芥川賞作家羽田圭介のおすすめ小説ランキングベスト6!

更新:2021.11.24

近年の芥川賞といえばお笑い芸人の又吉直樹が『花火』で受賞したことが話題となりましたが、同時に一躍脚光を浴びたのがこの羽田圭介です。高校生でデビューしたという羽田は芥川賞の『スクラップ・アンド・ビルド』以外にも多くの作品を残してきました。今回はそんな羽田圭介のおすすめ作品をご紹介します。

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若くして花開いた文筆家、羽田圭介

1985年、羽田圭介は埼玉県に生まれました。幼い頃から教育熱心な両親に育てられ、有名私立中高一貫校を経て、高校在学中に当時最年少で小説家デビューを果たし、明治大学へと進みます。文化人として華々しいモラトリアムを送ることになったのですが、意外なことに小説家になるきっかけというのが、なんと中学受験にありました。

ある時から小学生の羽田圭介は、文章力向上の為に新聞記事の要約をするように母から言われ、それを始めてみたそうです。初めはなかなかうまくいかなかったものの、気づくとコツを押さえて小気味のよい文章を書けるようになっていました。母からも褒められるようになった羽田は、自分の文才を信じるようになり、文章を書くということに興味を覚え始めたのでした。

小説家を強く意識したのは、高校生の時に綿矢りさがデビューした記事を新聞で読んでから。そろそろ自分も書かなくちゃ、と思って執筆をはじめ、17歳の時に『黒冷水』で史上最年少の文藝賞を受賞するのです。

大きく話題になったのは、2015年の『スクラップ・アンド・ビルド』で芥川賞を受賞してからです。同時受賞のお笑い芸人・又吉直樹に負けず劣らず話題となり、持ち前のユニークな発言と人となりで文学界だけでなくお茶の間もわかせることになりました。小学生の頃に確信した文才と想いはホンモノだったのです。

羽田圭介作品の特徴としては、リアルに忠実だということが挙げられるでしょう。叙述性や文体といったよりもむしろ、現実世界を鋭い視点から切り出してそれを鮮烈に描き出す筆力が作者の魅力です。また、自分の身の回りに起こる物事や趣味を通してみる景色を作品に落とし込んでいるのも特徴的です。

6位:動いているけれど死んでいるもの

編集者の須賀は作家Kと会うために渋谷に行き、大勢の人間が行き交う駅前で1体の「ゾンビ」を発見します。周囲の人間もゾンビだと認識しますが、誰一人として怖がる者はなく、のろのろと歩くゾンビを遠巻きに眺めたり避けて通り過ぎたりする中、須賀も早々にゾンビの脇を通り過ぎ、何事もなかったかのように待ち合わせ場所の喫茶店に向かうのでした。

須賀から見たKは、かつては新人賞を受賞したものの今ではどこの出版社からも相手にされていない、作家としては「死んでいる」存在です。しかしKは、自分は出版業界の中で「まだ生きている」と思っています。話を終えて窓の外を見た2人は、先程のゾンビが通行人の女に噛みつく瞬間を見るのでした。

著者
羽田 圭介
出版日
2016-11-15

物語は編集者の須賀、小説家のK、Kと同時に新人文学賞を受賞した作家の理江、文学賞に応募しては落選を繰り返す小説家志望の南雲晶、区の福祉事務所のケースワーカーの新垣、女子高校生の希を中心に進んで行きます。 
 

Kはゾンビをネタにした文章を書くことで再び注目を集めるようになり、理恵はゾンビに家を襲われ、新垣は自分の職場で生活保護申請を却下された人々が続々とゾンビになっていく現状に苦しみ、ゾンビに噛まれたのになぜかゾンビ化しない希と共にゾンビの隔離地帯で暮らし始めます。そして須賀の周囲には生前そのままの生活を続けるゾンビたちが現れ、南雲はゾンビがいないと噂される北海道へ家族と共に向かう途中1人はぐれてしまい、たどり着いた先で異様な光景を目にするのです。

最初は少数だったゾンビは日を追うごとに増え行動範囲を拡大し、人間社会を浸食していきます。ゾンビのいない場所を探し求める者、数人で立てこもる者、自分だけ助かろうとする者、愛するものがゾンビになってしまった者、物語はゾンビ映画そのままに進行するのです。

では本作は既存のゾンビものと何が違うのか、そう思った人は既に羽田圭介の術中にはまっています。誰もが知っている「ゾンビ」、この共通認識こそが物語の鍵なのです。また、「K」というイニシャルのみで語られる作家は羽田圭介本人を連想させ、描かれる出版業界の話は作者の実体験かのように思わされます。様々なトリックが張り巡らされた本作は読み進むほど読者の想像を裏切り、意外な結末に驚かされるでしょう。

5位:人の顔を見続ける男の目に映るものとは

とある捜査にあたる警察官の犯人捜査始終を描き出した警察小説です。一時期、警察小説が流行し、多くの作家が書き下ろしましたが、その中でも本作品は一線を画す内容となっています。

まず、主人公の立場が独特。治安を守り、悪を排除するというまぎれもない警察官の一人なのですが、その仕事というのが「見当たり捜査」というものです。聞き覚えのあまりない職種ですが、容疑者の顔を記憶して見つけるというのが彼の仕事のキモなのです。主人公は一度見た顔を忘れることがないという特殊能力を持ち、毎日街を行き交う100万人の人の顔を見て、容疑者の発見に勤しむのです。

考えてみれば、来る日も来る日も同じような場所で流れていく人の顔を次から次へと見ていく作業というのは、なかなか大変なことでしょう。見つかるかどうかも分からない人間の顔を探しながら都会の砂漠をさまようのですから。しかも、彼らには1ヶ月1人逮捕という半ばノルマのようなものまで課されているのです。常軌を逸した日々の任務の中で、精神力が擦り切れていく音が聞こえてくるようです。

そして、ある時ついに新宿の街角で容疑者と思しき人物を発見することに。何か月も同じ人物を探し求めていた彼の心情たるや、いかばかりなものでしょう。嬉しさ、達成感、焦り、恐怖と様々な想いを胸に主人公は犯人を追いかけます。しかし、そうそううまくはいかないようで彼は大きな過ちを犯してしまうことになるのです。

 

著者
羽田 圭介
出版日
2014-10-09


「見当たり捜査」という任務の特殊な精神世界に身をやつす主人公、そしてある過ちを犯してしまい新たな緊迫感に襲われるその姿は、読む人の心をしっかとつかんで離さないものがあります。冒頭から結末まで、震えるような緊張感をたたえており、今までになかった警察小説といえるでしょう。

また、そのような警察事情に通じた話だけでなく、彼の能力ゆえの悩みなども読ませるところです。無数の顔を記憶するために自分の顔や彼女の顔まで真贋を見極めるようになってしまう場面などは、哲学的なものすら感じさせませす。

羽田圭介自身も「エンタメ性と文学性をうまく融合させることができた」と語る本作品。「見当たり捜査」という一風変わった一面から人間性を切り取った面白い一冊です。

4位: ひたすらに、ひたすら北へ、走る僕

2008年に芥川賞の候補作になった本作は、爽やかな読了感を残してくれる自転車青春小説です。

主人公は本田といういたって普通の男子高校生。電車で離れた学校に通い、授業を受けて部活に出て友達や女の子とも遊ぶという何の変哲もない日々を送っていたのですが、あるものを発見することで、彼の生活に衝撃的なエピソードが刻まれることになります。

そのあるものとは競技用の自転車、いわゆるロードレーサー。自宅の物置から発掘したロードレーサーに乗ってみるや、そのスピードと疾走感に憑りつかれてしまうのです。

ある日の朝練を終えて飲み物を買いにコンビニへ出た主人公は、授業などそっちのけでロードレーサーにまたがり走り出します。一時間目をサボるだけのつもりが、気づけば途方もない所へ。彼は気の向くままに北へ北へと自転車を走らせます。衝動的に走り出した1週間にも及ぶ突然の自転車旅行の中で、彼は何を思ったのでしょうか。

 

著者
羽田 圭介
出版日
2010-11-05


高校生という自分の世界が少しずつ開けてくる時期もあって、主人公のみずみずしい若さが全体にわたってほとばしっており、その姿はなんとも新鮮で爽やかさに満ちています。

また、本作は作者の姿を強く描き出すものでもあります。実は羽田圭介自身、少年時代に自転車に乗って果てしない旅をしたことがあるらしく、自転車への興味がとても強かったそうです。一時期はロードレーサーとして実業団で活躍することも夢みていたとのこと。自身の体験や思ったところも相まって、主人公が実に活き活きとしています。

本作の一番のポイントとしては、自転車で遠くに行くというそれ自体に作者が意味を見出している点です。

羽田圭介は、「単純に出会いや旅を通じて成長するような物語にはしたくなかった。(略)それなら、現実のままシンプルに、走るってことだけを書こうと思ったんです」と語っています。作中でも、1週間のうちに旅先で誰かに出会ったりするということはなく、他者とのつながりといえばケータイのメールだけ。しかし、そんな大きく隔絶された彼の自転車世界だからこそ、主人公の内面が浮き彫りになるものかもしれません。

作者のそのままの姿が主人公に重ね合わせて見えるような、みずみずしさに溢れた作品です。

3位:人はいかにして生き、死ぬべきか

芥川賞を受賞し、羽田圭介を世に知らしめることになった記念すべき一冊です。

ところで『スクラップ・アンド・ビルド』とは、建築業界の用語で古くなった建物を取り壊し、新たな建築に置き換えることを言いますが、本作のタイトルは何を意味するのか。それは、ある青年と老人の姿から映しだされます。

主人公の健太は無職ながら、転職のための勉強と就職活動、そして筋トレに励む青年です。どうせ家にいるのだから、ということで介護が必要となった祖父の世話を自宅で見ることになります。

近いうちに死にゆくであろう祖父と、面倒を見ながら自分の将来へ向けて動く主人公。その姿は、終わりを迎えようとする者と始めようとする者がはっきりと対照的で、まさに「スクラップ・アンド・ビルド」の関係にあるといえます。

物語のみどころは、このふたりの関係ややり取りから現代の諸相が浮かび上がってくるところです。やがて迎えるであろう超高齢化社会と、それを支える介護医療の現場、と日々テレビや新聞で目にすることの多い日本の社会問題が本作品では浮き彫りにされています。そして、作者はこのリアルを時に写実的に文章として、ひとつの物語に仕立て上げました。

口では「死にたい死にたい」と往生を願うも、かといって心底そう思うのではなく生に執着する祖父の姿。「じいちゃんは死んだ方がよか」と祖父に言い放つも、介護をする自分と受ける祖父の姿に言い知れぬ思いを抱える主人公。人間の、そして世代の「スクラップ・アンド・ビルド」はそう一筋縄ではいかないことを物語るお話です。

 

著者
羽田 圭介
出版日
2015-08-07


「最近は映画や演劇ですら、目に見える結果を求められ、わかりやすい極論ばかりがはびこる中、小説はそこから弾き出された余剰なものも表現できる最後の砦だと思うんです」

作者が芥川賞を受賞した時のコメントです。本作品を執筆することで、作者は小説というものの力を確かめたかったのかもしれません。死にゆく者と生きる者の密接な生活から、社会問題と生きることについてを描き出した作者渾身の一作です。

2位:高校生だった羽田圭介が描く人間のダークサイド

高校生の時、羽田圭介は本作品で小説家の道を歩み始めました。17歳で文藝賞を受賞するのは当時としては史上最年少だったこともあり、衝撃的なデビューとなったのです。

物語はある兄弟の確執を描いたものになっています。男兄弟たるもの、喧嘩をすることもしばしばかもしれませんが、この兄弟の変わったところといえばひたすらに陰湿なところでした。ふとしたことから兄の机をあさるようになった弟、そしてその姿を監視して追い詰めていく兄。その光景はまるでアメリカとロシアの冷戦のようです。直接相手に攻撃するわけでもなく、互いに間接的に痛めつけていく兄と弟。果たしてこの確実の結末やいかに……。

 

著者
羽田 圭介
出版日


非情にダークでドロドロしたその世界観は、17歳の高校生が書いたものとは思えずに選考委員や読者を驚かせました。この話を実話だと思わせてしまう作者の文才は末恐ろしいと多くの人が絶大な評価をしています。

「家庭内ストーキング」というちょっと変わったテーマが本作品の軸となっています。確かに、多感な時期にある高校生は誰にも言えない秘め事を抱えたり、他人が非常に気になったりするものです。その不安定な内面性と、兄弟という非常に近しい関係の融合でこの不思議な物語が生まれました。

学生生活を送りながら、周囲の友達の話なども参考にして書いたという本作。類まれなる文才と洞察力を持ち、作品の世界と密接にかかわっていた17歳の羽田圭介であったからこそ書き上げることができた作品といえるでしょう。

1位:羽田圭介の深みを一番感じさせる一冊

2014年に芥川賞の候補作となった作品です。惜しくも受賞とはなりませんでしたが、世間に大きな衝撃を与えた羽田圭介の代表作となっています。

本書は2編の中編小説で構成されており、「メタモルフォシス」「トーキョーの調教」が収録されています。共通するのは、ある男の二面性。それぞれ、高給取りの証券マンとアナウンサーが主人公なのですが、もうひとつ彼らには共通点がありました。それは、SMプレイに快感を覚えるということ。

この小説のジャンルは何かと問われれば、それはもう「官能小説」ということになるでしょう。SMプレイというのはどちらかというと、アブノーマルな面があるもので、知識としては少し耳にしたことがあるとかそういった位の人が多いでしょう。その内容やその世界で生きる人たちの細々とした姿や心理描写が、全編にわたって描き出されています。

 

著者
羽田 圭介
出版日
2015-10-28


しかし、ただの「官能小説」であるならば芥川賞にノミネートされるわけがありません。たとえ異常性癖をテーマとしていても、羽田圭介の描き出す世界観には何か訴えるものがあるのです。

例えば、人間の退廃性。主人公はふたりとも将来を嘱望された、先のある人物です。ビジネスマンとしての能力は高く、仕事も人間関係もプライベートも充実している頼もしい青年。そんな彼らが異常な性癖を持っていることが知人に知れたら、その築き上げた社会的な地位は奈落の底へと落ちることになります。しかし、それでも彼らは我が道を行くことを選ぶのです。そこには、理屈や理性だけでは説明のつかない人間の退廃性や二面性があることをこのふたりは感じさせます。

また、この作品は羽田圭介の深みを実感させてくれるものでもあります。さわやかな青春を書き、社会的なテーマでも書き、人間のおどろおどろしい面も書き、そして人間のちょっとした異常性を描き出す。様々な世界観を小説に落とし込む作者の姿は、一冊や二冊の著作を読んだだけでは計り知れないということを感じさせるのが、この作品です。

内容が内容だけに、お話の細部までここで説明するのが難しいですが、それもまたこの本を読ませる魅力のひとつでしょう。俗的なテーマを扱いつつも、そこにヒューマニズムをブレンドし、作者の深みを感じさせるといったことから、第1位に選出しました。


以上、芥川賞作家・羽田圭介のおすすめ作品をご紹介いたしました。テレビや雑誌などでも見かけることの多い作家ですが、やはり著作を手に取ってみるのが一番おもしろいでしょう。そして、その作品の幅の広さに驚くこと間違いありません。この機会ぜひ一読あれ!

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