Heisoku『ご飯は私を裏切らない』ネガティブ陰キャコミュ症女子の鬱ごはん ネタバレ見所レビュー

更新:2024.10.22

昨今流行りのご飯漫画の中でもとりわけユニークな作風が刺さり、全1巻にしてamazonレビュー750件を超えた異色漫画、Heisoku『ご飯は私を裏切らない』。 中学から不登校になり、成人後は零細バイトで食い繋ぐコミュニケーション不全の女性の鬱々とした日常を描いた本作は、イクラ一粒から生命の神秘に想いを馳せる哲学的モノローグでもって読者を虜にしました。 今回はそんな『ご飯は私を裏切らない』のあらすじと深遠な魅力を、ネタバレ込みの見所紹介を交えてご紹介していきます。

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『ご飯は私を裏切らない』の簡単なあらすじ・登場人物紹介(ネタバレあり)

主人公は29歳のフリーター女性。恋人いない歴イコール年齢で親しい友人もおらず、バイトを掛け持ちしながら安アパートに住んでいます。将来のことを考えると夜も眠れないほど不安になり、最近は生活圏に二頭身のサムライの幻覚まで現れ始めました。

ある日の帰り道、主人公は半額セールのイクラを嬉々として買って帰ります。

「イクラは生まれなかった命そのもの その存在のすべてを食べているって考えてみるとなんかすごい」

根っからネガティブでコミュニケーション不全な主人公にとって、毎日の食事は唯一の娯楽にして心の支え。贅沢はできない代わり、ちょっとしたアイディアと工夫で調理に一手間加えます。

深夜の台所に立った主人公はスーパーの袋からイクラを出し、さて何を作ろうか悶々と妄想を膨らませます。イクラはもとが美味しいので、ホカホカご飯にのっけるだけでごちそうなのは違いありません。

しかし彼女はタイマーを掛けてご飯を炊いたり、冷凍で作り置きしておくような甲斐性とは無縁のずぼらさ。従って部屋のどこを探してもご飯はなく、二頭身のサムライが邪魔臭く徘徊しているだけ。

ならばと発想を切り替え、取り出したのが食パン。バターを塗ったトーストにたっぷりイクラを盛り付けたイクラトースト(和風)が、本日の晩御飯と相成りました。

イクラトーストを頬張りながら彼女が考えるのは生命の神秘。孵化できずともお腹を満たしてくれる魚卵を見ていると、人生で何も為せなくてもいいんじゃないかと思えてきます。

その後イクラトーストを平らげた主人公は、明日こそちゃんとご飯を炊いておこうと心に誓いベッドに潜るのでした。

ーー登場人物ーー

  • 主人公 29歳フリーター独身女性。恋人・友人なし。中学から不登校を貫いた自他ともに認めるコミュ症陰キャ、社会不適合者一歩手前のネガティブ思考の持ち主。不眠症気味で目の下のクマがすごい。毎日のささやかなご飯だけが生き甲斐。保険を兼ねて常に複数のバイトを掛け持ちしており、朝から晩まで働き詰めのハードな生活を送っている。本名は最後まで出てこない。ブラックなバイトを好む理由は「自分がどんなにトロくてヘボでも大して怒られないから」

ーー総合評価ーー(☆5満点)

  • ストーリー ☆☆
  • キャラクター ☆☆☆☆
  • 画力 ☆☆☆
  • オリジナリティー ☆☆☆☆☆
  • ご飯の美味しさ ☆☆
  • 鬱度 ☆☆☆
著者
heisoku
出版日

夢も希望もないが食欲だけはある アラサー女子の日常

Heisoku『ご飯は私を裏切らない』はweb漫画サイト「ヤングエースUP」掲載作。単行本は全一巻で完結しており、コンパクトにまとまっています。作者のHeisokuは定時制高校の青春を描いた『春あかね高校定時制夜間部』でも人気を集めました。

著者
heisoku
出版日

書籍化済みの作品はまだ少ないものの、個人HPで他の漫画を無料で読むことができます。2024年5月には待望の新連載、『さわやかなディオラマ』が始まりました。

『ご飯は私を裏切らない』の見所はご飯漫画にあるまじきその独自路線。傾向としては施川ユウキ『鬱ごはん』タカノンノ『ショートショートショートさん』に近く、コミュニケーション不全なアラサー女性を苛む閉塞感や虚無感、経済的精神的にギリギリの日常が、哲学的モノローグに乗せて描かれていきます。

同人誌の作り方レクチャー 創作好きな20代女子のデンジャーでソフト百合な日常 タカノンノ『ショートショートさん』

同人誌の作り方レクチャー 創作好きな20代女子のデンジャーでソフト百合な日常 タカノンノ『ショートショートさん』

ショートヘアの20代女子が主人公の日常ショートショート漫画、タカノンノ『ショートショートさん』。 もともと作者のSNSにアップされていたもので、2017年にpixivに投稿され、KADOKAWAビームコミックスから単行本化が実現しました。 今回は承認欲求強め女子の迷走が面白い『ショートショートさん』のあらすじ、および噛めば噛むほど味がでるスルメな魅力をネタバレ解説していきます。

作品の方向性を最もわかりやすく打ち出しているのが第一話、主人公がスーパーで半額になったイクラを買って帰るエピソード。

トーストの表面にサワークリームを塗り、そこにイクラをぶっかけたイクラトースト(和風)を幸せそうに貪る様子には、食材や下ごしらえにこだわる意識高い系料理漫画と一線を画す、意識低い系ご飯漫画のバイブスを感じます。

丁寧な暮らしの極北に位置する女子がずぼらご飯に現実逃避を求める漫画というと、まるよのかもめ『ドカ食いダイスキ! もちづきさん』たばよう『あゎ菜ちゃんは今日もしあわせ』を思い出しますね。

著者
まるよのかもめ
出版日
著者
たばよう
出版日

注目してほしいのが調理中の描写で、彼女の思考は終始ノンストップで回り続けます。

この先のことを考えると夜眠れない でもとりあえず今夜思考をストップして眠らなければいけない 明日も仕事があって朝が早いから いかにして思考を止めるか?が私が一日でも長く生き延びる術なんだ そこで出てくるのがこの半額のイクラですよ このイクラを使って思考を止めま~す 味覚を刺激し感受性を刺激し生理現象を起こす この3つの状態を揃えることで効果が発揮される三原則 例えるなら辛いことがあっても好きな漫画の単行本の発売日にはウキウキするように別の刺激でそれまで自分を支配していた思考をパッと止めるのだ 

早い話、彼女にとってご飯とはパブロフの犬を地で行く生存戦略だったのです。

希死念慮が手招きする思考の余白を極端に恐れる主人公は、今まで体験したバイトの内容をことこまかに反芻していくのですが、そのどれもが「そんな仕事あるの!?」と突っ込みたくなるヤバさ。

限りなく黒寄りのグレイゾーンを攻めたスキマ産業と言うべきか、「キツイ」「汚い」「危険」の3Kを押さえたハードワークばかりで、若い女性に向いているとは言えません。

しかし主人公は「クレーム処理係は怒られてる間黙ってればいいから気が楽」と考え、マゾヒスティックな適応力を発揮します。マニュアルがない仕事の方が主人公には苦痛なのです。

履歴書に書ける職歴がないと卑下するものの、渡り歩いてきたバイトの数だけ見ればなかなかのもの。「誰でもできる簡単な仕事」と宣伝されていた化粧品通販会社の商品梱包&発送の仕事は速攻クビになっていますが、チョコレートの試食販売のバイトでは余り物をちゃっかりゲット。

この時彼女の頭を過ぎったのは数年前に体験した休憩時間10分の深夜の倉庫勤務。「私はロボット!」の暗示と共に一かけらのチョコレートを齧り、心を無にして過酷な現場を乗り切った経験は、お手製チョコレートドリンクをさらに味わい深くしました。

……が、まだ続きます。チョコレートドリンクでホッと一服した主人公が考えるのは、過去の職場の人間関係でモヤった記憶。

言われたことをやるだけの人間なんてどこにもいらない あなたはロボットじゃなくて人間でしょうって励まされたのはどこのバイトだっけ ロボットは必要な規格を満たすよう造られるので羨ましい 人間は社会をサバイブするのに必要な水準を満たせなくても生まれるものは生まれるもん (中略) 実際仕事先で自分より仕事ができない人見たことない だからといって職場で迷惑をかけないよう働かないというわけにもいかない 個人的には生きていかないといけないから 誰かに生きろと言われたわけでもないし 生きていることに特に意味はないけどね…

躁病的饒舌さと抑鬱的自虐でひた走る、思考の瞬発力と持久力に圧倒されませんか?

著者
heisoku
出版日

タイトルにこめられた本当の意味 私を救ってくれるのはご飯だけ

『ご飯は私を裏切らない』は決して暗いだけの漫画じゃありません。読後感は奇妙に明るく、鬱明けに似た清々しささえ漂っています。それは主人公の考え方に依る所が大きいです。

自己肯定感が著しく低く底抜けにネガティブな主人公ですが、「家に帰ればご飯が食べれる」と自らを励まし、ままならぬ日々に折り合いを付けて生きているところには好感が持てます。

不摂生の極みのドカ食いに走ることなく、予算と胃袋をセーブして生活を営む姿には安心感さえ覚えました。

タイトル『ご飯は私を裏切らない』を今一度思い出してください。

人間誰しも生きてればお腹が空くし、リアルで嫌な目に遭ったとしても、極論ご飯の美味しさは変わりません。バイトの残り物やスーパーの値切り品もそれは同じで、一手間足した分だけポテンシャルが高まります。極論調理が雑でも美味しいものは美味しいし、胃が膨れれば多幸感に満たされます。

他人と上手くいかなくてもご飯が私を裏切らなければそれでいい、それだけで生きていける。

ずばり本作は鬱ごはん漫画に見せかけた人間賛歌。29歳友人恋人なしのフリーター、底辺どん詰まりと卑下する主人公が唯一「自分を裏切らない」と信頼を措いた日々のご飯にささやかな慰めを見出し、ネガい気分をだましだましやっていく思考実験の記録なのです。

主人公と似た境遇の人や物事を深く考えすぎて疲れしてしまいがちな人は、ご飯で思考停止スイッチを押す彼女の暮らしぶりを、セルフネグレクト脱却の足掛かりにしてみませんか?

『ご飯は私を裏切らない』を読んだ人におすすめの本

Heisoku『ご飯は私を裏切らない』を読んだ人には鈴木小波『ホクサイと飯さえあれば』をおすすめします。

本作はアパートで独り暮らしを始めた大学生の自炊ライフを描いた、インドア系ご馳走漫画。喋る人形ホクサイと共に日々試行錯誤を繰り返す主人公・山田ブンの、不器用ながらも前向きな姿を応援したくなります。

おばあちゃんの知恵袋的な節約術も学べますよ。

著者
鈴木 小波
出版日
2015-04-06

続いておすすめするのは施川ユウキ『鬱ごはん』。『ご飯は私を裏切らない』とコンセプトが似ており、作者自身をモデルにした主人公のネガティブな独白が味わい深いです。

施川ユウキ曰く「美味そうじゃない飯を美味そうじゃなく食べる、今までなさそうでなかった食漫画」なので、『ご飯は私を裏切らない』のダウナーな雰囲気が好きなら気に入ると思います。

著者
施川ユウキ
出版日
2013-04-19
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