澁澤龍彦おすすめ作品6選!エッセイから小説まで

更新:2021.11.24

マルキ・ド・サドの小説を翻訳したことでも有名な澁澤龍彦。艶めかしく魅惑的で、少々の不気味さを伴った作品たちは、彼の生きていた時代に明らかな異彩を放っていたことでしょう。澁澤の魅力を堪能できるおすすめの6冊を紹介します。

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澁澤龍彦おすすめ作品6選!妻・龍子も小説家!

澁澤龍彥(1928〜1987)はエッセイや小説、翻訳など、幅広い分野で活躍した作家です。はじめはフランス文学の翻訳をしており、徐々にヨーロッパの歴史に関するエッセイも手掛けるようになりました。最終的には小説を書くようになり、そして晩年には『高丘親王航海記』という名作を残しています。

また、彼が矢川澄子のあとに再婚した妻・龍子も同じく作家で、彼女は彼との日々などを作品に残しています。

マルキ・ド・サドの研究者としても知られる澁澤は、1959年にサドの著書『悪徳の栄え・続』を翻訳、出版しました。これにより猥褻文書販売および同所持の容疑で裁判にかけられます。澁澤はこの件について真剣に争うつもりはなく、ときには裁判所に遅刻してくることさえあったようです。

しかし、澁澤は決して不真面目な人間ではありませんでした。ただ一心に、文学や芸術を愛していたのです。そのことは、彼が膨大な数の書物を読み、非常に研究熱心であったことからも明らかです。並外れた感性により作り上げられた妖美な作品。ひとたびページを捲れば、その世界に魅了されることでしょう。

澁澤龍彦の遺作。大人のためのおとぎ話『高丘親王航海記』

著者
澁澤 龍彦
出版日

まず初めに、題名にうっかり騙されてしまいます。歴史小説かと思い本の中へ入り込んでみると、そこは幻想的なファンタジーの世界。そして、この小説は何とも奇妙でありながら、夢中になるほど面白いのです。

物語の主人公は高岳親王で、仏法を求めるために天竺(インドの旧名)を目指しています。彼は旅の途中で、珍奇なものや幻想的なものとたびたび出会い、好奇心旺盛な親王はそれらと積極的に関わります。言葉を話すジュゴン、夢を食べるバク、下半身が鳥の女、犬の頭を持つ男……。

ファンタジーでありながら、毒を含んだような妖しさも澁澤作品の魅力でしょう。物語に登場する奇妙な生き物たちは、どこか官能的な雰囲気さえ漂っています。また、この小説は章ごとに魅惑的なタイトルが付けられており、ひとつひとつ宝箱を開けるような気持ちで読み進めることができます。

そして、終盤では喉の痛みとともに自らの死を予感する高岳親王。著者である澁澤も、下咽頭がんと闘いながらこの小説の執筆を続けていたため、主人公と自分を重ね合わせていたと考えられています。

本の出版を見ることなくこの世を去り、澁澤の遺作となった『高丘親王航海記』。もっと彼の小説を読みたかった、そう思わずにはいられない名作です。

固定観念を捨てて快楽主義者であれ『快楽主義の哲学』

著者
澁澤 龍彦
出版日

『快楽主義の哲学』は、あらゆる快楽を題材に書き上げられたエッセイ集です。快楽主義とは何であるのか、快楽主義者であるためにはどうすればいいのか。普段の書評やエッセイとは少し違った雰囲気で、難解な言葉などは用いず冗談交じりに語られています。また5章「快楽主義の巨人たち」で紹介されている奇人ともいえる偉人たちのエピソードも、非常に魅力的です。

世の中で常識とされていることに疑問を投げかけ、幸福よりも快楽を求めるように呼びかける著者。常に読者の関心を惹きつける、ユーモア溢れる文章は読んでいて飽きることがありません。例えば、6章では以下のような持論を展開しています。

「エロチシズムというばい菌を根絶やしにしてしまうのは、人類が地球上に繁殖している以上、とうてい不可能ではないかと思う。むしろ、『悪書』なんかを目にしても平気でいられるような、強い精神を養うために、子どものうちからエロチシズムの免疫注射でもしておいたほうが、気がきいていると申せましょう」
(『快楽主義の哲学』より引用)

わかるような、わからないような、少し面白おかしく書かれた不思議な文章です。澁澤のエッセイには読者を煙に巻くような独特の言い回しが多く見られますが、それこそが文章に深い味わいを与えているともいえるでしょう。

世の中のルールから外れて生きることは容易ではありません。しかし澁澤は、偏見に囚われないことの大切さを教えてくれています。この本を通して、自由奔放な快楽主義者たちの生き方を堪能してみませんか。

澁澤龍彦自身も愛したエッセイ集『胡桃の中の世界』

著者
澁澤 龍彦
出版日
2007-01-06

澁澤龍彦のお気に入りのものだけを閉じ込めた、根強い人気のあるエッセイ集『胡桃の中の世界』。日常の労働や喧騒とかけ離れた、まるで嗜好品のような作品です。所々で用いられる幻想的な挿絵も魅力となっています。

石の表面に物の形を見出す人、結晶構造の反自然性、螺旋のもつ不可思議さ、奇妙な夢物語『ポリフィルス狂恋夢』、ギリシャの女だけで行われる不可思議な祭……。人々が無機物に抱いた幻想を主に扱っており、そこから話が次々と派生されていきます。

ただ淡々と『ポリフィルス狂恋夢』という作品の内容を解説していく章があるのですが、どういう訳か面白い。この奇妙な物語に、いつの間にか夢中になってしまうこと請け合いです。本当に好きなものが綴られているからこそ、読者は魅了され続けるのかもしれません。

また、澁澤もこの本を非常に楽しんで書いていたことが、文庫版のあとがきで明らかにされています。たしかに、作者自身が夢中になって書きすぎている場面もあるように感じられました。想像力を刺激される不思議な雰囲気の流れる本作。彼のように世界を見ることができたら、どんなに素敵だろうと考えさせられます。

人々の心に生き続ける澁澤龍彦のエッセイ『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』

著者
澁澤 龍彦
出版日
2016-12-06

澁澤龍彦最後のエッセイ集となった作品『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』。闘病記などを連想させるタイトルですが、内容は全く異なり、冒頭から澁澤らしい文章が飛び出しています。

「いま、自分の病気について書く気はまったくない。そもそも私は闘病記とか病床日記とかいった種類の文章が大きらいなのである。そんなものを書くくらいなら死んだほうがましだとさえ思っている」(『都心ノ病院ニテ幻覚ヲ見タルコト』より引用)

本エッセイの内容は、多岐にわたります。入院中に看護婦に渡された薬によって幻覚を見た話から始まり、少女に起こる奇跡の話やホモセクシュアルの話など、話題は尽きることがありません。また、今までに手がけた書評、澁澤の愛する本や芸術作品の解説なども含まれています。小説『高丘親王航海記』に関する記述もあり、物語をより深く楽しみたい人にもおすすめです。

本書を読んでいると、澁澤の感受性の豊かさと膨大な知識量にあらためて驚かされます。惜しげもなく読者に与えられる様々なエピソード。そして、彼の著書を読まなければ決して興味を持たなかったような、ヨーロッパの作家たちの本を手に取ってみたくなることでしょう。

幻想的な世界に陶酔できる「ねむり姫」

著者
澁澤 龍彦
出版日

6つの物語が収められた短編集。美しく幻想的な描写でありながら、どこか恐ろしさを感じさせるような雰囲気がどの作品にも流れています。また、著者がときどき顔を出して語りを入れる遊び心が面白く、物語への読者の関心を盛り上げてくれているようです。

表題作「ねむり姫」。珠名姫と彼女の腹違いの兄であるつむじ丸が中心人物です。ある日突然眠りに落ちた珠名姫。それ以降、姫を担いで行われる巡礼の旅や、つむじ丸率いる山賊による誘拐など、様々な出来事が起こります。しかし奇妙なことに、姫はその間も全く年を取らず、14歳の少女のまま眠り続けるのです……。

童話のようなテーマでありながら、明らかな残酷さを含んだ本作。『ねむり姫』と聞いて私たちが連想するような、暖かく幸せな結末ではありません。反対に、物語の中には冷たくて静かな空気が感じられるほどです。だからこそ、珠名姫の美しさや彼女が流した血の鮮やかさが際立つのかもしれません。

表題作の他にも、狐の子を産んだ女の話や、夢を現実と交換してしまう姫の話、画から飛び出してくる美女の話など、不思議で魅力的な澁澤の世界を存分に楽しむことができます。

澁澤龍彦が描く花エッセイ『フローラ逍遙』

著者
澁澤 龍彦
出版日

『フローラ逍遥』は手書きの挿絵も含め、とても美しい本です。手元においておき、ふと花について思い立った時、その花のページを開いて再読したくなる、そんな本でもあります。

1章につき1種類ずつ、合計25種類の花について各見開き2ページ程度のエッセイが記されています。そして丁寧な手書きの挿絵が差し込まれているのです。エッセイのトーンはとてもあかぬけており、さっぱりとした文体でまとめられています。各章とも花の名の語源、原産地、海外(主にヨーロッパ)へ旅行したときの思い出、日本国内での思い出について散りばめられた構成です。どの章にも詳述している部分があるのですが、クールでとても納得感があります。

さらに面白いのが、「そこでなぜその結論を記載したのか?」という展開が混じりこんでおり、読んでいて、つい「おいおい」と突っ込みを入れたくなるのです。

「なぜ流行歌には林檎が好まれるのか。そんなこと、私に分かるはずがない。」

それを言ったらおしまいでは?と思いつつニンマリと笑みを浮かべてしまいます。美しくさっぱりとした文体に、突っ込みどころ満載というギャップが親しみを与えているのです。

フランス文学者でもあった澁澤は、花の欧米名に対する造詣も深く、その語源をしっかりと振り返っています。そして同じく和名についても考察を述べています。旧字体で表された花名の説明は古風ではあるのですが、いまでも新鮮なみずみずしい雰囲気を湛えています。梅の章では、物があざやかに白く光りかがやくさまとして「的皪(てきれき)」という言葉を紹介しています。今では滅多にお目にかからないこの言葉も、本書では花のイメージとともにすっと理解できるのです。

ぜひ一度お手元にとって本書『フローラ逍遥』を眺めてみてください。美しい本の内容にひたりながら、花の理解を深めることができます。

以上、澁澤龍彦のおすすめ6冊でした。自由奔放で、奇抜で、たまらなく魅力的な作品。それらを作り上げたのは、彼の飛び抜けた好奇心の強さだったのではないでしょうか。彼の作品は世間にまかり通った常識や偏見を打ち破り、読者の心を刺激し続けていくでしょう。

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