「組織」が形成されたとき、時に人は歴史をも動かす大きな力を発揮します。今回はそんな組織力を生かして歴史を創り上げた人々を描いた塩野七生の歴史小説6冊をご紹介します。
塩野七生は1937年7月7日生まれ。詩人で小学校教師である父とイタリア人医師である母のものに生まれました。(後に離婚)
1963年26歳の時に渡伊し31歳までイタリアで過ごします。その後帰国し執筆活動を開始。その2年後33歳の時には『チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷』で毎日出版文化賞を受賞。その年に再びイタリアに渡り、その後永住権を取得しています。
エッセイなども執筆していて、
「わたしは、生来の楽観主義者である。なぜなら、人間の馬鹿さ加減にも限界があると思っているからです。」
(『人びとのかたち』より引用)
などの味のある言葉も残しています。
ヨーロッパ歴史小説のジャンルを牽引してきた塩野七生による歴史絵巻の第二作目です。
本作は16世紀初頭の地中海が舞台となります。前作の『コンスタンティノープルの陥落』に続く本作では、ロードス島の聖ヨハネ騎士団が物語の軸となり展開します。イスラム教世界とキリスト教世界との闘い。その最前線ともいえるロードス島。時は1522年、ロードス島を守る聖ヨハネ騎士団と、攻めるオスマン・トルコの大帝スレイマンが相対峙していく様子を綴ったのが本作です。
コンスタンティノープルの陥落からは70年という時が経過しており、前作を読んでから本作を読むと、この間の時間の変化も味わい深く感じられます。オスマン・トルコの首都であるコンスタンティノープルからシリアやエジプトに行くには、途中にロードス島付近を通過しなければなりませんでした。そして、ロードス島を守るのが聖ヨハネ騎士団。オスマン・トルコでは、この聖ヨハネ騎士団を「キリストの蛇たちのねぐら」と呼んで恐れていたといいます。
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
- 1991-05-29
マルタ騎士団とも呼ばれる、団長であるフィリップ・ド・リラダン率いる聖ヨハネ騎士団が、オスマン・トルコを迎え撃つ、その6か月間にも渡った闘いを描いていきます。塩野七生の著作の最大の魅力は、これが単なる歴史的事実のみの記録ということではなく、著者による創作をも組み入れた歴史小説であるという点が挙げられるのではないでしょうか。この点によって、歴史ファンだけではなく、文学ファンをも虜にして、多くの著作がファンによって長い間愛され続けています。
特に、『ロードス島攻防記』では、若き軍隊候補生=カデットであるアントニオ・デル・カレットの視点で描かれているのです。仲間である騎士オルシーニの放埓な生活ぶり、そしてアントニオとの関係に焦点が当てられていきます。この部分についていえば、さらに歴史ファン、小説ファンのみならず、少女漫画ファンにも非常に魅力があるともいえるのではないでしょうか。
ロードス島を守り抜き、敗北して行く聖ヨハネ騎士団の様子を描く塩野七生の筆致には、感傷的なムードが満ちています。宗教の名のもとに、命を懸けて戦った男たちの騎士道精神、そのロマンを味わうなら、この作品は間違いなく心に響いてくるものでしょう。
7世紀前半までは古代ローマ帝国の東半分を支配下に置く大国であった東ローマ帝国は、11世紀末にはそのほとんどの領地をイスラム教徒の支配下に置かれてしまっていました。そこで東ローマ帝国の皇帝は、今まで対立関係にあったローマ法皇に援軍の派遣を乞うことになったのてす。その時集結した7人の第一次十字軍のメンバーがイェルサレム奪還の為に奮闘する姿を塩野七生がじっくりと描いています。
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
興味深いのが当時十字軍に入る為に示された条件。「十字軍に参加する者には、完全免罪が与えられ、殺人などの罪を犯した際も全て帳消しになる」「十字軍に参加するものが残した財産などは、ローマ法王が保証人になり司祭が実際の責任を負う」「十字軍参加のために資産を売ったり借金をする場合は、それが正当な価格でやりとりされることをローマ法王自らが保証する」などの取り決めが公会議で決定しました。そんな条件のもと集められた第一次十字軍の7人のメンバー。彼らのほとんどは貧民でした。果たしてそんな彼らはどうようにイェルサレム奪還へ挑むのでしょうか……?
私たちの実生活とそれほどかけ離れていない当時の人々の価値観や社会のシステムを知ることが出来るのも面白いところの一つ。塩野七生によって明かされる教科書には載っていない事実の数々に、歴史への知的好奇心がくすぐられること間違いなしです。
まるで歴史を変えた一瞬一瞬の出来事が目の前で起こっているよう。登場人物の当時の心情を塩野七生が推測している箇所もあり、事実をただ羅列しているのではない、謎解き本の様なエッセンスも含まれています。貧民十字軍のメンバーのチームワークの歴史をどうぞお楽しみください。
『海の都の物語』はローマ帝国滅亡後のヴェネツィア共和国の千年もの歴史を描いた作品です。他国の侵略の波に呑み込まれていたイタリア半島の中でどうのように自国の自由と独立を守り抜いたのか、その秘密に迫っています。
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
- 2009-05-28
ヴェネツィア人が国の独立を保てた理由のひとつとして、ローマ帝国皇帝とローマン・カトリック教会の争いに巻き込まれず、さらに両者の調停役を買って出たことが挙げられています。さらに1177年にはヴェネツィアで皇帝バルバロッサと法王アレッサンドロ3世に和平協定まで結ばせているのです。
当時のヴェネツィア人が、その時々にどのような損得勘定をしたのか、聡明な判断を下したのか、生き残りをかけて機転を利かせたのか、など非常に詳細に記されています。そのひとつひとつの天才的な判断力に、どんどん引き込まれていくこと間違いなしでしょう。
「水の上の都」と呼ばれたヴェネツィアの物語をなぜ敢えて「海の都」にしたのか。作者はこう述べています。
「水という文字が与える印象は、静的で、動くといっても、いちように同じ方向に静かに流れていくという感じを持ってしまう。しかし、ヴェネツィア共和国の歴史は、それとはまったくちがって、複雑で多様で、おそろしいくらいの動きに満ちていたのだ。(中略)作品の表題は『水の都の物語』ではなく、『海の都の物語』でなければならなかった。」(『海の都の物語』より引用)
壮大な歴史を刻んだ海の都、ヴェネツィア。窮地に立たされたヴェネツィア人は如何にして生き残ったのか。その秘密が知りたい人におすすめしたい作品です。
『コンスタンティノープルの陥落』はローマ帝国の東西分裂を経て千年以上の栄華を誇った東ローマ帝国の首都・コンスタンティノープルの歴史を描いた歴史小説です。独自の文化を持ち勢いに乗っていたコンスタンティノープルが陥落していく様子が冷静かつ客観的に描かれています。
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
- 1991-04-29
作品の中では様々な人物の立場に立った「それぞれの真実」が記されています。コンスタンティノープルを巡る覇権闘争の中でキリスト教側に立った者、イスラム教側に立った者。仲間割れする修道僧やイスラム教のスルタン。東ローマ帝国の皇帝など、100人いれば100通りの答えや真実があるのです。そんな複雑に交錯するそれぞれの思惑が客観的事実と作者の膨大な知識のもと綺麗にまとめられて記されています。
歴史的事実を知ることが出来るだけでなく、当時の東ローマ帝国の文化や政治的側面、争いにどんな戦法が使われたかなど、立体的にコンスタンティノープルの当時を知ることが出来るのも魅力です。何より作者の塩野七生自身が歴史アドベンチャーを楽しんでいるよう。時に優雅に、時に荒々しく助走していく文章からは、作者の興奮が伝わってきます。
知的好奇心が満たされる大人のための上質な小説。ダイナミックな映画を観た後のような達成感溢れる読後感に満たされる、そんな作品です。
この作品は塩野七生が31歳の頃に執筆した作品です。舞台は15世紀末イタリア。法王の子として生まれ、イル・プリンチペ・デツラ・キエーザ(教会の君主)として勢力を握ったチェーザレ・ボルジアの青春時代を描いています。
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
- 1982-09-28
本書を書いた当時の様子を作者はこんな風に記しています。
「昔から私は、世間が言う『イイ子』ではなかった。それも思春期を過ぎて若者の世代に入るようになると、当時の日本社会を満たしていた微温的な雰囲気への嫌悪がますます高まります。みんなで仲良く、なんて嘘っぱちだと思っていたし、それで社会が進んでいると思って疑わない当時の日本のエリートたちが大嫌いだった。(中略)私の胸の中には、イイ子でいたんでは生きていけないんですよ、昔のヨーロッパにはこういうたくましい人間が生きていたんです、と日本人に突きつけたい想いでいっぱいだったのですから。」(『チェーザレ・ボルジア あるいは優雅なる冷酷』より引用)
そんな自分の思いを突き付けるように、塩野七生の文章は勢い良く進んでいきます。それが若きチェーザレ・ボルジアの猪突猛進な気概に満ちた様子をさらにリアルに描き出しています。
台詞も多くあり、複雑な内容ながらとても読みやすいです。物語調になっているので、どんどんストーリーに引き込まれ一気読みしてしまうこと間違いなしでしょう。
「知力では、ギリシャ人に劣り、体力ではケルト(ガリア)やゲルマンの人々に劣り、技術力では、エトルリア人に劣り、経済力では、カルタゴ人に劣るのが、自分たちローマ人であると、少ない史料が示すように、ローマ人自らが認めていた。それなのに、なぜローマ人だけが、あれほどの大を成すことができたのか。(中略)私も考えるが、あなたも考えてほしい。『なぜローマ人だけが』と。」(『ローマ人の物語』より引用)
- 著者
- 塩野 七生
- 出版日
- 2002-06-01
塩野七生が15年をかけて古代ローマ全史を書き上げた歴史文学作品。物語はなぜローマ人は偉業を成し遂げたのか、という壮大な謎を解いていくことを軸に進んでいきます。
物語を読み進めていくと分かるのが、ローマ人がいかに素晴らしい組織力を持っていたのかということ。まず前8世紀半ばのイタリア半島に存在したエトルリア民族とギリシア人が経済力と技術力をもって土地を開拓しました。当時のギリシアは急激な経済の発展に伴う持つ者と持たざる者の差の拡大に苦しめられており、イタリア半島に逃れてきたギリシア人たちは正に帰る場所のない状態でイタリア半島に移り住み「ローマ人」となって、ローマ帝国の建設をスタートさせたのです。
どんな小さな出来事も非常に丁寧に描写されており、塩野七生がこの壮大な歴史の謎の解明に「尊敬の念」をもって取り組んでいる様子がわかります。私たち読む側が同じ気持ちを抱いた時、ローマ帝国の謎という大きな扉が開いていくのかも知れません。作者の魂が込められた素晴らしい作品だと思います。
いかがでしたか?塩野七生の歴史小説、組織論が学べる6冊を集めました。上質な作品の数々をぜひお楽しみください。