2017年11月に劇場版アニメとして『はいからさんが通る』前篇、さらに翌2018年には後篇の公開も予定されている大和和紀。デビュー50周年を経てなお連載をつづける大御所作家のあまたある作品の中から特におすすめ作品をご紹介します。
大和和紀は2016年にデビュー50周年を迎えた少女漫画界の大御所の一人です。9年目には代表作の1つとされる『はいからさんが通る』の連載を開始し、同作品で第1回講談社漫画賞少女部門賞を受賞しました。ちなみに同年同賞を受賞したもう1つの作品はいがらしゆみこの『キャンディ・キャンディ』です。
それ以降も万葉集の歌で名高い額田王をモデルにした『天の果て地の限り』や『源氏物語』を元にした『あさきゆめみし』。祇園の舞妓をヒロインにした『紅匂ふ』などさまざまな世界や女性を主人公にした作品を意欲的に発表し続けています。
「茜指す紫野行き標野行き野守は見ずや君が袖振る」の歌で名高い額田王をヒロインとした作品『天の果て地の限り』。美貌の万葉歌人としてその名を知られながらも詳しいことはわからない額田王の実像に、大和和紀ならではの視点で迫った作品です。
- 著者
- ["大和 和紀", "水野 石文"]
- 出版日
- 1979-10-09
額田王像といえば皇族の生まれの美貌の万葉歌人であり天智天皇と天武天皇双方から愛された女性、というのが通説です。実際同じく額田王を題材とした里中満智子の『天上の虹』の額田は三角関係に苦しむ大人の女性として描かれています。
一方こちらの『天の果て地の限り』で描かれているのは才気にあふれた、まだ少女としての額田王。彼女を愛する天智と天武の両天皇も性愛対象としてよりも、その性質や才能により惹かれています。そこからはこの作品を単なる愛憎物語にはしない、という大和和紀のこのストーリーへの決意のようなものも感じられます。
古代ロマンの世界に触れたい人や、後の『あさきゆめみし』などの歴史ロマンものへの序章として読みたい人にはぴったりの作品です。
舞台は戦国乱世の日本。織田信長の家臣の娘として生まれたヒロイン小野於通は、書画に秀でた女性に育ちます。心ならずの結婚を経て、長年思いあっていた信輔(信尹)と結ばれ、一人娘於図を生すものの、死別。やがて徳川の世に変わっていく中で、己の才覚と先を見通せる天賦の天眼をもって生き抜く女性の一大叙事詩ストーリーです。
- 著者
- 大和 和紀
- 出版日
- 2010-08-11
ヒロイン小野於通は書画にすぐれ当代の女性文人として名を馳せています。その彼女の最も優れた才能が生まれ持っての天眼。先の吉兆が占えるこの天眼、良いことばかりが見えるのならまだしも不幸や不運も見通してしまう。果たして天が与えたものとして喜んでいいのか微妙なところではないでしょうか。
実際、作中でも於通は「夜の闇を背負って生まれし者。新しき夜明けのまえの最も深き闇を背負う者よ。その闇がこれだというのか」と苦しみます。愛した人も支えてくれた人も、大事に思った人も救えずただその運命の行く末が予想できるだけなんて、過酷すぎますよね。
でもそこでただ下を向いて生きる、そんなヒロインを大和和紀が描くはずがありません。世が武家支配の徳川へと移る中、公家として女としての誇りを胸に新しき夜明け、に向かって生き抜く於通の生きざまに心打たれる作品です。
『あさきゆめみし』や『天の果て地の限り』のような古代・中世ロマンと並んで大和和紀が得意とする明治・大正時代を舞台とした作品『ヨコハマ物語』。文明開化の先端をいった街・横浜で巡り合った育った環境も立場も違う2人の少女の生きざまを描いた作品です。
- 著者
- 大和 和紀
- 出版日
- 1996-04-11
『はいからさんが通る』の完結から3年後に連載が始まった『ヨコハマ物語』。『はいからさんが通る』が大正時代を舞台にしているのに比べ、この作品は武士の世だった徳川時代が終わってわずか数年の横浜が舞台。ヒロインたちを縛り付ける男尊女卑の風潮はずっと強いものとして描き出されています。
そんな中で開かれた世界への飛翔を願うヒロインの卯野と万里子。当然といえば当然ですが、2人の前途にはいくつもの困難が待ち構えています。そして計らずも同じ人を愛してしまった2人の運命の糸車は思いもかけない方向に廻り始ることに。しかし困難な中で最善を尽くし前を向く女性を描かせれば指折りの名手である大和和紀のストーリーテラーぶりがここからいかんなく発揮されます。
読み終える頃には単なる少女の成長物語というばかりではなく、大河ドラマを見終えたような感慨にひたれること間違いナシの名作です。
原作は日本人なら誰しも知っている『源氏物語』。谷崎潤一郎や田辺聖子などによる現代語訳版や数々の外国語翻訳版、さらに嶋木あこや江川達也、きらなど数々の漫画家によっても描かれた古典の名作です。その大作を最初に本格的に漫画化し、少女漫画界に金字塔を打ち立てた大和和紀。彼女の代表作といっていい作品となっています。
- 著者
- 大和 和紀
- 出版日
トータル連載期間14年という大構想作となったこの『あさきゆめみし』。誰でも一度は歴史の授業で習う『源氏物語』を漫画化した作品ですが、その与えた影響ははかりしれません。
いくら『源氏物語』の中で絶世の美男子として書かれているとはいえ、教科書などの当時の絵姿では光り輝くほどの美しい男、を想像するのは無理がありますよね。実際、光源氏といえば美男、というイメージをあまねく定着させた最大の功労者は大和和紀と言っても過言ではないかもしれません。
また、貴族の暮らしぶりを装束や室内装飾などの細部に至るまで細密に描いたこの作品で、平安時代や古典に親しみを持ったと言う人も少なくないのでは。
昔読んだことがあるという人も、まだきちんと読んでみたことがないという人にも一度は全巻通して読んでみて欲しい不朽の名作です。
『あさきゆめみし』についてはこちらの記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
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大正時代の東京。混血の陸軍少尉伊集院忍をフィアンセとして紹介された花村紅緒。忍個人というよりは本人の意思に関係なく勝手に決められた相手、が気に入らず反発ばかりをしていたもののやがて惹かれあうように。しかし、紅緒の犯したミスが元で死線に追いやられた忍が戦死したと聞かされます。そこで忍亡きあとの伊集院家を守るべく職業婦人として奮闘する紅緒の前に、忍と瓜二つのロシア亡命貴族のサーシャ・ミハイロフ侯爵が現れて……。
- 著者
- 大和 和紀
- 出版日
- 2016-12-13
原作漫画をきちんと読んだことがなくても、その昔放映されていたTVアニメ版や花村紅緒を南野陽子、伊集院忍を阿部寛が演じた映画版で見た、という人もいるのでは。
この作品には忍をはじめとして、紅緒が勤める出版社の社長青江冬星や馬賊の頭領鬼島森吾など魅力的な男性キャラも登場します。しかし『はいからさんが通る』は、典型的ドジっ子のはねっかえりで、絶世の美人というわけではないけれど憎めない紅緒というキャラがあってこその作品。
誰からも愛される紅緒の恋の行く末をハラハラしながら見守るうちにどんどん引き込まれていく作品です。さらに随所にちりばめられた連載当時の流行を踏まえたギャグも、今読むと妙に新鮮。元ネタを探すのも1つの楽しみといえるかも。
『はいからさんが通る』についてはこちらの記事で紹介しています。ぜひご覧ください。
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いかがでしたか。2017年11月と2018年10月に劇場版アニメとして公開された『ハイカラさんが通る』をはじめ、ご紹介してきた大和和紀の作品は時代を超えた不変の魅力にあふれています。この機会に『ハイカラさんが通る』を改めて読み返して見るも良し、また他の作品に改めて触れてみるも良し。ぜひ一度じっくりと大和和紀ワールドの作品に触れてみて下さい。