篠田節子は、1990年に『絹の変容』で第3回小説すばる新人賞を受賞して以来、怒涛のように大作を生み出し続けるベテラン作家です。彼女の描く世界から醸し出される、じっとりと張り付くような独特な空気感がコアなファンを魅了し続けています。
20世紀から21世紀へ、時代の激変期を切り取るように作品を生み出す篠田節子。
幼少期は娯楽として本に親しみ、「小説家よりも漫画家になりたかった」と本人は語っています。
転機は30歳、「ライターみたいな仕事ができたらいいな」と朝日カルチャーセンターの文章教室に通い始めます。本来であれば文章講座を受けるはずが、なんの因果か小説講座に通うことになり、多岐川恭の元で小説を学ぶこととなったのです。
講座に通いながらホラーや幻想小説を書き、応募しては実力を図っていたそうです。この時人気だった海外のホラー作家から視覚描写や心理描写に感銘を受け、その時に彼女のどこか鬱々とした描写スタイルが培われたのかもしれません。
1990年に『絹の変容』で第3回小説すばる新人賞受賞を機に、10年勤めた公務員の職をあっさり手放し小説家としての道を歩み出します。
彼女の特徴は、何と言っても綿密な取材に裏付けされたその写実的で精巧緻密な描写。ファンタジーとは思えないほどの現実感を生み出すその描写は、登場人物のの心の機微も鋭利に切り取って描かれ、読んでいるこちらがどきりとするほどです。
社会派の作品かと読み進めるうちに、いつの間にか自分自身と向き合っている、そんな篠田節子の作品をご紹介します。
仕事も家庭も失った主人公正彦がビジネスとして宗教を立ち上げ、順調に成長していく高揚感とともに『仮想儀礼』の物語は滑り始めます。
そこに集まる女性たちが抱える生き辛さを受け止め、教祖として答えているうちに、自ら生み出したその宗教が作り出す世界に囚われていく正彦。集まる人々の信仰が強くなるほどに何かが狂い始め、ついに正彦は女たちと転落の道を進んでいきます。
- 著者
- 篠田 節子
- 出版日
- 2011-05-28
情に熱い正彦の相方矢口と金こそすべてと言う正彦の噛み合っているようで噛み合っていない会話もコミカルでクスっと笑えるところもあります。
正彦の元に訪れる人々がどこにでもいそうな主婦や学生である点が、現実社会の普通の家庭や学校の教室で今まさに起こっているのではないかと思わせるリアリティを生んでいます。
上下巻の超大作ですが、後半に向けてどんどん追い詰められていく彼らにハラハラさせられ、夢中になって一気読みしてしまうスピード感ある作品となっています。
同じ女性であれば、この『女たちのジハード』の作中に出てくる女性たちの生きざまを他人事としては見れないでしょう。
我が城を求めてマンションを手に入れるために奮闘する康子、天然爛漫が故に結婚生活を破綻させてしまう紀子、自立した生き方を正しいと信じて翻訳家を目指す沙織など様々な女性の生きざまが描かれています。
女性であれば、結婚と仕事の間で幸せを追い求める彼女たちの気持ちが痛いほどわかってしまうはずです。
- 著者
- 篠田 節子
- 出版日
旦那からDVを受ける紀子をなんとかしようと、旦那と紀子を引き離そうと躍起になる沙織、紀子の住む家や仕事の世話を焼く康子を見ていると、女の友情の主成分はお節介なのかもしれないと思えてくるでしょう。
一生懸命で等身大の彼女たちは、滑稽でいて愛さずにはいられないキャラクターばかり。「恋も仕事も頑張ってるのに、どうして報われないの……」というアラサー女子にぜひオススメです。
夢に敗れても、恋に破れても、それでも幸せを求めて前へと進む彼女たちのひたむきさにきっと勇気をもらえる作品となっています。
『聖域』は篠田節子が紡ぐ言葉の宝庫が詰まっている作品です。
聖域文芸編集に熱い思いを持って出版社に就職した実藤は、たまたま見つけた未完成の「聖域」という小説に魅了され、これは世に出さねばならないと作者・水名川泉を探し始めます。
想いを寄せていた千鶴の死から目をそらすかのように、一心に水名川泉を探し続け、ついには彼女にたどり着き……。
- 著者
- 篠田 節子
- 出版日
なぜ彼女は「聖域」を完成させなかったのか?幾度となく死んだはずの千鶴と実藤が再会するかのようなシーンが描かれ、現実の世界と死後の世界での関わりという表現の難しい世界観の両立を、見事に完成させています。
水名川が実藤へ諭すように穏やかに語りかける言葉が、読者の私たちの心にも優しく染みるでしょう。余韻を残すラストは、篠田節子が読者に死というものとの向き合い方を問いをかけているのかもしれません。
活字に飢えて腰を据えて読みたいときにオススメな本作、『インドクリスタル』です。
舞台はインド。主人公は人工水晶の製造開発会社社長・藤岡が鉱石の買い付けに訪れるシーンから始まり、使用人兼売春婦とは思えない聡明な少女ロサと彼の出会いから物語が動き出します。
藤岡と少女の不思議な縁のその背景がまことしやかに丁寧に描かれていて、またここでも篠田節子の丹念な描写が物語の世界に厚みを持たせているのです。
社会的身分が低くても人としての尊厳を持って凛として生きる彼女の生き様に触れ、その交流の中で心を揺り動かされる藤岡と同じように、読者の私たちも感銘を受けてしまうでしょう。
- 著者
- 篠田 節子
- 出版日
- 2014-12-20
またインドで日本人がビジネスを進めていく困難さがリアルに描かれているのも本作の魅力のひとつです。篠田本人は「数十年ぶりに中学校時代の同級生に会った。(中略)黄銅鉱を買うためにインドに出掛けているとかで、そこでの話を聞かされた。(中略)商売相手がいかに手ごわく、日本人ビジネスマンの常識が通用しないか、と。その瞬間、まじめに取り組んで書きたい小説の題材だと一気に感じた」(『週刊東洋経済2015年2月14日号』より引用)とインタビューで語っています。
リアルな体験談をもとにしているので単に小説としてだけ読んでしまうのはもったいない作品でもあります。
カースト制というインド特有の身分制度、宗教、貧富の差、男尊女卑など、文化の違う国でビジネスをしたい人には参考になるでしょう。
『弥勒』の主人公新聞社社員・永岡英彰は、パスキム仏教美術品に魅了されている、いわば仏教美術品オタクです。
パスキムの仏教美術の素晴らしさを世に知らしめようと日本国内初の美術展開催を試みますが、あえなく失敗に終わります。どうしても諦めきれない永岡は、海外出張の折に政権交代が報道されたばかりのパキスムへと不法入国してしまうのです。
しかし、そこで彼が見たパスキムの街は、鮮やかに記憶に残っていたあの美しい街ではなくなっていました……。
- 著者
- 篠田 節子
- 出版日
- 2001-10-16
執拗なまでに丁寧に描写されるクーデターの惨状は、篠田節子の真骨頂と言っても過言ではないでしょう。一言一言、文字を追うだけで異臭が漂ってきそうなほど息苦しく、永岡と一緒にカターの街をさまよっているかのような既視感に襲われます。何をしようとしているのかと永岡に問われた時、クーデターの指揮官・ゲルツェンはこう語るのです。
「観念的な意味での平等に、私は興味はない。ただ人間だけでなくすべての生命にとっての幸福な世界というのがあるはずではないか。」(『弥勒』より引用)
ゲルツェンが作り出そうとしている理想郷は天国か?地獄か?現地での生活を強いられることとなる永岡が抱くゲルツェンへの疑念そのものが、豊かな日本で暮らす私たちに刺さるものばかりです。
読み終わった後のなんとも言い難い疲労感を感じる篠田節子の小説。しかしどの作品にも共通して、行き場のない閉塞感の中に小さく希望を感じさせてくれます。ただのハッピーエンドの小説では物足りない、読み応えのあるファンタジーが読みたい方にオススメです。