ハードロマンと呼ばれる作風の小説だけでなく、動物小説も社会派ミステリーも数多く執筆している西村寿行。 半村良、森村誠一とともに「三村」と称される寿行作品のおすすめを6作ご紹介します。
西村寿行(にしむら じゅこう)は1930年に香川県香川郡雌雄島村の網元の家で生まれ、父親は満州馬賊であったそうです。少年時代は南洋一郎の小説やターザン映画を好み、漢詩も読んでいたとか。作品のタイトルが漢詩調なのはその影響もあるかもしれません。
旧制中学を卒業後、多くの職種を経験し、1969年に動物小説『犬鷲』でオール読物新人賞佳作を受賞したことで、西村寿行は作家としてデビューしました。
趣味としていた狩猟で野生動物の知識の他、「人間より犬が好き」と公言するほど猟犬に愛情を持っており、これらの経験が多くの動物小説、他の作品で生かされています。
菜食主義者ながら、かなりの酒好きで、毎日の執筆は二日酔いではじまっていたと言われています。毎月こなしていた原稿枚数はなんと800枚。週末ごとに編集者たちと大宴会をしても、締め切りには遅れたことがなかったそうです。
さらに、執筆に際して徹底的に調査を行い、1本の小説を書くのに大量の資料を読みつくしていたとか。ブラジルとボリビアを舞台にした『炎の大地』に関しては、長くブラジルに在住する日本人でさえ、「どうしてこんなことまで知っているんだ」と驚いたそうです。
文体の特徴としては、断定調の短いセンテンスを並べ、叙事詩のような雰囲気を持ち、格調高くて重厚です。人物表現を際立たせ、ストーリー展開にもスピード感を与えており、多くの作家に影響を受けています。
また、西村寿行は、ある意味の処女作としている『化石の荒野』のあとがきで「謎という要素は小説構成の上で大変重要だが、トリックというのが性に合わない。だからそれを冒険に置き換えた。追うものと追われるもの、死に物狂いで闘うもの――それがぼくのテーマである」と語っています。
動物小説にはじまり、ノンフィクションを経て社会派ミステリー作家として西村寿行が注目を浴びていた頃、レイモンド・チャンドラーの『プレイバック』に出てくる名セリフを「男はタフでなければ生きていけない。優しくなければ生きていく資格がない」と訳したことで知られる作家・生島治郎から「冒険小説を書いてはどうか」と勧められて書いたのが本作です。
代議士の不審死事件を単独で捜査していた東京地方検察庁刑事部の検事・杜丘冬人は、新宿駅の雑踏の中で見知らぬ女性から強盗強姦の犯人だと言われます。更に、自室から盗まれたと言われている紙幣が発見され、何者かの罠であると悟ります。
そして、警察から逃げながらも、杜丘は自分をはめた敵の正体を暴こうと決意するのです。杜丘を陥れた者は一体誰なのか……。
- 著者
- 西村 寿行
- 出版日
関係者がつぎつぎと殺され、手がかりを失っていき、杜丘は絶望的なのですが、ロマンスも折り込みつつ、物語は休みなく展開していきます。ミステリーからハードボイルドへの過渡期に書かれたため、かなりハチャメチャな部分もありますが、そこは西村寿行。さすがの筆力で読ませてしまいます。
他に類似作家のいない西村寿行のハードロマン1作目。ぜひ手に取ってみてください。
警視庁捜査一課の刑事・仁科草介は、ある日、二人連れの男に襲われ、意識を失ってしまします。眼を覚ますと、そこには射殺死体と、それに使用された自分の拳銃が転がっていました。刑事でありながら殺人犯として追われる仁科。彼に手を差し伸べたのはなんとCIAでした。
事件のきっかけは終戦直後にまで遡り、ある「お宝」にも関わってきます。同時に仁科の出生の秘密にも……。
- 著者
- 西村 寿行
- 出版日
終戦直後の、日本降伏を認めない徹底抗戦を叫ぶ厚木基地から飛び立った最新鋭戦闘機や与党の大物、その息子。「お宝」を巡っての争い。古典的な冒険小説の定石をふまえつつも、仁科の過去や終戦直後の北海道の寒村でなにがあったのか、などのミステリー要素もあります。
ミステリーとしても冒険小説としても充分に楽しめる西村寿行の作品ですので、本当におすすめです。特に冒険小説が好きなら、避けては通れません。
ある年の10月。関門トンネルで青酸ガスによる大量無差別殺人が発生し、短時間で死者はほぼ300人という大惨事が起こります。この事件にテロリストの存在を感じた内閣は、閣内対策委員会とともに特別捜査本部も立ち上げます。
敵は50億を政府に要求し、拒否されると、彼らは都内の地下鉄に青酸ガスを流す第二の凶行に及んでしまいます。多くの被害者が出る中、地下道の犯行準備の跡から捜査員たちは犯人の手がかりを得て……。
- 著者
- 西村 寿行
- 出版日
独善的なユートピアを目指して人々を無差別に殺戮し、政府を脅迫するテロリスト集団との戦いを描く冒険小説です。
捜査員たちのキャラクターが魅力的なのと同時に、犯行手段が市街地などでの青酸ガスでの無差別大量殺人だったことで、地下鉄サリン事件との符号が話題になったそうですが、もちろん、この作品が事件に影響を与えたわけではありません。それだけ展開に迫力があり、リアリティに満ちていたということかもしれません。
当該事件の約20年も前にこれだけの作品を書き上げた西村寿行に脱帽しつつ、ぜひ読んでみてください。
「死神」シリーズ、「鷲」シリーズと称され、根強い人気のある作品です。シリーズは7編あるのですが、はまると次が気になって止められず、一気に読んでしまいます。
新宿爆破により未曾有の惨劇が起こりますが、中郷広秋はこれを序章に過ぎないと断じます。自らが率いる公安特科隊で捜査に奔走するものの、中でも極めて優秀な伊能紀之はこの事件で姉を失っていて、犯人への報復のために次第に隊を離れ、単独捜査を行うようになります。
捜査の中で、あらゆる組織の活発な動きが明らかになりますが、伊能が狙いを定めたのは僧都保行でした……。
- 著者
- 西村 寿行
- 出版日
中郷広秋と伊能紀之というコンビは、のちに国家も手を焼くほどの無敵ぶりで、世界各地でテロリストに関しての戦果を挙げ続け、「死神」と呼ばれるまでになるのですが、このお話ではまだそこまではいっていません。とにかく僧都強いのです。
一方で、最初にはゼロに近かった人間味を徐々に出していく中郷と肉親の仇で熱くなっているものの冷静で切れ味のある伊能の行動力は、後のシリーズとのぶれはありません。実に格好いいです。
「死神」たちの活躍を最初からじっくり読んでみてください。
夜叉神峠でカップルが、死後間もないふたつの白骨死体を発見するところから物語がはじまります。どうやら鼠に食われたらしい。環境庁鳥獣保護課の沖田克義は、「生態系が破壊されている。鼠の天敵の狩猟を禁止すべきだ」と提案するものの無視されてしまいました。
既に山梨県山中で鼠が大量発生していたのです。鼠たちはどんどん人畜を襲い、数を増やして東へ向かい、自衛隊ですら打つ手がなく、村、町は混乱に陥ります。
その上、恐怖にかられたひとびとは女性を犯し、銀行を襲撃し、鼠に食われた死体までもが転がります。更に、プロパンガスのホースまで齧って、火事が起きはじめ、甲府市が火の海になると、パニックは頂点に……。
- 著者
- 西村 寿行
- 出版日
人間の自然破壊や、それによる生態系の破壊がどんな結果をもたらすかを考えさせられる作品です。西村寿行の動植物に対する愛情が伝わってきます。ハードな作品を描く作家ですが、根が優しく、心のあたたかい方なのだろうなと、パニック小説を読みつつ、ほのぼのとしてしまう不思議さも感じられます。
そんな楽しみ方もできる1作。続編の『滅びの宴』も含めて、おすすめです。
『君よ憤怒の河を渉れ』『化石の荒野』についで発表された冒険小説第3弾です。最初のタイトルは『娘よ、涯てなき地に我を誘え』で、1978年に『西村寿行選集』に収録する際に『犬笛』と改題されました。
以前に狩猟を趣味にしていた秋津四郎は、娘の良子を何者かに誘拐されてしまいます。捜査は遅々として進まず、秋津は、犬にだけ聞こえる音を発するゴールドホイッスル(犬笛)を持っていた娘の吹く音を頼りに、愛犬と捜索の旅に出ることになります。
その旅では殺人事件の嫌疑をかけられ、警察から逃れながらの追跡となるのですが……。
- 著者
- 西村 寿行
- 出版日
西村寿行は狩猟を趣味にしていた時期に、猟犬に指示を与えるために犬にだけ聞こえる周波数の笛を探していたらしく、やめてからゴールドホイッスルの存在を知ることになり、駆っていた猟犬の死後からこの笛をテーマにした作品を考えていたと言っています。
人間に忠実で賢いけなげな犬と人間の交流が描かれる、犬好きにはたまらない1冊です。
西村寿行は60年代から70年代にかけての売れっ子作家でした。ですが、半世紀近くが過ぎてもまったく色褪せない独特の世界観とそこに生きる人々の強さをぜひ味わってみてください。