なんとも不思議な魅力を持った作品の多い川上弘美の小説は、独特の時間の流れの中でストーリーが進んでいきます。ここではそんな個性的で素敵な魅力溢れる、川上作品をご紹介していきます。
1958年、東京都に生まれた川上弘美は、小さい頃から児童文学が好きな読書家な子供でした。大学時代はSF研究会に所属し、SFの出版社でアルバイトをしていた時期もあるんだそうです。
1994年『神様』が第1回パスカル短篇文学新人賞を受賞しデビュー。1996年には『蛇を踏む』で芥川賞を受賞しました。その後も数々の文学賞に輝き、2016年、『大きな鳥にさらわれないよう』で泉鏡花文学賞も受賞しています。
著者本人によると、短編には長さ的に満たないエッセイとして書き連ねた著作集です。大人の恋の思い出についてのエッセイ作品が集められています。
大人の恋には、当然ながら別れもありますし、長い付き合いの中にはマンネリや浮き沈みなどもあるわけです。なかには、同性同士の恋愛感情などが発生するケースはあります。
また、はっきり「恋愛」というステージには至らない、かといって「友情」という状況よりはもう少し踏み込んだ感情を持つ状態もあるのです。そういった恋の思い出を中心にまとめられています。
実際の恋愛にはどちらかが正しくて、どちらかが正しくないといったくっきりとしたものは少なく、そのあたりの機微を淡々と表現されているのです。「愛している」、「好きだ」といった情熱的な言葉ではなく、好きな気持ちや、好きだったのに好きではなくなってしまった気持ちを川上弘美独特の表現で描いています。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
- 2009-11-13
表現は淡々としていても、取り扱っている話題は多彩です。48歳の不倫を描いた「ネオンサイン」や、他人に尽くしてきたある日、突然3日間の愛人になってしまう「かすみ草」など、激しくなにかに突き動かされて行動してしまう主婦の気持ちを大胆に描いている作品もあります。
表題作「ハズキさんのこと」は、教員をしていた頃の同僚であるハズキさんとの関係を描いた作品です。何かと居酒屋で杯を重ねて、学校運営や恋愛事情、単なる酔っ払い話題を重ねる関係でした。ハズキさんの失恋をきっかけに行った宴会では、とうとうお互いに対する恋愛感情のようなものを吐露するに至ります。結局何もなかったわけですが、数十年経ちハズキさんのお見舞いに行くときに思い出すのでした。
女性からみた恋に関する話題が中心の短編集です。主人公が好きになった、振られたといった情熱的な恋愛モノではありません。誰かが誰かを好きになったり、振られたり、つらい目にあった時の、一緒にいた時の気持ちであったり、そんなことを散りばめた作品集です。
「染谷さん」はいんちき霊感商法の商品として売る石を毎日河原で拾っている染谷さんの話です。自称霊媒師の彼女は毎日の生活に疲れているわたしの気持ちを見抜いているかのように、「割りなさい」といって生卵のセットを渡してくれます。「わたし」は卵を割るにつれ、だんだんと興奮してきて、割り終わった後には痛快な感じになるのです。
表題作「パスタマシーンの幽霊」は、彼氏の家にあるパスタマシーンに女の影を感じ取った「あたし」の話。でもそれはばあちゃんの形見だそうです。そして死んだ後も出てきて次々パスタを作ってくれるといいます。「あたし」は彼氏の家に行かなくなり、連絡も来なくなったので、別れることしました。その彼氏と別れて半年後、「あたし」の家にばあちゃんが出てきたのです。そして料理を教わります。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
- 2013-05-27
その他、急にモテるようになって複数の人と身体を合わせるようになったけれど、彼らの名前を万年筆で試し書きしてときめかないことに気づいた話。都合のよい女として扱われていることをはっきりと指摘してくれるゲイの友達の話など、切り口が多彩な物語が満載です。
きれいな恋愛話だけではない、女性の複雑な気持ちを川上弘美が淡々と素直に表現しているところに共感が得られるのでしょう。
さよと仄田くんは小学4年生です。
さよはお父さんとお母さんが離婚してお母さんと2人で暮らしています。お母さんのお手伝いをきちんとするしっかりした子です。
仄田くんもお父さんとお母さんが離婚して、こちらはお父さんとおばあちゃんと暮らしています。物知りですが、弱々しくクラスには友達はほとんどいないのです。
街の図書館で、さよは不思議な本に出会います。それが「七夜物語」です。「七夜物語」は最初に本棚から手に取ると、びりっとします。読んでいるときはとても面白いのですが、本を閉じると中の内容は一切覚えていないのです。
さよと仄田くんが一緒にいるときに、「夜」が始まります。それぞれの「夜」は家事の大切さだったり、「自立」の必要性だったり、「物を大切にする心」だったりするのです。そんな七つの「夜」を経験し、しっかり者だったさよは、より自立した少女に成長し、弱々しかった仄田くんは自分から友達に入っていける少年へと成長します。
- 著者
- 川上弘美
- 出版日
- 2015-05-07
それぞれの「夜」で2人の少年少女はもがきながら、さまざまなことを考え、苦しんで「夜」の課題をこなしていきます。一筋縄ではいかないそれぞれの試練の描写が、本作品に苦みを効かせ、物語として深みを加えているのです。
「七夜物語」を全て体験し、物語も読み終えたさよと仄田くんの2人はそれぞれ大人への階段を上りだし、友達関係や親との関係を少しずつ変化させていきます。
“これでよろしくて?同好会”に参加する、年齢も職業もばらばらの女性たちが繰り広げる、軽快なトークが魅力の作品です。
主人公・上原菜月は38歳の主婦で、子どもはいませんが毎日家族のために頑張っています。ある日、結婚前に付き合っていた男性の母親にばったりと再会し、“これでよろしくて?同好会”に誘われます。
菜月は躊躇しながらも同好会に参加することになりました。そこは、日常のあれこれについて毎回様々な議題が取り上げられ、集まった女性たちが議題についてのトークを繰り広げる不思議なサークル。菜月はこの同好会を通して、自身が抱える嫁・姑問題に答えを出すことができるでしょうか。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
- 2012-10-23
こんな同好会があったら、女性なら誰でも参加してみたいと思うはず。同好会メンバーのおしゃべりはとても面白く、大人の女性が共感できる内容が多々あることでしょう。
川上弘美の不思議な魅力をそのままに、日常をリアルに描いた女性におすすめの作品になっています。
主人公・ニシノユキヒコの、中学生から五十代までの恋愛遍歴が書かれた物語です。
ルックスが良くて仕事も出来て、女心が手に取るようにわかる天性の女たらし、ニシノユキヒコ。女性の望んでいることを、心の奥深くからすくい上げてしまう、出会った女性たちはそんなニシノにすぐ魅了され関係を持ちますが、なぜか最後には皆ニシノの元を去っていきます。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
- 2006-07-28
ニシノが少年の頃、姉が幼い子どもを亡くし、悲しんでいる姿を見てニシノは姉を慰めます。ニシノが初めて女性に対して「与える」ということをした出来事で、女性の心を読み、与え続けるニシノの原点になります。
そんなニシノから、なぜ女性たちは去っていくのか。ニシノと交情を持った10人の女性たちがニシノの思い出を語ります。恋に落ちたきっかけ、そしてニシノの元を去ることになった理由。そこには、女性を魅了しながらも、心から愛することができない、ここは自分の居場所ではないのではないかというニシノの苦悩が感じられます。
本当の愛、自分の居場所、そんなものを探し続けているうちに、いつの間にか「女たらし」と言われる程の女性遍歴を重ねることになったのではないか。それがニシノの冒険であり、恋であったのかなと感じます。
優しい空気感漂う23編の恋愛短編集。自分の中にそっと閉じ込めておきたくなるような物語ばかりです。中でもおすすめの3編をご紹介します。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
- 2011-02-26
「びんちょうまぐろ」は上司と不倫関係にあるアユと、その友人ユキのお話。大人になるとあからさまに本心を口に出すことが少なくなるかと思います。交わす言葉の中や、表情の中に本心を隠したりするのではないでしょうか。ふたりの絶妙な距離感からなる会話には、そういった本心の部分が見え隠れします。大人の友情が描かれていてとても面白いです。
「桃サンド」は女の子が女の子を好きになります。どろどろした感じは全くないので読みやすい物語です。刺激的なことでもさらっと書かれていて、“同性に対する恋愛感情”というテーマですが違和感なく読めるでしょう。むしろ、少しきゅんとする場面にも出会えるはずです。
そして主人公がひたすら恋人に“あいたい”切ない気持ちを描いた「コーヒーメーカー」。ここに登場するおかまの友達修三がとてもいいキャラクターです。恋愛相談の助言が的確でこんな友達がほしいと思わせてくれます。
ここにご紹介した3編以外もとても素敵なお話ばかりです。急に彼に誘われ奈良に行くお話や、“籠おばさん”なる心の支えに出会うお話。大きなハプニングが起きるわけではなく、日常で誰しもに訪れるような波が描かれています。そのどれもが優しい雰囲気に包まれていてさらさら読める内容になっています。そして読んだ後は何かを得たような気持ちになるでしょう。ぜひ一度この作品のやわらかな空気感に触れてみませんか?
不思議で不気味でなぜかあたたかい、なんともシュールな世界観で描かれている作品です。人気イラストレーターの山口マオがカラーイラストを担当しており、川上弘美が綴る奇妙な世界をより魅力的なものにしています。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
- 2001-04-25
著者が実際にみた夢をモチーフに描いたというこの作品は、日記調に物語が進み、合間には季節感を感じさせるこれまた不思議な短編が挟み込まれています。読者は不思議の国のアリスよろしく、どんどん普通じゃないことが普通な世界にはまり込んでいくことでしょう。
巨大モグラや鳥と会話したり、子供と一緒に冬眠したり、乳房や指の数が増えてしまったりと、かなり妙な出来事が淡々と普通に描かれていて、ついついこちらまで不思議な世界の住人になったような気分になります。
気軽に読めてなぜか癒され、クスクス笑ってしまうような心地よい作品になっています。あなたもぜひこのクセになる世界に、足を踏み入れてみてはいかがでしょうか。
主人公・ヒトミのバイト先である中野商店を舞台に、不器用な恋愛模様や大人の友情を描く長編小説で、川上弘美の魅力がぎっしり詰まった傑作になっています。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
- 2008-02-28
中野商店は古道具屋です。扱っている商品が、骨董ではなく古道具だというのが面白いところ。中野商店の人たちはとにかく個性豊かで、訪れるお客も一風変わった人ばかりです。
店の主人である中野さんはとにかく女性にだらしなく、中野さんの姉・マサヨさんはどこか世間とずれていて、店員のタケオはなんともつかみどころのない青年。この3人にヒトミを加えた中野商店の人々の物語です。
ヒトミとタケオの、進みそうで全く進まない恋愛模様がもどかしく、それでも2人のぎこちない会話には微笑ましさを感じます。
奇妙ですが、あたたかくて心地よい中野商店の空気感は、読んでいて幸せな気分を与えてくれ、ラストはちょっぴり切なさも感じる作品になっています。
第1回パスカル短篇文学賞を受賞した表題作を含む、9編のストーリーが収録された短編集です。
- 著者
- 川上弘美
- 出版日
- 2001-10-01
表題作「神様」は、主人公の“わたし”が“くまに誘われて散歩に出る”お話です。くまがわたしの住む部屋の3軒隣に引っ越してきた、という川上弘美独特の不思議な面白さが漂う物語で、川で魚を取ったり一緒に昼寝するなど、のんびりとした1日を過ごします。
その他、梨園でアルバイトする“わたし”が、梨を食べる3匹の得体の知れない何かと出会う「夏休み」や、“わたし”の前に度々現れる、5年前に死んだ叔父とのやり取りを綴る「花野」、河童から恋愛相談を持ちかけられてしまった「河童玉」など、幻想的な物語が続いていくのです。
とてもへんてこなお話のはずなのに、なぜだか違和感なく読めてしまう、川上弘美の異彩を放つ短編集になっています。
川上弘美の代表作となるこの小説は、2001年に谷崎潤一郎賞を受賞し、ベストセラーとなりました。2003年には小泉今日子主演でテレビドラマ化もされ、たいへん話題になった作品です。
主人公・大町ツキコは37歳。よく行く駅前の飲み屋で、高校時代の国語の恩師・松本春綱と再会します。声をかけられましたが、ツキコは名前が思い出せずそれをごまかすため“センセイ”と呼びかけたことをきっかけに、“センセイ”“ツキコさん”と呼び合うことになります。30程も歳の離れたふたりですが、それからというもの度々飲み屋で交流するようになり……。
- 著者
- 川上 弘美
- 出版日
- 2004-09-03
様々な酒の肴とともに、お酒を飲むふたりの描写がなんとも美味しそうに描かれていて、ついついお酒が飲みたくなってしまいます。ゆったりとふたりの時間は流れ、センセイとツキコの“正式なおつきあい”が始まることになるのです。
センセイに甘えるツキコがとても可愛く、淡く切なくあたたかいふたりの恋が描かれています。ですが、まるでぬるめのお湯の中を漂うような、愛おしい日々には必ず終わりがくるものです。ラストは胸にこみ上げてくるものがあり、涙腺の緩む結末が待っていて、大人の女性にぜひおすすめしたい作品になっています。
川上弘美のおすすめの文庫本をご紹介しました。どの作品も、静かで心地よい文章がとても魅力的です。気になる作品があれば、ぜひチェックしてみてくださいね。