超常現象の七割は幻覚で説明できる?古谷博和『幽霊の脳科学』ネタバレ徹底解説

更新:2025.9.17

2025年8月に早川書房より刊行された古谷博和『幽霊の脳科学』。脳科学の観点から超常現象にアプローチし、幽霊の存在の真偽を検証し直す本書は、その画期的な切り口が注目を集め、順調に売れ行きを伸ばしています。 今回はホラー作家とホラー好き必携の書、『幽霊の脳科学』の内容をネタバレありで紹介していきます。

都内在住の小説漫画好きwebライター。特にホラー・ミステリー・ハードボイルド・ヒューマンドラマを愛する。 好きな作家は浅田次郎・恩田陸・東山彰良・いしいしんじその他。 YouTubeチャンネルのシナリオや読書メディアで執筆中。お仕事のご依頼ございましたらTwitterのDMからどうぞ。
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『幽霊の脳科学』の簡単なあらすじと要約(ネタバレあり)

 

作者の古谷博和は1956年生まれ、現在69歳。

高知大学医学部付属病院の特任教授を務め、パーキンソン病や筋疾患の診療で実績を上げ、筋ジストロフィーに関する論文を発表しています。脳の機序と怪談を結び付ける論文も多数執筆し、脳科学の観点から超常現象を検証し直す、オカルト脳科学分野のパイオニアとされています。

2025年8月に早川書房から発売された『幽霊の脳科学』は古谷博和の初単著。

帯には『恐怖の正体-トラウマ・恐怖症からホラーまで』『死の瞬間 人はなぜ好奇心を抱くのか』『屋根裏に誰かいるんですよ。都市伝説の精神病理』などで有名な精神科医の春日武彦が「ネアンデルタール人に幽霊は見えたか?最新医学が診断する「霊界も見える脳」の謎!」、『帝都物語』で一大ムーブメントを巻き起こしたカルトホラー作家・荒俣宏が「「無粋」に陥ることなく怪異譚を科学的に説明するーこれが達成された奇蹟的な本!」と推薦文を寄せています。

恐怖の核心に迫る精神科医・春日武彦『恐怖の正体 トラウマ・恐怖症からホラーまで』怖さを感じる精神構造分析

恐怖の核心に迫る精神科医・春日武彦『恐怖の正体 トラウマ・恐怖症からホラーまで』怖さを感じる精神構造分析

皆さんは人に言うのが憚れる恐怖症をお持ちですか? 高所恐怖症や閉所恐怖症は比較的メジャーですが、世の中には他にも集合体恐怖症・甲殻類恐怖症・渡橋恐怖症・ピエロ恐怖症・嘔吐恐怖症・注射恐怖症など、多種多様な恐怖症が存在します。 今回は人が怖さを感じる対象の研究に焦点を当てた、ベテラン精神科医の知見をご紹介していきます。

著者
春日 武彦
出版日
荒俣宏のおすすめ本5選!代表作『帝都物語』など

荒俣宏のおすすめ本5選!代表作『帝都物語』など

荒俣宏(あらまたひろし)、その博識ぶりでテレビでも活躍しています。博物学者にして図像学研究家、神秘学者、妖怪評論家、翻訳家、収集家……と、挙げだしたらキリがないほど。まずは今回おすすめする著作を通して、広大な荒俣ワールドを体験してみてください。

著者
荒俣 宏
出版日
1995-05-01

本書の内容を簡単に三か条にまとめると以下になります。

  1. 超常現象を患者の幻覚と仮定した上で、脳科学と精神医学の線引きは難しい
  2. 心霊現象の多くは就寝時、もしくは就寝中に体験する
  3. 子供の脳は未完成のソフトウェアなので、大人に比べてクリアな幻覚を見やすい


本記事では上からこの論旨を解説していきたいと思います。

超常現象を患者の幻覚と仮定した上で、脳科学と精神医学の線引きは難しい

極論この本で語られる心霊体験は全て「脳の機序が見せる幻覚」。深夜タクシーに乗り込む女の霊も小泉八雲が書いた貉も幽体離脱も、全部脳のバグで片付けられます。

端緒となったのは古谷氏が脳神経内科医として働いていた時の話。彼が勤務する脳神経科は精神科と隣接しており、休憩時間は馴染みの精神科医とよく一緒になっていました。

ある日のこと、外来診療が一段落した古谷氏はその精神科医から相談を受けます。曰く、彼が担当する60代の男性患者が「近頃幽霊を見るようになった」と訴えているのだそうです。

古谷氏は「精神科の管轄じゃないか」と返したものの、その男性が脳の高次機能障害を合併していたことが話を複雑にしました。男性の証言をまとめると以下になります。

日曜日の昼間、自宅の居間で寛いでると6名の見知らぬ男女が上がり込んで来た。誰だろうと怪しんでたら持参したコンロに火を点け、無言のまま料理を作り始める。問いかけは一切無視。たまりかねて一人の肩を叩いた瞬間、全員がパッと消えてしまった。患者は各人の服の色や柄までハッキリ覚えている。

別の日にはこんな体験をしました。

平日の昼間に散歩に出かけようと玄関を出た所、木工所のトラックが門前に止まり5人の男たちが下りてきた。彼等は患者の横を素通りし、居間で黙々と作業を始める。興味を覚えて覗き込んだら葬式用の祭壇が組み立てられ、患者自身の遺影が置かれようとしていた。「俺の葬式だ」と理解した患者が「やめろ!」と叫んだ途端、男たちは祭壇ごと消えてしまった。

ディティールの克明さにぞくっとしますね。知らない男たちに目の前で葬式の準備をされるなんて、想像しただけで卒倒しそうです。精神科医に代わって患者を診療した古谷氏は、彼にバリント症候群の診断を下しました。

簡単に言うと、これは「見えているものの実際の位置と頭の中で認識するその物体の空間的な位置にズレが生じる病気」。

両側の後頭葉と頭頂葉の境界領域の障害に当たり、当時最先端の頭部MRI検査を実施した結果、この患者の後頭葉が左右とも萎縮していることがわかりました。

その後古谷氏と精神科医は協力体制を取り、患者の幻覚が深刻な不眠によるものと推定し、薬物を用いた睡眠コントロールによって症状緩和を目指しました。結果、睡眠障害は改善され幽霊の幻覚を見なくなったと言います。

以上の経緯から察するに、脳医学と精神医学の線引きは曖昧。患者が幽霊を見たと訴えたとして、それが脳の器質的問題なのか、あるいは精神疾患の症状なのか、見極めるのは大変難しいと言わざるを得ません。

心霊現象の多くは就寝時、もしくは就寝中に体験する

心霊現象を体験するタイミングのトップに挙げられるのが寝入りばな、もしくは就寝中。実際心霊現象の大半は就寝時から就寝中に起きており、統計データでは九割を占めます。

このデータは幽体離脱や金縛りを身体幻覚とする、古谷氏の仮説を裏付ける根拠となりました。

皆さんは突発性睡眠障害、ナルコレプシーをご存じですか?これは覚醒状態から突然睡眠状態に移行する病気で、酷い場合は自転車走行中に眠りに落ち、転倒事故に至るケースがありました。

実は日本人は他国に比べナルコレプシーの割合が多く、1000人に1人~2人がこの発作を起こすそうです。ナルコレプシーは全身の脱力や入眠時・覚醒時の幻覚・睡眠麻痺(金縛り)を伴うため、これを心霊現象と錯覚してしまうのだとか。

さらに面白いのが金縛りに掛かった時の脳波のパターンで、調査の結果、ナルコレプシー患者も通常の人も金縛りの間の脳波は「睡眠中」を示していました。早い話が「金縛りに遭って手足を動かせない」「幽霊が上に乗っかっている」夢を見ている状態で、現実の出来事ではないのです。

ここで思い出してほしいのが江戸期の怪談ブーム。当時は幽霊画や百物語が大流行し、「本所七不思議」「八丁堀七不思議」「馬喰町七不思議」などのローカル怪談が次々生まれました。

各七不思議を擦り合わせてみると、大半が人が寝静まった夜更けや入眠時に発生している事実が浮かび上がります。

昔の人々は夏場に蚊帳を吊り、蚊取り線香を焚いて眠りました。するとどうなるでしょうか?蚊帳のせいで風通しが悪くなる上、蚊取り線香の煙が纏わり付いて寝苦しく、眠りは浅く途切れがちになり、リアルな夢を見続けるレム睡眠の状態がずっと続くのです。

深夜のタクシーを止める女の幽霊の怪談も、実は入眠時の幻覚作用で説明が付きます。これは高速道路催眠現象、別名ハイウェイ・ヒュプノーシスのせい。

カーブが少なく平坦で道路を走行中、運転手は刺激の少なさから眠気に襲われます。等間隔に立った常夜灯も催眠効果をもたらす要因……早い話が居眠り運転です。この時に見る幻覚が女の幽霊の正体であると、古谷氏は結論付けました。

女がタクシーを呼び止めて乗車する……その時点で既に夢なので、醒めてからバックシートを見直しても誰もいないのは当たり前。仕掛けがわかってみれば単純ですね。

そんな具体的な幻覚あるはずないだろうと反論したい気持ちも理解できますが、幽体離脱や金縛りが夢なら、タクシーの霊だってそうじゃないとは言い切れません。

ハイウェイ・ヒュプノーシスは長くなだらかな坂をだらだら上っている時にも起きやすく、小泉八雲『貉』では夜道をひとりで歩いていた番頭が、のっぺらぼうの怪異に遭遇しています。

著者
小泉 八雲
出版日
1975-03-18

子供の脳は未完成のソフトウェアなので、大人に比べてクリアな幻覚を見やすい

幼い子供はえてして大人より幻覚を見やすいもの。幽霊と友達になった、と無邪気に話す子もいます。想像上の友達を作り上げるイマジナリーフレンドの症例を見ても、子供の方が非日常に接しているのは間違いありません。

彼等は親に構ってほしくて嘘を吐いているのでしょうか?違います。謎を解く鍵は子供の脳にありました。古谷氏は子供が大人に比べ霊を見やすい理由として、「脳組織のハードウェアとソフトウェアのミスマッチ」を挙げています。

前提として、我々の脳には胎児の段階で成人と同じ数の神経細胞が存在します。ところが情報を別の細胞に送る軸索や髄鞘がまだ形成されてない為、細胞間の情報伝達速度は成人より数段劣り、その精度も不安定です。

故に赤ん坊の視覚や触覚は未熟な状態に置かれ、実際に物をしゃぶったり触ったりしながら、現実と認識のズレを微修正していきます。

その結果2・3歳頃にはハードウェアが完成するものの、樹状突起やシナプスなどの神経回路の完成は成人まで待たねばならないので、実際の体験と脳の知覚に齟齬が生じ、リアルな幻覚や幻聴を体験しやすくなるのでした。これは「純粋視覚型幻覚」といい、世界的にも決して珍しい症例ではありません。

純粋視覚型幻覚の共通点は、体験者の子供がどれも「幽霊を見た」だけで終わっていること。幽霊に話しかけられる、触られるなどの現象は起きていない為、子供の心霊体験は無害なものが大半を占めます。

代表的な例が「死んだおじいちゃんが会いに来た」「おばけをおんぶした人を見た」など。柳田國男『遠野物語』には、佐々木喜善の友人である田尻正一郎氏が、子供時代に体験した不思議な話が2編収録されています。

田尻氏が子供の頃。尿意を催して便所に立った彼は、茶の間と座敷の境に人が立っているのを見た。輪郭はぼやけていたが、着物の色や柄までハッキリ見えた。しかし髪はたれており、俯き加減の顔の造作はわからない。田尻氏がおそるおそる手を伸ばし触ってみると、薄っぺらい体をすり抜けてガタッと戸板に当たった。田尻氏の手はおばけの体に重なって見えない。慌てて居間に逃げ帰り今の体験を話したが、家族を連れて戻った時には消えていた。

田尻氏が7・8歳の頃、神社に詣でた帰りに父親と一緒に歩いていると、向こうからボロボロの笠を被った男がやってきた。田尻氏が足を止め道を譲ろうとした所、相手の方から畑に片足を踏み入れ、体を斜めにして通してくれた。大分行き過ぎてから「今の人誰?」と父親に聞けば「誰もいなかったぞ」と返され、何故田尻氏が立ち止まったのか訝しんだ。

引用例はいずれも目撃談だけで済んでおり子供本人には何ら危害が及んでいません。とはいえ子供は心が綺麗で純粋だから、霊も悪さをしないのだと解釈することは可能です。

最後、古谷氏は「この世の幽霊の6~7割は脳の機序のバグで説明できる」と断言しました。裏を返せば残り3~4割は、脳科学のロジックを以てしても未だ解き明かせない、不可知の神秘領域なのです。

オカルト懐疑派も肯定派も食わず嫌いせず、本書を読んで視野を広げてください。

 

『幽霊の脳科学』を読んだ人の反応と感想

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