才色兼備。この言葉が似合う作家、川上未映子。容姿の美しさはもちろんですが、小説、詩、音楽と、その才能は多岐にわたります。「女性であること」と力強く向き合う美しさを持つ言葉で綴る文章が魅力。そんな川上未映子の著作のなかからおすすめの小説をランキング形式でご紹介していきます。
川上未映子の職業は一体なんなのでしょう?そう考えてしまうほどに多才です。小説家、詩人、音楽家、そして女優。自称、文筆歌手という肩書だそうですが、その一言でも表しきれているのか疑問です。音楽家としてアルバムを出したかと思えば、詩の掲載、そして小説の執筆。女優としても2つの新人女優賞を受賞してしまうほどです。
もちろん受賞歴は演技だけではありません。小説の世界での受賞歴は華々しいの一言。芥川賞、中原中也賞、谷崎潤一郎賞とこれでもまだ全て書けていません。
2016年には、英語圏で最大の文芸誌「Granta」から、日本の若手ベスト作家の1人として選ばれています。川上未映子の引力は、世界的なものだということでしょう。
そんな彼女の文体は、口語とは言わないまでも、口頭で喋る時の勢いや流れをそのまま書き綴ったようなリズムが特徴。その内容は、「自分が女性であること」と向き合うようなストーリーが多いといえるでしょう。みずみずしい感性と言葉によって、前向きに自分の「生」を捉えていけるような作品に背中を押されたい方におすすめの作家です。
この記事では川上未映子の小説を、2021年7月時点でのECサイト売上順を参考に独自のおすすめランキングにして紹介していきます。
川上未映子のエッセイや詩集などの著作について興味がある方は、こちらの記事をご覧ください。
川上未映子のおすすめエッセイ&詩集!芥川賞作家の小説以外の著作も魅力
芥川賞作家として小説で人気を博している川上未映子ですが、エッセイや詩などの著作も多数。この記事では小説以外の川上未映子の著作を集めてその内容や魅力を紹介していきます。ミュージシャンや女優としても活躍しており、リズミカルな文体がみずみずしい作品が揃いました。
同作者による『乳と卵』に登場した人物らが再び物語を紡ぎます。
小説家を目指しながらアルバイトで生計を立てている主人公・夏子は、38歳になり「自分の子ども」を持つことについて真剣に考えていました。しかしいいパートナーがいるわけではありません。
そこで夏子は精子提供による出産について考えるようになります。そんななか、精子提供によって生まれたという男性・逢沢潤と出会います。彼は本当の父親を探していました。彼に心惹かれていくのですが……。
夏子の姉や周囲の人々からも、子どもを持つことについての考えや社会的な性についての相談を受けることが多くなります。それぞれの登場人物らが、この世に生を受けることについてそれぞれの考えを言葉にしていきます。夏子がたどり着く答えとは?
- 著者
- 川上 未映子
- 出版日
誰もが、この世に生まれた意味とは?と考えることが一度はあるのではないでしょうか。本作はその問に対して、「産む」かどうかの判断の時にある主人公らを介して答えを探っていくような物語になっています。
次に紹介する『乳と卵』のテーマをさらに深めたような本作。『乳と卵』を読み、共鳴したり疑問に思ったりした方には特におすすめの一冊です。もちろん『乳と卵』に登場した緑子の成長も描かれていますよ。
言葉を発しない姪っ子の緑子、その母にしてわたしの姉である巻子が、揃って大阪からやってきます。巻子の豊胸手術のためです。母子家庭であるこのふたりは、何があったのか言葉を交わしません。その代わりに、緑子は筆談でコミュニケーションを取ります。そんな中わたしを巻き込んだ3日間が過ぎていくのです。
巻子の妹の視線で語られるたった3日間の出来事で、ページ数もけっして多くないのですが、その文章の中には、普遍的な人間の(主に女性の)悩みが凝縮しています。
- 著者
- 川上 未映子
- 出版日
- 2010-09-03
物語は、緑子と巻子の対比と、巻子の妹のわたしの言葉によって進みます。成長により女になろうとしている緑子と、豊胸手術により女を手に入れようとする巻子。それを見聞きするわたし。小ノートに言葉を書き喋らない緑子とペラペラとよく喋る巻子。それを見聞きするわたし。幼い女児としての悩みと妙齢の女性としての悩み。これらの対比と言葉が、女性の美しさや辛さ、悲しみ、そして強さを、あぶり出していくのです。
言葉を発しない緑子は、記録の中では雄弁です。緑子の姓に対する思考は、男が読んでもハッとさせられます。なかでも1番印象に残るのは、生理についての緑子の考え。
「生理がくるってことは受精ができるってことでそれは妊娠ということで、それはこんなふうに、食べたり考えたりする人間がふえるってことで、そのことを思うとなんで、と絶望的な、おおげさな気分になってしまう、ぜったいに子どもなんか生まないとあたしは思う。」
(『乳と卵』より引用)
女性の強さもつらさも美しく抉り取る、川上未映子の記念すべき芥川賞受賞作品。男女問わずおすすめです。
主人公は14歳の「僕」。斜視が原因で周りからは「ロンパリ」と呼ばれ、いじめを受けていました。ある日、容姿が良くないためにいじめを受けていた女の子・コジマから、「私たちは仲間です」と書かれた手紙が届きます。この手紙をきっかけに、2人は交流を深めていくことになりました。
コジマとともにいじめに耐える毎日を送ってきた「僕」でしたが、いじめによる怪我の治療で行った病院で、手術をすれば斜視が治せることを知ります。いじめの原因を治せることを知った一方で、コジマと結んだ友好関係が崩れることを恐れた「僕」は、今後について悩み始めて……。
- 著者
- 川上 未映子
- 出版日
- 2012-05-15
芸術選奨文部科学大臣新人賞、紫式部文学賞を受賞した、非常に評価の高い作品です。いじめ問題に正面から向き合っており、実に残酷で生々しい惨状が伝わってきて、思わず目を背けたくなる場面もあるかもしれません。
そのような過酷ないじめを受けながらも「僕」とコジマは親睦を深めていくのですが、エスカレートするいじめを受容する態度を取るコジマの姿が印象的です。彼女の持つ思想はどこか宗教を感じさせるものがあり、他の人とは違った場所から物事を見ています。彼女の存在によって、人間の強さや弱さとはなにかを、問題提起しているのです。
悩みぬいた末に、「僕」はある決断を下します。しかし、それが正しい決断であるかどうかは、誰にも分かりません。いじめを通して語られる、善と悪。人間の本質について考えさせられる名作です。
主人公は、校閲の仕事をする34歳の独身女性、入江冬子です。交友関係は狭く、今までにお付き合いしてきた男性も1人だけ。特にこれといった趣味もなく、家に帰っても部屋にこもり、原稿の直しをひたすらする生活を送ってきました。
そんな彼女でしたが、ある日、チラシで見かけた新宿のカルチャーセンターに出向きます。しかし、飲んできた日本酒の影響で体調を崩し、その場で嘔吐してしまいました。そこで彼女を助けたのが、高校で物理を教える50代の男、三束です。このでき事をきっかけに、2人はたびたび会うようになり、冬子の感情にも変化が出てきます。
- 著者
- 川上 未映子
- 出版日
- 2014-10-15
川上未映子初の長編恋愛小説です。さえない30代の女性を主人公とする物語は、淡々としたトーンで進み、三束との出会いをきっかけに少しずつ揺らいでいく気持ちが細やかに表現されています。
この作品のキーワードは「光」です。冬子の歩んできた人生は薄暗い闇で覆われており、この先の希望もなく、毎日が同じことの繰り返しだと思っていました。しかしちょっとした出会いから、そんな彼女の人生にもかすかな光が差し込みます。ほんの少しの光でも、生きていくための糧となるのです。
緻密に描かれる、人間が抱える孤独と温かさ。その狭間で揺れる冬子は、三束との関係をどのような形で続けていくのでしょうか?切なさで胸が苦しくなる、ひとりの夜にじっくりと読みたい一冊です。
女性の語り手による、女性同士の関係が描かれた4つの短編が収録されている『ウィステリアと三人の女たち』。ほとんど男性は登場しないというのが最大の特徴です。
表題の作品のあらすじを紹介します。結婚して9年になる「わたし」夫婦はどうやらセックスレスが原因で不仲のようです。その家の向かいにある、大きなお屋敷が解体され始めますが、半分ほど取り壊されたところで工事は中断。「わたし」はそこに住んでいた老女の記憶を思い出し始めます。
しかしよく思い出すことができないうえに、工事現場には腕が長すぎる不思議な女性が出没。ある夜「わたし」は半壊の家に忍びこみ、そこで老婆の記憶と同化していきます。
- 著者
- 未映子, 川上
- 出版日
老婆の記憶と同化していくシーンの語り口はなんとも巧み。「わたし」の推測文から第三者の視点への移り変わり、スムーズに記憶の中の他の人物が喋りだすような感覚が味わえます。
表題作のほか女優になった女性が同窓会に参加する「彼女と彼女の記憶について」、女子寮で暮らす主人公がルームメイトと付き合うことになる「マリーの愛の証明」にも、性にまつわる主従関係のような描写が見られます。自分の記憶に捉われることや、孤独と向き合うこと、不安、欲望について考えを深めたい方におすすめの短編集といえるでしょう。
本作は、川上未映子の小説家としてのデビュー作となった中編小説です。歯科医院の助手のアルバイトとして働く「わたし」は、幼いころから歯を磨いたことがありませんが、恐ろしいくらいに健康的な歯を持っています。そんな彼女は、自分の本質である「私」が、歯に詰まっていると考えていました。
主人公の「わたし」には、中学時代に知り合った青木という恋人がいましたが、彼が忙しいため会えない日々が続いています。ところがある日、青木が治療のために歯医者にやってきたのです。久しぶりに彼を見た「わたし」は、同僚の忠告を無視して彼を追いかけていきます。
- 著者
- 川上 未映子
- 出版日
- 2010-07-15
青木を追いかけていった先には、彼の恋人らしき女性がいました。そして、彼らとのやり取りの中で、青木のことを思っていた「わたし」は、奥歯に存在している本質的な「私」であることに気づきます。自我の分離と直面し、混乱する主人公の姿は狂気を感じるほどに激しく、自己の消失を恐れる人間の弱さも垣間見えて、思わず身震いしてしまうような緊迫したシーンです。
物語の最後で、川端康成の『雪国』の冒頭文を持ち出し、世界について述べている部分も見事です。選び抜かれた言葉とリズムでの描写は、何度も読み返したくなる魅力と価値があります。川上ワールドのはじまりを、ぜひ体感してみてはいかがでしょうか?
宝箱のようだと感じる物語です。忘れてしまったことも、覚えていることも、この物語の中には繊細に、そして鮮明に描かれています。
2つの章に分かれていて、それぞれ、小学校低学年の頃の麦くん、小学校高学年の頃のヘガティーの視点で「あこがれ」というキーワードを軸に語られます。
前妻とのあいだにも女の子が産まれているという、知られざる父の過去を知り、顔も知らぬ腹違いの姉に会いに行く、ヘガティーストーリー。これは一人の女の子の成長物語なのですが、泣けて笑える、心に染み渡る作品です。
- 著者
- 川上 未映子
- 出版日
- 2015-10-21
麦くんのエピソードは特に印象的です。ミス・アイスサンドイッチと命名した、スーパーの中にある店でサンドイッチやパンを売っている女性に好意を抱くのですが、それが恋心だとは分からない、でも気になってしまい、店に通いたくなってしまう。そのもどかしい少年心を恐ろしく捉えた描写は必見です。その冒頭だけご紹介します。
「ぼくの順番なんてずうっとこなければいいのにとおもいながらぼくはまばたきだってほとんどしないで、ただひたすらにミス・アイスサンドイッチをみている。」
(『あこがれ』より引用)
この感覚、知ってるはずです。
幼い頃の視点だから感じることができることがあると思います。それは、やはりもう忘れてしまったり、あるいは印象的なことだけは鮮明に覚えていたりしますが、確実に私たちの今現在の礎になっているはず。この一冊には、もしかすると忘れてしまっていたあの頃の感情が詰まっているかもしれません。あの頃の気持ちを思い出せる宝箱を開けてみたいと思いませんか?
この本の中には、7つの花壇があります。それぞれが色彩豊かで、見るものの心を穏やかにさせるのですが、時折、枯れた花や、折れ曲がった花などが、見え隠れします。心の中はとても穏やかなのに、そこには確かに生と死が共存していて、悲しみや切なさが生まれます。ただ単純に綺麗なだけじゃないんだと考えさせられる瞬間です。7つの物語のなかでも、特に印象的な1作品をご紹介します。
- 著者
- 川上 未映子
- 出版日
- 2016-04-15
「いちご畑が永遠につづいてゆくのだから」というタイトルの短編は、男女の機微を描いています。なんとなくではあるけれど、確かに近づいている別れの瞬間。そこに至るまでの、日常だった生活と少し変わってしまった、今の日常。その些細な変化を見事に切り取り、リズミカルに描写しています。
「結局。部屋にある電気をぜんぶつけて、その光を全部見ても、くしゃみは体のどこかへ消えてしまう。」
(『愛の夢とか』より引用)
実に詩的です。
1番素敵だと感じたのは、文章の作り方。ひと段落ごとに〇〇。で始まり、その〇〇。がそのセンテンスの意味をまとめ、さらに題にもなっているのです。文章そのものの美しさもさることながら、目で見て美しいというのは、詩ならではだと思えます。何度でも読みたくなってしまいます。
ほかの作品も、日常の中で起こりえる些細な感情の機微を、繊細に描いています。谷崎潤一郎賞受賞作でもある川上未映子初の短編集をぜひ。
歌、演技とマルチな活動をみせる川上未映子ですが、彼女の根底にはいつも普遍的なテーマがあるように感じます。それはもちろん小説のなかでも書かれていましたが、アニメーション監督の新海誠と出演していた【2016年9月10日放送のSWITCHインタビュー 達人たち】のなかでも色濃く表れているのです。幼少の頃から死を身近なものと感じた、と当然のように語る川上未映子の姿は、異質に感じながらも、純粋に生きているんだなと思いました。
誰にでも共通して訪れる事柄を、独自の視点、切り口で書き説いている彼女。私たちは川上未映子の生み出した文章から、それらを読み解くことで、日常をさらに輝かしいものにできるのかもしれません。