社会のタブーに切り込む衝撃の問題作 小児強姦殺人犯×冤罪神父の慟哭のBL漫画 虫飼夏子「穢れのない人」ネタバレあらすじレビュー

更新:2023.10.14

小児強姦殺人犯の現役神父と冤罪を着せられた元神父の性愛、ならびに逃避行を描いた虫飼夏子のBL漫画「穢れのない人」。j上下巻で完結した本作は、小児性愛や児童への加害、親から子への虐待の連鎖に切り込み、赦しとは何か、罰とは何かを読者に考えさせました。 今回はBLファン以外にもおすすめしたい慟哭の人間ドラマ、「穢れのない人」のあらすじや魅力をネタバレレビューしていきます。ぜひ最後まで見届けてください。

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「穢れのない人」の簡単なあらすじ・登場人物紹介(ネタバレあり)

主人公の秋鷹一郎は元神父。十数年前に自分が務める教会に通っていた男児を強姦殺人した容疑をかけられ、懲役に服していました。しかし秋鷹は信仰心篤いキリスト教徒であり、その罪は全く身に覚えがないものでした。

十数年ぶりに出所した秋鷹ですが、どの職場でも過去の記事が出回り、子供をレイプした変質者として白眼視されます。そんな日々に絶望した秋鷹は自殺を思い立ち、片田舎の駅で下車。死ぬ前に訪れた町の教会で、神父の木場恭介と出会います。

木場は老若男女問わず町の住民たちに慕われる好青年で、博愛精神に富む人格者に見えました。

木場は自殺を図った秋鷹を止め、教会で働かないかと勧誘します。頼る人も住む家もない秋鷹は、木場の申し出を受け入れ、同居生活をスタートしました。

同居を始めてしばらくのち、ボランティアの清掃活動をしていた秋鷹は、公園に倒れたホームレスを発見。慌てて駆け寄ろうとするも、「汚いから触らないで」と木場に制され戸惑います。

秋鷹は木場を振り切り、服が汚れるのも厭わずホームレスを抱き上げ、救急車を呼びました。

ホームレスが一命をとりとめたことに安堵する秋鷹。一方で自分に異常な執着を見せる木場の態度に不審を覚え始めました。

ある夜木場に迫られた秋鷹はなし崩しに関係を持ちます。その後室内から秋鷹が服役するきっかけとなった被害児童・さえきしょうた(6)の名札が出てきました。

血まみれの名札を見られた木場は態度を豹変させ、自分こそがさえきしょうたをレイプしたのち殺害した、残虐非道な真犯人だと暴露します。

青年神父のおぞましい本性に戦慄を禁じ得ない秋鷹。木場を慕って教会に集まる子供たちに危害が及ばないか、監視する目的で町に留まることを決めます。

予想と裏腹に木場の劣情は秋鷹にだけ向けられ、子供に手出しすることは一切ありません。

木場は何故さえきしょうたを犯して殺したのか?

真犯人の動機を疑い、木場と根気強い対話を繰り返すうちに、彼もまた実の父親に幼少時から虐待を受けていた事実が発覚。木場の父は警察にコネのある名士であり、幼い息子を別荘に連れ出し、ゲームに負けた罰ゲームと称して犯したのです。

しかし成長するに従い息子への興味が薄れ、次なるターゲットとして、秋鷹の教会に通っていた被害児童に狙いを定めます。

木場は最愛の父の関心がさえきしょうたに移ったことにショックを受け、衝動的に殺害してしまったのでした。そして犯行後、神父の秋鷹に助けを求め、彼を崇拝するようになったのです。

事件の核心に関わる会話を子供に聞かれた二人は、バスと電車を乗り継いで逃避行し、木場の実家を訪れました。木場は全ての元凶である父と対峙し、辛い心情を吐露します。

されど老いた父は復讐される被害妄想に囚われ、木場を拒絶しました。

父に本音を打ち明けた木場は、帰り道で秋鷹の赦しを得て、警察署へ出頭します。さらに時が経ち、被害児童の墓参りをする木場の隣には、秋鷹がひっそり寄り添っていました。

著者
虫飼 夏子
出版日

誰もが傍観者になりうる社会で。虐待の連鎖と魂の救済

虫飼夏子は2023年7月に「穢れのない人」上下巻で鮮烈なデビューを飾ります。本作を描いたきっかけとして、作者は「家庭内で虐待が起きる時、必ず傍観者が存在する」と述べた精神科医の言葉を引用しました。詳細は商業BLレビューサイト、ちるちるのインタビュー記事に載っています。

シーモアやRenta! をはじめとする各電子書籍サイトのランキングでも上位に食い込んだことから、注目度の高さが伝わりますね。

ライトでコミカルな作風が好まれるBL界隈において、「穢れのない人」は異色作。毒か薬か問われたら間違いなく劇毒に分類されます。人によっては「死ぬほど鬱」「二度と読みたくない」と拒絶反応を示すかもしれません。

安心してください、それは決して間違っていません。被害者と同じ年代の子供がいる方なら特に、攻めである木場の身勝手さ、それを赦し受け入れる秋鷹の精神構造を嫌悪するかもしれません。

ある意味において本作は、理解できないのが正しい話なのです。

とはいえ、「穢れのない人」はただ鬱で胸糞な話ではありません。

この漫画の本質は、社会のタブーに切り込んで、罪の所在と向き合った骨太のヒューマンドラマ。

大前提として、木場は小児性愛者ではありません。父親の愛情に飢えた、大きい子供に過ぎないのです。さえきしょうたを殺した動機は父をとられた嫉妬でした。

子供が酷い仕打ちを受ける作品が苦手な方には、「穢れのない人」はおすすめできません。木場の父親の卑劣極まるグルーミングの手段や、その行為がもたらす凄惨な結果も容赦なく描かれます。

一番悪いのは誰だ?

木場もまた犠牲者ではないのか?

実際の虐待の報告例でも、加害者が嘗ての被害者であることはとても多いです。

親から適切なロールモデルを学べないまま大人になった子供は、依存と愛情をはき違え、暴力による搾取でパートナーを支配しようとします。初期の木場が秋鷹に対し行ったのが、この典型例の監禁と洗脳でした。

「穢れのない人」の深い所は、犯人が悪いだけで終わらせず、その背景を解剖しようとする真摯な姿勢。

繰り返しますが、木場が犯した罪には一切擁護の余地がありません。彼自身が虐待の被害者であり、不幸な生い立ちに同情の余地があったにせよ、彼に殺された少年やその遺族には全く関係ありません。ここでジレンマが生じます。

穢れた人間が赦しを望んではいけないのか?

未来永劫、魂の救済を願ってはいけないのか?

木場、ならびに読者が直面せざるを得ない重い問いに、秋鷹は答えを出します。

著者
虫飼 夏子
出版日

「穢れのない人」が穢れた罪人に与えた赦しの賛否

本作を語る上で避けて通れないのが、常軌を逸したキャラクターの造形。

攻めの木場はとことんエゴイスティックな人間として描かれ、受けの秋鷹はその唯一にして最大の理解者として、最後まで正しく在り続けました。自らに小児強姦殺人の濡れ衣を着せ、人生を滅茶苦茶にした男を赦せる時点で、共感を意図して作られたキャラクターでないことは歴然です。

極論すれば、「穢れのない人」は萌えるBL漫画ではありません。

攻めと受けの性描写こそあれど、それ以上の比重を割いて許されざる咎人たちの葛藤を描ききり、ノンフィクションを読んでるようなリアリティーの付与に成功しました。

決して万人に推薦できる漫画ではない。裏を返せば、刺さる人にはど真ん中に刺さる。

攻めと受けの幸せを祈りBL漫画を読む人々、幼児強姦殺人犯が愛する人と結ばれ、許される結末を祝福できるでしょうか?

秋鷹がそうしたように自分が理解できない他者をも赦し、肯定はできずとも許容し、共に歩むことが可能なのでしょうか?

読み手の倫理観のリトマス試験紙にもなりうる問題作、それが『穢れのない人』です。

タイトル「穢れのない人」が誰を指すのか、解釈は読者に委ねられます。シンプルに考えれば秋鷹ですが、彼が与えた赦しが利己の最たるものなら、「穢れのない人」は被害者となった子供たちかもしれません。善悪を超越した物語の結末は、ぜひあなた自身の目で確かめてください。

著者
虫飼 夏子
出版日
著者
虫飼 夏子
出版日

「穢れのない人」を読んだ人におすすめの本

「穢れのない人」を読んだ方には、朝田ねむい「Dear,MY GOD」をおすすめします。

本作はアメリカの片田舎を舞台に、カルト教団の信徒の青年と、彼に拉致監禁されながらその救済に献身する神父の共依存を描いたBL漫画。「穢れのない人」と共通項が多い一方、洋画を思わせる話運びやよりバイオレンスな展開など、アプローチの違いが興味深いです。

著者
朝田 ねむい
出版日
2015-12-25

続けて挙げるのは「ワンルームエンジェル」のドラマ化が決定した、はらだの「にいちゃん」

はらだと朝田ねむいは現在の商業BL界隈において、バイオレンス描写に一切手を抜かず、コンスタントに社会派の問題作を送り出すことで信頼を獲得した二大作家。

「にいちゃん」には木場の父と同じ嗜好を持った青年が登場し、小児性愛者の根深い加害連鎖や歪な家族関係、マイノリティの中でもさらにタブー視される人々が背負った業、過ちと赦しのサイクルを経た終着点が、痛みを持って描かれていきます。

考えさせられるBLを探してる人に、自信を持って推薦します。

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一度読んだら、その魅力にどっぷりとハマってしまう人続出!個性的な絵柄と強烈なキャラクター、濃厚な性行為描写など、全てにおいて洗練されたセンスを発揮するBL作家、はらだの魅力をご紹介します。

著者
はらだ
出版日
2017-04-28
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