児童文学を中心に、エッセイや時代小説など、幅広い作品を世に送り出す人気作家、あさのあつこ。ドラマや映画、漫画にアニメなど、メディアミックスも多くされている作品群を紹介します!
あさのあつこは、岡山県の図書館もない自然の中で生まれ育ちました。自宅にあった小説を読み、文学の面白さに目覚めるものの、作家を志したいという夢は胸に秘めたまま、大人になります。青山大学文学部卒業後は、小学校の臨時教諭として働き、結婚後は医院受付と医院事務をしながら、3人の子供を育てました。
転機が訪れたのは、末娘が保育園に入り、自由時間ができたことで執筆の時間を得られるようになった、36歳の時です。日本同人協会「季節風」に掲載された『ほたる館物語』が出版され、37歳で作家デビューを果たしました。
作家としては異色の経歴を持つ彼女ですが、多数の著作を執筆しています。1996年に刊行された『バッテリー』は、児童文学では異例の1000万部を超えるベストセラー作となり、野間児童文芸賞、日本児童文学者協会賞などを受賞。少年少女向けを中心に、一般小説も多数刊行されています。
著者見本で本が届いた時には夢のようで、本を抱き、部屋中を飛び回り、「これで死んでもいい」と泣いて喜んだそうです。作品にとどまらず、全く別の人生を歩みながらも作家への夢を諦めなかった生き様は、多くの読者に感動を与えています。
夏の甲子園を目指して高校野球の地区予選を勝ち進んできた県立采女高校は、過疎の町にある地元唯一の県立高校です。初めての甲子園を夢見る地元住民の応援を受け、鴻山真郷はバッターボックスに立ちます。しかし状況は九回の裏ツーアウト、ランナー無し、すでに相手に4点差をつけられた絶望的な状態の中、真郷はこれまでの自分を回想するのでした。
中学時代の3年間をピッチャーで四番打者、常にチームのエースとして活躍してきた真郷には高校からのスカウトもありましたが、父を亡くし母子家庭だったこともあり地元の高校に進学します。そして高校2年の時に肩を壊しピッチャーを辞めるのですが、真郷は肩を壊す以前から自分の野球の才能に限界を感じていたのです。ただ野球が好きで野球をすることが楽しかった少年は、努力だけでは突破できない壁を知り、自分の才能では超えられない山があることを思い知らされ、心に鬱屈を貯めていきます。
- 著者
- あさの あつこ
- 出版日
- 2010-06-25
物語はその後、野球が大好きな少女、かつて野球少年だった中年男性、野球選手を夢見ていたのに死んでしまった少年の母親などを主人公にした話が描かれますが、全ての主人公は何らかの形で野球に関わりをもっています。
人は野球に限らず様々なスポーツ、または勉強や仕事や人間関係といった経験を通して、自分の思い通りにならないことや失敗すること、努力してもどうにもならないことに突き当たり、挫けたり悩んだりします。また周りの誰かと自分との比較によって傷つくこともあるでしょう。そのような誰にでもある様々な経験を「野球」と「甲子園」という分かりやすいビジョンに絞ることによって、読者には登場人物のそれぞれの人生がより鮮明に想像できます。
そして物語は最後に再び真郷の立つ球場へと戻ります。全ての物語を読んだ後、たとえ野球を知らない読者でも爽やかな感動につつまれ、きっと胸が熱くなることでしょう。
川そばで発見された、小間物問屋「遠野屋」の新妻の溺死体。事件を追う北定町廻り同心・小暮信次郎は、残された女の字の書きつけと、添えられていた朝顔の種から、十年前、三人が一太刀で斬り殺された事件と朝顔がつながっていることに気づきます。遠野屋で続く騒動と、過去の殺しの核心を、信次郎はその下で働く岡っ引きの親分・伊佐治と共に追っていくのでした。
- 著者
- あさの あつこ
- 出版日
- 2008-08-07
ミステリーでも、時代小説でもある本シリーズ。特に、小暮信次郎という、異能の同心(江戸幕府の下級役人)のキャラクターが魅力的です。信次郎は切れ者すぎて、あらゆるものが見えてしまうため、退屈でしかたない日々を過ごしています。退屈のあまり、平気で人の感情を傷つる言葉をずけずけと口にしながら、そういう自分をもてあましているのです。
信次郎と、彼の危うさを見守り、ときに縁を切りたくなりながらも手助けする伊佐治。そして、父親に刺客として育てられ、政敵を何人も殺めていた過去を持つ遠野屋の主人清之介。彼らを中心に、様々な事件が起こるシリーズとなっています。
物語の主人公は、「地域のダストボックス」と呼ばれる落ちこぼれ高校に通う、3人の17歳の高校生である、理穂、美咲、如月。
お利口さんでいい人ぶると評されており、「おれたち、やっぱ合わないと思わない?」と誕生日の前に振られてしまった理穂。野球部のレギュラーで甲子園出場に近い、出来のいい兄と比べられる如月。生まれた時から体が弱い美咲の、同情されたくないからこそ出る皮肉や不遜な言葉の鋭さ。登場人物の葛藤と矛盾に、ああこういうふうに思うよなあ、こういうことってあるよなあ、と心を揺さぶれること間違いなし。十代にこそ読んでほしい作品です。
- 著者
- あさの あつこ
- 出版日
「あたしたちの前には、長い長い時間がある。それなのに、今しか着れない浴衣も、今しか感じられない歌も、今しか愛せないものもある。今だけがよければいいなんて、思わない。でも、過ぎていく時を惜しむことも、これから来る時に怯えることもしたくない。したくないのだ。」
その歳の、その瞬間にしかない感覚が存在する、いつか失われていくと自分でもわかっているからこそ眩しい思春期が詰まっています。
中学二年で転校してきた訳ありの生徒である瀬田歩は、クラスメイトの秋本貴史に「俺と付き合ってくれ」と告げられます。それは一緒に漫才のコンビを組んでくれという申し出であり、歩は秋本に強引に漫才コンビを組まされるはめになるのでした。
歩は、中学一年生の一学期に、学校での生活の疲れに押しつぶされるようにして、学校に行けなくなってしまいました。そのままずるずると二学期も休もうとする歩を激しく叱る父。それをなだめようと父を連れ出した姉。二人は、そのまま自動車事故で帰らぬ人になってしまいます。
- 著者
- あさの あつこ
- 出版日
歩は二人が死んだのは自分のせいだと思っており、父が残した「みんなが普通にやっていることをどうしてお前はできないんだ」という言葉にとらえられます。歩は、「普通であること」に固執し続け、自分に自信が持てず、普通であることの線の上を踏み外さないよう俯いて歩く少年でした。
そんな彼に、まっすぐ向かっていく存在が秋本なのです。最初に歩を見た時から、相方にしたいと決めていた秋本の言葉や、笑いで人を喜ばせたいと願う秋本の心が、頑なだった歩を少しずつ変えていきます。
少年の信頼と再生していく心を描いた、爽快な作品です。
誰かの力を借りなくても、自分は最高のピッチャーになる。信じているのは自分の力である。己の実力を強く信じる、天才ピッチャーの原田巧。巧は岡山県に引越し、キャッチャーの永倉豪と運命の出会いを果たします。
巧は誰もが認める圧倒的な才能を持ち、プライドが高く、その自信を全く隠そうとしないため、周りと衝突することが多い性格。豪は、そんな巧の圧倒的な実力だけでなく、その内面も誰よりも理解する存在となっていきます。
- 著者
- あさの あつこ
- 出版日
- 2003-12-25
巧は、その実力から、試合中にどうしようもないピンチに出くわした経験がありません。しかし、それがいざという場面での心の弱さにつながることを、豪は見抜いているのです。巧にだって弱点はあるのだから、それを自分たちがカバーしていかなくてはならない、いつまでもすごいと感心ばかりしていられないのだ、と考えます。
豪は巧の対等な存在、バッテリーとして、巧にとってたったひとりの最高のキャッチャーだと心底わからせてやる、と闘志を燃やしていきます。
豪という理解者とバッテリーを組んだことや、今までになく本音で家族と語り合ったことなどを経て、巧の頑なだったプライドは、少しずつ変化していきます。一人ではできない、巧にとって本当の野球が始まるのです。
ピッチャーとキャッチャーという、二人で一つである役割を通し、少年たちの心の動きや成長が丁寧に、鮮やかに描かれている作品シリーズとなっています。
世界大戦により、地球のほとんどの地域が人の住める環境ではなくなった世界で、人々は、かろうじて人の住める場所に6つの都市を作り、暮らしています。本作品は、「NO.6」と名付けられた未来都市を舞台に展開される、SF小説です。
管理された環境と生活、医療・教育などが発達した街は理想都市、聖都市とも呼ばれています。その中でも選ばれしものだけが住むエリアで、2歳の時から最高ランクのエリートとして育てられた紫苑は、12歳の誕生日の夜、「ネズミ」と名乗る少年と出会うのでした。
矯正施設から抜け出してきた、傷だらけでずぶぬれの小柄な少年ネズミを、紫苑はかくまい、手助けします。それにより、NO.6に従順でないと見なされた紫苑は、特別待遇の資格を剥奪され、ある事件の濡れ衣を着せられることとなります。NO.6を憎むネズミとともに逃亡しながら、このどこかおかしい世界「NO.6」の真の姿は何なのかという真実を、2人は追い求めていきます。
- 著者
- あさの あつこ
- 出版日
- 2006-10-14
狡猾でたくましく、目的のためには手段を選ばないネズミと、お坊ちゃん育ちで温厚、お人好しの紫苑。全く違う環境で育ち、性格も異なる2人ですが、共に時間を過ごしていくうちに、どんどん惹かれあい、お互い大切な存在になっていきます。
ネズミが侮辱されたり、傷ついたりすれば、我を忘れ、必死にネズミを守ろうとする紫苑。自分より弱く、守るべき対象だと思っていた紫苑の中にある芯の強さに驚き、恐れを感じながらも、「紫苑は紫苑のままでいてほしい」と言うネズミ。
近未来の世界の作り込まれた世界観や、その仕組みの謎を解き明かしていく展開も見どころの一つですが、登場するキャラクターたちや、変化していく関係性が魅力的な作品です。