登場人物たちの日常をあたたかい文章で描き、読者の心を癒してくれる作家・小川糸。ベストセラーとなった『食堂かたつむり』は、映画化もされ話題になりました。ここでは、心が疲れたときにふと読みたくなる、小川糸のおすすめ作品をご紹介していきます。
1973年、山形県に生まれた小川糸は、小さい頃から読むことよりも、書くことが好きな少女だったそうで、当時はコラムニストになることが夢だったのだとか。大学を卒業後、マーケティング会社に就職するもすぐに退職。情報誌のライターとして活動を始めますが、すぐに休刊になってしまい、「人の下で働くのはもうやめよう」とアルバイト生活をします。
その後作家になることを目指し、小説の執筆を始めた小川は1999年、雑誌「リトルモア」に『密葬とカレー』を発表しました。作詞や絵本の出版など、マルチな活躍を見せ、2008年『食堂かたつむり』が大ヒット。その後も、魅力的な作品を多数発表する、人気作家となっています。
情緒豊かな街並みが広がる鎌倉を舞台に、「代筆屋」としての仕事を請負う主人公が成長していく姿を描いた作品です。
主人公・雨宮鳩子は、育ての親である祖母が亡くなったことで、鎌倉の小高い山の上にある、ツバキ文具店を引き継ぐことになりました。鉛筆や消しゴムなど、ありふれた文房具が並ぶ、ごく普通の文具店なのですが、ここでは先祖代々伝わってきた稼業「代筆屋」も営まれています。
- 著者
- 小川 糸
- 出版日
- 2016-04-21
鳩子は、11代目代筆屋として、様々な依頼を請負うことになります。離婚を伝える手紙や、絶縁状。亡くなったペットのお悔やみ状から借金お断りの手紙など、依頼内容は多岐にわたります。鳩子は依頼人の気持ちを余すことなく伝えるべく、使用する便箋や切手、文字の書き方にまでとことんこだわっていきます。
物語には、鎌倉に実在する店や場所が登場し、美味しそうな食事や、魅力的な風景を一緒に楽しむことができます。メールという便利な機能が登場した現代、手紙を書くことは、めっきり少なくなりました。しかし鳩子の手紙に対する真摯な態度、気持ちを乗せた書き方などは、彼女が選んだ形でしか伝わらないものがあります。肉筆で想いを伝える手紙の素晴らしさを、改めて実感できます。
特に亡くなった祖母へ宛てた、鳩子の書く手紙には、心が洗われたような気分になることでしょう。感動の涙を誘うとともに、鎌倉の街の魅力を堪能できる、おすすめの作品です。
『ツバキ文具店』の続編となる今作は、温もりに溢れている作品です。
鎌倉で、手紙の代筆をするお仕事・代書屋を営む雨宮鳩子(通称ポッポちゃん)は近所でカフェを営む守景蜜郎(通称ミツローさん)と、ミツローさんーの娘である陽菜(通称QPちゃん)の小学校入学を機に結婚します。
ツバキ文具店に来る依頼は母への感謝の手紙、亡くなった夫からの謝罪の手紙、喪中はがきと様々。そのひとつひとつにポッポちゃんは丁寧に向き合い考えながら、温もりのこもった手紙を綴っていきます。
- 著者
- 小川 糸
- 出版日
- 2017-10-25
新たに始まった家族生活。ミツローさんの実家に行って感じた家族の暖かさ。突然現れた顔も知らなかった母親。日々の中で思い出す、ツバキ文具店の先代であった祖母と過ごした日々。ミツローさんの前の奥さんへの思い。QPちゃんとの触れ合い。
人と触れ合い、家族とは何かを考えながらポッポちゃんはキラキラとした家族を、キラキラ共和国を目指していきます。
ネタバレになってしまいますが、ひとつ、印象的なシーンを述べます。
ポッポちゃんとミツローさんは前の奥さんの残した手帳を巡って喧嘩をしてしまいます。奥さんの物を残しておきたくないミツローさんと、気を使ってほしくないと思うポッポちゃん。ポッポちゃんは一人で歩きながら、考え、ミツローさんに手紙を書きます。忘れないでいることも、忘れることもどちらも大切なのだと思いながら。
緩急ある物語ではないけれども、大切なことを教えてくれる物語。前作の『ツバキ文具店』とも一緒に、鎌倉の温もりに触れてみませんか。
美味しそうな料理が登場する、食を通した7編の記憶が描かれた短編集です。家族や恋人、大事な人と一緒に食べる、思い出、そして食べ物について描かれる、ちょっぴり切ない物語になっています。
- 著者
- 小川 糸
- 出版日
- 2014-04-28
病気で余命わずかとなった母親が、娘に味噌汁の作り方を教え込む「こーちゃんのおみそ汁」。その他、認知症にかかった祖母に、思い出のかき氷を届ける「バーバのかき氷」。離婚の決まった夫婦が、思い出の場所で最後の食事をする「さよなら松茸」。父の四十九日に、父が好きだったきりたんぽを母娘で作る「季節外れのきりたんぽ」など、登場人物たちが、一生忘れることのない思い出の食事が描かれます。
小川糸は、食べ物を本当に美味しそうに描写します。美味しい食事は、降りかかる悲しい出来事を乗り越える、力になってくれるものなのだと感じられます。食べるということは生きるということ。その生きるということを一緒に共有できる瞬間は大切な時間です。
切ない中にも、あたたかい優しさが漂う極上の短編ばかりです。短く読みやすい作品なので、気軽にその世界を楽しんでみてください。
南の島を訪れた主人公が、妊娠・出産を通して成長していく姿を描く長編小説です。2012年、仲里依紗主演でテレビドラマ化され、話題になりました。
- 著者
- 小川 糸
- 出版日
- 2012-06-26
主人公のまりあは、突然姿を消してしまった夫・小野寺くんを探すため、南の島を訪れます。その島は、2人の思い出の島だったらもしかしたらいるかもしれないという思いでやってきました。そしてその島にあるつるかめ助産院の院長・鶴田亀子と出会い、親しくするうちまりあが妊娠していることが発覚するのです。
親の顔もわからず、里親に育てられたまりあは妊娠に戸惑います。ですが、つるかめ助産院で働くことになり、そこに訪れる様々な町の人と交流するうち、次第に心が穏やかになっていくのでした。
島の時間はゆったりと流れ、登場人物たちも皆あたたかく、読んでいて本当に癒されます。まりあのお腹の中で、少しずつ成長していく赤ちゃん。妊娠中の大変さや、出産の苦しみがリアルに描かれ、出産経験のある方は、懐かしく感じるのではないでしょうか。作品全体に愛が溢れ、まりあの成長が微笑ましく、感動できる傑作です。
失意の中故郷に戻った主人公が、食堂の経営を始めることになります。様々な料理が登場するこの作品は、イタリアの文学賞であるバンカレッラ賞料理部門賞を受賞。さらにはフランスのウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞しました。2010年、柴咲コウ主演で映画化もされた作品です。
- 著者
- 小川 糸
- 出版日
- 2010-01-05
主人公・倫子がある日自宅に帰ると、部屋には何も無くなっていました。同棲していたインド人の恋人が、部屋の家具すべてを持って夜逃げしてしまったのです。
ショックから言葉を話せなくなってしまった倫子は、唯一残されていたぬか床を抱え、故郷の実家へと帰ってきました。倫子はそこで生活のため、何かと反りが合わない母に開店資金を借りて、「食堂かたつむり」という飲食店を開くことになります。
倫子は食堂で1日1組だけのお客を、素敵な料理でもてなしていきます。次第に町には、訪れた客に良いことが起こる不思議なお店、という噂が広まるようになりました。
物語は、食材にこだわって作られた美味しそうな料理とともに、ずっと確執のあった母との関係が綴られていきます。
作品全体にほのぼのとした優しさが漂い、食べることの大事さや、命の尊さを改めて感じることができます。普段私たちが口にしているものは、もとは命あるものなのだ、というあたりまえのことを、母親という存在を含めて思い出させてくれます。命という大きなテーマを優しく、同時に切なさを感じるかもしれません。
お料理についての描写が丁寧で、まるでレシピのようになっているので、お料理が好きな方、食べるのが好きな方にぜひおすすめしたい作品です。
サーカス団の一員となった、13歳の少年の視点から、そこでの出来事を綴り、その少年の成長を描く物語です。
主人公の「僕」は13歳。生まれつきある病気を患い、病気は完治したものの、その薬の副作用で身長が止まってしまいます。両親は離婚し、「僕」はどちらにも引き取ってもらえず、「グランマ」に育てられることに。
- 著者
- 小川 糸
- 出版日
- 2015-01-30
そんな「僕」が興味を持ったのはサーカス団です。一生成長しないこの身体を活かすには、サーカス団しかないと決意します。グランマは猛反対しますが、「僕」は家を飛び出し、両親との思い出のサーカス団・レインボーサーカスのもとへと向かいます。
レインボーサーカスには、個性的なメンバーが揃います。皆それぞれに辛い問題を抱えていますが、明るく優しい人たちです。入団を認められ、トイレ掃除やコックの手伝いを頑張る少年のまっすぐな姿には、心を打たれ、少年の成長に、未来への希望を見ることができます。もちろん、小川糸作品にはおなじみの、美味しそうな食べ物もたくさん登場しています。
ショーに出ることを目標とし、ひたむきに努力を重ね、成長していく少年の姿に、胸が熱くなり勇気をもらえることでしょう。子供から大人まで、様々な年代の方におすすめしたい作品です。
ある日、アンティークきものを扱う「ひめまつ屋」に、重たそうなリュックを背負った男性がやってきました。アンティーク着物屋に男性は珍しいと、店主の横山栞は応対します。男性は最近お茶を始めたそうで、そのための着物が欲しくて店をのぞいたのでした。ここから、栞と木ノ下春一郎の交流が始まります。
- 著者
- 小川 糸
- 出版日
- 2011-04-06
舞台は東京の上野。それも、アメリカ横町とは反対側の、古く静かな地域です。知っている人が聞いたら思わずニヤリとし、知らない人も想像力をかきたてられる、そんな街の描写が粛々と続きます。
湯島天神近くのおでん屋さんや、不忍池から少し歩いたところにある鯛焼屋さん、JR鶯谷駅近くにある昔ながらの居酒屋などでの二人の交流が、季節の移り変わりとともに、やさしい描写で書かれます。
春一郎は、栞の父親に似た声をした男性です。高いところが苦手だったり、栞に進められて飲んだロイヤルミルクティを絶賛したりする、ちょっと子どもっぽいところがあります。
栞はそんな春一郎に、心を惹かれていきます。春一郎の方でも、まんざらでもない様子で、「栞」と呼び捨てにしたり。
しかし、春一郎はすでに妻帯者。栞の想いに答えるのはむずかしい身分です。栞もそのことは重々承知しており、その葛藤が、この作品を少しほろ苦いものにしています。
この小説のタイトルである『喋々喃々(ちょうちょうなんなん)』とは、男女が楽しげに小声で語り合う様のことです。
タイトルどおり、派手さはないものの滋味豊かに語りあう、そんな作品になっています。
小川糸のおすすめ作品をご紹介しました。心がほっこりと、あたたかくなる作品ばかりです。心が癒され、大事なことを気づかせてくれる小川糸作品。興味のある方はぜひ読んでみてください。