山崎豊子のおすすめ文庫小説8作品!代表作『白い巨塔』ほか、名作をご紹介

更新:2021.11.25

数多くの長編小説を書き上げた山崎豊子。初期は大阪の風俗を描き、後期は社会問題を取り上げた作品を多く発表しました。彼女の作品は綿密な取材力で企業と経済を描いたものが多いです。そんな山崎豊子の作品のおすすめを8作ご紹介します。

ブックカルテ リンク

大阪の風俗から、戦争、社会問題まで書ききった作家、山崎豊子

山崎豊子は日本の小説家です。1924年、大阪府大阪市南区(現中央区)船場の老舗昆布屋の小倉屋山本で生まれました。旧制相愛女学校(現相愛中学校・高等学校)を経て旧制京都女子専門学校(現京都女子大学)国文学科を卒業し、毎日新聞社に入社。大阪本社調査部、学芸部に勤務しました。当時の学芸副部長は作家・井上靖だったそうです。

初期の作品は出身地である船場などの大阪を舞台にしたものが多かったのですが、のちに大阪から離して戦争や社会問題などに切り込む作品が増えていきました。

2013年9月23日大阪堺市の病院にて呼吸不全のため死去。89歳でした。

直木賞受賞作。山崎豊子が吉本興業の創業者をモデルに描く『花のれん』

多加が嫁いだ船場の商家は道楽者の夫のせいで店が潰れてしまいます。

多加が「道楽が好きなら仕事にしたらいい」とすすめて、寄席をはじめた夫ですが、多額の借金を残して、妾の家で死んでしまいます。そして彼女はその寄席を引き継ぐことになり……。

著者
山崎 豊子
出版日
1961-08-17

このヒロインの多加が吉本興業の創業・吉本せいをモデルにしたと言われているのだそうです。そう思って読むからなのか、登場人物たちの話す大阪弁が実に活き活きと軽快に飛び跳ねているように感じられます。ほんとうに楽しげなのです。

夫の道楽や死を乗り越えていく過程は決して明るいものばかりではありませんが、彼女は大阪の女、悲劇のヒロインのままでは終わりません。大阪弁の応酬に救われているような気にもなってしまいます。山崎豊子が生まれたときから目にしてきた風景というのはこんな感じだったのだろうなと、感じさせるような肌に近い言葉です。

実在の芸人・桂春団治やエンタツ・アチャコなども登場するので、余計楽しいのかもしれませんね。

のちの社会派寄りの作品とは大きく異なる情緒豊かで、とても瑞々しい下町の女繁盛一代記。その力強さをぜひ読んで感じてみてください。

沖縄返還を取材する記者の熱い物語『運命の人』

1971年、沖縄返還を取り巻く政官界の大きなうねりと、それを熱い想いで取材を敢行する新聞記者の物語です。

沖縄返還交渉が大詰めのころ、毎朝新聞の敏腕政治部記者である弓成亮太は、独自の嗅覚と人脈で取材を続けていました。競合新聞との間でし烈なスクープ合戦を繰り広げていた弓成は、独自の情報源から日米の密約を確信します。

密約により国民が欺かれると感じた弓成は、当初、新聞紙面で密約の存在を匂わせる記事を書きますが、世間の反応はいまひとつでした。焦った弓成は野党議員に密約の写しを渡し、あろうことかそのまま国会の場にでてしまうという展開につながります。知る人が見れば、その写しから誰がニュースソースかは判ってしまいます。しかもそのニュースソースは弓成の逢引相手でした。

このことで国家とジャーナリズムの闘争とだけとは言い切れない事案となり、事件としては複雑化することになります。

豊富な人脈を活用した敏腕新聞記者の勢力的な取材は国民の知る権利の行使として正当に取り扱われます。一方、逢引を経て情報を入手したとされるその手法は、モラルを問われるワイドショー的事案となってしまうわけです。この大きな隔たりが本作品の中心主題となります。

著者
山崎 豊子
出版日
2010-12-03

弓成は一審では無罪判決を得ますがニュースソースを秘匿できなかったとして新聞社を辞しペンを置きます。二審では有罪判決を受け、実家の九州に帰り家業を継ぐことになります。慣れない業務で結局立ち行かなくなり、その後も荒みに荒んで沖縄まで流れていってしまうのです。その沖縄は沖縄返還密約事件の舞台そのものでもあります。米軍基地をめぐる諸問題が多く残存する沖縄が登場することで、物語はもう一つの展開を見せることになるわけです。

国民の知る権利と、国家機密の取り扱い。国家権力とジャーナリズムの闘い。敏腕新聞記者の華麗な取材活動と流れた果ての地道な執筆活動。人生や物事の明暗をくっきり描くことで、物語はスピード感と奥行きが深まっています。また、裁判や、沖縄問題を詳しく丁寧に描くことでストーリーが真にせまり、次の展開が待ち遠しくなるわけです。政治課題が主題ではありますが逢引女性との愛憎劇や妻や家庭といった生活周りの取り込みむことで堅苦しくない小説に仕上がっていると思います。

本書を読み進めることで、国家の情報統制、返還時や現代もなお多くの課題が残る沖縄問題に強い関心をもつことになると思いますので、ぜひ挑戦してみてください。

家付き娘が婿をとる女系の家で起こる愛憎劇を描いた作品『女系家族』

大阪・船場で商いをする木綿問屋の老舗・矢島商店は、家付き娘が婿をとる形で家を存続させてきている女系家族でした。当代社長が亡くなり、彼の遺書によって身重の愛人の存在が判明したことで、矢島家は社長の娘である三姉妹と親族、大番頭、長女の踊りの師匠らを巻き込んで、莫大な遺産を奪い合う権謀術数がはじまり……。

人間の欲深さ、醜さが描かれ、それぞれの関係もどろどろしていて、長編なのに間延びしたりだるかったりするシーンはまったくなく、読みごたえのあるおもしろい作品です。

著者
山崎 豊子
出版日
2002-04-23

血の繋がりの怖さやそれまで見ていた人物の表の顔とは別の顔などが暴かれていく過程は見事で、思わず唸ってしまいます。それは山崎豊子のミステリーを越えるような設定の綿密な伏線の張り方にあるのではないでしょうか。

また、そればかりではなく女たちが身にまとう着物の描写、大阪の老舗だと思い知らされるような家屋、食事、養子などの表現が妙にリアリティがあって、これも山崎豊子の生い立ちからくる作品の魅力となっています。

何回も映像化されている作品ですが、活字だからこそ怖くて引き込まれる人間の業や欲をぜひ読んでみてください。

医学界の腐食に切り込む人間ドラマ。代表作『白い巨塔』

食道噴門癌の若き権威として知られる国立浪速大学第一外科助教授・財前五郎のもとには、全国から患者――それも大半は、有力者やその紹介を受けた特診患者が集まってきます。

自信に満ちあふれ、野心家の財前は次期教授の座を狙っていますが、彼を快く思わない第一外科教授・東貞蔵は他の大学からの教授候補を呼び寄せることを画策し……。

著者
山崎 豊子
出版日
2002-11-20

大学病院に勤務し、ともに優秀だが、目指すものや考え方の対照的な財前五郎と里見脩二を登場させて、彼らを通して医学界の腐敗に鋭くメスを入れたといっていい社会派小説です。どちらのキャラクターに感情移入するかによって、感じ方、読み取り方も違ってくるのではないでしょうか。あるいはサービスを受ける患者としてどちらのお医者さんに看てほしいか。

腐りきった医学界の描き方もすごいのですが、それと同じくらい登場人物が魅力的です。財前、里見以外のキャラクターも立っていて、まるでそこにいて動いて息をしているのではないかと感じられるくらいです。そんな二人が対立する様子は臨場感があり、医療現場で青い火花が散るようです。

長い作品ですが、魅力的なキャラクターを通して進んでいく展開は目が離せません。山崎豊子の人間観察の目が光った、医療現場の闇を描いた名作です。

正義と悪が矛盾する財閥一族の光と影を描く企業小説『華麗なる一族』

業界ランク第10位の阪神銀行を牛耳る一族を描いた壮大な物語です。世襲と閨閥結婚によって力を拡大してきた万俵一族では、頭取である万俵大介の決定がすべてで、彼は我が子に対しても一切の容赦がありません。

大介は、都市銀行再編の波が押し寄せ寄せる中、上位銀行に吸収されるのを阻止して、阪神銀行が優位に立つ合併をもくろみつつも、長男が専務を務める阪神特殊鋼からの融資依頼は拒み……。

著者
山崎 豊子
出版日
1970-05-27

勧善懲悪の逆をいく展開を見せる作品です。悪ばかりが良い目を見る印象が残るかもしれません。それなのに、嫌な気持ちにならず読みきれてしまうのは山崎豊子の取材力と筆力の賜物なのでしょう。読んでいて、圧倒されます。この作品を描く取材には半年を費やしたそうでその読感も納得のものです。

金融再編のための銀行合併がテーマですが、発表されたのは昭和48年ですから、未来が見えていたのかしらと思わざるを得ません。冷静に山崎豊子の筆力に下を巻きながらも、ページをめくる手が止まらない傑作です。
 

航空会社の労働組合と飛行機墜落事故が絡み合う『沈まぬ太陽』

主人公の恩地元は、国民航空の労働組合委員長をしていたことで経営陣と衝突し、アフリカに飛ばされたことを含め、10年の左遷をされていました。その生活から日本に戻った恩地に与えられたのは「国航ジャンボ墜落事故」の遺族対応係でした……。

著者
山崎 豊子
出版日
2001-11-28

きちんと取材をし、正確で詳細な描写をしている作品。そのせいか、描かれている社内闘争、労働組合、左遷などがいたたまれないくらい胸にしみます。特に事故の部分は壮絶さが容易に脳裏に浮かんでくるほどリアルに描かれています。

発表時のイメージが頭をよぎる作品ではあるかもしれませんが、そのイメージだけで手に取らないのはもったいない!しっかりとした事実に基づくフィクションであり、すばらしい完成度の小説です。

山崎豊子が描く終戦後の満州『大地の子』

舞台は終戦後の満州。戦争孤児となった松本勝男は人さらいに捕まり売られてしまします。逃げる勝男を助けたのは、陸徳志(ルートウチ)でした。徳志は勝男を一心(イーシン)と名付け我が子のように育てます。大学にも進学し、中国のために働こうと決める一心でしたが日本人であるがゆえに差別を受けてしまいます。恋人に裏切られ、ライバルに陥れられ、ついには労働改造所の囚人として強制労働をさせられるのでした。しかし、周りの人たちの助けにより一心は労働改造所を脱し、中国の発展のため働こうとしますが……。

著者
山崎 豊子
出版日

山崎豊子はこの作品を書くに当たって膨大な量の取材をしたといいます。中国で戦争孤児となってしまった人たちからもたくさん話を聞いただけあって、フィクションでありながら実話のような内容です。この作品は忘れてはいけない戦争の傷跡を私たちに突きつけます。若い人たちにも受け継いでいきたい作品の一つといえるのではないでしょうか。

一心には幾度も困難が訪れます。戦争の孤児となってしまったこともそうですし、労働改造所への収容、ライバルの仕業で仕事がうまくいかなくなる場面もあります。しかし、徳志はじめ周りの人たちの支えもありながら、困難を乗り越えていくのです。何度裏切られても中国のために働きたいと思える一心はとても強く、真っ直ぐで感銘を与えてくれることでしょう。

戦争が終わって残ったものは何だったのでしょうか。そんなことを考えさせてくれる重厚感あるこの作品です。ぜひ、ご一読ください。

山崎豊子が考える自衛隊と平和『約束の海』

花巻朔太郎は潜水艦乗りとして、海上自衛隊潜水艦「くにしお」に乗艦しています。朔太郎は各種訓練を重ね、ようやく潜水艦乗りとして活動できるようになってきたところです。

その「くにしお」が展示訓練において、遊漁船と衝突し、死亡者、行方不明者を出してしまいます。展示訓練は海上自衛隊の役割を広く国民に知ってもらうことを目的に年に一回、一般に公開される催しです。衝突事故を起こした「くにしお」と乗組員は、海上保安庁や運輸省に徹底的に調査され、朔太郎をはじめ乗組員たちは潜水艦乗りとしての誇りを失いかけます。

そんなとき、朔太郎は父に会いに行きます。父は元帝国海軍少尉でしたが、終戦後は軍人であった頃の話は一切しませんでした。父は真珠湾攻撃の直前、乗っていた特潜艇が操縦不能となり、太平洋戦争で最初の捕虜となっていたのです。そんな父から覚悟を問われた朔太郎は改めて今後の進路を考えるのです。

著者
山崎 豊子
出版日
2016-07-28

山崎豊子が2013年9月に亡くなったため、本書『約束の海』は未完の絶筆となります。第一部潜水艦くにしお編に続き、第二部は朔太郎のハワイ派遣と父の足跡を辿る旅、第三部は艦長になった朔太郎が東シナ海で事件に遭遇するという構想でした。前段で息子の活動と苦悩を採り上げ、第二部以降では太平洋戦争最初の捕虜となった海軍少尉を中心に物語を組み立てていたようです。惜しくも山崎豊子は亡くなりましたが、遺されたストーリー構想はダイナミックに物語が展開する作品として期待されていました。

反権力、反体制の物語が多い山崎ですが、本作品では冷静に海自潜水艦サイドを貫いています。そして続編では、捕虜となった軍人の生きざまを通し、改めて今後の自衛隊の在り方と平和の関係について問いかける構想でした。

完成した暁にはきっと大作となったであろう本書が、未完となってしまったことが残念でなりません。


大阪・船場からはじまり世界や社会を舞台にした物語を生み出していった山崎豊子。企業や経済などと聞くと難しいと考えてしまうかもしれませんが、的確な表現で読みやすい作品ばかりです!

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る