処女作はゼロ年代日本SFのベストに挙げられるなど、伝説のような扱いを受ける作家、伊藤計劃。今回は、デビューからわずか2年ほどで早逝したSF作家の全作品を辿っていきます。
2009年3月、肺癌のため満34歳の若さで死去した伊藤計劃は、天性の才能を持ったSF作家でした。代表作は、長編作品であり処女作である『虐殺器官』と、遺作『ハーモニー』。後者は伊藤の死後、第30回日本SF大賞を受賞します。
また、伊藤は「20世紀最高のシナリオ」と呼ばれたゲーム作品『メタルギアソリッド』の製作指揮をしたゲームデザイナー小島秀夫の熱心なファンであり、自ら「小島原理主義者」を名乗ることもあったほど。
「伊藤計劃以後」という言葉すら生み出した、SF界における彼の存在の大きさは絶大です。今回はそんな天才伊藤計劃の作品を、5作品ご紹介します。
舞台は、アメリカ合衆国から発生し全世界に蔓延した大災禍(ザ・メイルストロム)と呼ばれるウイルス災害の混乱によって、「生府」という新たな統治機構が置かれた社会。そこでは高度医療経済社会のもと、人間が健康かつ幸福であるべきという考えが世界を覆っています。本作では、人々には医療的監視システムWatchMeを、体内に入れ込むことで、人の健康・幸福を管理することが可能になった未来。実はこのWatchMeと呼ばれるナノマシンは、人の健康・幸福のみならず、生死にすら作用し、「感情」すらも、その管理下に置くことができたのでした。その機能は人類の存続自体にも関わっていきます。
生府という一見優しい世界秩序に反旗を翻し、自分たちが「人間として生きる」ことについての葛藤を描き出す本作。霧慧トァン・御冷ミァハ・零下堂キアンという3人の少女が物語の中心で、少女独特の儚げな空気感が漂うことも魅力の一つです。
- 著者
- 伊藤 計劃
- 出版日
- 2010-12-08
この伊藤の遺作は当時癌に侵され病室で書いていたものです。伊藤が「生きること」と「死ぬこと」についか考えていた次期に書かれていた小説。そのため、死に際に伊藤が何を思っていたのかを感じることができる作品であるのではないでしょうか。
「これが人類の意識の最後の日」(『ハーモニー』から引用)の意味を、本作で見つけてみませんか?
生前に書き残した長編小説となるはずだった冒頭の草稿30枚を、同時期にデビューし、生前伊藤と親しかった作家円城塔が、遺族の承諾を得て、長編小説の合作として完成させた『屍者の帝国』。
舞台は、19世紀。屍体蘇生術が発達し、屍者が闊歩する世界です。主人公の医学生ワトソンは、教授らの紹介を受け政府の諜報機関である「ウォルシンガム機関」の一員に迎えられ、「屍者の王国」を築いたとされるカラマーゾフの調査依頼を受けます。冒険の末、屍体蘇生術を立案したとされるヴィクター・フランケンシュタインの遺した「ヴィクターの手記」と、最初の屍者であるザ・ワンの存在を知るワトソン。その後、世界各国を巡ることになった彼を待ち受けるものとは……
- 著者
- ["伊藤 計劃", "円城 塔"]
- 出版日
- 2012-08-24
屍体蘇生術による屍者の魂の居場所や、人としての尊厳を深く考えさせてくれる本作。人間のように動いているが、本当は生きていないという意味の哲学的ゾンビまで描き出されます。また実在の人物が登場したり、かつての大日本帝国が登場する点も魅力的です。
遺作『ハーモニー』のあとに書かれるはずだった物語が、「死者(屍者)」を題材にしたものであることには考えさせられます。原作と劇場アニメ化の内容はだいぶ違いますので、ぜひこの機会に原作を楽しんでみてはいかがでしょうか。
9本の短編や漫画、盟友円城塔との合作「解説」を詰め込んだ『The Indifference Engine』。収録作品は、「女王陛下の所有物 On Her Majesty's Secret Property」「The Indifference Engine」「Heavenscape」「フォックスの葬送」「セカイ、蛮族、ぼく。」「A.T.D Automatic Death ■ EPISODE:0 NO DISTANCE,BUT INTEFACE」「From the Nothing, With Love.」「解説」「屍者の帝国」。
- 著者
- 伊藤 計劃
- 出版日
- 2012-03-09
表題作「The Indifference Engine」ではウガンダの内戦が題材になっており、民族浄化や政治的無関心について考えさせられる内容となっています。伊藤らしいブラックなSFを読みたい人にはおすすめといえるでしょう。「フォックスの葬送」は、なんと小島秀夫のゲーム「メタルギア ソリッド3 スネークイーター」の二次創作作品。メタルギアソリッドを知っている人なら読んで損はありません。「屍者の帝国」は、後に円城塔が創造を膨らませ長編作品へと昇華させていった草稿であり、伊藤計劃最後の作品ともいえるでしょう。円城塔へと引き継がれていった物語の断片を読んでから長編の方を読めば、より面白く感じるかもしれません。また、小説だけでなく「女王陛下の所有物 On Her Majesty's Secret Property」のような漫画も収録されています。
前述した遺作『ハーモニー』、後述する処女作『虐殺器官』の表紙はそれぞれ白と黒。長編作品とは違った自由さを持つ本作品群の表紙は、灰色一色となっています。2作品の間にあるという意味合いが、見て取れるのもまた魅力的かもしれませんね。
小島秀夫の大ファンである伊藤が、その実力を買われ、『メタルギア・ソリッド4・ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』のノベライズ依頼として制作した『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』。メタルギアについて書くのは、『フォックスの葬送』以来ですね。
初代『メタルギアソリッド』の主人公ソリッド・スネークは、自身が伝説の傭兵ビッグボスのクローンであることから、急激な老化現象に苦しんでいました。しかしスネークには、同じクローンであり、死後は宿敵オセロットに憑依したリキッド・オセロットを倒すという使命があります。リキッドを止めるべく、スネークは戦場に赴くのでした。クローンという長くない命を世界のために使うスネークが、最後に選んだ道とは……
- 著者
- 伊藤 計劃
- 出版日
- 2010-03-25
物語の語り手は、ソリッド・スネークの戦友ハル・エメリッヒ、通称オタコン。オタコンがビッグボスからの流れを組む蛇たちの逸話を「伝説の英雄の目撃者」として記録したものこと、本小説なのです。伝説の英雄が本当に存在したかと思わせられるような描写力には息を呑みます。本編は、
「ぼくはきみに、それを語りたい」
「世界をこのように導いた、数匹の蛇の物語を」
(『メタルギア ソリッド ガンズ オブ ザ パトリオット』から引用)
というオタコンの言葉で幕を開けます。ビッグボスとそのクローンたちにもそれぞれ意志があり、その意志が作用しあってこそ、世界は大団円を迎えられることを示唆しているのでしょう。
世界で有数のゲームシナリオを書く小島と、そんな彼の大ファンで、SF界が期待していた作家伊藤計劃が書き起こしたノベライズを、ぜひお楽しみください。
伊藤計劃の全ての始まりの小説、『虐殺器官』。
後進国で問題になっていた、内戦や民族対立などによって起きていた虐殺。アメリカ情報軍のクラヴィス・シェパード大尉は、虐殺扇動者の暗殺命令を受けます。その扇動者の名は、ジョン・ポール。どこにでもいそうな名前の男を暗殺しようとするも、失敗が続きます。いくつかの任務と国を超え、遂にジョン・ポールと対峙しますが、彼はそこで「虐殺の文法」の存在を語り始めるのでした。ジョン・ポールの思想に触れたシェパード大尉は、アメリカ帰国後、考えられないような行動を取り始め……。人間に生まれながらにしてあるという「虐殺の器官」と「虐殺の文法」の関係に注目です。
- 著者
- 伊藤 計劃
- 出版日
- 2010-02-10
SF作品でありながら、どこか本当にありそうな物語に仕上がっています。それは、スターバックスコーヒーやドミノピザなどの、実在する固有名詞が使われているからかもしれません。
表紙は真っ黒。『ハーモニー』とは違い、戦争が物語の中心に置かれているため、グロテスクで黒々しいストーリーにはぴったりの配色といえるでしょう。
いかがだったでしょうか。伊藤計劃作品は読みやすく、普段SF小説を読まない人にもおすすめです。『虐殺器官』『ハーモニー』『死者の帝国』は、劇場アニメ化もされており、小説とアニメの両方を楽しめるという魅力も持っています。ぜひ手にとってみてくださいね。