吉田修一が紡ぎだす物語には、ファンタジーもサスペンスもミステリーも多くありません。何気なく見過ごしてしまうような日常を描いている作品が多いです。しかし、そんなありきたりに思える日常になぜか、心惹かれてしまいます。
吉田修一は1968年生まれ、長崎県出身の小説家です。法政大学を卒業後、1997年に「最後の息子」で文學界新人賞を受賞し、小説家デビューを果たしました。
2002年には『パレード』で山本周五郎賞を受賞、「パークライフ」で芥川龍之介賞を受賞など飛躍を遂げました。
また、多くの作品が映像化されることでも知られており、『7月24日通りのクリスマス』『water』『パレード』『悪人』『横道世之介』『さよなら渓谷』『怒り』と2016年現在7作品が映画化されています。
2016年からは芥川賞の選考員に就任しました。
いわゆる産業スパイの物語です。産業スパイとして暗躍する主人公鷹野が関わった1件の仕事。それが思わぬ方向へ進み、世界を揺らがす情報の奪い合いがはじまります。
舞台は日本と中国。中国の電力会社と政府による、油田の権利争いに手を貸した鷹野。1件落着したように見えたこの仕事に鷹野は違和感を覚えたのでした。この違和感は何なのか。油田の権利争いの水面下で頭のいい一部の人間たちがある獲物を狙っていたのです。それは油田の権利を得ること以上に利益を得られるものでした。
それを巡って争いを始める複数の企業。その中の一企業から依頼を受けた鷹野は無事仕事を遂行することが出来るのでしょうか。
- 著者
- 吉田 修一
- 出版日
- 2014-08-05
全体の印象としては“ハードボイルド”という言葉がぴったりな作品です。騙し、時には騙され、先を読めたものが勝つ情報社会。読み進めるとそのスピード感と、緊張感がじわじわと伝わってきます。そして、主人公鷹野がまさにハードボイルドな男です。冷酷さ、強靱さを持ちながら、時には仲間を助ける人間的な一面も見せてくれます。
鷹野以外キャラクターもそれぞれよく出来上がっています。相棒の田岡はじめ、ライバルのキム、なぜか付きまとってくる青木、謎の美女AYAKOなど魅力あふれる個性豊かなキャラクター達が作品を盛り上げてくれます。また、実在する場所が登場し、企業についてもしっかり設定されていて面白いです。すぐにでも映画化できそうな作品ですね。
シリーズ作品として『森は知っている』があります。時系列としては『太陽は動かない』より前の話、鷹野が産業スパイになった時の事などが書かれています。シリーズ2作品合わせてぜひ、ご一読ください。
桂川渓谷は広い河原と美しい清流を持つ、都心から気軽に来られる人気の観光地です。しかし渓谷から歩いてすぐ近くにある老朽化した団地を訪れる者はほとんどいません。
四方を林に囲まれ世間から遮断されているかのようなその団地の1室に立花里美と4歳の息子の萌が住んでいたのですが、萌の遺体が渓谷の奥で発見されたことからマスコミが団地に押し寄せてくるようになります。そして里美の生活ぶりやインタビューに応じる時の態度の悪さから世間は里美が息子を殺害したのではないかと疑うようになり、団地には常にマスコミが張り付くようになるのでした。
中小出版社の記者である渡辺も団地に張り付いている1人ですが、同行した運転手の須田が、里美の隣に住む尾崎俊介が同じ大学の野球部員で昔ある事件を一緒に起こした事を教えてくれたことから、渡辺の興味は尾崎とその妻かなこに向かいます。
- 著者
- 吉田 修一
- 出版日
- 2010-11-01
大学時代、尾崎と須田を含む野球部員4名は街で女子高校生グループをナンパし居酒屋からカラオケとハシゴした後、女の子2人を大学の野球部の部室に誘い飲み直します。そのうち尾崎は部室の隅で1人の女の子と交わり始め、それに気づいた3人も欲望を抑えられなくなり、最後に1人だけ残った水谷夏美という女の子を4人でレイプしたのでした。
渡辺が調べたところ、須田ともう1人は事件を境に不幸な人生を送っていました。しかし1人は父親の会社で順調に出世し幸せな家庭を築いており、尾崎も野球部の先輩のコネで大手の証券会社に就職し、上司の娘と婚約するなど順調な人生を送っていたのです。ところがある日、尾崎は仕事も婚約者も捨てて忽然と姿を消し、桂川渓谷に現れるまでは全くの行方不明でした。
そしてついに里美は萌の殺害容疑で逮捕されるのですが、里美は警察で自分と隣人の尾崎との間に肉体関係があったと供述し、尾崎の妻かなこもそれを認めたことから、警察は尾崎と里美が共謀して萌を殺害したか、里美との関係で邪魔になった萌を尾崎が単独で殺害したか、いずれにしろ尾崎が事件に関与していると考え尾崎を勾留します。渡辺は里美と尾崎との関係に違和感を覚えさらに調査を進めるうち、信じがたい事実にたどり着くのでした。
若さゆえの衝動で踏み外した1歩。しかしその1歩の先に続く道が果てしなく長く険しいことに気づくのは、1歩踏み外した後なのです。
第三者たちは当然の事としていつまでも加害者を糾弾し侮蔑し、時として被害者までをも差別するのです。それは果たして過去に踏み外した1歩に本当に見合った罰なのだろうかと考えずにはいられません。
2002年に山本周五郎賞を受賞した作品です。驚くことに、同じ年に「パーク・ライフ」で芥川賞も受賞しているんです。吉田が一躍脚光を浴びることになった、記念すべき一冊です。
- 著者
- 吉田 修一
- 出版日
物語はある部屋に集った5人の共同生活を軸に展開していきます。集った人たちはキワモノばかり。
H大学の経済学部に通う杉本良介(21)。ひょんなことから好きになった先輩と関係を持ってしまいますが、ある事情から一筋縄ではいかない恋愛模様・・・。良介はその闇へとはまっていきます。
相馬未来(24)は酒に溺れるイラストレーターで、雑貨屋の店長もしています。毎晩酔っぱらって帰ってくるこの男の趣味がまたいびつで、映画の強姦シーンをつなぎ合わせたビデオを大事にしているという変わった性癖を持っています。
大垣内琴美(23)は恋愛依存で、男に振り回され、翻弄する女の子です。何をすることもなくマンションに籠って男からの連絡を待ち続ける日々・・・。その姿には狂気すら感じます。
小窪サトル(18)。最年少ながら夜の世界にどっぷりと漬かった男娼です。
そんな変わった登場人物たちが拠点としている部屋の主が、伊藤直樹(28)です。好きな映画配給会社に勤め、健康的な生活を送る好青年であり、4人を取りまとめる頼りがいのあるナイスガイです。しかし、こんなにも色々な人に囲まれて生活する青年が果たしてまともでいれるでしょうか・・・。実はこの男こそ、一番の変わり者なのかもしれません・・・。
共同生活というと、プライベートとパブリックな要素が微妙に混じり合っているものですが、この生活はまさにそれ。お互いに変によそよそしいこともなく、かといって面倒な事には全く関わらない。深いのか浅いのかよく分からない関係性の中で、それぞれが別々の方向に向かって生きていく姿が描かれています。
読了後、なんだか不思議な感覚に包まれ、色々と想像してしまう本です。
台湾に魅了されている、と自らを評する筆者が描き出した台湾人間劇です。台湾で日本の新幹線を走らせることになったことをきっかけに、様々な運命の糸が紡がれはじめます。
多田春香は、学生時代に、台湾で不思議な青年(劉人豪〈エリック〉)に出会いました。互いによく知らないまま同じ時を過ごすふたり。
日本に帰り、ある商社で働くようになった春香にとって、その青年との時間は、もはや遥か遠くにあるものでした。ところが1999年、台湾で日本の新幹線を走らせるプロジェクトが決まり、春香は台湾へ行くことになります。そして、劉人豪に再会することになりますが・・・。
- 著者
- 吉田 修一
- 出版日
- 2015-05-08
日本人である春香と台湾人である劉人豪を中心として、人間の出会い、別れ、再会を描いた作品です。この2人以外にも新幹線事業を発端として、様々な人々が同じような逢瀬のドラマを引き起こしてゆくことになります。春香と同じ商社で働く「安西」とホステスの「ユキ」、車両整備工場で働く「威志」と幼馴染の「美青」、台湾で生まれた「勝一郎」と「曜子」・・・とそれぞれがそれぞれにエピソードを織りなしながら、飾ることのない等身大の人間模様が映し出されていきます。
様々な人達が交錯し、もっと大きな視点で見ると日本と台湾という国同士が交わることになる、そんな人間交差点ともいえるテーマがこの本にはあるのでしょう。読了後、じんわりとした温かみを残してくれる本です。また、台湾での生活の描写は実に繊細で、忠実に台湾を描き出しています。台湾好きや台湾に行ったことのある人に特におすすめです。
妻夫木聡と深津絵里の主演で映画化もされ、吉田修一作品の中でもよく知られている作品です。
ある殺人事件を中心に物語が進行していきますが、サスペンスのような要素は全くありません。この事件を取り巻く人々の錯綜する想い、もどかしいほどの心理描写が溢れています。殺人事件の事件そのものよりも、そこに関わる人間性、ヒューマニズムの要素が強い物語です。
- 著者
- 吉田 修一
- 出版日
- 2009-11-06
長崎市のとある土木作業員・清水祐一が、ふとしたすれ違いから福岡市在住の女性・石橋佳乃(よしの)を絞殺してしまいます。出会い系サイトから始まった清水と石橋の関係は複雑なもので、肉体関係を持ったことはあるが、本格的な恋愛関係にまでは至ることがありませんでした。
殺人の容疑者として疑われ始める清水は、出会い系サイトで連絡を取ったことのある馬込光代に会うことになりました。清水が事件の当事者である事に気づいた光代ですが、彼の言動や態度から、言い知れぬ事情があることを感じ取ります。そしてそのいびつな存在の清水を守り、思いやることが愛情へと変わっていき・・・。
これらの他にも、佳乃と遊びの関係を続けていた増尾圭吾や佳乃の父・石橋佳男(よしお)、増尾の友人・鶴田公紀(こうき)などが登場します。彼らの人間性やその行動が、物語をより重厚なものへと落とし込んでいきます。
善人とはどんな人か?悪人とは?そもそも、人間はそんな二項対立で分けられるものなのか?そして、清水と光代の関係はどうなっていくのか?読者はそんなことを考えさせられながら、人間の荒々しさと優しさが複雑に織りなす物語につい引き込まれてしまうことでしょう。
妻夫木聡が出演した作品を見たい方は、こちらの記事もおすすめです。
妻夫木聡が出演した作品一覧!実写化した映画・ドラマの原作作品の魅力を紹介
2016年に豪華キャストで映画化され話題となった作品です。「悪人」で主演した妻夫木聡も出演しています。妻夫木ファンにはうれしい、吉田修一作品ですね。映画も素晴らしいので、是非観ていただきたいです。
- 著者
- 吉田 修一
- 出版日
- 2016-01-21
東京郊外のある一家で夫婦が殺害される事件が起こります。殺人現場に残された血塗の文字、「怒」。そして犯人の遺留品から、加害者が「山神一也」という人物であることが判明します。
ところが、この山神に該当すると思われる人物が3人もいました。一人は沖縄の無人島で暮らすバックパッカー、田中信吾。二人目に東京で働く藤田優馬の前に突然現れた放浪人、大西直人。そして、千葉にある漁港で働く田代哲也。
果たして誰が「山神一也」なのか、そもそもこの中に本当に「山神一也」がいるのか、「山神一也」という人間は本当に存在するのか。そして、現場にあった「怒」の文字の意味とは・・・。別々の場所で別々の生活を持つ3人の運命は、それぞれに思いもよらぬ方向へ展開していきます。3人を取り巻く人々が抱く、彼らへの信頼と疑念の錯綜とする感じは手に汗握ること間違いなしです。
吉田作品の中では珍しくミステリー調の強い物語です。
輝かしい1位に選ばれたのは、「横道世之介」です。横道という名字は珍しいですが、九州では横着者のことを”横道もの”と呼ぶことに由来しています(筆者の出身は長崎県)。
誰でも、あの頃はよかったな・・・とふと懐かしんでしまう「ある時」というものを持っているのではないでしょうか。別に記憶に刻もうと思っていたわけでもないのに、その時の情景をきめ細やかに覚えているような、不思議なあの時。本作は、そんな青春時代を鮮やかに切り取った、傑作青春小説なのであります。
- 著者
- 吉田 修一
- 出版日
- 2012-11-09
主人公はこの本のタイトルでもある、横道世之介。大学進学を機に、長崎から東京へ上京した青年の学生生活を描き出したお話です。横道をはじめとする若者たちは、大都会東京で様々な人と巡り合い、色々な出来事を通して思い悩み、それぞれの道を歩み始めます。
何か特別な事件が起きるわけでもなく、横道を中心とした日常を描いていくことで物語は進んでいきます。全体の構成は平凡なる日々が続いていくわけですが、その当たり前の物事を吉田修一が色鮮やかに描写している点がこの本の魅力です。この日常を色鮮やかにしてしまう筆者の世界観は、「吉田ワールド」と評価できるでしょう。吉田ワールドは冒頭の上京シーンから始まります。乗りなれない電車に乗り、人ごみに圧倒され、マンションで一人暮らしを始めるシーンなどは、その情景がまざまざと思い浮かぶようです。
「1位に選ばれるからには、きっとものすごい話の展開があるんだろうな!」と思った方もいるかもしれませんが、この本の1位たるゆえんはそのような類のものではありません。何気ない事をカラフルなものに変えてしまう、そんな魔法がこの本にはあるのです。
以上、吉田修一のおすすめ作品6選でした。やはり映画化され話題となった作品が有名ではありますが、その他にも魅力的なお話をたくさん書いています。ありふれた日常にスポットを当て、色とりどりに料理してしまう吉田修一。大衆文芸、純文学を制覇したその世界観をのぞいてみませんか?