暗く重い作風で知られる貫井徳郎。その読後感はたしかに重いのですが、深く考えさせられるものばかりです。今回は貫井徳郎のおすすめ小説を6作紹介します。
貫井徳郎は1968年生まれ、東京都出身のミステリー作家です。1993年、鮎川哲也賞の最終候補作『慟哭』でデビューしました。堅実で骨太な作品を書き続けたものの、長らく文学賞とは無縁でしたが、2010年『後悔と真実の色』で山本周五郎賞、同年、『乱反射』で日本推理協会賞(長編賞)を受賞しました。
貫井徳郎の特徴は、重い読後感です。多くの作品で人間の心の奥にある闇をテーマとする中で、殺人といった事件を中心に展開される人間ドラマを描きます。
読後感は重々しく、後味が悪いのですが、後味が悪いからこそ、自分や周囲の人の言動を振り返り、反省を促すものになるのです。良薬は口に苦し、といったところです。
まともに働かない無責任な夫、銀行を辞めアニメーターになると言い出した身勝手な息子に、妻の芳恵はストレスを感じていました。主婦業に精を出しながらもパートに出る生活に疲れ果てていますが、家計は厳しく、働き続けなければなりません。そして、芳恵の不満は一気に爆発してしまいます。
- 著者
- 貫井 徳郎
- 出版日
- 2011-03-25
『崩れる 結婚にまつわる八つの風景』は結婚をテーマにした短編集です。結婚というと喜ばしいことですが、本作では結婚の崩壊という暗い面を描きます。上記で紹介したあらすじは表題作「崩れる」のもので、主婦の芳恵が耐えに耐え、心が蝕まれていく様を克明に描き出します。
他の短編でも、育児ノイローゼになった主婦や、夫の浮気を疑い、罠を仕掛ける妊娠中の妻など、重々しい話題を扱っており、心が苦しくなってきます。
本作の魅力はリアルさです。多くのミステリーは殺人を扱う特殊な状況ですが、本作ではどこの誰にでもありうるシチュエーションばかりです。それだけに、物語の恐ろしさがよりリアルに感じられます。
女性教師が自宅で死体となって発見されました。
事故の線も検討しましたが、ガラス切りを使って外された窓の鍵や、睡眠薬が入ったチョコレートといった状況から殺人として捜査が開始されました。開始早々、容疑者が挙がり、容易に解決に至ったかと思われたのですが、女性教師の周囲の人々は別の容疑者がいたのではないかと疑います。
- 著者
- 貫井 徳郎
- 出版日
『プリズム』は1999年に発表されたミステリー小説です。女性教師の死の真相をめぐり、小学校の生徒や、同僚の教師、元カレ、不倫相手の4人がそれぞれに犯人を推理します。それぞれが立場の違いにより、女性教師の異なる一面を描き出し、表側からだけでは見えない本当の人物像を浮き彫りにしていくのです。
本作の魅力は、特殊な構成にあります。4人の人物は仮説を検討する探偵ですが、同時に犯人とも捉えられているのです。それだけでも特殊ですが、もっとすごいのは結論を出さないこと。最後は読者にすべてを委ねます。推理力自慢の方にはぜひ挑戦してほしい作品です。
日本で小規模なテロが頻発するようになりました。事件を起こした実行犯たちは「レジスタント」と称し、自らの命を犠牲にして社会への抵抗を示します。彼らには貧困層であること、職場や地域のコミュニティに居場所がないという共通点がありますが、彼ら同士の接点はありませんでした。
誰がテロを指示しているのでしょうか。その本当の目的とはどこにあるのでしょうか。
- 著者
- 貫井徳郎
- 出版日
- 2014-04-08
『私に似た人』は2014年に発表された、連作短編集です。日本で起こる小規模なテロを話題の中心に据えて、テロの実行犯、テロリストを追う公安刑事、テロを激しく憎む青年など多数の視点から描かれます。個々人の心の闇を描くことで、現代社会の閉塞感をリアルに表現しています。
本作の魅力は、現代日本の抱える問題をリアルに描いたことです。社会問題の渦中にいる人々を描き、社会の救いようのなさを強調し、警鐘を鳴らします。作中の小規模なテロは実際には起こっていないフィクションですが、いずれノンフィクションになってしまうのでは、と思わせられる作品です。
ある一家が惨殺された事件を、被害者の関係者から話を聞いていくことで事件の概要、被害者の人物像が明らかになっていく物語です。
被害に合うのは一見誰もが理想とする幸せな家族。一流企業に就職し収入も多くいわゆるエリートといわれる夫、にじみ出る育ちの良さからどこにいっても人々の中心にいるような美しい妻、そんな2人に育てられた行儀のよい兄妹。犯人が未だ捕まっていない未解決事件を、ある一人の記者が被害にあった夫と、妻の複数の関係者にインタビューをする、という形で話が進んでいきます。
- 著者
- 貫井 徳郎
- 出版日
- 2009-04-05
最初は近所の住人から始まり、話が進むにつれ、もっと過去の深い関係者にも話を聞いていきます。
インタビューということもあり、それを受ける人は面白おかしく、また、自分の事は棚に上げ他人を陥れるように話そうとします。その様子は痛々しくもあり、自分にもこうゆう一面があるのかもしれないと恥ずかしさすら感じるかもしれません。
徐々に語り明かされる夫妻の本性と、女性の物語、何か解りそうでつかみきれない謎もあり、とても読み応えのある作品です。2017年2月18日公開の映画とあわせて読んでみてはいかがでしょうか。
警察のエリート、佐伯は連続幼女殺人事件を追っていましたが、犯人を検挙できず、世間の風当たりは非常に厳しくなっていました。そこで佐伯は犯人にメッセージを送り挑発します。刺激された犯人は佐伯の娘を誘拐し、殺害することを計画します。
一方、娘を亡くし無気力になった無職の松本は、新興宗教に入会しました。そこで松本は黒魔術にのめり込みます。死んだ娘と同じ年の少女を誘拐して殺し、その遺体に娘の魂を呼び戻そうとしました。しかし、試みは失敗します。諦めきれない松本は次々と少女を誘拐し殺害していきます。
- 著者
- 貫井 徳郎
- 出版日
『慟哭』は1993年に発表された貫井徳郎のデビュー作です。犯人を追うエリート刑事、娘を失い宗教にのめりこむ男の二つのストーリーが交互に展開していきます。
エリート刑事の物語では、娘をさらわれた親としての気持ち、捜査責任者としての立場の二つの間で揺れ動き、徐々に心が壊れていく様を、宗教にのめりこむ男の物語では娘の死による悲しみを抱えきれず、やがて狂っていく様を丹念に描きます。そして、この二つのストーリーのつながりが見えた時、この物語が持つ人間の悲哀が明らかになるのです。
本作の魅力は、エンディングにあります。入念に作り込まれたトリックにより隠されていた驚きの真相ももちろん良いのですが、それだけでは終わりません。最後の一文で、もう一つ真実を明らかにします。ミステリーに親しんだ方には特に衝撃のある終わり方かと思います。
強風で街路樹が倒れて、女性が押していたベビーカーを直撃し、幼児は死んでしまいました。その死は人々のエゴイズムによって引き起こされたものでした。
軽い症状なのに夜間救急に行った若者、適当に職務をこなすアルバイト医、潔癖症が原因で街路樹の診断を怠った業者、街路樹の伐採に強硬に反対した主婦たち、犬の糞を片づけない老人。一つ一つの小さなわがままが、幼児の死亡という大きな事故を引き起こしたのです。遺族はどうすることもできないのでしょうか。
- 著者
- 貫井徳郎
- 出版日
- 2011-11-04
『乱反射』は2009年に発売されたミステリー小説で、日本推理作家協会賞(長編賞)を受賞しました。物語はマイナス44章からカウントダウンしていき、人々の小さなエゴイズムを中心とした事故の経緯が語られます。そして、事故が起こり、その後、1章から事件後のいきさつを描くのです。
一人一人の悪意もない何気ない行動が一人の幼児を死に追いやる様に、誰もがわが身を振り返るでしょう。事件後の物語は、幼児の父親が事故の原因を調べつくし、人々のエゴイズムを一つ一つ糾弾していきます。そして、父親は、人間の悲しい性に気付いてしまうのです。
本作の魅力は、複雑に練り込まれた仕掛けです。一人一人の何気ない行動だけでは事件は起こり得ませんでした。その一つ一つが連鎖していくのです。連鎖の始まりは全く予想外のところにあります。あなたはそれを当てられるでしょうか。
以上、貫井徳郎のおすすめ小説を6作紹介致しました。人間の心の奥底にある闇を描くのが本当に上手な作家です。ぜひ、重々しい読後感を体験してみてください。