魚喃キリコが描く絵はシンプルかつクールで、独特な雰囲気を持っています。実体験を基に作品を描いている為、辛い恋愛経験や切ない恋心に共感する女子も大勢いることでしょう。そんな不思議な魅力を持った魚喃キリコのおすすめ漫画5作品をご紹介いたします。
魚喃キリコは、日本の漫画家。1972年12月14日生まれ。新潟県出身。1993年、青林堂「月刊漫画ガロ」にて掲載された『hole』でデビュー。実体験を基に描くストーリーと、無駄な線を描かないシンプルな絵が神秘的な魅力を生み、20代~30代の大人女子を中心に人気を博します。
代表作のひとつ、『blue』は、デビュー前の高校時代の実体験を基にした作品であり、当時から、「デビューしたら必ずこの体験を描いて作品にしよう」と決めていたと言います。本作品は後に映画化もされており、魚喃キリコの名が世間に認知されるキッカケとなった作品と言えるでしょう。
魚喃作品の最大の特徴は、何と言っても全ての作品が彼女の実体験から作られているというところにあります。実体験を基にフィクションを描く作家はたくさんいると思いますが、彼女は実体験をそのまま作品に投影しているというから驚きです。でもだからこそ、読者の心に刺さる作品が描けるのだと思います。
彼女の人気は日本だけに留まらず、2008年にはフランスの美術賞を受賞。翌年のアングレーム国際漫画祭では「魚喃キリコ展」が開催されました。
外見が美しいことでも有名な彼女は、漫画家以外にも、2006年に自身の代表作『strawberry shortcakes』が『ストロベリーショートケイクス』として映画化された際、岩瀬塔子役で出演しています。2008年までNHKラジオ第1放送で放送されていた「土曜の夜はケータイ短歌」ではMCを務めるなど、マルチな才能を発揮しています。
第5位は、1996年に青林堂から出版されたデビュー単行本『Water.』です。切なくて苦い男女の恋愛を描いた物語が19話収録された短編集。
「僕は恥ずかしいほど空ッポなんだね。
なんにもない
なんにもない
なんにもない
でもそのなにかはなんのために?」(『Water.』収録作品「flower」より引用)
この物語には、一人の男の子しか登場してきません。その男の子の思いだけが、シンプルな絵とともに、1ページずつ、淡々と描かれた作品です。おそらく20代前半くらいだと予想される、名前すら語られていない主人公は、一方的に別れを告げられたのであろう恋人に対し未練たらたらという印象です。
- 著者
- 魚喃 キリコ
- 出版日
- 2007-04-24
自分に対する強いコンプレックスと、自分にはない何かを持っているカッコ良かった恋人。もういなくなってしまった相手に対するとめどない自問自答が表現されています。きちんとした話し合いの末に別れたのではなく、一方的に相手にフラれてしまった、もしくはある日突然、恋人と音信不通になった経験がある人には、きっと共感できることでしょう。
「ねえナッちゃん」
「ん?」
「あたしたち間違ってるのかな?」
「…たぶん間違ってるのかも知れないね」(『Water.』収録作品「color color」より引用)
学生服を着たナッちゃんとハルちゃん。ふたりは女性同士ですが、恋愛関係にあります。ナッちゃんは女性ですが、自分自身を男であると思っている、いわゆる性同一性障害の女の子。表紙を含め、たった8ページしかない物語の中でふたりが交わす会話が、微妙な感情を表した表情が、「間違った」関係性を表しています。
しかし、例え世間的に間違っていようと、お互いがお互いを好きな気持ちに嘘はつけません。まだ10代であるナッちゃんとハルちゃん。もしかしたらお互いに初恋かもしれないふたり。純粋な「好き」という想いだけで一緒にいられるだけで幸せなのに、その関係は周りから見たら「正しくない」というところに切なさを感じずにはいられません。
たった数ページという限られた世界で、人が恋をしたときに抱く切なさ、苦しさを、見事に表現できる、魚喃キリコの圧倒的な表現力に魅了される1冊です。
第4位は、1998年3月にマガジンハウスにて掲載されていた『ハルチン』です。フリーターで彼氏なし、男っぽい性格のハルチンと、彼氏ありで女っぽい性格の親友・チーチャンとのなにげない日常を描いた作品となっています。
「あしたっから断食しよう
食べおさめだから(きょうは)食べられるだけ食べておこう」(『ハルチン』より引用)
朝、トイレに行ってすっきりした後に体重計に乗ると、○キロも太ってしまっていたハルチンは急きょ、りんごダイエットを開始します。しかし、ずっとりんごを食べ続けているとだんだん飽きてしまい、冷蔵庫の中を空けると、これでもかという程の誘惑(食材)が……。結局、「ダイエットは明日から」と、普通に食べてしまいます。
- 著者
- 魚喃 キリコ
- 出版日
- 2008-07-08
女性にとって永遠のテーマである「ダイエット」。ですが、やっぱり美味しいものを食べたいという欲求に負けて、結局食べてしまい痩せられない、という経験をしたことのある女性は多いのではないでしょうか。
食べたい、けど、痩せたい。色んなダイエット法が世の中に溢れていますが、結局はきちんと3食バランス良く食べて、適度な運動をするっていうのが、一番いいのだと思います。……それが出来たら苦労しないんですけどね。ハルチンにはそんな「わかる!」と思わず声に出してしまうようなエピソードがたくさん描かれています。
「ああ
すべてがどうでもよくなってきた
欲と雑念が薄れていく」(『ハルチン』より引用)
ハルチンはたった一人で暮らす部屋で、熱を出し苦しんでいました。チーチャンに助けてもらおうと電話をしますが、生憎留守。きっと彼氏のところに行っているに違いないと、唯一の頼れる存在であるチーチャンにも頼ることができない状況を飲みこんだハルチンは、とりあえずあったまろうとお風呂を沸かします。
薬を探しても見つからず、まずは何かものを食べようとおかゆを作る準備をします。そのとき、急激な立ちくらみに襲われ、その場で倒れてしまいます。散らかった部屋、溢れるお風呂の水、思うように動かない身体……。
一人暮らしで頼れる彼氏もいないという状況で、熱を出すという経験をしたことがある人には痛いほど共感できるのではないでしょうか。たった一人で熱に浮かされたとき、「このまま死んじゃったらどうしよう」とか、思ったことはありませんか?
近くに頼れる家族もいなくて、彼氏もいなくて、唯一頼りにできる存在とは連絡がつかなくて……。自分は世界でたった一人なんじゃないかという、熱のせいで大げさな悲しみが襲って来て、思わず泣きそうになるけれど、泣いても熱は下がらないし、結局は、この状況を一人でどうにかするっきゃない。
こうして人は強くなっていくのかもしれないとこの作品から感じられます。回復してしまえば、「私は一体、なんであんなにも大げさに考えていたんだろう」って思うもの。不思議ですよね。
胸がヒリヒリするような男女の恋愛模様を描いた作品が多い中で、少し毛色の違う本作。休日の昼下がりにパジャマのままで、お菓子でも食べながら気楽に読めるような、そんな共感度満載の、愛すべき日常が詰まったほのぼのした作品です。
第3位は、1996年マガジンハウス「コミック アレ!」で1月号から10月号まで連載された『blue』です。魚喃キリコにとって初の長編作品になります。
「濃い海の上に広がる空や制服や幼い私達の一生懸命な不器用さや
あの頃のそれ等がもし色を持っていたとしたらそれはとても深い青色だったと思う。」(『blue』より引用)
- 著者
- 魚喃 キリコ
- 出版日
- 2007-04-24
主人公は、田舎に住む高校3年生・桐島カヤ子。高校2年生のときにある事情で停学となり、留年したクラスメイト・遠藤雅美に特別な思いを抱いています。田舎の美しい風景と、高校と言う狭い世界、気持ちを完全に共有することのできないクラスメイト、退屈な授業、将来への漠然とした不安……。高校生のとき、きっと誰もが抱いたことのある「守られた世界での孤独」と、不安感を見事に描いています。
「あの顔
あたしはずっとあの顔がすきだった
あたしはあのひとと友達になりたい」(『blue』より引用)
高校生という多感な時期に、誰かに好意を抱いて、仲良くなりたいと思う気持ち。同級生だけど1つ年上で、クラスでなんとなく浮いた存在の雅美に対するカヤ子の気持ちは、友情とも、恋愛感情とも取れる微妙なものとして描かれています。
1つ前の席に座る雅美の後ろ姿をノートにさらさらと鉛筆で描くカヤ子の描写は、まるで恋。10代後半という異性や同性に対して、色んな感情を抱く時期の、甘く切なく、心を揺り動かされるような美しい青春の日々を、魚喃キリコ流に描いた傑作です。
第2位は、1999年10月、宝島社より出版された『南瓜とマヨネーズ』です。
「わたしたちの生活 毎日 日常
だけど今でもたまに思うことがある
ハギオだったらなんでもしてあげるのにってね」(『南瓜とマヨネーズ』より引用)
主人公は、洋服屋で働く土田という女の子。ミュージシャン志望だったせいちゃんと同棲しています。無職であるせいちゃんとの生活費を稼ぐため、土田は洋服屋以外に、せいちゃんに内緒で水商売をしています。
せいちゃんとの同棲生活は「好きで好きでずっと一緒にいたくて」始めたものでは決してなく、「なんとなく」スタートした気楽なものでした。そう、土田の心の中には、ずっと想い続けている昔の男・ハギオの存在があったのです。
- 著者
- 魚喃 キリコ
- 出版日
- 2004-03-08
この物語の面白いところは、ふたりの存在に揺れる女心。土田が生活を共にして、生活の工面までしてあげている「表面上好き」なせいちゃんと、過去に妊娠して子供をおろしたという辛い経験までしたのに、ずっと忘れられない「内面上好き」なハギオという、それぞれの「好き」が描かれています。
二人の男を同時に「好き」でいる土田。物語を読み進めていくと、結局は、ハギオのことをずっと想いながら、「惰性」でせいちゃんと付き合っているんじゃないか、と思ったりもしますが、違うかも、と思わせる場面が登場します。
「だけど
ホテルに入る前にオヤジがかんだガムの味がきもちわるかった
すえた体臭で吐きそうになった
ねちこくて長いセックスはちっともよくなんかなかった」(『南瓜とマヨネーズ』より引用)
なんと土田は、せいちゃんとの生活費のために、水商売はおろか、ついには売春にまで手を出してしまいます。普通「惰性」で付き合っているだけの男の為に、ここまでするか?という疑問が、読者の中に浮かんでくることでしょう。
せいちゃんとの生活を守るため、身体まで売ってしまう土田は、実はそれほどまでにせいちゃんを愛しているのではないか?と。
「自分がなんにもないからってひとにびんじょうすんなよ」
「な…によそれ
なんにもないからびんじょうするってなによ
お金とってきて生活支えてんのは誰よ
びんじょうしてんのはあんたのほうじゃない
あんたがやりたいその音楽のせいであたしまでふり回されてんじゃないッ」(『南瓜とマヨネーズ』より引用)
せいちゃんに売春がバレてしまったとき、せいちゃんは怒り土田を責めます。それに対し「全部あんたのために」と土田は、すべてをせいちゃんのせいにします。
ここで、考えずにいられないのは、「好きな人のために」と思ってしていることは、本当は「自分のために」やっていることだったということ。相手にとって、自分の気持ちや行動が、いつの間にか重荷になっているという悲しい事実についてです。
恋愛でありがちな、結局「誰かを好き」なのではなくて「誰かを好きな自分が好き」という現象。では結局人が、誰かを好きになる気持ちって何なのでしょうか。土田とせいちゃん、そしてハギオ。果たして3人は、それぞれが思い描く幸せな結末に辿りつくことができるのでしょうか。男女の恋愛について深く考えさせられる、どこか心が苦しくなるような作品です。
『南瓜とマヨネーズ』については<『南瓜とマヨネーズ』の魅力ネタバレ考察!魚喃キリコの名作漫画!【映画化】>で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
第1位は、2002年12月より祥伝社「FEEL YOUNG」にて連載された『strawberry shortcakes』です。後に映画化もされた本作は、4人のどこにでもいる「普通の女の子」を軸にストーリーが展開していきます。
「なぜか涙が出てきて止まらなくなっていた
感情は言葉にして吐き出さないと
勝手に出口を見付けてしまう」(『strawberry shortcakes』より引用)
人気イラストレーターの塔子は、なかなか自分の本音を言葉にすることができない不器用な性格です。付き合っていた彼氏にフラれて捨てられたことが、本当は苦しくて仕方ない彼女。しかし誰にも苦しいとは言えず、彼女はその「感情を吐き出す」という行為を「食べ物を大量に食べては吐く」という過食嘔吐によって満たしています。
自分のやりたい仕事で成功している塔子は、いつもクールで落ち着いており、苦しさや心の葛藤なんて抱えてないかのように見えます。実際にルームシェアをしている友人・ちひろからは、羨ましがられ、密かに嫉妬されています。
誰にも吐き出せない感情を、イラストレーターという仕事で消化できているんじゃないかとも想像しますが、本作を読んでいるとイラストレーターという表現の仕事の孤独さも感じます。
自分の中から生まれてきたものを、誰の指示を仰ぐでもなく、絵という形にしていく。「産みの苦しみ」という言葉がありますが、塔子の抱える苦しさを想像すると、塔子を「大丈夫だよ」と言って抱きしめてあげたくなります。
- 著者
- 魚喃 キリコ
- 出版日
「何もない平凡なつまらない日々
それでも同僚の友達はあたしの話を興味深そうに聞いていた
あたしが持っている最大限の世界はこれなのかなと思ったら
急になにもかもがにくたらしくなった」(『strawberry shortcakes』より引用)
ふたりめは東京に何かを求めて上京したOLのちひろ。田舎出身であることに大きなコンプレックスを抱いています。塔子と違って何の才能もない自分に焦燥感を感じ、いつも居場所を探し求めています。しかし彼女も外見は可愛く、愛想が良く、彼氏もいて、一見なんの悩みもなさそうな満たされた女の子のように見えます。
4人の主人公の中では、一番「一般的によくいる女子」と言えるかもしれません。一緒に暮らしていながら、塔子の才能に嫉妬している彼女は、塔子の元彼が実はフタマタをしていて、結果的にもう一人の女を選んで塔子を捨てたことを噂で聞き、そのままを塔子に伝えると言う、意地悪さを垣間見せます。
自分より恵まれた何かを持っている人を傷つけることによって、自尊心を保っているのです。嫌な女だな、と思いながらも、自分にもそういうところ、あるんじゃないかと思ってぞっとしてしまった読者も多いのではないでしょうか。
「ははははッ
たかがセックスしたくらいであやまんないでよ
あやまんないでよ
バッカみたい菊池ー」(『strawberry shortcakes』より引用)
3人目はデリヘル嬢の秋代。彼女には専門学校時代からずっと片思いしている彼女持ちの男友達、菊池がいます。デリヘル嬢としての秋代には「1日9万円の価値」があります。それは「女として決して安価ではない価値」と言えるでしょう。しかし、秋代はいつも、菊池の前になると、好きという気持ちを必死で隠し、まるで男同士の友達のように接してしまいます。
彼女持ちの男友達を好きになった経験がある女性は、秋代に共感度100%ではないでしょうか。好きだけど、好きだからこそ、絶対に気持ちがばれないように必要以上に「女である自分」を隠して接する。
秋代は菊池と会うときはいつも、あえてスッピンに眼鏡、Tシャツにジーパンという、女を感じさせない格好をしています。こういう、男の人には分かってもらいづらい女心を描いているのも魚喃キリコの魅力ではないでしょうか。
秋代はある日、酒の力を借りて自ら「セックスしよう」と誘い、菊池と寝ます。しかし次の日の朝、菊池に「ごめん」と謝られてしまいます。心臓をすごい力で掴まれて、痛すぎて今にも泣きだしそうなのに、強がる秋代の姿は切なく、共感せずにはいられないでしょう。
「ああ
恋がしたい恋がしたい恋がしたい
それは突然やってきてあたしをいっぱいにするんだ
いつかくるいつか必ずそれはくる」(『strawberry shortcakes』より引用)
4人目は秋代が働くデリヘルで、電話番として働いているフリーターの里子。彼女はいつか素敵な人が目の前に現れ、恋に落ちることを夢見ながら、平凡で変わり映えのない日常を過ごしています。他の3人の主人公がはち切れるような悩みや感情を抱えている中で、一番穏やかで、心の葛藤が少ない存在として描かれています。
前向きで明るい里子は、まるで中学生のようにピュアで率直。読んでいると「本当に、素敵な王子様が里子の前に現れて、恋できるといいな」と思わせてくれる愛すべきキャラクターです。平凡な外見と、恋に夢を抱く可愛い性格。男性よりも女性に人気があるタイプの、クラスの大半を占めるであろう平均的女子です。
本作の面白いところは、この主人公4人の中に、必ず自分がいる、と思わせるところです。4人はそれぞれ、異なる性格をしていますが、皆、普通の女の子です。本作が映画化された際のキャッチコピー「最悪な出来事を乗り越えられたあたしには、なんだってできるような気がしたんだよ」(映画『ストロベリーショートケイクス』より引用)も、本作の魅力をこれでもかと言うほど表しています。
魚喃キリコが描く普通の女の子たちの日常がギュッと凝縮された、心の隅に大切にしまっておきたくなるような作品です。
普通に生きてると、楽しいことより苦しいことの方が多いように感じてしまいがち。だけど「明けない夜はない」という言葉があるように、生きていれば必ず「生きてて良かった」と思えるような出来事も起こります。
魚喃キリコの漫画は、そんな「普通の日常」を送る私たちに、「もう少し、頑張って生きてみようかな」と思わせてくれる力を与えてくれる作品ばかりです。読めばきっと「明日も生きていく勇気」を与えてくれるはずです。