少女漫画と聞くと、瞳が異常に大きな主人公が恋愛のことしか考えていないような漫画というイメージを持っている方もいるかもしれませんが、そんなことはありません。なかには「人生とは何か?」「家族とは何か?」といったテーマを掘り下げた作品もあります。 スマホアプリで無料で読める作品もあるので気になる方はそちらもどうぞ。
『海街diary』 構成比:家族20%、人生20%、日常20%、喪失15%、鎌倉10%、恋愛5%、友情5%、優しさ5%
香田三姉妹の元に父親の訃報が届く、というところから物語は始まります。この父親は不倫をして、姉妹が子どもの頃に離婚して家を出て行って約15年会ってないんですね。だから、正直そんなに悲しくはないんですけど、一応父親だからってことで葬式に出るために山形に行くことになり、そこで浅野すずという父親の再婚相手の娘と出会います。その再婚相手というのも既に亡くなっているため、娘のすずは今回の父親の死で実の両親をふたりとも亡くしてしまったことになるのです。そんなすずを三姉妹の長女の香田幸が鎌倉で一緒に暮さないかと誘い、すずは鎌倉行きを決意します。
派手さのないストーリーで、看護師の長女さち、信用金庫で働く次女よしの、スポーツ用品店で働く三女ちか、中学生の四女すずの日常を丁寧に描いていくというものです。
- 著者
- 吉田 秋生
- 出版日
- 2007-04-26
2巻に、すずの印象的なセリフがあります。
「かんたんに人のこと かわいそうっていう人 すっごムカつく!」
この物語は安易な理解も共感も否定します。安易さを否定した登場人物たちが辿りつくのは「ひき算の優しさ」です。
何かをしてあげる「たし算の優しさ」ではなく、あえて何もしない「ひき算の優しさ」。目の前で好きな人、大切な人が困っていたら、何かしてあげたくなるものです。でも、その何かしてあげたい衝動をこらえて、安易な行動ではなく、本当の意味で相手のことを考えた上での「ひき算の優しさ」を『海街diary』は描いています。
「ひき算の優しさ」を物語で描くのは非常に難しいのです。なぜなら、主人公が行動して問題を解決するというようなストーリーの方がわかりやすいですしカタルシスもあるからです。主人公は何もしなかったけれど問題が解決した、というのではあまり物語にならないわけですが、『海街dairy』は、その「ひき算の優しさ」の表現が抜群に上手く、大きな魅力となっています。
最後にもう少しだけネタバレさせていただきますと、長女の幸は不倫をしています。自分たち姉妹を捨てた親と同じことをしているわけです。一方すずは自分の母親が不倫をしたせいで、幸たちの家庭を壊してしまったことを負い目に感じています。そういう重層構造が本作では随所に見られ、それが深い表現に繋がっています。
ヘビーな物語だと思われるかもしれませんが、そんなことはありません。罪悪感の重層構造を「ひき算の優しさ」が柔らかく包み込んでいるからです。
映画を観て気に入った方は、是非この機会に少女漫画に挑戦していただければと思います。
『ちはやふる』 構成比:百人一首30%、友情15%、努力15%、勝利15%、青春15%、恋愛10%
『ちはやふる』は百人一首を題材とした少女漫画です。競技かるたというやつですね。
主人公は綾瀬千早という美少女。普通、少女漫画の主人公が、目をキラキラさせて頬を赤くして、「私、○○が好きだ」というようなシーンでは、○○にイケメン男子の名前が入るのが定番なのですが、この漫画では「私、かるたが好きだ」になります。スポ根少年漫画的な要素も兼ね備えているのです。
物語は、主人公の綾瀬千早と千早の小学校の同級生である綿谷新、真島太一の三人を中心に展開していきます。早い話が三角関係ですね。ただし、まったくドロドロしていません。爽やかさしかありません。
一話~六話(1巻~2巻)までは小学生編、七話以降(2巻~)は高校生編になります。2016年11月現在33巻まで出ているので、ほとんど高校生編ということになります。高校生になった主人公たちが大会に出場して、日本一を目指すという熱い王道ストーリーです。
- 著者
- 末次 由紀
- 出版日
- 2008-05-13
構成比を意識しながら読み返してみると、非常にバランスのとれた作品であることがわかります。少女漫画と少年漫画のいいとこ取りをしたような作品です。百人一首が中心となってはいますが、百人一首に興味がなくても楽しめる作品だろうと思います。百人一首というところで敬遠していた方も是非読んでみてください。
また、広瀬すず主演の映画も素晴らしい出来でしたので、そちらもあわせておすすめさせていただきます。
『ちはやふる』については<漫画『ちはやふる』の名言から最新34巻までネタバレ紹介!>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
広瀬すずがが出演した作品を見たい方は、こちらの記事もおすすめです。
広瀬すずの実写化した原作が魅力的!出演した映画、テレビドラマでの演技の幅に注目
『坂道のアポロン』 構成比:友情40%、青春20%、ジャズ15%、恋愛15%、60年代の空気感5%、方言5%
作品の舞台は1966年の長崎県佐世保市。1966年といえばビートルズが来日した年であり、60年代の後半はロックや学生運動が盛り上がる時代です。そんななか、ジャズを通じて友情を深めていくふたりの高校生のドラマを中心に据え、恋愛が絡み、それぞれの進路の問題なども絡みという風に物語は進んでいきます。
ごくごく普通の音楽好きの高校生の男ふたりが、どしゃぶりの雨の中を傘もささずに雨に濡れたり、意味も無く坂道を駆け抜けたり、学校祭で奇跡的なセッションをしてみせたりする。そんな青春がキラキラと、それでいてカラリと描写されているのは大変に魅力的です。それだけで十分だと思わせてくれる少女漫画です。
- 著者
- 小玉 ユキ
- 出版日
- 2008-04-25
たとえばこんなエピソードがあります。
主人公のボンをジャズの世界に誘った張本人である千太郎は文化祭でロックバンドに加入することになります。ロックは聴かないと言っていた千太郎の転向にボンは憤り、ふたりの距離は開いていきます。
文化祭当日、機材トラブルでライブが中断になり、間をもたせるため、ひとりでピアノを弾き始めるボン。トラブルにざわつく体育館、唐突なピアノの音に戸惑う観客、そこに今度は千太郎のドラムが重なります。アイコンタクトのみでコミュニケーションをとりアドリブを決めていくふたりに、観客の戸惑いは徐々に感動に変わっていきます。このシーンに象徴される「音楽の魔法×男の友情」が本作の最大の魅力です。
こぶしで語り合うだけが男の友情ではないと思います。心の琴線に触れるような友情ドラマをご所望の方、是非とも『坂道のアポロン』を読んでみてください。
『坂道のアポロン』について紹介した<『坂道のアポロン』は古くて新しい青春漫画だった!【ネタバレ注意】>の記事もおすすめです。
『かくかくしかじか』 構成比:ギャグ40%、師弟関係30%、後悔20%、絵を描くということ10%
この作品は、東村アキコの自伝漫画です。といっても、作者を知らなくても楽しめます。
高校3年時から物語は始まります。当時、美術部に所属し、美大を志望していた主人公(東村アキコ)は、友人にそのままでは受からないと言われ、絵画教室に通い始めることに。
その絵画教室には日高先生という強烈な先生がいまして、竹刀片手に指導をして、相手がJKだろうが関係なくぶったたいていくのです。主人公の私って天才かもという思い込みを竹刀と暴言でめちゃくちゃに打ち砕きます。
1巻は、この日高先生とのやり取りをギャグで表現することをメインにして進行していきます。まず、そのギャグのキレがハンパないです。だから単純にギャグ漫画としても楽しめるわけですが、この漫画はただのギャグ漫画ではありません。あえて言うなら、センチメンタルギャグ漫画というところでしょう。
この少女漫画の通奏低音は後悔です。それも圧倒的な後悔です。圧倒的な後悔の念が東村アキコにこの傑作少女漫画を描かせたのでしょう。
- 著者
- 東村 アキコ
- 出版日
- 2012-07-25
主人公は金沢美術工芸大学に進学します。絵画教室でのスパルタ指導を経て入学したわけですが、大学に入ってから絵が描けなくなってしまいます。そんな折、地元宮崎から日高先生が金沢に訪ねてきますが、主人公は先生のことを煩わしく感じ、自分のアパートに先生を放置して彼氏のアパートに行ってしまうのです。
それで結局、先生は特に何もやることなく宮崎に帰ってしまうのですが、主人公が先生を見送って自分のアパートに帰ってみると、宮崎の結構高い地酒が箱に入ったまま置かれていると。この地酒は、20歳を超えて酒が飲めるようになった教え子と、酒を飲みながら絵の話をしようと思って先生が持ってきたものなわけです。先生がいなくなった部屋で、未開封の地酒の箱をじっと見つめる主人公。そういう後悔のエピソードが語られます。
繰り返しになりますが、ギャグ漫画として無茶苦茶面白いです。笑えるんです。でも、笑えるがゆえに、悲しいんです。
昔の自分をぶん殴ってやりたくなるような後悔を笑いに昇華した素晴らしい少女漫画です。是非。
『かくかくしかじか』の名言を紹介した<『かくかくしかじか』の名言全巻ネタバレ紹介!東村アキコと日高先生の絆とは>の記事もおすすめです。
『グランマの憂鬱』 構成比:グランマカッコいい50%、優しい厳しさ20%、人情20%、村10%
グランマ(おばあちゃん)カッコいい!この一言に尽きる漫画。村人から持ち込まれたトラブルを百目鬼村総領のグランマが解決していく一話完結の痛快ストーリーです。このグランマがすごい!というランキングがあったら2016年の1位は本作になると思います。
毎話毎話、グランマのカッコいいセリフが炸裂します。たとえば、嫁姑の関係について、「お宅さまはさぞ仲が良ろしくていらっしゃるのねぇ?」と嫌味を言われた後のセリフ。
「嫁と姑が仲良くなる必要なんかないですよ
うまくいってる程度で
よし――としなくちゃ」
(『グランマの憂鬱』1巻より引用)
こんな風に生きるヒントも与えてくれる名セリフが毎話バシッと決められるのです。
- 著者
- 高口 里純
- 出版日
- 2016-08-17
グランマのカッコ良さを引き立たせているのは、4歳の孫亜子の存在でしょう。「ジジ・ババの役目はただひたすら甘やかす事」という考えのグランマは、時に厳しく亜子を甘やかします。
服をつかんでついてくる亜子に対してちょっと厳しい一言。
「いいコンビってのは
一人一人がちゃんと歩いてる者同士を言うんだ」
(『グランマの憂鬱』1巻より引用)
4歳の子にはちょっと難しいかもしれないとも思いますが、グランマの表情が優しいため、それほど厳しいものに見えないのです。いつも厳しいからカッコいいわけではなく、普段は優しく、そして厳しくする時も優しさがベースにあることがわかるから、よりカッコ良さが引き立つのです。
優しさをベースにした厳しさから導かれるグランマのカッコ良さ、そして人情味のあるトラブルシューティングが本作の魅力でしょう。すべてのエピソードで納得感あるラストにつなげるストーリーテリングも見事です。
『町田くんの世界』 構成比:人間愛50%、日常25%、家族15%、恋愛10%
本作は町田くんに男を学ぶ少女漫画です。さまざまな魅力を持った作品ですが、最大の魅力はなんといっても主人公町田くんのカッコよさになるでしょう。
カッコよさ、と言っても外見の話ではありません。1巻の表紙を見ていただくとわかるかと思いますが、町田くんは非常に平凡な容姿をしています。ではどこがカッコいいかと言うと、内面なんですね。
- 著者
- 安藤 ゆき
- 出版日
- 2015-07-24
5人兄妹の長男町田くんは1日の始まりからカッコいいのです。
朝食の準備をしている町田くんの横で、三男と次女がケンカをしていて次女が泣いてしまいます。三男にぶたれたと次女に言われたお母さんは三男を叱ります。
それを見ていた町田くんはそっと三男の頭に手を優しく置いて「その前にしおり けーごのおもちゃとっただろ そーゆーの兄ちゃんはいけないと思うな」と言うのです。
素直にごめんなさいと謝る次女に「素直にあやまれる子はいい子だよ」と言って、今後は次女の頭をなでであげます。
無事、ケンカの仲裁をして朝食の準備に戻ろうとする町田くんに、洗面器の水がバシャッとかかります。次男が水を入れた洗面器を持ったままつまずいてしまったのです。注意するかと思いきや町田くんは「いつも植木鉢の水やりしてくれて ありがとな」と言って、次男の頭をなでるのです。
水にぬれた服を着替えた町田くんは、ココアの袋を取ろうとして棚に手が届かない長女を発見。スッと無言でココアの袋を取ってあげます。
この朝の一連のシーンからわかるように、町田くんは優しい人間であるのはもちろんのこと、周囲の人のことをちゃんと見ているのです。三男と次女のケンカも、植木鉢に水をやっている次男のことも、ココアに手が届かない長女のことも、町田くんはちゃんと見ています。そして、すべてに愛をもって対応するのです。
ちゃんと見ていて、何かに気づいたら自然に手を差し伸べることができる、いつくしむことができる、それは町田くんが人を愛しているからなせることなのでしょう。
第1話を読み終える頃には、冴えないルックスの町田くんのことをカッコいい! と思っているはず。男の真のカッコよさは、外見ではなく、内面に宿ります。カッコいい男を目指して、少女漫画『町田くんの世界』を読んでみてはいかがでしょうか?
『町田くんの世界』については<漫画『町田くんの世界』の神対応を最終回まで全巻ネタバレ紹介!【映画化】>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
『11』 構成比:人生70%、ギャグ30%
11人の女性(うち1編は男性視点ですが)を描く1巻完結の連作短編集です。1話1話の質が高く、外れのない短編集になっています。
構成比は人生70%、ギャグ30%と書きましたが、本作の笑いは、笑わせにいくタイプのものではなく、一歩引いたシュールな笑いです。そのシュールな笑いの積み重ねによって、人生の深み、とでもいうべきものを表現している作品になります。
なぜ11人の女性をシュールに描いた短編集である本作が人生の深みを描くに至っているかというと、構成の巧みさゆえなんですね。読み返したくなること必至です。あまり書くとネタバレになってしまいますので、1巻だけだし騙されたと思って読んでみるかと思っていただけた方は、ここで記事を読むのをやめて、作品をお読みいただければと思います。
まだちょっと推しが弱い、と思う方は、下記のネタバレゾーンにお進みください。
- 著者
- いがわ うみこ
- 出版日
- 2015-02-24
11人の女性をシュールに描いた、と書きましたが、これだけでは本書の紹介としては不十分なのです。なぜなら、本書の肝は、11人の女性をシュールに描くことを通じて、ひとりの男の半生を描いていることだからです。
どういうことかというと、各短編の中心となる女性たちは、基本的にみな春義という男の関係者になります。同級生、家族、教師など、それぞれの視点から描かれる春義という男の半生が本書を貫く軸になっています。
はじめの短編ではその大ネタは明かされませんが、徐々にネタが割れてくるにつれて、深みを増し、シュールな笑いから人生の深みとでもいうべきものに軸足が移行していくのです。オチが秀逸な短編だなと思いながら読んでいた読者は、短編集の皮をかぶった長編であったことに気づいた瞬間、ページをめくる手を止められなくなるでしょう。
読み終えた後は、もう一度はじめから読み返したくなる方が多いと思います。
1巻で完結する、何度でも読み返せる作品です。少女漫画を普段読まないような大人の男性の方にもおすすめさせていただきます。
『ショートケーキケーキ』 構成比:恋愛50%、青春40%、友情10%
この記事ではあまり恋愛がメインの少女漫画はとりあげていませんが、せっかくなので、恋愛が中心のベタ甘な作品もひとつ。
主人公の女子高生天は、高校まで片道2時間かけてバス通学していました。天自身はあまり苦に感じていませんでしたが、友人のあげはに下宿した方がいいと言われ、高校近くの下宿に一度こっそり体験宿泊ことになります。
あげはの下宿先は、男3人、女2人が下宿していて、女部屋にひとり空きがあるという状況。体験宿泊で居心地の良さを感じた天は下宿することになり……。
- 著者
- 森下 suu
- 出版日
- 2016-01-25
本作の軸は、天を中心とした三角関係。相手は、同じ下宿先に泊まっている理久と千秋です。この3人のキャラクターの魅力がそのまま『ショートケーキケーキ』の魅力と言ってもいいでしょう。
ヒロインの天は肝がすわっている男らしい女の子。裏表のない、クールでサバサバした性格が魅力的です。『ショートケーキケーキ』の作者森下suuの代表作『日々蝶々』のヒロインは学園の高嶺の花という設定でしたが、本作の天は普通にちょっとかわいい女の子というキャラクター。でも、そんなちょっとかわいいくらいの天が、読み進めていくうちにめちゃくちゃかわいいと思えてきてしまうのです。森下suuの物語運び、表現力の妙によるものでしょう。
三角関係、と書きましたが、ドロドロしたものでなく爽やかな三角関係です。爽やかさの理由は理久と千秋の友情にあります。ふたりともイケメンでモテますが、タイプは180度違います。女の子に優しく周囲に気を配るリア充系男子理久に対して、千秋は食事中も本を読み続けるほど読書好きの天然系男子です。
ふたりとも徐々に天に惹かれていくわけですが、そのことで仲が悪くなることはありません。千秋は天も理久も好きという感じで、ツンデレの理久は「(千秋と友達で)いられるか」とか言いながら心の中では千秋のことを友人だと思っています。この男の友情が、本作を男性読者にも読みやすい作品に仕上げているのです。
天が誰とくっつくのかわからない、というタイプのハラハラ系三角関係ストーリーではありません。恋愛が中心ではありますが、高校生が下宿で共同生活を送る青春も同じくらいしっかりと描かれているため、青春物語が好きな方にも刺さるであろう少女漫画になっています。
男女問わずおすすめできる作品になっていますので、気になった方は是非読んでみてください。
『ショートケーキケーキ』について紹介した<【最新10巻】『ショートケーキケーキ』の甘々&ピュアな魅力ネタバレ紹介!>の記事もおすすめです。
『これは恋のはなし』 構成比:人生50%、恋40%、小説家の苦悩10%
主人公は31歳の小説家です。そして、ヒロインは10歳の小学生です。
と書くとキワモノな感じがしますが、そんなことはありません。最初から最後までダレることない素晴らしい構成でした。11巻の間に、小学生のヒロインは中学生、高校生と成長していきます。その間に主人公との関係が変化していって……という話です。
タイトルにあるように『これは恋のはなし』なのですが、同時に人生の話でもあります。ただの恋愛漫画ではありません。小説もそうなのですが、本当に素晴らしい恋愛ものというのは、恋愛を描くだけにとどまらないものです。恋愛の表層をなぞるだけではなく、真正面から恋愛と向き合った時に初めて触れることのできるテーマを描いています。
すなわち、人はどう生きるかということです。
そして、生きていく上で大切なものは何かということです。
- 著者
- チカ
- 出版日
- 2011-04-07
ネタバレになりますが、もう少しこの物語の魅力を書かせていただきますと、この少女漫画には疑似家族の暖かさがあるのです。
ヒロインの小学生ハルカは、父親は海外勤務、母親は入院中のため、ひとりで暮らしています。そんなハルカと主人公のシンイチが出会い、物語は始まります。
2巻では、海外勤務をしていた父親が帰国して、自分がいない間に娘が怪しげな男と知り合いになっているということで、不審に思うわけです。その後、シンイチと対峙することになるわけですが、おそらくここで、1対1で対峙していたら、物語はこのようには展開しなかっただろうと思います。
シンイチとハルカの父親の対峙のシーンでは、シンイチの元同級生ふたり、サトミと大垣が同席します。そこでサトミが、シンイチを中心とした3人でハルカの保護者の役割を果たすことを提案するのです。
31歳になってもシンイチの家に頻繁に集まっている3人の関係が素敵だと思いますし、会って間もない小学生の保護者役を買って出てしまうところもまた素敵です。
3人の31歳の大人と10歳の小学生は疑似家族を形成し、そのなかでハルカは成長していきます。3人とハルカの関係は、保護者→歳の離れた兄妹→友人というような形で変化していくわけでして、その過程を丁寧に描くことで、人生とは何かということを表現しているように思えました。
21歳差の恋というだけで敬遠しないで欲しいです。この設定でなければ描けない物語がここにあります。
『高台家の人々』 構成比:テレパス60%、空想40%
主人公は平野木絵という29歳の地味なOLです。ある日、ニューヨーク支社から超絶イケメン社員の高台光正がやってきて……というはじまり。
地味な女性と王子様という王道的な設定ですが、何がよくある少女漫画と違うかと申しますと、まず高台光正という人は、テレパスで人の心が読めるんですね。人間観察に優れているとかそういうことではなくて、もう丸わかりです。
もちろん、主人公の心も読まれてしまいます。で、その主人公は何を考えているかというと、大抵、空想をしているんですね。ドダリー卿がどうたらとか、ダッフンヌ神父がどうたらとか、くだらない空想をしていて、その空想が捧腹絶倒もの。電車で読むことはおすすめできません。
- 著者
- 森本 梢子
- 出版日
- 2013-09-25
本作の何が魅力かと言うと、テレパス:空想=6:4のブレンドが素晴らしいんです。
テレパスを扱った作品は結構いっぱいありますが、シリアスなものが多いです。シリアスっていうのは、人の心のどす黒い部分を読んでいくイメージですね。どす黒いっていうと言い過ぎかもしれませんが、ようは本音と建前の本音の部分です。もちろん口では嫌いと言っているけれど、本音は好きっていうパターンもありますが、いずれにせよシリアス成分多めになるだろうと思います。
それをこの作品は、テレパスと空想をミックスさせるというアイデアでコメディに仕上げているという。合わせ技一本って感じです。
森本梢子の作品といえば『ごくせん』が有名ですが、他にも『アシガール』という女子高生が戦国時代にタイムスリップする傑作コメディもあります。『高台家の人々』を面白いと思った方は、こちらも是非読んでみてください。
『さよならソルシエ』 構成比:もうひとりのゴッホ40%、兄弟30%、芸術30%
作者の穂積は、少女漫画界の新人王なのです。デビュー作『式の前日』が「このマンガがすごい!2013」で2位。2作目の『さよならソルシエ』は「このマンガがすごい!2014」で1位。しかし、これだけピックアップされていても、少女漫画を読まない方にはほとんど認知されていないのではないかと思います。
今回は穂積の初長編作品『さよならソルシエ』をご紹介します。
みなさん、ゴッホは知っていますか?
それは知ってるという話になるでしょう。絵描きのゴッホです。代表作は「ひまわり」とかですね。『さよならソルシエ』はゴッホの物語です。
ゴッホをご存じのみなさん、それではゴッホに弟がいたって知ってましたか?
みなさんご存じの絵描きのゴッホはフィンセント・ファン・ゴッホ、その弟はテオドルス・ファン・ゴッホです。
『さよならソルシエ』の主人公は弟のテオドルスの方です。テオドルスは何をやっているかというと、画商をしています。絵を売る人ですね。パリ一の画商と言われていました。
対して、絵描きの兄はダメ人間ですね。表現者の極致とも言うべきダメっぷりです。絵を取ったら何も残らないような人間です。有名な話ですが、ゴッホの絵は生前には一枚しか売れなかったんですね。それでもなんで絵を描き続けられたかと言いますと、弟のテオドルスが支援していたからなんですね。
- 著者
- 穂積
- 出版日
- 2013-05-10
テオドルス・ファン・ゴッホがいなければ、フィンセント・ファン・ゴッホは世に出て来なかったと思うんですよ。おそらく歴史上にはフィンセントと同じくらい才能があっても、世に出て来なかった表現者はいて、それはなぜかというとテオドルスがいなかったからだと思うんです。
穂積は少女漫画という表現の世界で生きる人間なので、テオドルスの存在の大きさというのが実感できるレベルでわかってるんだと思います。
全2巻。ゴッホに関する大胆な異説を展開しているので賛否両論ありますが、大人買いしても1000円いきません。おすすめです。
『積極―愛のうた―』 構成比:ラストの感動40%、恋愛30%、師弟愛30%
30年以上少女漫画界の第一線で活躍し続けている人気漫画家谷川史子。代表作、人気作をあげろと言われたら、『清々と』や『おひとり様物語』があがることが多いですが、今回は谷川作品の中でもそこまでメジャーでない短編集をご紹介します。
『積極―愛のうた―』に収録された「積極」は大学四年生の村主と引退間近の老教授鳥野の物語です。
卒業見込みも出て就職先も決まっていた大学四年生の村主は、自分が卒業するのと同じ春に定年退職を迎える老教授鳥野の助手として穏やかな日々を過ごしていました。充実した大学生活を送っていた村主でしたが、心残りもいくつかありました。そのうちのひとつは鳥野が目を合わせてくれないことです。
鳥野は、死んだ妻が悲しむという理由で、女子学生と極力目を合わせないようにしていることを宣言。一途な想いを知った村主は、鳥野の魅力にハマってしまい、以来、鳥野と目を合わせること、また鳥野が大切にしている『とりのうた』という本を見ることを目指しているのです。
- 著者
- 谷川 史子
- 出版日
- 2006-10-19
穂積の『式の前日』など、個人的に面白いなと思う短編を思い返してみると、どんでん返しがある、という傾向があることがわかりました。本作「積極」もその例にもれず、どんでん返し、と言っていいかはわかりませんが、ラストでの鮮やかな伏線回収があります。
特に漫画という表現においては、短ければ短いほど、伏線回収やどんでん返しの難度は上がります。ですので短編で感動させられる漫画家は非常に技量が高いと言えることになります。谷川史子は短編、長編のどちらにおいても打率の高い漫画家なので、本作が気に入った方は是非他の作品も読んでいただきたいです。
70ページほどの短編ですので、10分ほどで読めてしまうでしょう。谷川史子の優しい感動に包まれてみませんか?
『ドミトリーともきんす』 構成比:科学40%、詩心40%、ブックガイド20%
この本は、ある実在の人物たちに関するものなのであります。
朝永振一郎、牧野富太郎、中谷宇吉郎、湯川秀樹。この4人の名前を聞いて、ピンときた方。理系の方ですね。朝永振一郎、中谷宇吉郎、湯川秀樹の3人は物理学者で、牧野富太郎は植物学者です。この4人が学生時代にひとつの学生寮に住んでいたらという、心踊るような設定で物語は展開していきます。科学者版トキワ荘といえばピンとくる方もいるかもですね。
科学者に限らず、どんな偉人にも学生時代はあります。世間的にはまだ無名で、でも頭の中は凄いことになっているという。『ドミトリーともきんす』は、偉人になってからだとちょっと話しづらいけど、学生時代の彼らに会っていたら気軽に面白い話ができたかもしれないという発想の漫画なのです。
管理人のとも子さんと若き科学者の会話を中心にして、それぞれの著書の紹介もしているという、楽しみながら勉強もできる少女漫画です。
- 著者
- 高野 文子
- 出版日
- 2014-09-24
作中に引用された湯川秀樹の詩では次のようなことが語られています。
「詩と科学とは同じ場所から出発したばかりではなく、行きつく先も同じなのではなかろうか。
そしてそれが遠く離れているように思われるのは、とちゅうの道筋だけに目をつけるからではなかろうか。
どちらの道でもずっと先の方までたどって行きさえすれば、だんだんちかよってくるのではなかろうか。
そればかりではない。二つの道はときどき思いがけなく交差することさえあるのである。」
『詩と科学 ― 子どもたちのために ―』より一部引用
湯川秀樹の詩から一部引用させていただきました。さて、詩の文脈でいけば、詩と科学は同じところから出発し、途中で思いがけなく交差し、最終的には同じところに辿り着くということになります。出発点、交差点、到達点。この3点のうち、『ドミトリーともきんす』が描くのは、詩と科学の出発点の美しさです。
たとえば、鏡は左右反対になるけれど、上下反対にならないのはなぜだろう? とか。改めて考えてみると不思議ですね。不思議だと思うことが科学や詩の芽です。ゆうなれば、『ドミトリーともきんす』は科学や詩の種のような漫画なのであります。中学生や高校生にも是非読んでいただきたいです。
本屋さんに行くと、科学の専門書の棚に置かれていることもあり、まさに少女漫画と科学のブックガイドの交差点に位置する漫画といえるでしょう。
『まっすぐにいこう。』 構成比:来世は犬になりたい50%、動物への愛20%、90年代テイスト10%、青春5%
これは知らないという方も多いかもしれません。発表されたのが1991年。当時作者のきらさんは17歳。天才です。
表紙を見ていただければわかるかと思うんですが、90年代の感じが出ています。最近の少女漫画とは表紙からして違います。
本作はアニメ版も素晴らしいです。オープニングテーマはaikoの隠れた名曲『どろぼう』でした。『アンドロメダ』のカップリングです。アルバムには収録されていません。そんな曲をオープニングに持ってくるという血迷った決定をしたスタッフを心から称えたいと思います。
さて、少女漫画といえば、主人公は中学生か高校生で、なんかイケメンが出てきて恋愛してっていうのが多いと思うんですけど。『まっすぐにいこう。』は主人公からして違います。
小学生? それとも社会人? もしかして、おばあちゃん?
全部違います。
正解は、犬です。より正確に言うなら、雑種犬です。マメタロウです。むっちゃかわいいです。
というと、地雷だ、と思われる方もいるかもしれませんが、安心してください。面白いです。
- 著者
- きら
- 出版日
どういう話かというと、マメタロウの飼い主の女子高生郁子の高校生活を犬の視点から描いていて、郁子の恋愛の手助けなんかをマメタロウがするんですね。で、マメタロウ自身にもはなこちゃんっていうガールフレンドがいて、マメタロウは雑種犬なんですけど、はなこちゃんは紀州犬なんですね。それでマメタロウは自分の出自にコンプレックスがあるのですが、愛さえあれば関係ない!というお話です。
全26巻(文庫版は15巻)とちょい重たいですが、とりあえず1巻だけでも読んでみてください。ちょいと古いので本屋さんには置いてない可能性が高いですが、電子書籍化されてますので、そちらで読むのもいいかもしれません。
オールドスタイルなところはありますが、古さはあまりなく、発売から25年経っても面白く読める少女漫画です。
『心臓より高く』 構成比:ラストの感動40%、手タレ25%、恋愛15%、人生15%、吃音5%
『まっすぐにいこう。』に興味がなくはないけど、26巻は手が出しづらいという方、朗報です。天才少女漫画家きらは、短編も書けるんですね。
同じくきら作の『心臓より高く』は一巻で完結していて、80ページくらいの短編がふたつ収録されています。短編の漫画で感動させるというのは長編に比して難しいところはありますが、本作には80ページで泣かされました。伏線を回収したラストが素晴らしすぎます!
- 著者
- きら
- 出版日
- 2010-04-23
さて、この『心臓より高く』はどういうお話かと言いますと、手タレの話です。手タレというのは、手のパーツモデルの人ですね。携帯の広告で手だけ写ってるのとかあるじゃないですか、ああいう仕事をしている人です。
で、そういう職業の人は、手を女性的に見せたい時には心臓より高く、男性的に見せたい時には心臓より低くするんですね。そうやって、手の甲の血管の浮き出具合を調整するんだそうです。
あんまり詳しく書くとネタバレになりますのでこのへんでやめておきますが、天才の割にあんまり読まれてないなという作家ので、もし興味がありましたら是非とも読んでみてください。
以上15作選出させていただきました。確かに少女漫画のなかには大人の男性が読むに耐えないだろうなというものもありますが、こちらの15作品は大人が読むに耐えるものだと思います。お読みいただきまことにありがとうございます。