レイモンド・チャンドラーの「フィリップ・マーロウ」シリーズおすすめ5選!

更新:2021.11.24

村上春樹に影響を与えた作家レイモンド・チャンドラーをご存知でしょうか?今回は彼の小説でこれだけは押さえておきたい5冊をご紹介します。ハードボイルド小説ですが、とても文学的な趣もあり、読書家なら1度は読んでおきたい作家です。

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希代の作家、レイモンド・チャンドラー

レイモンド・チャンドラーはシカゴ生まれのアメリカ人です。子どもの頃イギリスに渡り、そこで学校を卒業し公務員としてイギリス海軍に就職。しかし仕事が合わないことを理由にして退職、それからはジャーナリスト、フリーライターなど職を転々とします。

第1次世界大戦をすごしたチャンドラーは生まれ故郷であるアメリカに戻り、そこで会計士兼監査役として石油会社に就職。副社長にまで昇進するもののトラブルを起こして解雇されてしまいます。

ですが、結果的にこの解雇が彼を小説と結びつけます。

大恐慌最中に解雇されてしまったチャンドラーは、自らの文筆の才能を信じ、独学で作法を会得。その後、当時ハードボイルド小説を掲載していたブラック・マスク誌にて中編デビュー。そして1939年に処女長編である『大いなる眠り』を発表します。
 

世界で最も有名な探偵のひとり、フィリップ・マーロウ

『大いなる眠り』から『プレイバック』に至るまでの長編小説の主人公に据えられたのが、かの有名なフィリップ・マーロウです。マーロウはホームズと並べ称賛される私立探偵キャラクターとして、世界中で知られています。

天才探偵であるホームズとは対照的に、マーロウはとても泥臭い探偵です。ホームズが扱う事件は彼の天才的閃きで万事解決してしまいますが、マーロウのスタイルはとにかく足で稼ぐこと。常に動き小さな調査をコツコツと積み上げて解決を目指します。

また、彼が取り扱う事件はどれもほろ苦さが付きまとい、ハッピーエンドとなることはほとんどありません。権力や金など、当時のアメリカに蔓延していた闇が影響し、犯人が自由なままで終わることもあります。

そういったアメリカの闇に苦悩しつつも、世を変えることはできないという諦観を持ち合わせるマーロウは、今でいうアメコミヒーローと通ずる部分があります。そういった点がアメリカ人の心に響き、人気を博したのでしょう。

フィリップ・マーロウを主人公に据えた長編は全7作あります。これからチャンドラーを読みたいと考えている方は、長編が出版された順(1作から2作目へというふうに)に読んでいくのがおすすめです。

今回の紹介も時系列順に並べておりますので、読む際の参考になればと思います。
 

 

私立探偵マーロウ、現る。

記念すべき長編1作目であり、フィリップ・マーロウという私立探偵の存在が知れ渡った作品でもあります。

大富豪に呼び出されたマーロウは、その娘が抱えるトラブルを解決してほしいとの依頼を受けます。そのトラブルを引き起こしている犯人は古書店を経営しており、マーロウはその古書店から捜査を始めますが……。
 

著者
レイモンド チャンドラー
出版日
2014-07-24


作品冒頭、大富豪を訪ねたマーロウは、邸宅に入るや否や女性(大富豪の次女)に誘惑されます。言葉で誘い、マーロウに向けて倒れ掛かってくる女性……世の男ならこれでクラッときてしまうはずなのに、マーロウは欠片も動揺せず、「ドッグハウス・ライリー」と適当に名乗り、遅れてやってきた富豪執事に向けて「乳離れをさせたほうがいい」と歯に衣着せぬ発言をします。

権力にこびずどんな状況でも動揺せず、減らず口を忘れぬマーロウは、まさにハードボイルドな探偵です。今作はそんなハードボイルドがたっぷり詰まった小説であり、ただの探偵小説という枠には収まらぬ文学的な雰囲気に包まれています。

フィリップ・マーロウの魅力とレイモンド・チャンドラーの抒情あふれる文章、そして繰り広げられる会話劇は、あなたの心をつかんで離さぬはずです。
 

 

彼女が愛したのは誰だ?

長編第2作目。ある依頼を失敗したマーロウが通りに佇むシーンから物語は始まります。依頼金をもらいそこねたことを気にする彼の目の前に、身長2メートル近い“ビール会社のトラック”のような男が現れます。

『さらば愛しき女よ』はこの男「大鹿マロイ」をきっかけとして始まった事件にマーロウが巻き込まれていく物語です。

冒頭の「大鹿マロイ」の異様である外見描写、そして“ビール会社のトラック”という、秀逸な例え……読者を静かに物語へと引き込んでいくチャンドラーの腕前は、素晴らしいものです。

著者
レイモンド・チャンドラー
出版日


調べを進めていくうち、マーロウはたくさんの人物に手を伸ばしていくのですが、その際のやり取りがとても面白く、飽きません。

マーロウは情報を得るためにあるホテルの黒人受付に話しかけます。

「聖書を読んで聞かせるかね。それとも、酒を買おうかね?」

「聖書は家のもののいるところで読むもんだ」と黒人は答え、マーロウが持ってきたウイスキーを一緒に飲み始めます。こんなに格好良く気の利いたやり取りが平然と繰り広げられます。まさにジャズセッションのようであり、チャンドラーの面白さを象徴するシーンです。

そして物語の方も、マーロウの元に別の事件が転がり込み、別の事件だったと思われた2つの件が絡み合っていく様はお見事としか言いようがありません。

マーロウだって無敵ではありません。今回は思い切り殴られ麻薬を打たれ監禁されるという一般人なら絶望してしまうような災難に遭遇しますが……やはり、その場面でもマーロウは一味も二味も違うことを示してくれます。

そして作品終盤に展開される、ある女の最後の決断は何ともほろ苦いものです。

作中全般通して作られる当時のアメリカの煙掛かった雰囲気と、詩的なレイモンド・チャンドラーの文体に引き込まれること間違いなしです。
 

 

メダルと女の行方。

今作の依頼人は富豪の女性で、マーロウは消えてしまったメダルを取り戻してくれという頼みを持ち掛けられます。

これがただのメダル探しで終わるはずもなく、メダルと関わった人間が、次から次に死体で発見されていきます。

そんな恐ろしい状況でも落ち着きを忘れぬマーロウは、死体の第一発見者であるというのに警察へ嘘をついたり、わがままな依頼者に対し媚びを売らねばならない場面でナイフのように鋭い言葉を投げつけたりと、相変わらずのマーロウ節を披露して苦難を切り抜けていきます。
 

著者
レイモンド チャンドラー
出版日


『高い窓』の魅力といえば、その登場人物の多彩さです。

依頼人である富豪の女性は「嫌な女」で、彼女に使える秘書は「繰り人形」。富豪の息子は「まともなダメ人間」であり、その一方で「善人すぎる」探偵が現れ、「猟犬」じみた刑事が介入してくるなど、チャンドラーの持つキャラクターの豊かさがこれでもかと詰め込まれているのです。

それぞれの登場人物も人間味に溢れており、「嫌な女」は喘息持ちで治療薬と称するワインを常に片手にほろ酔い状態であり、「繰り人形」は幸薄そうに描写され、主人の言うことならば何でも聞く様を披露しマーロウを呆れさせます。

人間のいいところばかりを描かないのがレイモンド・チャンドラーの特徴です。短所すらもしっかりと描くことで、登場人物がより人間らしく思えます。

そんなクセのある登場人物たちが織り成すミステリー、そしてやってくるラストシーンの一言「お前とキャパブランカ」が終わりの心地よさを感じさせてくれるこの1冊、フィリップ・マーロウがある女と別れるシーンなどなど、心に残る瞬間がきっと発見できるはずです。
 

灰色の肉塊の正体は。

この日マーロウは化粧品会社の社長の元を訪れます。その社長から依頼されたのは「行方不明になった妻の捜索」でした。

マーロウは早速妻が訪れた可能性のある、湖のほとりに立つ別荘へと向かいます。しかし、そこで見つかったのは、湖に沈んだ女性の水死体で……。
 

著者
レイモンド チャンドラー
出版日


いくつもの事件が重なりマーロウに絡みつき、そしてラストシーンへ向けて解けていくというレイモンド・チャンドラーらしいストーリー仕立ての『湖中の女』。

冒頭から読者を引き込むチャンドラーの手腕は健在で、化粧品会社の社長とマーロウが繰り広げる会話劇が面白いです。

最初はぞんざいな扱いをされていたマーロウが、持ち前の実直さと減らず口を駆使し、「気に入った、大いに気に入った」と堅物社長に言わせるまでに至ったプロセスは、小説序盤ながら心を引き込んでくれます。

もちろん、面白いのは序盤だけではありません。

次々に投入される怪しいキャラクター、そしてぽつぽつと浮かびあがる過去の事件……探偵小説に付き物の悪徳警官も介入し、物語は最後に驚きの展開を見せます。
 

ギムレットには早すぎる。

レイモンド・チャンドラーの作品で最も有名であり、名言がたっぷり詰まっているのが『長いお別れ』です。

マーロウが偶然助けた男、テリー・レノックス。1度ならず2度も彼を助けたマーロウは、彼とバーでギムレットを飲み合う仲になります。

そんなある日の夜、レノックスがマーロウ宅に転がり込んできます。ただならぬ様子のレノックスが語るところによると、彼の妻である大富豪が何者かに殺されたとのこと。そしてレノックスはメキシコに逃れようとしていて、マーロウの手助けを必要としている様子です。

マーロウは彼の無罪を信じ、逃走の手助けをするのですが、事件が明るみに出ると、警察の手がマーロウに及びます。しかし、マーロウは権力に屈することなく、友人を守るために反抗した結果、取調室で起こりうるあらゆる災難に遭います。

そんな折、レノックスがメキシコで自殺したという連絡が入り、そして釈放されたマーロウの元へ「ギムレットを飲んだら僕のことはすべて忘れてくれ」としたためられた手紙が届き……。
 

著者
レイモンド・チャンドラー
出版日


『長いお別れ』で注目すべきなのは、物語全体に漂う無力感です。マーロウは友のために警察に反抗したわけですが、レノックスの自殺という事実を前に、無力感に打ちひしがれます。真実を探ろうにも、レノックスの一件は妻の父である権力者に握りつぶされており、簡単に手を出せる状態ではありませんでした。

確かにマーロウは凄腕ですが、世界を変えられるわけではありません。権力をひっくり返すことはできないと自覚し、できうる範囲の中で最善を尽くしているだけにすぎないのです。チャンドラーの詩的な文体で描かれるそんな無力な彼の姿が、読者の心を魅了します。

酒におぼれた売れっ子作家とその美人妻、裏社会の犬と億万長者、裏のある医者と、カウボーイ姿の患者……レノックスの事件と並行して展開される別の事件が複雑に関係し合い、すべてをかき分け真実へたどり着こうとするマーロウの姿がとても読み応えのある1作です。

「さよならをいうのはわずかの間死ぬことだ」

この言葉を胸に置き、ラストシーンへたどり着いてください。素晴らしい読後感が待っています。
 

今回の紹介では長編5作目の『かわいい女』と最終作『プレイバック』には触れておりません。ひとまず今回紹介した5冊を読み、レイモンド・チャンドラーが気に入ったようであれば手を出していただけると読みやすいと思います。

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