阿刀田高おすすめ作品5選!星新一に継ぐショートショート作家

更新:2021.11.24

「奇妙な味」の本はお好きですか?「奇妙な味」とは、推理小説のジャンルの一つ。各話がとても短く、読者に後味の悪さとやりきれなさを残すことが特徴です。ハッピーエンドではないですが、ジェットコースターのような展開の速さと衝撃的な結末に魅了される人は多いです。そんな「奇妙な味」の名手、阿刀田高についてご紹介します。

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星新一の後を継ぐ者、阿刀田高

阿刀田高(あとうだたかし)は1935年、東京都生まれの小説家です。ブラックユーモアやミステリー分野の短編集を得意としています。

短い話の中で起承転結のある作品を1000作以上手がけた作家として、故・星新一が国内では有名ですが、阿刀田高は彼に次ぎ、800以上短編作品を手掛けており、追随を許しません。人々の日常生活や性に密着したテーマが多く、読者が物語の情景を想像しやすいことが特徴です。数ある中から、代表的な阿刀田高の作品集をご紹介します。

人の心に忍び寄るもの『ナポレオン狂』

直木賞を受賞した『ナポレオン狂』が収録されてあり、他の作品もオチが痛快で切れ味鋭く、阿刀田高の傑作集といっても過言ではありません。この短編集は、基本的にダークな作品が多いです。欲からくる狡猾さや、自分の利益のために他人にすり寄る人の話が多いです。13編が収録され、その中から『来訪者』をご紹介します。

著者
阿刀田 高
出版日
1982-07-15

『来訪者』:上流階級の若い主婦が自宅にいると、病院で子供を出産した際世話になった雑役婦が訪ねてきました。赤子の様子を見に度々退院後も、彼女は主婦の家を訪れるのです。それだけではなく、「お手伝いとして雇ってほしい」とまで言ってきたこともありました。精神的にも肉体的にも余裕のない雑役婦を内心見下し、主婦は毎度適当にあしらっていましたが、そこに刑事が訪ねてきて……。

雑役婦の「面倒くさい人」としての描写が秀逸です。汗を滴らせて人の家に入り、おしゃべりを勝手にしつつ、内部を値踏みしたりと好感が全く持てません。おせっかいで読者に嫌悪感を持たせる役割を十分に果たしています。しかし主婦も、読者側からすると少し高飛車な性格なんですね。「上流階級の人と関わっていたいのね」と露骨に上から目線です。

下層階級者が上流階級の家庭に無理やり入り込んだ手段とは?子供を思う母親の気持ちになって読んでください。本当の来訪者は誰だったのでしょうか。

スパイスの効いた伝聞話『こんな話を聞いた』

一話ごとに「こんな話を聞いた」から話が始まり、古今東西の寓話や戒めを前置きとして紹介した後、その内容とリンクする本文が始まる構成です。人から聞いた他人の話であるからこそ、滲み出る怖さがあります。また、一つ一つの話はとても短いですが、オチにインパクトのある話が多いので、阿刀田高の入門書としてもおすすめです。18編収録されており、その中から特に真相が衝撃的なお話「鴨狩り」「骨細工」の2編をご紹介します。

著者
阿刀田 高
出版日
2007-08-28

「鴨狩り」:遠縁の叔母さんが住む老人ホームを訪ねる主人公。叔母さんは昔話をしてくれます。彼女は農園で働いていた時期があり、鴨狩用におとりの鴨を調教することが得意だと話します。野生の鴨が農園に来た際、捕えやすいよう人間のいるところに誘導することがおとりの役目だと訥々と話してくれました。しかし次に面会した時、彼女は自分のしたことに怯えていて……。

なぜ、叔母さんは鴨を調教したことに罪悪感を抱いているのでしょうか。彼女が若かったころの時代背景と、凛とした姿に着目して読んでください。鴨とはいったい何を指すのでしょうか?真実がわかると同時にやるせなさが残る阿刀田高の作品です。


「骨細工」:趣味の話が合いそうで、あまり親しくない男の家に招かれた主人公。丁寧にもてなされ、彼の自作の骨細工を次々と見せてもらいます。生き物が死んだあと、その骨を組み合わせて元の骨格通りに組み合わせるという繊細な作業が必要となるもの。ボーンアートという一般的でない芸術の描写に読者も感嘆させられるのですが、飼い犬の骨細工を主人公が見る辺りで、勘のいい方は男の異常性に気づかれると思います。ラストのセリフに戦慄が走ります。

不特定多数の人達にあてはまる『だれかに似た人』

近所に、作品の登場人物に似ている人はいませんか?もしかしたらあなた自身にそっくりの性格かもしれません。そんなどこにでもいそうな人々が、ちょっと足を踏み外したらどうなるかを追った、阿刀田高の作品集です。主に男女の関係を描いた作品を扱っています。各話での主人公達の行動で、人生が良いようにも悪いようにも変わる点が読みごたえがあります。10編が収録されており、その中から良かれと思って決断した行動が、破滅への道を開いたお話「無邪気な女」をご紹介します。

著者
阿刀田 高
出版日

「無邪気な女」:大人しく美しい女を妻に迎えた大介。しかし新婚旅行中、彼女は性行為に並々ならぬ抵抗を示します。親類がほぼいないので過去に何があったのかはありません。カウンセラーの手によって、催眠療法がおこなわれ、忌まわしい真実が暴かれます。

最初と最後で語り手が変わっていることに注目です。哀しい真実が明るみになってもそれを受け入れた大介。二人の新しい関係が始まった矢先、悲劇が起きます。結局、人の心は繊細で、他人が治療を施しても思うようにはいかないんですね。

「メルヘン」に隠された悪意『危険な童話』

童話は、基本的にはハッピーエンドです。しかし、それは後年、「幼児に悪影響を与える」と考えた人達によって、改変されたからにすぎません。元の話は悪意に満ちて残酷で、救いのない結末を迎える作品が多いのです。

この阿刀田高の短編集は、一見爽やかな話が大半を占めています。しかしラスト数行で、夢のような心地よい世界から耳障りな雑音が響く現実世界へと戻されます。さらに再読すると、物語に隠された不穏な空気に気づかされます。10編収録されており、夢見心地の気分から一気に冷たい気持ちになる一編「茜色の空」をご紹介します。

著者
阿刀田 高
出版日

「茜色の空」:40年ぶりに同窓会で再会した、資産家と医師。資産家はあることに悩まされ、医師は金策に困っていました。彼らは昔、「困った時はいつでも助け合おう」と強い誓いをしていました。その約束が、ついに果たされることになります。

それぞれ、すごくいいお話です。阿刀田高の作品の中でも、爽やかでさらっとした筆致なので、感動すら覚えます。しかし徐々に「え?」という気持ちになること請け合いです。彼らは愚直に40年前の約束を滅私奉公で叶えたわけではありません。大人になれば、駆け引きが必要なのです。阿刀田高が描いた、青臭い純粋さを失って汚れた男たちの物語です。

人の心が爆発する時『危険信号』

人間、誰しも「言い過ぎた」「やりすぎた」と思う時がありますし、人から行き過ぎた言動を受けることもあります。その際、どちらかの心のブレーキが外れてしまったら?たががはずれてしまった人達の阿刀田高作品集です。12話収録され、読み終えたときに、モヤモヤとした読後感とその後の登場人物の行く末を気にせずにはいられないお話「子宝温泉」「危険信号」を紹介します。

「子宝温泉」:「温泉に入って子づくりをすると、土地の神様が妊娠させてくれる」という名目の温泉宿が名物の町があります。それ以外は鄙びていて、何の特色もありません。時たま、人を殺してどこかに消えゆくものがいるだけの町です。ある時、余所から殺人を犯した男が流れ着いて……。

著者
阿刀田 高
出版日

阿刀田高のこの話だけファンタジー色が強いです。余所者の男と鄙びた町は一見何も関係はありませんが、あまりありがたくない「土地の神様」によって切っては切れない関係に結びつきます。傷害事件は作品中にはおきませんが、その後を考えると嫌な気持ちになります。子供を授かったとしても、その子の将来には黒雲が……。

「危険信号」:肝心な時におなかを壊す主人公・美津子。遠足や友人と遊びに行くとき、就職試験の際にも体調を崩しました。腹痛の予兆があったことから、会社内で好意を寄せていた男性のデートも断ります。その後彼は出世し、友人の芳枝と結婚しました。もやもやした気分を引きずっていた美津子は、本屋であるものを見つけます。

女同士の友情は、あてになりません。特に、相手も同じ相手を恋人として狙っている場合はなおさらです。相手のトラウマを利用して自分が出し抜くしたたかさと、結局は身の丈に合った付き合いが一番いいという二つのメッセージが込められています。


同じ短編集の名手の星新一は、SFを舞台にした作品が多く、男女の機微や性行為の描写は薄い作品が多いです。対して阿刀田高の場合、近未来を舞台にした作品はほぼありません。舞台は現代社会が多く、男女の恋愛を扱った作品が大半を占めています。その分、登場人物に現実感があり、ドロドロとした心の闇からうまれる短編も、私たちの生活に息づいているので共感しやすいと思います。作品からあふれだす人々の息遣いを感じ取ってください。

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