5分でわかる「ジキル博士とハイド氏」二重人格サスペンスの先駆け!ロバート・ルイス・スティーヴンソンの名作をネタバレあらすじレビュー

更新:2023.10.11

一人の人間が表と裏の顔を持ち、主人格と別人格の確執に苦悩する二重人格。現在でこそ精神病の症例として理解が深まり、地道なカウンセリングによる治療手段も確立されましたが、百年前はどうだったでしょうか。 今回は二重人格の知名度を一躍引き上げた、ロバート・ルイス・ステーヴィンソンの古典的ホラー「ジキル博士とハイド氏」をネタバレあらすじレビューします。

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「ジキル博士とハイド氏」の簡単な登場人物・あらすじ紹介(ネタバレあり)

物語の始まりは19世紀ヴィクトリア朝ロンドン。弁護士のアタスン親戚のエンフィールドから、先日街で起きた奇妙な事件の顛末を聞かされます。曰く、エドワード・ハイドと名乗る粗暴な男がすれ違いざま少女を突き飛ばし、被害者を踏み付ける暴挙に及んだとのこと。

見かねたエンフィールドが引き止めた所、ハイドはヘンリー・ジキル博士の署名が入った100ポンド小切手を渡し、「これで不問にしろ」と居直ったそうです。ジキル博士は高名な学者にして、公明正大な人柄で知られる紳士。無頼漢のハイドと接点があるようには思えません。

この事件に興味を持ったアタスンは、ジキル博士とハイド氏の関係を探り始めます。

調査の過程でジキル博士と旧知の間柄のラニョン博士に接触したアタスンは、ジキル博士とラニョン博士が疎遠になったきっかけが、ジキル博士の奇行にあることを掴みました。最近のジキル博士は以前と比べ神経質で暗くなり、屋敷に引きこもりがちで、人付き合いを拒んでいるらしいのです。

そんなある日、アタスンの雇用主の名士、サー・ダンヴァス・カルーがハイドと揉めて殴り殺されてしまいました。

カル―氏殺害をきっかけにハイドの様々な悪行が暴かれ、警察も追跡を開始します。

ジキル博士の邸宅を訪れたアタスンは、憔悴しきった博士の対応を受け、「ハイドとは縁を切った」と告げられました。その際預かった手紙を筆跡鑑定した結果、ジキル博士とハイド氏の筆跡が酷似していることがわかり、ますますもって疑念を強めます。

数日後の夜、ジキル博士の執事プールがアタスンを訪ねてきました。主人の様子が変だと言うのです。

慌ててジキル博士の邸宅に駆け付けたアタスンは、書斎から聞こえる口論の声と激しい物音に最悪の事態を予感します。

扉を蹴破り踏み込めばジキル博士が倒れており、アタスンはハイドが殺人を犯し逃げたと確信。されど博士の手紙には信じがたい真相が記されていました。

実はハイド氏はジキル博士の別人格だったのです。

非の打ち所ない紳士、完全無欠の人格者として世間の尊敬を集めていたジキル博士。一方で人一倍快楽への欲求が強く、その本性を押さえ込むのが年々難しくなっていました。

願望通りに振る舞えば苦労して掴んだ社会的地位や人望を失うことになりかねない……。

悩んだジキル博士は善の心と悪の心を切り離す薬を発明し、それを飲んでハイドに変身。夜な夜な街を徘徊し、欲望の赴くまま暴虐の限りを尽くします。

最初のうちはスリリングな二重生活を楽しんでいたものの、次第にハイドは暴走し、犯罪の隠蔽に追われるように。

やがてハイドは博士のコントロールを離れ、主人格の意識までも乗っ取ろうと画策します。ジキル博士は完全にハイドに支配される前に命を絶ち、善と悪の格闘に終止符を打ったのでした。

登場人物

  • アタスン 主人公の真面目な弁護士。ジキル博士とハイド氏の関係を怪しんで調査にあたる。
  • リチャード・エンフィールド アタスンの親戚。無関係な少女を助ける善人。
  • ヘンリー・ジキル 大学教授で化学・薬学の権威。立派な人柄。理想的な英国紳士として人々に慕われている。
  • エドワード・ハイド 薬によって生まれたジキル博士の別人格。醜悪な顔貌の小男。性格は極めて粗野で下品下劣、悪の権化と呼ばれる。
  • ラニョン博士 ジキル博士の友人だが、ハイド氏の登場以降疎遠になる。
  • プール ジキル博士に仕える忠実な執事。
  • サー・ダンヴァス・カルー アタスンの雇用主。ハイドに殺害される。
著者
["スティーヴンソン", "Robert Louis Stevenson", "田中 西二郎"]
出版日

善悪の境界を揺れ動く、二重人格者の苦悩と葛藤

「ジキル博士とハイド氏」(原題「ジキル博士とハイド氏の奇妙な事件」)は、1886年に出版された、ロバート・ルイス・ステーヴィンソンの怪奇小説。ステーヴィンソンは海賊の財宝を巡る冒険小説、「宝島」の作者としても知られています。

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読んでいてとてもわくわくする『宝島』、世界中で有名な『ジキル博士とハイド氏』など、大人も子供も楽しめる傑作を書き続けたスティーヴンソン。彼の作品は、多くの芸術家に大きな影響を与えました。スティーヴンソンのおすすめ4作品を紹介します!

著者
["スティーヴンソン", "直次郎, 佐々木", "秀夫, 稲沢", "Robert Louis Stevenson"]
出版日

本作は二重人格の存在を一躍世に知らしめた画期的小説。

「ジキル博士とハイド氏」の出版前にも、普段は温厚な人間が突如として豹変する事例は数多く報告されていましたが、それは「よくあること」として認知されていました。薬物中毒者、または酒乱の人間の性格の変化は特に顕著ですね。

大前提として、「ジキル博士とハイド氏」の中で語られる二重人格は、実際の二重人格の定義と異なっています。

多重人格は精神病の一種であり、幼少期に重篤なPTSD(多くは性虐待)を受けた患者が、無意識に人格を分裂させてしまうことを言います。これは一人の人間のキャパシティーを超えたストレスを引き受けるべく、その場の状況に応じた人格が生まれるから。

「24人のビリー・ミリガン」の場合、養父に虐待されていたビリーが「お仕置きされているのは別の子だ」と思い込んだのがきっかけで、臆病な子供の人格・ダニー痛みに敏感な少年の人格・デイヴィッドが生まれました。

他、憎悪の感情を引き受ける暴力的なレイゲンや、23の分裂人格を統括する知的な紳士・アーサーも呼び出されます。

著者
ダニエル・キイス
出版日
2015-05-08
著者
["ダニエル・キイス", "堀内 静子"]
出版日
人格が変わった!? 多重人格者が登場するおすすめ作品5選

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どうも、わちゅ~さんです。 『多重人格』。皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。 多重人格障害とは、解離性障害のひとつ"解離性同一性障害"のこと。 小さい頃、強い精神的ストレスを受けた人に発症しやすいとされており、解離性障害のなかで最も重い症状だと位置付けられています。 ひと昔前まではその存在すら知られていなかった解離性同一性障害も、最近では認知され始めてきました。 それに伴い"多重人格者"が登場する物語もたくさん生み出されております。 ってことで今回は“多重人格”をテーマに、私のおすすめ作品を5冊ピックアップ! どれも興味深いお話ばかりですぞ。 念のために申し上げておきますと、多重人格者だってことがオチ(ネタバレ)に直結してしまう作品も存在するので、今回は除外しました。 ネタバレせずにお楽しみ頂けますので、どうかご安心を!

故に二重人格は語弊があり、複数人の人格が存在する症例が多い為、多重人格の呼称の方が現実に即しています。

「ジキル博士とハイド氏」のジキル博士は、善の心と悪の心を切り離す新薬を発明し、それを飲むことでハイド氏に変身しました。この際見た目も醜悪な小男に変わっている為、実際の二重人格と混同するのは危険です。どちらかというと月夜の晩に化ける、狼男の生態に近いのではないでしょうか。

余談ながらハイドの名前は、ハイドアンドシーク(かくれんぼ)と同じ「隠れる(hide)」が由来。人目を忍ぶ・憚る、疚しく後ろ暗いイメージが付き纏います。

最大の悲劇は、ジキル博士が人一倍快楽に弱いにもかかわらず、人並み以上の羞恥心や虚栄心を持ち合わせていたこと。年々本性を偽るのが苦痛になった結果、薬に頼って生み出したのがハイド氏でした。

ジキル博士はストレスの捌け口を別人格に求めましたが、酒に求めればアルコール依存症に、薬物に求めれば薬物中毒に成り果てます。元の人格が完膚なきまで破壊される点ではどれも同じ、次第にコントロールを失い破滅に至るのも同じです。

もしジキル博士が世間体を気にせず、パブの乱痴気騒ぎにまざれる人柄だったら、不幸な犠牲者は出ませんでした。その意味ではガス抜きするのが下手な、不器用な人間だったと考察できます。

ハイドを忌み嫌い蔑む一方、彼こそ自分が切り離した恥部であり、目を背けたい本質であると突き付けられた博士の、人間臭い葛藤こそ本作の見所。片やハイドの下剋上も、「暴力と憎しみを押し付けられた別人格の反逆」と解釈すれば、共感と同情の余地が生じます。

自我が蝕まれる恐怖を描いたゴシックホラーの傑作

19世紀末はホラー小説隆盛の時代でした。「ジキル博士とハイド氏」の他、エドガー・アラン・ポー「黒猫」「アッシャー家の崩壊」「ウィリアム・ウィルソン」を、ヘンリー・ジェイムズが幽霊屋敷ものの元祖「ねじの回転」生み出し、ゴシックホラージャンルを開拓していきます。

著者
エドガー・アラン ポー
出版日
著者
["ヘンリー・ジェイムズ", "南條 竹則", "坂本 あおい"]
出版日
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エドガー・アラン・ポーが超自然的な現象を扱ったのと対照的に、ロバート・ルイス・ステーヴィンソンは、「薬で別人に変身する」科学的アプローチを試みました。

即ち、ジキル博士は自分自身に継続的な治験を行っていたのです。

投薬の結果どうにか人格の分離に成功したものの、一歩間違えれば死に至る可能性もありました。

実際薬の影響で人格が変化する例は多く、昼は温厚なジキル博士が、夜(薬の服用後)に粗暴なハイド氏に成り代わるのが副作用の隠喩なら、ステーヴィンソンには先見の明があったのかもしれません。

「ジキル博士とハイド氏」の出版年は、アーサー・コナン・ドイルがシャーロック・ホームズの長編第一作目「緋色の研究」を世に出す僅か一年前。

ジキル博士が薬学の第一人者であり、ホームズもまた化学実験マニアだったことを考えると、新薬の功罪が世論の関心を集めた時代背景が浮かんできます。

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二重人格の代名詞となった「ジキル博士とハイド氏」。あなたもぜひ本作を手にとり、人間の恐るべき二面性に打ちのめされてください。

著者
["スティーブンソン", "バラエティアートワークス"]
出版日
著者
["スティーヴンソン", "田内 志文"]
出版日
著者
["ロバート・ルイス スティーヴンスン", "Stevenson,Robert Louis", "博基, 村上"]
出版日
著者
ロバート・ルイス スティーヴンスン
出版日
著者
["ロバート・ルイス スティーヴンソン", "ドバーム,リュドヴィック", "Stevenson,Robert Louis", "Debeurme,Ludovic", "Lefort,Luc", "しおり, こだま"]
出版日

「ジキル博士とハイド氏」を読んだ人におすすめの本

「ジキル博士とハイド氏」を読んだ人には、ダニエル・キイス「24人のビリー・ミリガン」を推薦します。

「24人のビリー・ミリガン」は、1977年に強姦ならびに強盗の容疑で逮捕された青年ビリー・ミリガンの、壮絶な生い立ちを描いたノンフィクション。養父の虐待が原因で多重人格を発症したビリーや、彼の内に眠る別人格にインタビューを行い、綿密な取材を通して多重人格の深層に迫りました。

完全なフィクションである「ジキル博士とハイド氏」と比べると、実話であるぶん衝撃が大きく考えさせられます。その人格が前に出ることを「スポットに座る」と称したり、多重人格者が見ている風景への理解が深まります。

5分で分かる『アルジャーノンに花束を』!タイトルの意味や結末から考察!

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本作はアメリカの作家、ダニエル・キイスの作品です。知的障害者チャーリイが臨床試験で急激に知能を高め、周囲との関係性がめまぐるしく変化していく様子を描いたSF小説。日記体で綴られていることから、フィクションとは思えないほど真に迫った内容です。また、海外では4度映画化され、日本でも2度ドラマ化されるなど長きにわたって愛されている作品でもあります。 この記事では、そんな名作SFをわかりやすく読み解いていきたいと思います。

ダニエル・キイスのおすすめ作品5選!『アルジャーノンに花束を』の作者 !

ダニエル・キイスのおすすめ作品5選!『アルジャーノンに花束を』の作者 !

オハイオ大学名誉教授、アメリカの名誉勲章を受章したサイエンス・フィクションの権威、ダニエル・キイスのおすすめ作品5作をご紹介します。代表作『アルジャーノンに花束を』は、ユースケ・サンタマリア主演でドラマ化もされています。

著者
ダニエル・キイス
出版日
2015-05-08
著者
["ダニエル・キイス", "堀内 静子"]
出版日

次におすすめするのはアーサー・コナン・ドイル「シャーロック・ホームズの冒険」。こちらはシャーロック・ホームズの記念すべき初短編集で、名探偵ホームズと助手のワトソン、機知と洞察力に富む名コンビの活躍が拝めます。

「ジキル博士とハイド氏」とほぼ同時代の話であり、実際の事件や社会現象に材をとったエピソードが多い為、読み比べて見識を広めてください。

ちなみに「ジキル博士とハイド氏」のモデルは18世紀半ばのエディンバラに実在した市議会議員、ウィリアム・ブロディーだと言われています。

ウィリアム・ブロディ―は石工ギルドの代表者として活躍する一方、18年に亘り数十件の盗みを働き処刑された人物で、スティーヴンソンは「ジキル博士とハイド氏」出版前にも彼をモデルにした戯曲「組合長ブロディ―、もしくは二重生活」を上梓しました。

著者
コナン ドイル
出版日
1953-04-02
著者
アーサー・コナン・ドイル
出版日
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