米アマゾンで1位になった『一九八四年』の世界とトランプ以降の世界

更新:2021.12.3

2017年は『一九八四年』ではない――世界は今、オーウェルの想像以上におかしなことになっています。2017年1月、米アマゾンで1位を記録した『一九八四年』。1949年出版の古典的小説と現在との相違点を米大学の歴史研究家が検証しました。 また、本作は「flier」で無料で概要を読むこともできます。さまざまなビジネス書、教養書を10分で読めるスマホアプリなので、時間がない方、ご自身で概要を知りたい方はまずはそちらで読んでみてはいかがでしょうか?

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ディストピア小説の金字塔、『一九八四年』

著者
ジョージ・オーウェル
出版日
2009-07-18

ドナルド・トランプの大統領就任から1週間後、ジョージ・オーウェルの名著『一九八四年』がAmazon.comのベストセラー本になりました。

物語の舞台は1984年。大規模な争いを続ける3つの超大国。その中のひとつ、オセアニアです。すでに核兵器の撃ち合いが起きており、3国ともに便宜的戦争の恒久的継続を良しとしているふしがあります。おそらく、恒常的な武力衝突が領土の支配という共通の利益にかなうからでしょう。

オセアニアは市民に完全服従を要求します。そこは警察国家であり、ヘリコプターが絶えず人々を見張り、窓から部屋の中を観察する。だが、人々を真に見張るのは“シンクポル(思考警察)”であり、彼らは“プロレ(プロール)”と呼ばれるエリート党員以外の、人口の85%を占める最下層民を文字どおり常に監視しているのです。シンクポルは社会の中を人知れず動き、思考犯罪を見つけだし、あるいは奨励さえする。裏切り者たちを消し、再プログラムするためです。

髭面の顔“ビッグ・ブラザー”に象徴されるエリート党員や警察が市民の思考を操り、取り締まるもうひとつの手段が、“テレスクリーン”と呼ばれるテクノロジーです。この“金属板”は敵の軍隊の恐ろしい動画を、そしてもちろん、ビッグ・ブラザーの叡智を人々に見せつけます。しかし、テレスクリーンは実は、市民を見ることもできるのです。義務である朝の一斉体操中、テレスクリーンは今で言うカーディオ・エクササイズを指導する、若く、しなやかな身体のインストラクターを映すと同時に、人々がちゃんと実践しているかどうか見ています。テレスクリーンはありとあらゆる所にあり、人々が住む家の各部屋にもある。オフィスでは皆、これで仕事をするのです。

物語はウィンストン・スミスとジュリアを中心に展開します。事実をねじ曲げる政府の強引なやり方に、2人は抗おうとするのです。反逆手段は? 過去に関する非公式の真実を見つけ、非公認情報を日記に付けること。ウィンストンの勤め先は“真実省”。その巨大な建物には「無知は力である」の一文が大きく掲げられています。彼の仕事は政治的に不都合な記録を公文書から消すこと。寵愛を失った党員は? 初めからいなかったことにする。ビッグ・ブラザーが果たせなかった約束は? 初めからなかったことにするのです。

仕事上、ウィンストンは日々、“非事実化”するべき事実を探して古い新聞などの記録に当たるため、“ダブルシンク(二重思考)”に長けています。ウィンストンはこれを「入念に組み立てた嘘をつきつつ、完全な真実を意識すること(中略)意識的に無意識に仕向けること」だと言うのです。

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オセアニア:オーウェルの実体験の産物

『一九八四年』の設定のヒントは、作者であるオーウェルが見越した冷戦――オーウェルが1945年に命名した――の姿でした。ルーズヴェルト、チャーチル、スターリンの3人がテヘランおよびヤルタの両会談で世界を切り分けるさまを見てから、わずか数年後にオーウェルはこれを書きました。本書はスターリン主義時代のソビエト連邦、東ドイツ、毛沢東主義時代の中国の状況を見事予見しています。

オーウェルは社会主義者でした。『一九八四年』には、自らの信じる民主社会主義が独裁的スターリン主義に乗っ取られるかもしれぬという、オーウェルの恐怖も描かれています。これは、オーウェルの社会を見つめる鋭い観察眼、そして彼がスターリン主義者らに殺されそうになった事実に基づいて生まれた小説でした、

1936年、スペインで民主的に選ばれた社会主義政権に対し、ファシストの後ろ盾を得た軍部がクーデターを実行。オーウェル、そしてアーネスト・ヘミングウェイをはじめとする世界中の社会主義者たちが、義勇兵として右派反乱軍との戦いに臨みました。ヒトラーはその空軍力で右派に荷担し、スターリンは共和党左派を支援。オーウェルら義勇兵がスターリン主義者らに逆らうようになると、共和党軍は彼らを邪魔者とみなし、潰しにかかったのです。追われる身となったオーウェルと妻は生き延びるため、1937年、仕方なくスペインを後にしました。

第二次世界大戦中、ロンドンに戻ったオーウェルが身をもって知ったのは、リベラルな民主主義や自由を強く希求する者でさえ、ビッグ・ブラザーへの道を進みかねないという現実でした。BBCに就職したオーウェルが日々書いていたのは、インド人に向けた“プロパガンダ”でしかなかったのです。“二重思考”とは言えないまでも、政治的目的に仕える偏ったニュースや情報の数々。オーウェルはインド人たちに、あなた方の息子や物資は大義のためになっていると説いていました。偽りとしか思えないことを書き続け、2年後、オーウェルは辞職。自分にほとほと嫌気が差していたのでしょう。

帝国主義自体にも嫌気が差していたオーウェル。若者だった1920年代当時、オーウェルは英植民地ビルマで警官をしていました。ビッグ・ブラザー的世界をどこか彷彿させる地で、オーウェルは植民制度の中で自らが担う独裁的で野蛮な役割を心から憎んだのです。「反吐が出るほど嫌だった」と彼は回想しています。「そういう仕事の中を少し覗くだけで、帝国の汚いやり口が眼前に広がる。悪臭を放つ監獄の中でうずくまる哀れな囚人たち、長期収容者らの青ざめ、怯えた顔……」

このように、オセアニアはひとつの経歴の、そして冷戦が始まろうとしていたひとつの時代の予見的産物だったのです。したがって、『一九八四年』は当然、現在の“オルタナティブ・ファクト(もうひとつの事実)”の世界とは、オーウェルには想像もできなかったに違いないいくつかの点において、まったくもって違います。

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ビッグ・ブラザーは無用

オーウェルが描いた一党独裁制では、中枢を担うごく一部の者たち、つまりオセアニアの“党内局”が全情報を管理しています。それが彼らの主たる権力掌握法だからです。現在のアメリカでは一方、情報はインターネットにアクセスできる人々に広く開かれており、少なくとも84%のアメリカ人はこれを見ることが可能です。また、アメリカは寡頭制国家と言えなくもありませんが、その権力は有権者、憲法、裁判所、官僚、そしてもちろんカネが押し合いへし合う中のどこかに存在しています。言い換えれば、2017年のアメリカでは、オセアニアと違い、情報も権力も分散されているということです。

米国の有権者たちが証拠および論理的思考を軽視するようになった元凶として、学者らは政治家を挙げます。70年代以降、彼らは結託して専門家の価値を下げ、連邦議会および議員の信用を落とすばかりか、政府そのものの正当性まで疑わしいものにしようと励んできました。そうしたリーダー、組織、専門家の権威を失墜させ、空いた座にオルタナティブな権威や現実を就かせるのが狙いだと、研究者らは指摘します。

2004年、ホワイト・ハウスの上級顧問は、とある記者を「現実派コミュニティ」という古くさい少数派の一員と呼び、「君のような輩は、目に見える現実を入念に検討すれば、解決策は自ずと出ると信じている。だがもう、世の中はそうは動いていない」と言い放ちました。

インターネットの存在や、ネットが“オルタナティブ・ファクト”を普及させるさまは、オーウェルには想像もつかないことだったでしょう。人々がスマートフォンという形のテレスクリーンをポケットに入れて持ち歩く姿も然り。情報を流し、取り締まる真実省はないし、ある意味、誰もがビッグ・ブラザーと言えます。

人々がビッグ・ブラザーの大嘘を見抜けないでいるのとは違う。人々はむしろ、“オルタナティブ・ファクト”を進んで受け入れる方向に進みつつあるようです。人はある種の世界観――たとえば、科学者や役人は信じるに値しない、など――をいったん抱くと、それと相反する正確な情報を与えられた場合、誤解のほうをより強く信じるようになる、との調査結果もあります。

これはつまり、事実に基づく議論が逆効果になりかねないことを意味します。専門家やジャーナリストが報じる事実よりもこっちのほうが本質的に正しい、と決めつけた人は、“オルタナティブ・ファクト”の中に確証を求め、Facebookを介してそれを自ら流布させるのです。ビッグ・ブラザーは無用になるでしょう。

オーウェルのオセアニアでは、役人を除けば、事実を語る自由は誰にもなかった。2017年のアメリカでは、少なくとも、かの大統領を選んだパワフル・マイノリティの多くにとっては、事実は公式であるほど疑わしい。ウィンストンにとって、「自由とは2+2=4と言える自由」だった。彼らパワフル・マイノリティにとって、自由とは2+2=5と言える自由なのである。

ジョン・ブロイヒ(ケース・ウェスタン・リサーヴ大学准教授)
初出:The Conversation(theconversation.com)

Photo:(C)WENN / Zeta Image
Text:(C)The Independent / Zeta Image
Translation:Takatsugu Arai

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