高村薫のおすすめ作品6選!社会派サスペンス小説に読む手が止まらなくなる!

更新:2021.11.24

メディア化された『黄金を抱いて飛べ』や『レディ・ジョーカー』などで人気の高村薫。社会派サスペンス小説を書かせたら一級品ですが、魅力あふれる「人間」が多く登場するのも魅力の1つです。そんな彼女の多数の著書からおすすめをご紹介します。

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正確な取材力と圧倒的な筆力で構成する作家・高村薫

高村薫は1953年生まれ、大阪府出身の女流作家です。同志社高等学校を卒業後、国際基督教大学に入学し、同大学を卒業しました。卒業後は外資系商社に勤務していたそうです。

詳細まで綿密に描かれる物語と、情報をアウトプットする筆力が老若男女問わず重厚なストーリーを好む読者に支持されています。1990年には、『黄金を抱いて翔べ』で日本推理サスペンス大賞を受賞。さらに1992年、1993年には『リヴィエラを撃て』で日本冒険小説協会大賞、日本推理作家協会賞長編部門のダブル受賞、1997年に、『レディ・ジョーカー』で毎日出版文化賞を受賞するなど多数の作品での受賞歴を持っています。

単行本から文庫化される際に大幅な改稿をすることでも有名です。時には結末すら変わってしまうこともあるので、単行本と文庫本の両方購入をおすすめします。

哀しくも懸命に生きる男たちの物語

言わずと知れた高村薫の代表作です。1997年に毎日新聞社より単行本化され、2010年に新潮社から文庫版が刊行されました。その筆致の高さだけでなく、『マークスの山』、『照柿』に続く合田雄一郎を主人公にしたシリーズの3作目としても人気の高い傑作です。
 

著者
高村 薫
出版日
2010-03-29

日々の生活の中で「うまくいかない」ことがあっても、生きにくい世の中を地道に生きているという人は多くいるのではないでしょうか。本作は、細々とではあるけれど、真っ当に生きていた人間たちが、心の内側に抱える「闇」に取り込まれていく姿を、それぞれの視点からリアリティたっぷりに描き出しています。

バックボーンに至るまで綿密に練られたキャタクターは、「犯罪に手を染めることになった理由」を、悲しくも現実的なものとして捉えさせます。まさに、「自分を包み込んでいるこの時代と社会のトンネルはどこまで続いているのか、もういい加減、空を見たいといった漠とした息苦しさ」を感じている人々の物語なのです。

組織と個人、という混じりあいながらも相容れない存在である事象に対して「人間とは何か」を問う本作。被差別部落や利益供与、企業テロなど社会的な問題を取扱いつつ、人間そのものを深くえぐり出す描写は世の理不尽を感じながら懸命に生きてる人にこそ突き刺さります。

主人公である合田刑事のシリーズ3作を通じて感じられる成長と、ラストシーンは見ごたえ充分なので期待してください。大きく広げられた風呂敷の折り畳み方は、見事のひと言です。

冒頭に掲げられた「怪文書」に引き込まれた人は、一気に読了間違いなしですよ。

高村薫のデビュー作!

大阪を舞台に、6人の男たちが企てた金塊強盗は果たして成功するのか?という展開で、日本推理サスペンス小説大賞を受賞するなど話題を集め、高村薫の名を世に知らしめた人気作です。

著者
高村 薫
出版日
1994-01-28

いつの間にか社会からちょっぴりはみ出してしまった男たちの、社会に対する報復ともいえる「金塊強盗」というモチーフが秀逸です。金塊強盗、という字面だけで痛快な怪盗アクションものを想像させますが、本作の魅力は痛快ではないところにあります。むしろ、金塊強盗のシーンよりも丁寧すぎるほどに描く人間の内面や関係性、それを取り囲む風景や環境など全編を通じて漂う「人間くささ」が最大の魅力だと言っても過言ではないでしょう。

「人のいない土地」に住みたいと願う主人公の幸田をはじめ、登場人物たちから溢れ出る魅力といったら筆舌に尽くしがたいです。金塊強盗を企てる6人のほぼ全員が何らかの犯罪を過去に犯しているなど、怪しげでロクデナシなのにも関わらず、全員を大好きになれる人物描写はさすがです。

さらに、大胆な強盗計画や、機械・工具などの正確な描写、緻密なディティール、男たちの信頼関係を越えた情愛など読み応えたっぷりです! 

高村薫の世界観は今作から既に出来上がっていますので、まだ高村作品を読んだことがないという人は、ぜひ一読して彼女の世界を堪能してください。

人間は、なぜ神の領域にまで手を伸ばすのか

ロシア人と日本人との混血として生まれた主人公が、原子力発電所の爆破を企てるというストーリー。テロサスペンスの傑作として人気が高い、高村薫の代表作の1つです。
 

著者
高村 薫
出版日
1995-03-29

高村薫の特長として、ディティールにこだわった描写が素晴らしい点と人物の造形が巧みであるという点が挙げられると思いますが、今作もまさに魅力的な人物が登場します。

元日本原子力研究所職員で、ソヴィエトのスパイだったという異色の経歴を持つ主人公・島田もとても魅力的ですが、特筆すべきは高塚良という青年。モスクワにいて、日本に逃れ、という時点で良には危うい背景が窺えますが、人間性は誠実、純粋でやさしい印象です。彼に出会うことで、空虚だった島田の心にも変化が現れ、穏やかな時間を過ごすシーンが描き出されているがゆえに、ラストのカタルシスとの落差がすさまじく良いんです。展開の邪魔にならない程度に振り掛けられたサスペンスの要素も、スパイスが効いていて味のある作品になっています。

終盤の、原発襲撃の計画から実行までの展開はひたすら緻密で、圧倒的な熱量を持っています。そこには、「人間は“絶対”という言葉を使ってはいけない生き物なのだよ」という、核=原子力発電所を持つことの恐ろしさに対する、高村薫自身の想いも込められていたのではないでしょうか。

「原発」という賛否両論ある難しいテーマを扱っているため、人を選ぶ作品かもしれませんが、非常に考えさせられる重厚な物語です。濃厚な小説を求めている人はぜひ手に取ってみることをおすすめします。

幾重にも絡み合う陰謀と人間模様に括目せよ!

1992年に初出の本作は、高村薫が描くハードボイルドなスパイ小説として有名です。IRA、CIA、MI5、MI6、日本、中国を舞台に、それぞれの思惑が複雑に絡み合う重厚なストーリーと、壮大なスケール感で人気を博しています。日本推理作家協会賞長編部門、日本冒険小説協会大賞を両方受賞している大作です。1997年に上下巻で文庫化され親しまれています。

著者
高村 薫
出版日
1997-06-30

東京で不可解な死を遂げた元IRAのテロリスト、ジャック・モーガンが追い続けた「リヴィエラ」の正体をめぐって物語が展開します。その秘密のために、CIAやMI5、MI6といった諜報部員たちが暗躍し、情報戦を繰り広げながら真実へと向かっていく先の読めない展開が素晴らしいです。

スパイ活劇とも違った、組織の中で戦う人間の「らしさ」を描いた新しいスパイ小説とも言えるでしょうか。

スリリングなスパイアクションものとしてはもちろん、活き活きと描かれる登場人物たちの魅力的なこと! 特にジャックとともに束の間の憩いの時間を過ごすピアニストで元MI6メンバーのシンクレア、ジャックを一途に愛し、またジャックが心の支えとしたであろう女性・リーアン、「伝書鳩」と呼ばれるCIAで新聞記者のケリーなど、枚挙にいとまがありません。作中では、約20年に渡る時間が経過していますが、組織に属しながら個人を貫く彼らの「人間らしい」愛情や友情、葛藤や悲劇が緻密に描き出され、物語に一層の深みを与えています。

1人の女性を愛し、人の心を持ったジャックが何故テロリストとして生きていかなければならないのか? 運命のいたずらに切なくなります。まさに、「テロリストの矛盾よりも外の世界の矛盾の方がひどい」と言えるでしょう。各章によって主軸となる人物が変化するので、あらゆる角度から物語を堪能できるのもポイントです。

長編ではありますが、それぞれの思惑の中にちりばめた「リヴィエラ」の秘密というスパイスに読む手が止まらなくなるはず! 特に後半の怒涛の展開は必見ですよ。

ひと筋に集約する親子の物語が、ここに完結する

『太陽を曳く馬』は、『晴子情歌』『新リア王』の福澤彰之をメインに据えた3部作うちの完結編です。『マークスの山』『照柿』『レディ・ジョーカー』にて活躍した合田雄一郎も登場する、高村薫ファン垂涎の作品と言えます。

著者
高村 薫
出版日

難しいテーマに、手を伸ばすことを躊躇ってしまいそうですが、まずは読んでみてください。

芸術と宗教をベースに、9.11やオウム真理教にも触れ、作中で起きる2つの事件の関連性を探りながら、福澤親子、福澤と僧侶たち、それぞれの関係を軸に物語が進行していきます。会話が多用されるなど、高村薫の作品において、もしかすると最も平易な文章で書かれている作品と言えるかもしれません。

事件解決に乗り出す合田は、40を数えて老成しつつあるがゆえかひと際魅力的です。傘を忘れて直後に2万5千円もする傘を買うって合田だけでしょうね。また、全編に漂う福澤のあたたかな眼差しがやわらかく全てを包み込みます。

時にコミカルに、活き活きとした会話で高村自身の「宗教観」や「芸術論」が垣間見える本作は、問題提起はありますが回答は用意されていません。読み終えた読者が導きだした答えが回答になる、そんな感じの作品です。明快ではありませんが、じんわりと心に染みる、凄惨なのにやさしい物語なので、ぜひ一度手に取ってみてください。

『晴子情歌』『新リア王』と川のように脈々と続く福澤彰之の人生の完結から目が離せませんよ。

高村薫が描くアウトローBL小説

主人公の吉田一彰22歳は、あまり覇気のないイメージを受ける、アルバイトに精を出す国立大学の学生です。アルバイト先の会員制高級ナイトクラブ「ナイトゲート」で覚せい剤使用者に対する暴行事件を起こす所から物語は幕を開けます。

自ら手を出したにも関わらず、犯行に加担したという実感がないままの一彰。捜査員による取り調べの時に、子供の頃に住んでいた姫里の守山工場の工場長である守山耕三と再会。

この再会から、覚せい剤使用者、銃社会の抗争に巻き込まれ、闇社会で生きていくようになってしまいます。そこで一彰は李歐という美しい殺し屋の男に出会い、運命が大きく変わっていき……。

著者
高村 薫
出版日
1999-02-08

拳銃の密輸、殺人を簡単にこなす李歐。そんな李歐と一彰はフィリピン行きの船で別れます。二人の再会までの10年間の間に、一彰は逮捕、刑務所から出所。その後は守山工場で働き、幼馴染と結婚、子供も生まれますが、妻は爆発事件で亡くなります。色々なことがあったにも関わらず、李歐に言われた「大陸へ行こう」という言葉を忘れないままでいた一彰。

一彰、李歐、一彰の息子の耕太の3人の姿の描写が美しいラストシーンまで目が離せません。

「惚れたって言えよ」と一彰にせまる李歐。「惚れた?」という一彰。「心臓が妊娠したようだ」・「そいつは嬉しいな。ぞくそくしてきた」という二人の不思議な関係。互いの心臓に代わるがわる接吻をする二人。その感情は愛情なのか、それとも恋愛感情以上の何かを感じていたのか。

女性との関係は細かく描写があるのですが、男性との関係についてはあっさり書かれているため、登場人物たちの心のうちは想像するしかありません。想像、妄想しながら読み進めて行くと、サスペンス要素はもちろん楽しめます。

登場人物たちの恋愛小説または官能小説的な要素も含まれているので、色々な角度から読める作品になっているのではないでしょうか。

社会的な問題をテーマに、泥臭く人間臭い「人間」を描く作家、高村薫の作品には、アウトローでアングラな世界に生きる男たちがたくさん出てきます。誰もが魅力的ですので、難しい題材の物語もするりと読了できてしまい、あとの余韻をいつまでも楽しめるスルメのような作品たちばかりです。ご紹介した作品の他にもたくさんの小説があるので、お気に入りの一冊を探してみてください。

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