門書と言えばこの一冊。著者自ら選んだ50作が収録されています。さて、表題にもなっている『ボッコちゃん』という作品を少しご紹介します。
とあるバーのマスターが、女のロボットを作りました。彼女の名前はボッコちゃん。ボッコちゃんはとても美しく作られ、客は彼女目当てに毎日のようにバーへと詰めかけました。そんなある日、ボッコちゃんに恋をする一人の青年が現れましたが……。
- 著者
- 星 新一
- 出版日
- 1971-05-25
これが『ボッコちゃん』のあらすじです。たった100文字ほどのあらすじですが、これだけでこの作品の半分以上の内容です。そう書くと「えっ、それじゃあ大した内容じゃなさそうだな……」なんて思われてしまうかもしれませんが、最後まで読むとそのオチに息を呑むこと間違いなし。気付けば小説の世界へと足を踏み込んでいることでしょう。
SF作家である星新一。当然ながら彼の書いたショートショートは多くのSF作品があります。もちろん、『ようこそ地球さん』にも数多くのSF作品が登場します。その中の2作、あらすじを紹介します。
青少年の不良化に悩む米国で、ある機械の使用を公認すべきかどうかの議論が行われていました。機械の名前は「セキストラ(SEXTRA)」。セキストラの持つ効果は「スイッチを入れると非常な性的興奮を起こし、性行為と同じ、もしくはそれ以上の満足感を与える」というもの。セキストラを持ち込んだ業者は、青少年は性的にはけ口がないから暴力的になるのだ、と主張し、米国は限定的な使用を許可しましたが……。『セキストラ』
- 著者
- 星 新一
- 出版日
- 1972-06-19
「こちらはシューター・サービス会社。ご注文の品はなんでしょうか」「壁の色を塗り替えたいのだが。明るいピンク色にたのむ」壁に取り付けられたスピーカーに話しかければ、パイプを通してなんでも商品が届く時代。とある男が注文したのは壁を塗り替える特殊なガスでした。男の本当の目的は、特殊なガスで自殺を図ること。ところが、パイプから現れたのは美しい、ピンク色の女性で……。『ずれ』
わくわくするような未来の世界がこの一冊に詰まっていますが、驚くべきことに、この本の作品はすべて昭和36年6月以前に書かれたものだそう。現代にも通用する小説たちを書き上げる星新一の才能に脱帽せざるを得ません。
星新一の作品には多くの博士が登場しますが、この『きまぐれロボット』にもたくさんの博士と発明品が出てきます。
「これがわたしの作った、最も優秀なロボットです。人間にとって、これ以上のロボットはないといえるでしょう」そう太鼓判を押す博士から、お金持ちのエヌ氏はロボットを購入しました。エヌ氏は一人で静かに余暇を過ごすため、ロボットと島の別荘へと出かけます。ところが最も優秀なはずのロボットはたびたびトラブルを起こして……。『きまぐれロボット』
- 著者
- 星 新一
- 出版日
- 2006-01-25
ハナコちゃんは花が大好きでした。世界中が花でいっぱいになれば良いな、と思いながら、彼女はある絵を描きました。それは、土の中を動き回って草木を世話するモグラの絵でした。ところが突然吹いた風が、ハナコちゃんの素敵な思いつきを空に飛ばしてしまいました。モグラの絵は空を飛んで飛んで、たどり着いたのはある国の秘密の研究所で……。『花とひみつ』
『きまぐれロボット』は他の本に比べ、ソフトなオチが多い本です。ブラックでニヤリとさせられるようなものが多い星新一の作品。中にはその刺激的な内容が苦手で……という人もいるかもしれません。そんな人にはおすすめの星新一作品と言えるでしょう。
古くから語り継がれるイソップ童話をリライトした『いそっぷ村の繁栄』。『北風と太陽』や『ウサギとカメ』など皆さんご存知の童話を、星新一の視点から描くとどうなるのでしょう?
秋の終わりのある日、冬の準備をしていたアリの元へ、バイオリンを持ったキリギリスがやってきます。食べ物を分けてくれというキリギリスに、そんなのは怠け者じゃないかとそっけない年寄りアリ。それじゃあ仕方ないと去ろうとするキリギリスを引き留めたのは、若いアリで……。『アリとキリギリス』
- 著者
- 星 新一
- 出版日
- 1982-08-27
「助けてえ。オオカミがきた」そう叫ぶのはヒツジの番をする少年。村人たちは少年の悲鳴を聞きつけ、慌てて駆けつけますがそれは嘘だと知ります。味を占めた少年はまたも同じように叫び、またも同じように村人たちは駆けつけます。そんなことがあったある日、今度こそ本当に現れたオオカミ。少年は助けを呼ぼうとしましたが、二度も嘘を吐いた自分を誰も信じないだろう、と判断します。そして彼が叫んだ言葉とは……。『オオカミがきた』
どれも現代風にアレンジされているにも関わらず、どれも「なるほどなぁ」と感じるのは一つの物語を様々な角度から見ることのできる星新一の柔軟さにあるのではないでしょうか。
高級マンションの一室に、駒沢という男が住んでいました。この男は、スキャンダル誌でかなり儲けていて、それなりに人の恨みを買っていました。ある晩、駒沢が部屋でくつろいでいると、ノックの音が。来訪者は若く美しい一人の女性でした。部屋に招き入れた彼女の白くしなやかな手に握られていたのは、小型の拳銃。慌てた駒沢に彼女は静かに言います。「殺し屋なのよ」『しなやかな手』
- 著者
- 星 新一
- 出版日
- 1985-09-27
高原地方にあるホテル。ここに由紀子と文江という二人の女性が宿泊していました。ある晩、二人の部屋のドアをノックする音が。部屋を訪れたのは老婦人で、お金に困っているのである品物を買ってほしい、というお願いをしに来たのです。由紀子は快く品物を買い取りました。彼女が買ったのは金色の美しいピン。老婦人が言うには人を呼び寄せる不思議な魔力が宿っているというのです。由紀子は意中の男性をここに呼んでみようと言うのですが、文江は乗り気ではなく……。『金色のピン』
「ノックの音がした」この本では、最初の書き出しがすべてこの一文から始まります。「そんなこと言って驚かそうとしたって、どうせ作品数が少ないんでしょう?」いえいえ、そんなことはありません。同じ文から始まる小説が、15作品も収録されています。
「それじゃあ、みんな似たり寄ったりの話なんじゃないの?」そんなこともありません。胸がすっとする信賞必罰の物語、思わず息が止まりそうなホラー、もちろん星新一お得意の、思わずニヤリとしてしまうブラックな作品も。
この本の特徴は、SF作品よりもミステリ作品が多いこと。SFばかりで飽きちゃったな……という人にもおすすめの星新一の作品です。
32編のショートショートからなる作品集です。表題作は、「妄想」という商品を預かり、それを必要とする人に貸し出すという寓話的な話。あり得ない話なのに、あたかもあり得る話のように思える不思議さ。それが作者の筆力なのでしょう。
その他で気になる作品は『鍵』です。拾った鍵に合う鍵穴を探すことに人生を掛ける男が主人公ですが、彼はその事だけに日夜没頭し一生を終えます。傍からは何とも愚かな行為に見えますが、実は彼にとっては物凄く充実した時間を生きていたのです。どんな生き方が幸せか? なんて、誰にも定義付けは出来ないということでしょう。
- 著者
- 星 新一
- 出版日
- 1978-04-03
「信念」では「善良な奴は出世しない」という思い込みの強い男が、野望に燃え葛藤する姿を描いています。読者の常識を覆す結びで、見事予想を裏切ってくれます。
「今度はどうなる?」「えっ? えっ?」そんな結末予想を、作者と競ってみるのも面白い作品集です。
星新一作品としては長めの話が多い作品集です。全部で17編収録されていますが、書かれた時期は初期の物が多く、会話の言葉はアンティーク的ですが、内容は全く古びていないと思います。
表題作「地球から来た男」は、産業スパイとしてある研究所に潜り込んだ男がパトロールにつかまり、テレポーテーションという新開発中の機械で地球の外のある惑星に放り出され、数奇な運命をたどるという話です。
「あと五十日」という一編は、「あと何日~あとな・ん・に・ち」と、姿なき声にカウントダウンされる男の心理を描いています。こんな時自分だったら?と、思わずドキドキさせられますが、そこが作者の狙いだったり……。
- 著者
- 星 新一
- 出版日
また「ある日を境に」は、ついてない男が、深酒したある日「なって見たいものは?」と問われ、「福の神」と答えて、本当に「神」になった話です。あなたがなってみたいものは?「神様」だけはやめておいた方が良いですよ。
この作品集は、清涼感のある読後を期待したい人におすすめです。
ショートショート作品が主流の星作品の中で、珍しい連作短編集です。中にはこの一冊を長編小説と評する人もいます。
「声の網」はズバリ「電話」が話のモチーフになっています。
「1枚のガラスを境にして、冬と夏とがとなりあっていた」という物語の出だしは、あり得ないのに、もしかしたらあるかもしれない、と思わされます。読み進むうちに無意識のうちに快感さえ覚えるのは、作者の筆力による洗脳でしょうか。
物語の中に登場する「メロン・マンション」には、ひとり暮らしの学生や家族連れのサラリーマン、更に老夫婦といった様々な家族構成の人々が住んでいますが、このマンションの住民が、次第に「電話」という「声の網」に支配される過程では、空想の世界と知りつつも、恐怖に襲われます。
- 著者
- 星 新一
- 出版日
- 2006-01-25
今であれば「コンピューターが人間を支配する世界」などと言っても、目新しくもありませんが、これは1970年の作品ですから、作者の予見能力の高さに驚かされます。
電話を中心に繰り広げられる数々の事件。特に物語の準主役的「声」の正体が「あっ!」という展開を見せる結末は、この作者ならではの発想です。
一編完結作品集と違った、ワクワク感を味わうにはおすすめです。
表題作「午後の恐竜」は、突然現れた巨大な恐竜の群れに右往左往する現代人の戸惑いを皮肉たっぷりに描いた作品。「狂的体質」は、ティーチング・マシンと化した教育ママや、体中に極彩色の模様ができた前衛芸術家、核爆弾になった大臣等、偏執と狂気の世界をユーモラスに、かつシニカルに描ききり、これだからいつも飽きないで読めるんだよな、と納得させられます。
- 著者
- 星 新一
- 出版日
- 1977-06-01
ほかに、「戦う人」「契約時代」「理想的販売法」「幸運のベル」など全11編が、全く違ったテーマを通して、われわれ人間の陰の部分をさらけ出して見せています。
「確かにこんな光景ある」と思わせながら、内心の痛い所を突かれ、「ハッ」とさせられる作品集。とにかく面白い事請け合いです。
膨大な数の作品を残した星新一。そのどれもが「ありがち」ではなく、「ありそう」という説得力に溢れています。完成させた作品についても、時代に合わせて表現を直すなど常に多くの人に読み継がれる努力をしていました。
その甲斐あって、どの本を手にとっても、いつ読んでも色褪せず楽しく読むことが出来るのです。短い文章の中にきらりと光る流星のような驚きを楽しんでいただけると幸いです。