小説を書くこととプロレスは似ていた

更新:2021.11.28

初めまして! プロレスラーのKUSHIDAです。私はこれを書いている今、海外遠征中でニューヨークにいます。プロレスラーという仕事は旅から旅の連続。日本全国を巡業しながら、試合をして、オフになると、今度は海外での試合が入ります。5月は今のところ自宅に3日しかいれませんでした。膨大にある移動時間、私は本を読みます。本が好きです。

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私が目指す究極は「試合会場入りして、練習して、コスチュームに着替えて、本を開いて、自分の出番を待つ」というスタイル。でも、まだ試合前に本が読めるほど、心臓に毛は生えておらず、やっぱり緊張してしまいます。これが出来たらプロレスラーとしては達人の域ではないでしょうか。心を落ち着かせて、本を開き、人生の疑似体験をする。“本は文字ではない。本は人である”。そう吉田松蔭の言葉にあるように“プロレスは技ではない。プロレスも人である”と私は思います。

プロレスは筋骨隆々で誰よりも力が強いレスラーが、必ずしもチャンピオンになれるとは限りません。プロレスはあらゆる“可能性”に満ちています。本もまた然り。文字の配列だけで、どこにでも行けるし、何者にもなれます。本とプロレス。語れるプロレス、語れる本に共通することは圧倒的な読後感ではないでしょうか。

これから私が語れる本を紹介させて頂きます。「何を読んできたかではなく、これから何を読むか」。これをきっかけに、読んだことのない本に、そしてプロレスに興味を持ってくれたら嬉しいです。

職業としての小説家

著者
村上春樹
出版日
2015-09-10

小説家とプロレスラー……表現方法は180度、いや360度違えど、生き方はそっくりなんだなと確信できた1冊。本書に書かれた小説家という名の変わり者の姿は、プロレスラーにそのまま置き換えることができる。共通するのは“続けること”の大変さ。1冊なら書けるかもしれない小説、されど小説家として生きていくには、書き続けなければならない。作品を生み続け、さらに評価する者が設定するハードルを越えてこそ、初めてお金が生まれるという、そんな孤独な闘い。書き始めたのは自分、書き納めることができるのもまた自分しかいない。

それこそが、職業としての小説家でありプロレスラーである。チャンピオンとして、タイトルマッチの意味を丁寧にプレゼンテーションし、挑戦者の存在価値すらをも引き上げ、その上で叩き潰す。私の保持するIWGPジュニアヘビー級選手権は今のところ、4度の防衛に成功している。私もいつか『職業としてのプロレスラー』という本を書いてみたい。

火花

著者
又吉 直樹
出版日
2015-03-11

読みやすい、面白い、そして泣けた1冊。冒頭1ページを読んだ段階で、この人が書く小説は、頭に入ってきやすい文字の配列だという感覚があった。読むのが比較的遅い私でも1時間かからずに、サクッと読めた。

取材や撮影で芸人さんとお仕事する機会がある。生中継ではないにせよ、ディレクターの「本番、スタート!」の声がかかれば現場は一発本番、ライブの緊張感に包まれる。そんな空気で膨れ上がっていく風船に絶妙なタイミングで笑いという針を刺し、空気を抜く。適材適所、その言葉のチョイスは頭の回転が早くなければ、生まれない匠の技だ。この本を読めば、納得できる。「読みやすい小説って、書くの難しいんだろうなぁ~」と感じると同時に「でも、なんかプロレスラーの私にも書けるかも!? いや、小説書きたい!」。そんな衝動に掻き立てられた1冊である。

「東京ドーム」 『NEW WORLD』より

著者
出版日
2016-06-08

又吉さんの『火花』は、獣神サンダー・ライガーの「場外での垂直落下式ブレンバスター」を食らったときのような、脳に強すぎる刺激があったようだ。雑誌のインタビューで今後の目標は「プロレスラー初の直木賞作家になる!」と大ボラを吹いてしまったのだ。それをどこからか聞きつけた新潮社から、まさかのまさか! KUSHIDAに小説を書いて欲しいという仕事が、本当にやってきてしまった。

執筆期間4カ月。魂入れて書いた約2万字。最終的に文字を削る作業に苦労した。身体のデカい新人プロレスラーは焦って、動き過ぎてしまう。これは伝わるか不安で、丁寧に説明し過ぎてしまい、文章がやたら長くなってしまう小説と同じだった。

小説を書く上で“どこを詳しく、どこを簡潔にするか”は、プロレスの試合の“どこで得意技を畳み掛けるか”といった攻守のペース配分と似ている。さらに、若手にアドバイスしがちな「とにかく勝ちたいという気持ちをリングに出せ!」は「この小説は何を言いたいのか、どこへ向かっているのかをはっきり表現する」ことと同じことだった。

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