黄金の舌を持つ男:第二次世界大戦時に暗躍したインド人諜報員

更新:2021.12.6

第二次世界大戦中の5年間、英国、ドイツ、ロシア、日本、イタリアの命を受け、スパイ活動を行ったコードネーム「シルバー」こと、バガット・ラム・タルワール。だがその裏には、インド独立に燃える男の愛国心がありました。

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インド人スパイの活躍を描いた『Silver: The Spy Who Fooled The Nazis』

著者
Mihir Bose
出版日
2016-12-27

イギリスの戦争史における大英帝国軍の部分、つまり、払われた無数の犠牲や讃えるべき武勇の数々は長らく、この国で書かれた歴史の記録からほぼ抹消されていました。彼ら無名人たちの貢献が多少なりとも再認識されるようになったのは、最近になってからのことです。

しかし、被植民者がしばしば身の危険をおかしてまで従事した諜報活動については、依然、まったくと言っていいほど語られていません。しかしここにきてようやく、第二次世界大戦中に暗躍した1人のスパイの、陰謀と危険に充ち満ちた、尋常ならざる物語が世界に向けて公開されたのです。

そのスパイ、コードネーム「シルバー」をスカウトしたのは、当時の英諜報部員ピーター・フレミングで、ピーターの弟イアンはこの華やかで颯爽とした兄の経験をもとに、ジェームズ・ボンドを生み出すことになります。ピーターはさらに、『007』の成功にもう一役買っているのです。ジョナサン・ケープ社を説き伏せ、ボンド・シリーズ第一弾『007/カジノ・ロワイヤル』を出版させたのは、自身も優れた作家であるピーターでした。

1940年代にピーター・フレミングが関わった諜報活動は、無論、フィクションではありません。当時、英国軍は二重スパイ活動を介して枢軸国を欺く作戦を遂行しており、ピーターは印デリーを拠点に、その中心的役割を担いました。彼がラマト・カーンと名乗る男の上司になったのは、この頃のことです。男の表向きの身分は、インドの西側国境に攻勢をかけるドイツ軍およびイタリア軍に反撃すべく、アフガニスタンで活動する工作員でした。

ところが、フレミングが雇ったのは、じつは欺きの匠だったのです。多作な作家にしてジャーナリスト、ミハイル・ボースの新刊『Silver: The Spy Who Fooled The Nazis(シルバー:ナチスを欺いた男)』には、カーン――本名バガット・ラム・タルワール――が、いくつもの欺瞞が交錯する中、複数の役を巧みに演じ分けるさまがつぶさに綴られています。先の大戦中、二重スパイは、いや三重スパイも多少はいましたが、5つ、場合によっては6つの国に仕えたと断言できるスパイは、タルワールしかいません。

かつて北西辺境州と呼ばれた地の地主階級が語る卓抜な物語の中、この男が被っていたいくつもの仮面がはぎ取られていきます。彼は5年の間に、英国、ドイツ、イタリア、日本、ロシアの命を受けてスパイ活動を行ったのですが、その誠の忠誠心はインド独立運動とともにありました。身元調査を徹底的に行っていれば、ロンドンの雇い主らも疑いを持てたに違いないでしょう。タルワールの兄弟は実際、パンジャブ州知事暗殺計画中に起きた警官殺害に関与したとして、イギリスで絞首刑に処されていました。

欺きへの愛

このスパイと上司の関係は非常に興味深いものだったようです。フレミング――名門イートン高およびオックスフォード大卒――は、海外における自らの冒険談を綴った著書で名を馳せたジャーナリストであると同時に、社交界の名士的存在でもあり、妻は有名女優セリア・ジョンソンでした。かたやタルワールは小学校もろくに行っておらず、大半の中流インド人と違い、ブロークンな英語しか話せなかったそうです。

この2人を固く結びつけたのは、ともに抱いていた欺きへの愛だと著者は言います。そして、この騙し合いに楽々と勝利したのはタルワール/シルバーでした。彼はインド共産主義運動への忠誠心を隠し通したばかりか、英国をはじめ諸外国の雇い主から受け取った報酬の大半を同志らに送り続けたのです。

タルワールはさらに、英支配下のインドを欺くという離れ業もやってのけました。独立派の指導者スバス・チャンドラ・ボースをインド国外に脱出させたのです。当初はモスクワに亡命させる計画でしたが、これに失敗すると、ベルリンに行き、ヒトラーをはじめ当時のドイツ高官に会えるよう、タルワールが調整を担当。ボースはその後日本に行き、インド人戦争捕虜からなる軍を立ち上げて英国と戦い、飛行機事故で死亡しました。

終戦後、インドは独立を果たしたが、同時にかつての英領インド帝国は2分されました。これを受けて両地方間で激しい衝突が起き、タルワールはヒンズー教徒の家族とともに、新たに誕生した共和国イスラム・パキスタンからインドへと逃亡。そして1948年、シルバー/カーン/タルワールと3つの名を使い分けた謎の男は、忽然と姿を消したのです。

英当局の中には、パキスタンからの逃亡中に殺されたと見る向きもありました。しかし四半世紀後、彼は再び忽然と姿を現します。そこはカルカッタで開催された、スバス・チャンドラ・ボースを讃える国際セミナーの場。本書にはその日の写真が載っているのですが、スーツを粋に着こなしたタルワールの横にいるのは、元ドイツ国防軍情報部(アブヴェーア)の上級諜報員、ディートリヒ・ヴィーゼル。タルワールがかつてカブールで論戦を繰り広げ、騙した男です。

フレミングはその2年前、スコットランドへの狩猟旅行中に心不全で亡くなっていました。もしも彼がこの会合に出ていたら、と思わずにいられません。命を賭したゲームの秘密や嘘を笑顔でふり返るかつてのスパイたち……。

Photo:(C)WENN / Zeta Image
Text:(C)The Independent / Zeta Image
Translation:Takatsugu Arai

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