田山花袋のおすすめ代表作5選!一風変わった変態性が光った名作!

更新:2020.12.14

作家・田山花袋をご存知ですか?明治時代における自然主義文学を代表する作家で、日本文学史においては大変重要な人物とされています。現代人が読んでも驚くような、一風変わった作品も残しています。花袋の個性が光る代表作と、その特徴をご紹介します。

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「ありのまま」を描く自然主義文学作家

田山花袋は1872年(明治4年)、栃木県に生まれました。『金色夜叉』で知られる尾崎紅葉の弟子として修業し、国木田独歩や島崎藤村らと交流しています。33歳の時に日露戦争が勃発し、その際には従軍記者をつとめ、その間森鴎外にも会っていたそうです。しかし1年もしないうちに発熱のため帰郷。代表作となった作品を生み出すのはそれからになります。

田山花袋の作品における時代背景を知るために外せないのが、日本文学史における自然主義文学です。元々はフランスのエミール・ゾラの学説が契機となって始まった文学運動で、物事の自然な状態を観察してありのままに書くことが、真実を写し出すとする考え方です。

要するに現実や情景を美化しないで、そのままを書きましょうという主義で、日本に入ってきた当初は坪内逍遥が写実主義として広めていました。しかしその内容がいまひとつ確立していないところがあったようです。そんな自然主義文学の今後の方向性を決定づけた作品、それが田山花袋の『蒲団』であるとされています。
 

自然主義文学の運命を変えた一作『蒲団』

先ほども言った通り、田山花袋の代表作『蒲団』は日本文学史において大きな意味を持っており、当時としてもかなりセンセーショナルな風を巻き起こした話題作でした。では何がそれほど衝撃的だったのでしょうか。実は、そこにはそれまでの日本文学にはない赤裸々な「変態性」が描かれていたのです。

あらすじとしてはこうです。ある文豪のところに二十歳前の若い娘弟子入りしてきました。器量も悪くないし、熱心に自分を尊敬し、才能もある。文豪は妻子ある身でありながら、この若い娘を好きになってしまいます。しかしやがて彼女に彼氏ができてしまう。彼氏はなんだか頼りなく礼儀知らずな男です。

彼女の父親も田舎から出てきて、色々問答をした結果、彼女は田舎に帰ることになります。自分に妻子がなかったら……なんて妄想と後悔をめぐらせる主人公。そして彼は女弟子が去って行った後の部屋に行き、こっそり彼女のパジャマのにおいを嗅いでしまうのです。
 

著者
田山 花袋
出版日
1952-03-18

これが明治時代、それまで美化された出来事が描かれる小説から、写実的に描く小説が広まってきたばかりの時代に書かれたのです。主人公のモデルは田山花袋自身、また女弟子と彼氏にもモデルらしき人がいて、『蒲団』があまりに有名になったがために、彼女らのその後の人生にも影響を与えたようです。

実際に不倫関係になるようなことはなく、あくまでプラトニックな恋愛ではあるのですが、妻子ある主人公の女弟子に対して湧き上がる感情と葛藤が生々しく描かれています。一方主人公の奥さんがいつも飄々としていて、落ち着いているのが印象的です。ついつい若い女に惹かれてしまう中年男の悲しい性を感じさせる田山花袋の代表作です。
 

夢と現実の間に揺れる青年の心境を描く『田舎教師』

自然主義文学と言っても、何も心の中の変態部分をさらけ出す小説ばかりではありません。田山花袋の作品の中でも、平坦な日常をありのまま描くことで文学性が高められている作品があります。とくに『田舎教師』がそうです。

主人公は文士を志す青年で、同じ志を持つ仲間もいます。しかし、彼の家は裕福ではないため、中学を出た後高等小学校の教師として働き始めます。当時の教師というのは、教員免許を取って試験を受けてなるような、地位のある職種ではありません。教師の資格は働きながら、取る気があるなら取っても良いというくらいの物でした。

田舎に埋もれたまま、人生の大半を過ごしてきた中年の先輩たち。文学への情熱が薄れ、遊びに興じるようになっていくかつての同志。暢気に酒を飲む校長の赤ら顔を見て「まごまごしていれば、自分もこうなってしまうんだ!」(『田舎教師』から引用)と悩む一方、田舎の教師生活や田舎の暮らしに馴染んでいく自分を感じ、主人公は苛立ちを覚えます。
 

著者
田山 花袋
出版日
1952-08-19

恋にも破れ、夢と現実がどんどんかけ離れていることへの焦燥感とも虚無感から抜け出そうと、絵を描いたり音楽の方向に進もうとも考えたりもしますが、そこでも挫折。真面目だったはずの主人公の日常は荒んで、やがて借金生活に陥ってしまう。ある時ふと悟りを開いたかのようになるのですが、その途端不治の病にかかってしまうという物語です。

田舎の様子が事細かに描かれており、情景描写がとても丁寧なところが、写実主義の流れをくんでいるなあと感じさせます。そして主人公とその仲間との会話は、大きく時代を隔てているとは思えないほど臨場感にあふれ、若者らしい初々しさに溢れています。

夢と現実の間に揺れる気持ち、夢をかなえられないという無念さよりも、そこから自分自身の気持ちが離れていってしまう虚しさ。都会の劇的な物語ではなく、田舎の平坦な生活の中にある若者の葛藤が人間らしさを感じさせる田山花袋の作品です。
 

戦争中にみるダメ男の短い生涯『一兵卒の銃殺』

『蒲団』と比べると穏やかならないタイトルである『一兵卒の銃殺』。田山花袋は戦争を舞台にした作品も数多く残しています。これは、ある若い放浪男が兵役ついて、ふとしたことから事件を起こして最後は見せしめの意味も含めた銃殺の刑に処されるという話です。

男はもともと道楽息子で、出来のいい兄と比較されて育ち、若いころから盗癖があり、親の金を盗んで女郎屋にいくようなダメ男でした。そんな男ですから、兵隊になったとしても「お国の為に!」と誓いを立てるようなタイプではありません。
 

著者
田山 花袋
出版日
1955-05-25

主人公は兵営を脱走し、道楽に走ります。そしてついには放火事件を引き起こしてしまい、最終的に捕まって銃殺されるのです。どんな悪い男なんだと思いますが、まあいい男ではないにしろ、どちらかというと無責任で流されやすい意志の弱い男といった印象を受けます。

楽な方へ楽な方へ、自分の不甲斐なさを環境のせいにして、とにかく逃げおおせて生きていこうとする弱い男の姿が描かれています。なんだか現代にも、こういうタイプの人はいるよな、と思わずにはいられません。時代や環境が変わっても、人間の本質は変わらないのだということが感じられる田山花袋の一作です。

「家」という封建制度に生きた母の介護、そこに見た『生』と「死」

『生』は40歳を前にした田山花袋が書いた長編連載小説です。この『生』に続いて、『妻』『縁』が出版され、これらは三部作とされています。『生』は自身の母、『妻』は妻、『縁』自身の思想を描いた作品です。

早くして戦争で夫を失い、気難しい舅姑の世話をしながら、子供たちを一人前まで育ててきたのに、母の思うように息子たちは出世しませんでした。当時の封建的な服従が強いられるなかで、一家の長として君臨してきた母。当然、息子に嫁が来れば優しく仲良くとはいきません。そんな母親が病に倒れ、息子たちの介護生活が始まります。
 

著者
田山 花袋
出版日

「家」という封建制度に縛り付けられ、夫婦とともに歩む喜びもなく、自身の自由も抑え込んで生きる人生は、1人の女性の性格を捻じ曲げるほど強大な力を持っていました。子供たちやその伴侶への嫉妬、孤独感、体が思うようにならないもどかしさ、死への恐怖がさらにそれを助長します。

『生』というタイトルでありながら、作品は「生」と「死」を平行線で見つめています。そこには親子世代間の衝突、葛藤、時代の流れがありました。母の「生」が母の生きた封建的時代の象徴であり、その「死」が世代交代の象徴であると花袋はみたのでしょうか。『生』という広く抽象的なテーマを、当時のどこにでもありそうな家庭を舞台に描いたことで、一つの真実を写し出しているといえます。
 

人間の「変態性」をありのままに描いた『少女病』

田山花袋の「変態性」の骨頂ともいえる作品『少女病』。様々な短編小説を生み出した花袋ですが、これほど変態性に富んだ作品は他にないでしょう。とても明治の作品とは思えない斬新さがあります。『蒲団』で日本文学にセンセーションを巻き起こした田山花袋ならではの作品です。

ではこの『少女病』とはどのような話か。行ってみれば、37歳の主人公(文豪というからモデルは田山花袋本人)は妻子持ちでありながら、少女が好きでたまらない。女子高校生くらいの、可憐な美少女を見かけるとたまらなく興奮する。時には尾行して自宅を突き止めるような、ストーカーまがいのことまでする。

もちろん、何か犯罪的なことをするわけではありませんが、それにしても気持ち悪い。しかしその気持ち悪さを自分でも自覚しており、これは病気だと認識しています。彼の妻とは恋愛結婚でしたが、彼の妻は子供が無事に大きく成長することを願うばかりで、主人公である夫にはあまり興味を示してくれないことを寂しくも思っています。
 

著者
田山 花袋
出版日
2016-07-20

作中ではそんな子供にばかり目を向けている妻を、すっかりオバサン呼ばわりしています。といっても奥さんもそんなに年じゃなく、20代半ばです。でも主人公は10代の初々しい少女が好きでたまらない。で、結局最後は少女に見とれるあまり線路に落っこちて電車に轢かれてしまうといった、悲惨な結末を迎えます。

『蒲団』もそうですが、男って馬鹿だなあと感じざるをえません。かつてのように心躍るような気持ちで妻と接することができない虚しさのようなものも感じます。妻はもう、女というより母なのです。妻を子供に取られてしまった夫の哀愁。なんだか今も昔も変わりませんね。

自身をモデルにここまで赤裸々に書くのは、文学に一生を捧げたプロ意識のなせる技なのかもしれません。主人公は確かに気持ちの悪いおじさん(といっても37ですから、今でいうとそこまで年じゃない)ですが、なんだか憎めない親しみやすさがあります。田山花袋は、そういう人間の情けない部分をありのままに描くことで、そこに愛すべき本質のようなものを見出していたのかもしれません。
 


花袋の作品はどれも3人称で描かれているのですが、主人公の心情や生活の様子を丁寧に描写しているため、まるで1人称の小説を読んでいるかのように入り込めてしまいます。写実的に情景を描くと言っても、情景の中のどの部分を切り取って物語として紡ぐかによって、文学性は随分変わってきます。その辺が、花袋の作品は素晴らしく才能を感じさせるのです。明治の作品としては、かなり読みやすい文章であることも魅力のひとつです。是非一度手に取ってみてください。

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