米グラフィック・ノベル界の先駆者ウィル・アイズナー生誕100周年にあたる今年、アイズナーを主役に据えるイベントがフランスやNYで開催されました。
アメリカ人コミックス作家/作家、ウィル・アイズナー氏の生誕100周年に当たる今年。氏がアート界に残した功績を讃える重要な展覧会やイベントが、フランス漫画の聖地アングレームのバンド・デシネ博物館やニューヨークのミュージアム・オブ・アメリカン・イラストレーションをはじめ、各地で予定されています。
長きにわたるキャリアの中で、コミックス界に多大な影響を与えたアイズナー氏(1917~2005)。1940年代の『The Spirit』から78年の『A Contract with God』まで、数々の作品を発表しただけでなく、このジャンルを見直し、再評価する運動を牽引もしました。また、シークエンシャル・アート(連続的芸術)を支持し、その存在を世間に知らしめた氏は、“グラフィック・ノベル”という呼称の一般化にも大いに貢献しました。
この呼称は、最近では文学作品に使われることもありますが、基本的には読んで字の如く、“グラフィック小説”を指すものです。アート・スピーゲルマンの『マウス――アウシュヴィッツを生きのびた父親の物語』をはじめ、代表的な作品群は真摯で意欲的姿勢を特徴としています。ただ80年代以降、この名が広まるにつれて、定義はややあいまいになっています。“グラフィック・ノベル”という呼称にはもともと野心が込められていました――子ども向けとしか思えないメインストリーム・コミックスとの決別を期する作家や支持者たちの強い思いです。
この名が生まれたのは1960年代のことで、コミックス批評家リチャード・カイルが1964年、少部数のニュースレターに寄せた、コミックスの未来に関する記事で用いたのが最初でした。その後、いくつかのファンジンにも登場します。ですが1971年から78年まで、間接的な言及を含めても、この言葉が出版物に載った回数は数えるほどでした。
1971年後半、DCコミックス『The Sinister House of Secret Love』が第2版の表紙に使い、短期間ではありましたが、“グラフィック・ノベル”という言葉が初めて出版物に載りました。
続いて1974年夏、コミックス作家ジャック・カッツのモノクロ誌『The First Kingdom』が、当初の売り文句だった長編SFファンタジーを連載“グラフィック・ノベル”に変え、再び登場しました。
1976年には、2冊のモノクロ大型ハードカバー本のパラテクスト(タイトル・ページやカバーのそで)にこの呼称が使われます。いずれも60年代アンダーグラウンド“comix”ムーブメントに多少関わりのあるもので、1冊は西海岸のアンダーグラウンド紙に発表されたSFものを忠実に再録したジョージ・メッツガーの『Beyond Time and Again』。もう1冊が『Bloodstar』で、これは作者リチャード・コーベンが『英雄コナン』の生みの親ロバート・ハワードの短編ファンタジーを下敷きにして書き上げたものでした。
1976年にはまた、編集者/ライターのバイロン・プライスがFiction Illustrated誌を創刊します。裏表紙に「アメリカ初の大人向けグラフィック・ノベル・レヴュー」と記したこの雑誌は4号にわたり、それぞれ独立したコミックス小説をカラーで出版しました。
そしてついに1978年、ウィル・アイズナーの『A Contract with God』が出版されます。書籍の体裁を取り、ページをセピア色で統一したこれは、1930年代のNYはブロンクスの安アパートとその住人たちを描いた半自伝的物語を4篇収録したもので、表紙には“グラフィック・ノベル”の文字が記されていました。
これらはどれも、アイズナーの影響が色濃い現代のいわゆる“グラフィック・ノベル”の定義から大きく外れています。また、互いにまったく異なってもいます。白黒/カラー、古典的なコマ割りと吹き出し/別のテキストと絵の組み合わせ、シリアス調/風刺調、連載/読み切り、大型本/小型本など、形状も形式もばらばらです。
この多様性に、当時生まれつつあった米コミックス界の動向がはっきりと現れています。多様な発想の底にあるのは、このムーブメントの主役たちの熱意です。これらは『マウス』や『ファン・ホーム~ある家族の悲喜劇』など、現代グラフィック・ノベルの傑作群から一般に連想される自伝・回想録の類ではありません。それどころかジャンル小説(SF、ファンタジー、ノワール)であり、それぞれが主題、物語的比喩、そしてコミック・ブックや先輩にあたるパルプマガジン、あるいは映画からの引用を基に構築されています。
ただ、それより何より、注目すべきはこれらの本がすべて――『The First Kingdom』にしろ、『A Contract with God』にしろ、『Bloodstar』にしろ――自らの形態、つまりコミックスに対する同じ情熱を共有している点です。
1964年、リチャード・カイルは「コミック・ブックを若者市場の外に出し」たいと、コミックスは「文学の領域に確固たる地位を占める」にふさわしいものだと考えました。1976年、バイロン・プライスもFiction Illustrated第1号の創刊の辞において、同様の目標を掲げています。「本誌Fiction Illustratedの志は、大人の読者および姿勢を獲得することにある。我々は新たな概念、新たな登場人物たちを、子供向けの市場や特定のジャンルの需要におもねることなく、自由に発表できる場になることを目指す」
ここに挙げた初期グラフィック・ノベル作品を見ればわかるとおり、何をもって“大人”とするのかは個々のクリエイターによって異なります。彼らを結び付けているのはただ一つ、各々の時代のメインストリーム作品を拒絶する姿勢です。彼らは第一に、そして何よりも、メインストリームのコミック・ブックと一線を画することを目指します。その形態、ニューススタンド(新聞雑誌を売る露店)という販売の場、そして主題(主にスーパー・ヒーローもの)は、彼らにしてみれば、芸術的自由やアートとしての認知という望みを打ち砕くものにほかならないからです。Fiction Illustrated創刊号に、バイロン・プライスは書いています。「コミック・ブックは大半が子どもを対象に作られており、そのため子ども向けと見なされ、子どもに向けて販売されている」
ウィル・アイズナーも『A Contract with God』の序文にこう書いています。「破壊をもくろむ悪者から地球を守るスーパー・ヒーローだけじゃない(中略)。漫画家として扱うべきものは、間違いなくもっとほかにあった」
ここに挙げたグラフィック・ノベルに共通するのは、こうなりたくないという姿勢です――いわゆるコミック・ブックにはならない(雑誌やダイジェスト誌、ハードカバー本になる)、スーパー・ヒーローものにはしない(スペースオペラや壮大な冒険ファンタジー、推理ものや人生を描いたリアルな物語にする)、子どもじみたものにはならない。
ここに挙げたグラフィック・ノベルのうち、象徴的存在となり、出版界で生きながらえたのはアイズナーのものだけでした。『A Contract with God』はこのジャンルの進化発展における画期的存在として、再版や復刻を続けています。一方、そのほかはほとんど、あるいは一度も再版されていませんし、グラフィック・ノベル史に欠かせない作品として語られ、考察されることもめったにありません。
初期グラフィック・ノベルが競うように試したさまざまな手法のうち、世間に広まったのはアイズナーのものだけでした。現代的な視点で見ると、たとえば『Bloodstar』のような、巨大な芋虫と戦う未開人を描いたものを作家性の強い野心的グラフィック・ノベルと捉えがたいのはたしかです。ですが、歴史を紐解けば、グラフィック・ノベルという言葉を用いた先駆的作品群が模索したのは、伝統的な文学の模倣ではなく、コミックスという分野の中での区別と解放だったことがよくわかります。彼らは物語を、それがどんなものであれ、子どもが読むものという前提に縛られることも、自らの大志を犠牲にすることもなく、自由に紡げることを望んでいたのです。
ただし、文学の形に極めて寄せた作品しか人々の記憶に残らないのは当然ですが。
Jean-Matthieu Méon
仏ロレーヌ大学CREM情報&コミュニケショーン科学課講師
The Conversation(theconversation.com)より転載
Text:(C)The Independent / Zeta Image
Translation:Takatsugu Arai
- 著者
- アート・スピーゲルマン
- 出版日
- 1991-08-01
- 著者
- Will Eisner
- 出版日
- 著者
- ウィル アイズナー
- 出版日
- 2015-03-11