梶井基次郎おすすめ作品5選!生の明暗を映し出す名作短編

更新:2020.12.10

美しく繊細な文章で独特の空想を描写し、読むものの心に残る、梶井基次郎の作品。数々の優れた短篇を世に遺し、今なお人気が衰えることはありません。 ここでは、そんな梶井基次郎の、魅力溢れるおすすめの短篇をご紹介していきましょう。

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若くしてこの世を去った文学青年・梶井基次郎

1901年、大阪生まれの梶井基次郎は、父親の転勤に伴い、転居の多い子供時代を送ります。教育熱心な母親に育てられ、学校での成績は優秀。人柄も良く、周りの人たちからもたいへん好かれていたようです。夏目漱石に大きく影響を受け、作品のほとんどを暗記してしまうほどだったのだとか。

1925年、同人らと創刊した雑誌「青空」で、『檸檬』を発表しますが、当時はあまり評価されませんでした。肺の病気に苦しめられ、度々高熱で寝込むこともありましたが、周りには元気に振舞っていたようで、文学仲間のまとめ役として頼りにされていたのだそうです。

20篇余りの短篇を執筆した梶井基次郎は、仲間たちの奮闘もあり、次第に評価され始めますが、1932年、結核のため31歳の若さでこの世を去ります。梶井基次郎の作品が、多くの作家たちから賞賛されたのは、梶井が亡くなった後のことでした。

1・繰り返し読みたくなる梶井基次郎の傑作短篇『檸檬』

梶井基次郎の代表作の1つである短篇小説『檸檬』。学校の教科書などにも掲載されるこの作品はとても有名で、梶井の名前を知らない方でも、聞き覚えのあるタイトルではないでしょうか。

「えたいの知れない不吉な魂が私の心を終始圧えつけていた。」という、印象深い一文で始まる梶井基次郎のこの作品。主人公の「私」は、肺の病気や借金に悩まされ、不吉な魂のおかげで、美しい音楽も詩も受け付けることができません。まるで二日酔いのような重い気分の中、街を彷徨っているのです。
 

著者
梶井 基次郎
出版日
2013-06-21

ふと目に入った八百屋に、檸檬を見つけた「私」は、それを購入することにしますが、その場面の描写がとても素敵です。「レモンエロウの絵具をチューブから絞り出して固めたようなあの単純な色、あの丈の詰まった紡錘形の格好」と表現された、「私」が好きだという檸檬。その色彩のイメージが、鮮やかに脳裏に焼きつき、静かに淡々と語られているにもかかわらず、効果的にインパクトを残しています。

場面場面の情景が、目の前にありありと浮かび上がるようで、まるで肺病に苦しんできた梶井自身の姿を、覗き見ている感覚を味わいます。とても短い梶井基次郎の作品ですが、最後には晴れやかな爽やかさが漂い、生きていく勇気を貰える傑作です。

2・美麗な憂鬱を描く評価の高い梶井基次郎の名作『冬の蝿』

寒さ厳しい冬になり、部屋に住み着きよぼよぼと健気に生きる、蝿を見つけた「私」の様子を描く『冬の蝿』。梶井基次郎自身の病も好転せず、死を予感していたであろう時期に執筆されたこの作品は、主人公の鬱々とした不安や焦りが痛々しく、寒さで弱った蝿にシンパシーを感じる様子が、繊細な文章で綴られています。

山間の温泉宿で療養中の主人公・「私」。早く都会に帰りたいと思いながらも、なかなか病状は良くならず、もうここで2回目の冬を迎えてしまいました。「私」は、暖かい光に吸い寄せられるように訪れる蝿を眺め、太陽を憎みながら日光浴をするのが習慣になっています。「生きようとする意志」を多分に感じる蝿たちを、殺すこともせず、馴染み深い感情でただ眺めているのです。
 

著者
["梶井 基次郎", "北條 民雄", "中谷 孝雄"]
出版日
2011-03-10

作品を通して、自暴自棄に陥っている主人公の姿が切なく、頭の中をめぐる空想は、暗く澱んでいます。「うっとりとした生の幻影で私を騙そうとする太陽」の光を、「だらしのない愛情」と表現する描写に惹きつけられ、太陽が沈み、静まり返った杉林の中で、研ぎ澄まされた感受性を芽生えさせていく様子が印象的です。

蝿と同じように、自分の生も死も、気まぐれな条件によって左右されるという、憂鬱な空想に、胸が締め付けられる思いがします。梶井基次郎の代表作の中でも、たいへん人気の高い名作ですから、ぜひ読んでいただきたいおすすめの作品です。
 

3・独創的な空想を見せる有名な作品『桜の樹の下には』

あまりにも美しく花を咲かせる桜に、読むものの虚をつく空想を展開させる『桜の樹の下には』。「桜の樹の下には屍体が埋まつてゐる」という書き出しの一文が、あまりにも有名ですね。日本人にはお馴染みの桜に、新しいイメージを与えた梶井基次郎の作品でしょう。

毎年春になると、ピンクの花を一斉につけ、誰もがその美しさに魅了される桜。主人公の「俺」は、その信じられないほどの美しさに、逆に不安を覚え、憂鬱に襲われるのです。そして「俺」は、ある1つの答えにたどり着きました。鮮やかに咲き乱れる、あの桜の樹の下には、一つ一つ屍体が埋まっているのだと。

著者
梶井 基次郎
出版日

不安になる程美しすぎる桜も、その下に屍体が埋まり、その養分を吸い上げて咲いていると想像すれば、そのあまりの美しさにも納得できるという発想が、なんとも魅力的ではないでしょうか。

光があって影があるように、死によって生が引き立つという考えに、なんとも言えない説得力を感じてしまいます。美しいものを見るとき、それがなぜ美しいのか、その理由はなんなのかを考えてみるのも、面白いかもしれません。

4・優しさと暖かさを感じる素敵な短篇『愛撫』

猫を可愛がる様子が微笑ましい梶井基次郎の短篇小説『愛撫』。飼い猫と遊んでいるときに湧いてくる空想を軽妙に描いた、優しさに満ちた作品です。暗く鬱々とした、自身の内面を描くことの多い梶井基次郎の作品の中で、『愛撫』は少々テイストの違う異色の短篇といえるでしょう。

不可思議な魅力のある猫の耳。「私」は、その猫の耳を「切符切り」でパチンと挟む空想をします。「これは残酷な空想だろうか?」と問う「私」。ですがその空想に、残酷さを感じることはなく、むしろいい大人が、猫の耳に穴を開けたらどうなるかと、熱心に空想している姿に、自分でも可笑しさを感じている様子が、なんとも可愛らしく感じます。

著者
["中島 敦", "梶井 基次郎"]
出版日

猫の爪をすべて切ってしまったらどうなるか、という空想は「私」を悲しくさせ、爪のない猫なんて、空想を失った詩人と同じだと嘆くのです。作品を通して暖かい雰囲気が流れ、優しい気持ちにさせてくれる、梶井基次郎の本作。猫が好きな方だったら、思わず共感してしまうことでしょう。

心地よい猫の重さと暖かさに、心から癒されている「私」の様子が印象的な、素敵な短篇で、とても高い評価を受けています。梶井基次郎の作品の中では貴重な、ほのかな明るさを感じることができますので、猫好きの方も、そうでない方も、ぜひ1度読んでみてくださいね。

5・梶井基次郎が美しい死を描く名作『Kの昇天』

なんとも神秘的で、ファンタジックな世界観が広がった短篇『Kの昇天』。溺死してしまったKという少年について、書簡体形式で描かれた梶井基次郎の作品で、その美しい文章に思わず心を奪われてしまいます。

手紙により、Kの死を知らされた「私」。相手からはさらに手紙が届き、Kの溺死が事故なのか、自殺なのか、もしも自殺なのであれば、その理由はやはり病気を苦にしてのことなのか、というようなことを問われ、その手紙に対しての返事を書きます。

「私」は、「K君はとうとう月世界に行った」と思いました。そんな奇異な考えが浮かんだ訳を、手紙で語っていきます。Kと初めて会ったのは満月の夜。Kは自分の影を踏みながら歩いているのですが、Kはなぜこんなことをしているのでしょう。Kと「私」は、言葉を交わすようになり、その理由もすぐに明らかになります。

著者
梶井 基次郎
出版日
2015-06-10

太陽の光でも電燈の光でもなく、「月の光が一番いい」と話すKが印象的で、不安定でぼんやりとした影を追うKは、本当に神秘的な存在に感じられ、今にもその姿が消えてしまいそうなのです。

読んでいて、情景をまざまざと思い浮かべることができる、梶井基次郎の描写力が、この作品でも遺憾無く発揮されています。作品全体には、仄暗く儚げな雰囲気が漂い、それでいてとても綺麗なのです。Kの死は、美しく繊細なものとして描かれ、その幻想的な世界観に魅せられていきます。


梶井基次郎のおすすめ短篇をご紹介しました。とても短い作品たちですが、魅力がぎゅっと凝縮された傑作ばかりです。梶井基次郎の作品に興味があるという方は、ぜひ読んでみてくださいね。

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